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アサヒHD社長"希望退職者募った仕事の糧"

プレジデントオンライン / 2019年3月15日 9時15分

アサヒグループHD 代表取締役社長兼CEO 小路明善氏

■苦労して成果を残した事業を売却する

厳しい内容の話を伝えようとすると、相手の人のなかには自分の心を閉ざして言いたいことも言わず、口をつぐんでしまう人が少なからずいます。ですから私がより厳しい内容の話をする際に最も心を砕いているのが、「声なき声」を上げている人のことも考えながら、言葉の一つひとつに「言霊」を宿らせることなのです。言葉に自分の気持ちを込めます。すると、その言葉は自然と重みを持ち、相手に伝わりやすくなります。

トップの大きな役割の1つが「トップディシジョン」で、トップ自身にしかできない経営上の決定事項がたくさんあります。とはいえ、決定事項を実行に移そうと、言葉巧みに社員やビジネスパートナーといったステークホルダーを説得しようとしても、それだけでは彼らの心は動きません。経営判断を下す際、トップは腹をくくる必要があります。その覚悟があってこそ、トップの言葉は言霊となり、ステークホルダーの心を揺さぶるのです。

そしてトップディシジョンには、ステークホルダーにとってグッドニュースだけでなく、バッドニュースも含まれます。私が2016年に当社社長に就任してから、最も厳しいディシジョンを迫られたのは、事業ポートフォリオの再構築に伴ってコア以外の事業からの撤退を決めたときでした。

当社は、事業見直しによる選択と集中を進め、海外事業に活路を求めました。とりわけ、欧州事業では1兆2000億円以上を投じて、イタリアのペローニといった有名ビールメーカーも傘下に収めました。その結果、現在では売り上げの約30%、利益の約40%を海外事業が稼ぐまでになったのです。

その半面、17~18年にトータルで2000億円規模の事業売却やジョイントベンチャーの解消も実施しました。撤退した事業のなかには、成長を続け、黒字化していたものも少なくありません。苦労して事業を育てた現場の社員やビジネスパートナーの間からは、「うまくいっているのに、なぜ事業を売却するのか」という不平や不満が、当然のように湧き起こりました。

■事業価値アップのフォローも欠かさず

そこで私は、たとえばお茶やコーヒーなどを0~10℃の冷蔵状態で管理するチルド飲料事業を売却したときのケースにおいて、次のように苦渋の決断に至った自分の気持ちを伝えました。

「チルド飲料事業は、将来の見込みがないから手放すのではありません。将来を切り開くために手放すのです。当社はいま社運を懸けて海外事業を強化しています。残念ながらチルド飲料には、資金を含めた経営資源をこれから3~5年間は優先的に回せそうになく、せっかくの事業拡大・事業価値向上のチャンスを失ってしまいかねません。それならばグループにとどまるよりも、グループ外の新しいパートナーと組んだほうが、チルド飲料事業は成長の可能性が高まると判断したのです」

そして、「チルド飲料事業をここまで立派に育ててくれた皆さんには、とても感謝しています。自分としても、愛するわが子と別れるようでつらいのです。まさに苦渋の決断でした」と付け加えました。すると私の気持ちが伝わったのか、グループの社員やビジネスパートナーの反対意見は、収まっていきました。そのなかで、あえて不満の声を上げなかった人の気持ちも静まり、納得してもらえたのだと思います。

もちろん、言霊で語りかけるだけではなく、具体的なフォローも欠かしませんでした。ビジネスパートナーには、売却によって事業価値がよりアップするような提案をしました。売却先の候補として信用できる企業を複数探し、ビジネスパートナーに紹介しました。喜ばしいことに、チルド飲料事業は、新しい経営体制に移行した現在でも、順調に成長しているようです。

一方でこの一連の事業再編に関わった社員には、「大丈夫、心配するな。必ずうまくいく。結果責任はすべて私が負う。君たちは事業売却の計画と遂行に力を尽くし、執行責任だけをしっかり全うしてほしい」とも語りかけました。事業売却について、100%腹落ちしている社員はいなかったでしょう。しかし、自分たちに求められているものは、「撤退のスケジュール遂行」というミッションだということが明確になれば、社員たちは新しい任務に集中できるようになるからです。

■トップに求められる、人物・力量・実績

実は「声なき声」を意識するようになったのは、労働組合での出来事がきっかけでした。私は29歳から約10年間、組合の専従役員を務めたのですが、当社(当時はアサヒビール)は経営再建のため、東京の吾妻橋工場を閉鎖するといったリストラを進めていて、危機的な経営状態を知った組合側も、会社に協力せざるをえませんでした。

会社が500人規模の希望退職者を募った際、私も組合員に説明する役割を担いました。そのとき、希望退職に応じた50歳近いある先輩社員に、「声の大きい人間ばかりでなく、真面目に長年働いてきたのに黙って辞めていく人たちの言い分も汲み取ってほしい」と言われ、強く心に残ったのです。

とはいえ若かったせいか、そのときは意味がいま一つ理解できなかったのですが、それから5年ほどして部長職に就いたとき、声なき声の大切さが身にしみるようになりました。人間の集団とは不思議なもので、必ず全体の2割くらいのメンバーは自分の意見を表明しなくなるのです。しかし、そうした声を上げない人たちの気持ちを汲まなければ、組織をうまく運営することができないことに気がつき、経営のトップとなったいまだからこそ、「声なき声」のことをより強く意識するようになっているのです。

また経営のトップは、社会の変化の兆しを読み取る「先見力」、経営方針を決める「決断力」、そして、衆知を集めて経営目標を達成する「実行力」を備えているべきだと、私は考えます。とはいえ、常に正しい答えを導き出し、的確なディシジョンを行うのは、至難の業といえるでしょう。

そこで、人から信頼を得られる「人物」であること、経営者にふさわしい「力量」があること、経営を成功させた「実績」があることという資質も求められます。そうした条件を満たしていれば、事業撤退のように先行きの不透明な、苦難の伴うディシジョンを実行するときでも、ステークホルダーは結論を受け入れ、トップについてきてくれるようになるのです。

もう1つ、難しいディシジョンを実行するときのカギが、いわば「無言のコミュニケーション」。常に現場で顔を合わせ、相手の声なき声を聴き取っていれば、お互いの気心が知れ、心理的な距離が縮まります。そうした人間関係が構築できていれば、イザというときにすべてを説明しなくても、ステークホルダーはトップの考えや心情を察し、支持してくれるでしょう。

覚悟があってこそ、トップの言葉は言霊となる

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小路明善(こうじ・あきよし)
アサヒグループHD 代表取締役社長兼CEO
1951年生まれ。75年青山学院大学卒業後、アサヒビールに入社。人事戦略部長、執行役員飲料事業担当などを経て、2011年アサヒグループHD取締役兼アサヒビール代表取締役社長に。16年アサヒグループHD代表取締役社長兼COO、18年より現職。

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(アサヒグループHD 代表取締役社長兼CEO 小路 明善 構成=野澤正毅 撮影=柳井一隆)

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