武将の末裔が語る“関ヶ原の戦い”裏事情
プレジデントオンライン / 2019年2月10日 11時15分
■直系の石田、養子の小早川、対照的な系譜
――関ヶ原では、歴史を分けるような確執があった両家。日本史ファンにとっては実に興味深い対談です。石田さんは三成から数えて15代目ですね。
【石田】関ヶ原合戦の後、三成の嫡男・重家は助命されて仏門へ。3代目の直重は、結城秀康(家康の次男)との縁もあって越前松平家の分家、越後高田松平家の家臣となります。しかし三成の血筋の者をかこっているということで、直重に関する史料はすべて抹消されてしまった。家臣たちの忖度なのでしょう。そのへんが、子孫としてはつらい部分かもしれません。
――そのころからずっと石田姓ですか。
【石田】そうです。それはいいことでした。三成の次男・重成の家系は津軽の杉山家になるのですが、明治維新後も石田姓に戻していませんね。
その後、お家騒動があって越後高田松平家は美作国津山(現岡山県)に移ることになった。しかし石田の先祖たちは妙高高原の新田開発を行っていたため地元に残った。それで4代目から庄屋になって今に至ります。養子も入らず、三成の血を受け継いできた。不思議なくらいずっと男の子が生まれていて、血がつながっている。私の5歳の孫も男の子です。
【小早川】家康の差配の結果ですよね。
【石田】合戦後は三成以外の命を救ってくれた。当時としてはめずらしい沙汰だと思います。
――代々受け継がれている石田家ならではの伝統などはありますか。
【石田】みんな、お腹が弱いこと(笑)。私も、試験などの前に緊張してお腹が痛くなる。戦国大名の病名を記している本によれば「過敏性腸症」。それを我が家では“三成腹”と呼びます。私の息子が腹痛で医者に行ったとき、過敏性腸症と診断されて苦笑しました。
――一方、小早川秀秋は合戦の後、21歳の若さで他界していますね。
【小早川】そのせいでお家が断絶しています。明治に入って、毛利家が小早川家を再興。毛利元徳の息子・三郎が小早川を名乗った。三郎は13歳の若さで亡くなってしまい、その弟の四郎が跡を継いだ。しかし子供ができず、また毛利本家から養子を取った。それが元治、私の父です。
――お父様は何をやっていらしたんですか。
【小早川】父は戦前、日産のエンジニアでした。イギリスからレーシングカーを個人で入手して、アジア初の常設サーキットである多摩川スピードウェイを疾走していたくらいです。合戦で馬の手綱を握るのではなく、クルマのハンドルを握ることになったわけです(笑)。私もクルマ一筋の人生で、父の血を受け継いでいます。
――お二人は三成、秀秋のことを、どう伝え聞いていたのでしょう。
【石田】父は特になにも話してくれず、自分が三成の子孫だと知ったのは成人してからです。
――えっ? では、日本史の授業などでは……。
【石田】姓が同じだと思うくらいで、まったくの他人だと(笑)。
【小早川】私も歴史にあまり関心がなかったので、似たようなものです(笑)。
――ちょっとびっくりです。学校では話題になったり、ひょっとするとからかわれたりしたのかと。
【小早川】そういうことは、一切なかったですね。
【石田】私の場合は50年前くらいですかね。伯父(父の姉の夫)がルーツを教えてくれました。伯父は祖父と仲が良くて、いろいろと話を聞いていたそうです。第二次世界大戦の終戦直前の八王子空襲で遺されていた石田家に関する資料などが全部燃えてしまったと。それは驚きました。三成がご先祖だったなんて。
【小早川】私の場合も、祖父も父も歴史のことはあまり話してくれなかった。詳しく知らなかったのかもしれません。私も歴史に興味があれば、いろいろと聞いていたと思うんですけど。遅ればせながら、少しは勉強するように(笑)。秀秋からさかのぼって、小早川隆景のことなどを調べだすと、興味深いことばかりです。
■小早川秀秋は、裏切り者にあらず
――三成は負けた西軍の大将(総大将は毛利輝元)。秀秋は東軍の徳川側に残ったものの、若くして病没しています。どうしても徳川の磐石な体制と比較してしまう。ご子孫には、生きづらいところがあったのではないですか。
【石田】三成は敗軍の将ですから、たしかにつらい部分はあります。歴史は勝者の側から語られるのが常なので、「三成は悪」と断じられてしまう。しかし、子孫たちの苦労というのは、それほどでもなかったらしい。いい大名に拾われて、それほどプレッシャーを受けていなかったようです。
――家康に弓を引いた男なのに?
【石田】さきほど小早川さんが言ったように、その家康の差配のおかげです。実は三成のことを家康がもっとも評価していた。三成のような家臣がいれば、徳川幕府はさらに磐石になると言っていますしね。
【小早川】小早川家の場合、明治になって再興されましたが、毛利一族という思いが強く、生きにくさを感じたということは聞いていません。私もそう。ただ、秀秋は若くして亡くなっているから、なにも反論ができなかったのでは、という悔しさはあります。
【石田】わかりますよ。多くは関ヶ原について、さっと教わるだけですから、「秀秋の寝返りで西軍が負けた」と覚えるだけ。資料や書籍をじっくり読めば、単純な話じゃない。そもそも秀秋は東軍だったという説も有力です。
――西軍には敗者の哀愁が漂いますよね。勝敗の要因が秀秋の行動にあったと。内応、寝返り、という言葉ばかりがクローズアップされます。
【小早川】秀秋勢が西軍を攻めたことで雌雄が決したことは事実ですから、そう言われるのは仕方がないのかもしれませんが。
【石田】秀秋は立派な武将でした。早く小早川さんにお会いしてそれを伝えたかった。いつまでも裏切ったと言われ続けるのはかわいそうです。裏切りではないんですよ。秀秋は北政所(秀吉の正室)に育てられた。家康は北政所と昵懇。小早川勢が松尾山に陣取った時点で、秀秋は東軍と見るのが妥当です。そういった意味では、三成は少し鈍感でした。「太閤様に世話になったのだから、秀秋は当然西軍だ」と思っていたフシがある。
【小早川】秀秋が西軍を攻めるタイミングが絶妙すぎて、天下を分けてしまった。合戦の佳境で煮え切らずに迷っていたイメージも強いようですけど、私としては明確な意思があったようにも思えます。
■複雑系の関ヶ原合戦に、今注目すべし
――裏切りとか寝返りとか、現代では少し軽いニュアンスに聞こえます。当時は生きるか死ぬか、命懸けでした。
【石田】それを家康はきちんと理解していて、合戦後の処理をしっかり行った。敵味方の区別をせず、武将の姿勢を評価したんですね。小早川に追随して東軍に寝返った脇坂、朽木、赤座、小川たちのことは評価していません。
【小早川】毛利家の家臣で西軍の吉川広家は、毛利一族の未来を案じ、結局動かなかった。総大将の毛利輝元も大坂城にいて動かない。関ヶ原の合戦の後、秀秋は備前岡山51万石を与えられました。
――本当の裏切り者は誰か、という研究もあるようですね。
【石田】そう、調べれば調べるほど、関ヶ原合戦というのはおかしな戦いなんです。西軍の総大将は大坂城にいて、三成はいわばヘッドコーチ。部下たちはなかなか働いてくれない。では東軍が磐石だったかというとそれも違う。秀忠率いる3万8000の本軍は未着。つまり東軍は二軍だった。
【小早川】数ある戦いの中でも飛び抜けて複雑ですよね。人間的というか……。だから、今でも小説や映画になるんでしょう。
【石田】そもそも目的が違います。家康は天下統一を目論んでいるけれど、三成は違う。太閤が決めたルールを破った家康に対する抗議の戦いです。
――たしかに、ある利権をめぐって戦うというような単純さとは違いますよね。
【小早川】日本が大きく変わった戦いだと思いますが、いろいろな観点から分析ができるところも面白い。
【石田】秀秋にしても三成にしても、考え方や行動が、現代人の生き方に通じるところも多い。400年以上前に、人間として生きていくうえで大事なことを教えてくれた。三成の短所も反面教師になります。
――天下分け目の関ヶ原の合戦。そこで戦った武将の子孫が今ではとても仲がいいことがよくわかりました。
【小早川】実は近年、交流がある方も多く、石田さんが新年会まで企画してくださっています。私たち2人に加えて大谷、長宗我部、木下、真田の子孫が集まる予定とのことです。黒田さんも来られるようです。みなであれこれ話をしたいですね。
【石田】楽しいですよ。とにかく話が尽きませんから。
■▼現当主が選ぶベストご先祖様本
(石田家当主 石田 秀雄、小早川家当主 小早川 隆治 構成=須藤靖貴 撮影=岡村隆広 写真=AFLO)
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