東京立川の"紙"が欧米美術館で好評なワケ
プレジデントオンライン / 2019年3月4日 9時15分
技術革新によって劇的に下がった印刷コスト。今ではそれなりのクオリティの印刷物も格安で発注できる。「速く、安く」が主流となった印刷物市場の縮小によって、廃業に追い込まれる印刷工場も少なくない。
そうしたなかで、あっと驚く紙加工と美しいカラーが効いたユニークでアーティスティックな商品がヒットし、各界から熱い注目を浴びているのが東京・立川の福永紙工だ。厚紙印刷と型抜き加工が得意な強みを活かし、紙加工のニュースターとなった。中沢孝夫・福山大学経済学部教授が解説する。
■今あるものを活かし、外の視点を取り込む
JR立川駅から車で数分。外観はどこにでもありそうな工場で印刷機や紙加工機械がガチャンガチャンと動く工場内も一見、よくある光景だ。しかし、刷り上がってくる名刺や商品パッケージは洒落ている。
「本音を言えば、会社の中に自分の居場所をつくりたかったんですよ」
工場の隣に2017年つくったイマドキの空気感を漂わせるショールームで、山田明良社長は笑顔で言った。
「この方向性が必ず売れる! と確信して始めたわけではなくて。後付けでもそう言えたらいいのですが、要は少しずつ好きなことをやったら、意外と受け入れられたんです」
アパレル業界にいた山田社長が福永紙工に入社したのは結婚がきっかけ。妻の実家の家業を継いだ、いわば“婿社長”の2代目である。
「1963年の創業以来、弊社は主に名刺メーカー最大手から仕事を請け負ってきました。今も大切なクライアントです。ただ、2006年頃からじりじりと下請け仕事と利益が減少していました。強い危機感を感じるほど激減していたわけではなく、本当にじりじりとで、このまま右肩上がりになることはなさそうだなあ、ぐらいの、うっすらとした悪い予感があったんです。僕はアパレル業界出身でデザインが好きですが、弊社にはデザインの要素がまったくなかった。だから、ちょっとつまらなくて、何か新しいことをやりたいと思っていた。そんなときに、国立市の『つくし文具店』店主でデザインディレクターの萩原修さんと出会い、デザイナーと直接ものづくりができる“かみの工作所”というプロジェクトを一緒に立ち上げました」
志のあるデザイナーのアイデアを紙のアート作品として形にするプロジェクト。デザイナーに工場を見てもらい、「今あるもの」の中で新しい視点での「できること」を発見してもらう。製品化の全工程を同社が手掛け、デザイナーには売れた分だけロイヤルティを支払う仕組みで、初期コストを抑えた。山田社長が言う通り、規模もコストも本当に「少しずつ」スタートさせたことは賢明だった。にっちもさっちもいかなくなってから新しいチャレンジに取り掛かっても、トライ&エラーを吸収する余裕がないからだ。
■少しずつトライして、新しい付加価値生む
アパレル業界から移った山田社長自身とデザイナーたち。2つの「外の視点」がもともと持っていた同社の技術を活かした業態転換を促し、第二創業を無理なく実現させたのだ。
08年から建築家の寺田尚樹氏と協働した「テラダモケイ」の1/100建築模型用添景セットと、10年に当時、気鋭として知られてきたトラフ建築設計事務所との「空気の器」――空気を包み込んで伸縮する紙製の器――が、雑貨やデザイン好きを中心に初年度約1万6000枚を売るヒット商品に。これがブレークスルーとなった。17年10月には累計の販売枚数が約30万枚に達している。
必ずしも一気に儲かったわけではない。ただ、「福永紙工」の名は、これまで取引していた方面とは異なる場所で知られるようになった。
「僕は手にした人の手で完成するような余白がある作品が好き。空気の器もユニークで美しく、とても気に入りました。商品化に躊躇はありませんでしたが、こんなに売れるとは思わなかった。手軽に飾ってアートを楽しめ、かさばらないのでお土産にもちょうどいい。デザインの重要性が再認識されてきた世間の空気とも合致したんでしょうね」
漫画家の井上雄彦やファッションブランド「ミナ ペルホネン」など、幅広いアーティストたちと次々とコラボ。空気の器は、ルーブル美術館やポンピドゥーセンター、国立新美術館の館内ショップでも人気商品で、同社の看板商品となった。現在も欧州・米国の美術館で販売されている。
■デザインで人を魅了、地域再生に貢献する
実用性のないテラダモケイや空気の器は、日々の暮らしの必需品ではない。けれども、必要なものしかない暮らしに豊かさを感じられるだろうか。人の暮らしに灯をともす楽しいモノ。それは実に尊い商品だ。
最近のヒット作は立川市との共同プロジェクト「立川市プレミアム婚姻届」。ポップで楽しいデザインの飾れる婚姻届を求め、遠方からもカップルたちがやってくる。年間300部の予定が約4000部売れるほど、注目を集めている。立川市でしか買えないため、地元・立川の地域再生にも貢献。この婚姻届を買いにきて、立川が気に入り、立川市民になったカップルたちもいるという。
大手企業から指名を受ける機会も増えた。「少しずつ」やってきた取り組みがブランド力を高めた結果だ。
「ブランド料として利幅の大きい額を提示できればいいんですが、僕はそうした駆け引きが苦手で(笑)。決して安くはありませんけれど、どーんと儲かるほどではないんです。今後の課題かもしれません」
ただし、今も名刺や昔からの付き合いの仕事が半分を占める。今後も下請け仕事をやめるつもりはない。
「これから比率は変わってくると思いますが、“本業”は弊社の核として大切にしていきます」
飾る。収める。残す。贈る。紙の特性を活かして、自在に目的に合わせられる同社のものづくりの革新は、斬新なアイデアと「少しずつ」のトライという、中小企業が倒れずにアップデートする方法をとったことによってもたらされた。突飛なようで堅実な山田社長のセンスとバランス感覚に、学ぶべき点は多い。
●本社所在地:東京都立川市
●従業員数:44名
●社長:山田明良(1962年生まれ。93年入社。2008年より現職)
●沿革:1963年創業。名刺と箱の加工技術を活かしたパッケージを手掛けてきた。2006年、デザイナーとの恊働プロジェクト「かみの工作所」を設立。以後、斬新な紙加工アート製品で知られるようになる。従業員約30人、3億円ほどだった年間売上高は現在、約4億円を計上している。
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福山大学経済学部教授
1944年、群馬県生まれ。全逓中央本部勤務の後、立教大学法学部卒業。約1200社のメーカー経営者や技術者への聞き取り調査を実施。具体的なミクロな経済分野を得意とする。『世界を動かす地域産業の底力』『グローバル化と中小企業』『中小企業新時代』など、著書多数。
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(兵庫県立大学大学院客員教授 中沢 孝夫 構成=中沢明子 撮影=小原孝博)
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