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福岡の老舗運送会社がIT事業を始めた訳

プレジデントオンライン / 2019年4月16日 9時15分

中小企業には、時代の流れに乗りつつ、横のつながりを大切にするスタンスが重要だ。フットワークの軽さを武器に、新しい挑戦をするとき、周りを巻き込み、連携を促す。そうすることで、それぞれの特長や得意分野が絡まり合って太くて強い糸となるからだ。

福岡県で運送事業を手掛ける髙光産業は、そのお手本のような企業である。早期からインターネットを駆使し、多くの中小企業と膨大なユーザー情報を共有する仕組みを立ち上げた。一見、畑違いのフィールドだが、これを端緒に自社の事業のアップデートを図り、ビジネスモデル特許を多数取得。地域に根差す優良企業となった。

その成長の背景には、今や福岡の中小企業を引っ張るリーダー的存在である妹尾八郎社長の先見の明と、「一人勝ち」をよしとせぬ姿勢が活きている。

■「一人勝ち」を目指す企業に情報は集まらない

中小企業の経営者は自分自身で決断しなければならない要件が多く、孤独になりがち。ですから、「孤立しない」ように意識するのが大切だと思います。「孤立しない」ためには自分だけが得するのではなく、相手も喜んでくれる関係性を維持する必要があります。

極めて当たり前の前提ですが、要は「一人勝ち」しようとしない、ということ。一人勝ちを目指す企業や人にいい情報はだんだん集まらなくなりますし、いざというとき、助けてくれる人もいなくなります。

髙光産業の妹尾社長は福岡の老舗運送会社の4代目です。大学卒業後、中小企業向け融資を担う政府系の金融機関、商工組合中央金庫(商工中金)に就職。その数年後に家業の髙光産業に入社した妹尾氏は、1980年代初頭、競合するメーカーの物流を同社が1つにまとめる「引取物流」のシステムをいち早く構築し、地域の物流の合理化を促進しました。

福岡市内の営業所(写真左)。同社のトラックの荷台には競合食品メーカーの製品が“呉越同舟”(同右)。「誰もやったことがないことを、やる。誰かがもうやったことを始めても意味がない」(妹尾氏)。

「卸屋さんには多くの食品メーカーさんから商品が運ばれてきますが、店前には毎日別個のメーカーの商品を積んだトラックが何十台も並ぶ。積載量が少なくても、前の車が荷下ろしを終えるまで待つしかなく、ものすごい無駄。そこで、うちが各メーカーから商品を引き取って、朝6時にまとめて納品するようにしました」(妹尾氏)

最初は各社に働き掛けても門前払いを食らったそうです。ところが、商工中金時代のお得意先である地元の有力企業が参加を決めると、1週間で100社以上が追随したといいます。

その後も倉庫を使わず即日配送する「スルー物流」の仕組みも他に先んじて構築するなど、勘所を押さえる目利きの鋭さと、周囲を巻き込む挑戦的な姿勢が妹尾氏を押し上げていきます。

■2000年にスタートした「NCネットワーク」

妹尾氏は95年に社長に就任しますが、髙光産業が福岡で大きな存在感を示すようになったのは2000年にスタートした「NCネットワーク」というシステムを構築して以降です。

インターネットが世界を席巻していく大きなうねりの中で、IT化をなかなか進められない中小企業が各々の持つユーザー情報を一カ所で共有する、当時としては画期的なシステムを編み出しました。いわば“情報の協同組合”。ローコストですべての情報にアクセスする権利を会員企業が持ち、データをそれぞれの事業に活かし、時に協力し合う、というものです。

「たとえば、ある飲食の企業が会員登録と引き換えに割引やおまけ、景品などをお客様に提供する。登録はNCネットワークを経由しないとできませんが、お客様には楽しみが生まれ、企業は一社では集められない大量の顧客を対象に安価でマーケティング調査ができる、という仕組みです。当時はWindows98の登場からまだ2年。インターネットの世界の時間軸からすれば相当昔です。中小の一企業が集められる情報には限りがあるから、寄り合う必要があると考えたのです」(同)

90年代後半にインターネット事業部を設立(写真上)。試行錯誤の末、中小企業の横のつながりで顧客を共有し、各社ごとのマーケティング調査を行える仕組みを構築した(同下)。

インターネットに馴染んでいない企業も参加しやすいよう、少しの会費でハードルを下げて各社にネットワークへの参加を募りました。会員企業にはフリーアドレスも提供。ホームページには会員企業に所属する人だけが読めるさまざまなコンテンツを掲載。訪問者を増やす努力も重ねました。

「評論家の田原総一朗さんに登場していただいたら、一気にアクセスが増えたんですよ。それでコンテンツの重要性も学びましたね」(同)

1年間で集めたデータが「当時のJR九州の持つ量とほぼ同じ」(妹尾氏)約126万人分。06年にはこのビジネスモデルが世界電子商取引学会に、日本から唯一ノミネートされました。

「貴重な情報をたくさん持つと“情報の施主”になれます。それから、弊社は一目置いてもらえるようになった。大手デペロッパーだって施主にはペコペコしますよね(笑)。それだけ施主というのは強い立場なんですよ」(同)

では、こうした視点と行動力を、妹尾氏はなぜ得ることができたのでしょうか。

■加入企業がマーケティング調査をできる仕組みを提供

NCネットワークは、加入企業が個人(匿名)の性別と職業、居住区域、メルアドなど膨大な顧客情報をもとにしたマーケティング調査ができる仕組み(会費3万円/月~)。高光産業は2003年からこれを活用した中小企業連合組織「NCにっぽん」を、08年よりモバイル版「ここワン.mobi」を運営。現在、参加企業は500社、登録ユーザー数も全体で100万人を優に超えます。

モバイル版NC「ここワン.mobi」。参加300社超、登録ユーザー約56万人(2018年2月末時点)。

これは自社で使うだけではなく、営業ツールとして効果を発揮しています。高光産業のような物流会社なら、たとえば菓子メーカーに飛び込み営業をかける際、その物流部門ではなくマーケティング・営業部門に接触するのです。

そして、その場で要望を聞いて菓子についてのアンケートを作成、後日ユーザーの嗜好やそのメーカーの認知度等も含めた結果を持ち込みます。中でもそのメーカーに「興味がある」と回答したユーザーとは、本人の許可が得られれば、メーカーはその後も直接メールでコミュニケーションを取り続けられます。

「調査会社なら、1回で数百万円取るところでは」(妹尾氏、以下同)

高光産業は、値引きなどとは質の違うこの付加価値を売りに、本業の物流の仕事を獲得するわけです。

「1回でだいたい1000~2000人から回答が得られて、うち3~4割がその“興味アリ”顧客。そんなサービス付きならと、その場で即決いただけます。月2000万円の契約を得たことも。売り上げを2億円伸ばした加入企業もあります」

■中小零細が束になれば、大手に使い捨てられない

高光産業がこうした仕組みを立ち上げられたのは、そのアイデアのみならず、妹尾氏を信頼し、参加してくれる企業がいてこそ。妹尾氏の何がそれを可能にしたのでしょうか?

妹尾八郎社長●(写真右、左は関連会社のシステムライン・藤本浩三社長)1955年、福岡県生まれ。78年慶應義塾大学法学部卒業、商工組合中央金庫入社。81年、髙光産業入社。95年より現職。

私は、前職の商工組合中央金庫(商工中金)時代の経験が大いに関係していると思います。大手と対等に仕事ができぬつらさは、ご自身でも体験されているはずですが、商工中金出身ゆえに多くの中小零細の内情を熟知している妹尾氏は、理不尽な例もたくさん見聞きしたでしょう。

そこで、中小零細がどうすれば生き残れるかを真剣に考え、「力を合わせて束になって強くなれば、単なる下請けとして大手に使い捨てにされずに済む」という気付きを得て、そのための方策を考え抜いたのです。

「そもそも、寂れゆく地方の商店街を何とかしたいと考えたのが原点」という妹尾氏は、まず地銀や地域の大手から声をかけ、中小零細に拡大していきました。顧客の共有という発想に抵抗する商店主には、「地域全体で顧客を囲い込めば、パン屋の来客が隣の肉屋で肉を買っても、その客を奪われたことにはならない」という例えで説得したそうです。

■「金も知恵もないなら汗をかけ」

今も“思い立ったら即実行”“誰もやっていないことだから、やる意味がある”が口癖の妹尾社長ですが、この仕組みの中核となるインターネットにいち早く賭けた先見の明は、称賛に値します。

「1990年代後半の某会合で、eメールやホームページといった言葉を初めて聞き、ハッとしました。すぐさま社内でインターネット事業部を立ち上げ、何ができるかを探りました」

もちろんプログラミングの素人だった妹尾氏は、自ら「趣味」と公言する飛び込み営業で全国の大学研究者と接触。某国立大学の研究室に「中小企業の“情報協同組合”をつくりましょう」と乗り込んで、その研究室で構築したシステムを格安で入手できたのです。

(写真上)特許を続々と取得。「フィンテックに関する特許も取得済み」(妹尾氏)。現在も数件申請中という。同社の社長は代々地元で流通業界の要職を務め、叙勲も受けている。(同下)同社のシステムを支えている本社の開発室。

「金も知恵もないなら汗をかけ、の実践です。上手く周りを巻き込んだので、ほとんどコストは掛かっていません。こちらの熱意が伝わったのだと思います。本当に皆様に感謝するだけです」

その後開発を進めた案件も、ネット関連のビジネスモデルはすぐに模倣されると見て、先手を打って次々と特許登録していったのもいい判断でした。その数、19。今後も増える見込みです。そんな地方の物流会社は、まず見当たらないでしょう。

ちなみに、創業当時の高光産業は株券や証券を運ぶ特殊な運送業者でした。重たくはありませんが、非常に重要な“貨物”であり、相当の信用力を要したはず。見方を変えれば、株券や証券は情報のるつぼ。つまり、もともと情報を扱う企業だったともいえるのです。

こうした妹尾社長個人の経験・マインドとインターネット、自社のDNAといった条件がそろったことで、物流業者によるIT事業が実現したのだと思います。

会社概要【髙光産業】
●本社所在地:福岡県福岡市
●資本金:1億円
●売上高:42.7億円(2017年4月期、倉庫業5.7億円、物流業21.3億円、その他15.7億円)
●従業員数:42名
●沿革:1935年創業。法人設立は1954年。主要業種は集配利用運送業。ほかに倉庫業、土地建物の賃貸業、物流コンサルティング業、IT事業など多岐にわたる。関連会社は5社。

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森下 正
明治大学政治経済学部教授、経済学科長
1965年、埼玉県生まれ。89年明治大学政治経済学部卒業。94年同大学院政治経済学研究科経済学専攻博士後期課程単位取得・退学。2005年より専任教授、17年より経済学科長。著書に『空洞化する都市型製造業集積の未来―革新的中小企業経営に学ぶ―』ほか。

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(明治大学政治経済学部教授、経済学科長 森下 正 構成=中沢明子 撮影=藤原武史、石橋素幸)

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