利害関係ない友達を中年以降どうつくるか
プレジデントオンライン / 2019年4月6日 11時15分
■孤独とはそもそも悪いことなのか?
孤独死や高齢者の一人暮らしが増えている日本では、孤独に生きることが大きな問題となっています。しかし僕は「孤独とはそもそも悪いことなのか」と根本に立ち戻って考えることが必要だろうと思っています。まず前提として「孤立」と「孤独」は違います。日本では、家族を持たずに1人で自立して生きている人を可哀想と見なす傾向がありますが、それは孤立ではありません。他者との協力関係を一切持たない状態が孤立であるのに対して、孤独であっても、周囲と良好な協力関係を結びながら、充実した人生を送っている人はたくさんいます。僕はむしろ、そのような「個」が屹立した生き方の人が増えることこそ、今後の日本に必要ではないかと思うのです。
孤独な生き方を可哀想と見なす日本人の心性は、この国の社会システムが古来「家」を基本単位としてきたことによって育まれたと感じます。国や公的な制度が提供するセーフティネットより、血でつながった家に属することのほうが安心で信頼できる。家に属する身内は手厚く面倒を見るけれど、そうでない人間に対しては冷たい。それはいわば「家単位」のリバタリアニズム(自由至上主義=個人の自由を最大価値とする生き方)ともいえるわけですが、そこには二重の問題があります。
1つは高齢者や子供、シングルマザーなど社会的な弱者のケアを担う主力が家になることで、公共的・社会的な「人助けの意識」が定着せず、真剣にその必要性の議論もなされないことです。実際、ネット上で頻繁に起こる弱者叩きの炎上騒ぎを見れば、「家の外の他人」に対する日本人の冷たさは明らかです。弱者救済や隣人愛を教義の根本に持つキリスト・イスラム教圏の国々とは、その点で大きく異なります。
■ヒントは「穏当なアナーキズム」
もう1つの問題は、「家に守られることにより、真の個人主義も確立できないこと」です。家や親族のしがらみによって、自分自身の生き方を自由に選択できない。田舎でちょっと目立ったことをすると、すぐに近所中で噂になる。こうした家がもたらす不自由さ、息苦しさは、この国で珍しい話ではありません。
大きな公共性もなければ、個人主義もない。それが日本の現状だと思います。では我々はどう生きていけばいいのか。僕は、日本的な家制度によって抑圧されてきた個人を、いかにエンパワーするかが、これから非常に重要になると考えています。
そのために必要なのが、個人ベースでの連帯および助け合いの「文化」をつくっていくことです。日本人の多くは年齢を重ねると、「友達と遊ぶ」ことがなくなります。特に中高年男性に顕著ですが、日頃、密接に関わる人間関係が、家族と会社の同僚だけという人が日本にはたくさんいます。会社も擬似的な家の一種なのです。しかし経済関係に基づく人間関係は、取引が終わればそこで切れてしまいます。そういう「家庭と会社以外の人間関係を持たない人」こそ、それを失ったときに一気に孤立化するのです。
デヴィッド・グレーバーという経済人類学者が、現在グローバルに世界を覆う資本主義システムに代わりうる社会システムとして、新たな「アナーキズム」を提唱しています。アナーキズムは一般に「無政府主義」と訳されますが、グレーバーは政府を倒せと言っているわけではなく、これからの時代は「上に管理者がいない状況で、互いの自発的な協力関係により社会を構築することが重要になる」と主張するのです。考えてみれば、健全な状態にある会社組織にも、上下関係に囚われない同僚同士のインフォーマルな関係性が必ずあるはずです。そうした「穏当なアナーキズム」を、個人レベルで構築していく必要があると思います。
■利害関係のない友達を中年以降どうつくるか
孤立化を防ぐためには、利害関係を離れた「友達」をつくることが重要です。困ったときに自分を無条件で助けてくれる「贈与」に基づく関係性です。そうした性善説に基づく個人同士の結びつきこそが、家でも公共でもない、生涯にわたって続く第三のセーフティネットとなるはずです。日本では、「最後に助けてくれるのは家族だけ」「金の切れ目が縁の切れ目」といったシニカルな考え方をするのが「大人である」と見なす風潮があります。でもそれは、「隣の家の他人は信じるな」という家制度とも密接に結びついた性悪説に基づく人間観です。誰しも子供時代は、そんな冷たい人間観を持たずに、友達と遊びながら助け合っていたはずです。缶けりに自分より幼い子が交じれば、ハンデをつけてあげて一緒に遊ぶ。そんな子供が自然に行っている「遊びと助け合いの融合」を、中年以降にどう復活させるかが孤立化を防ぐカギとなります。
「しかし、家族でも仕事関係でもない友達を、どこで、どうやったらつくれるのか」
そう悩む人もいるでしょう。僕がお勧めするのは文化と密接に関わることです。音楽や美術のような芸術活動でも、盆栽や昆虫採集のような趣味でも、ゴルフやテニスのようなスポーツでも構いません。
実際、僕には、自分がピンチになったときに助けてくれるだろうと確信できる、昔からの友人がたくさんいます。高校時代の美術部や趣味の音楽を通じて仲良くなった友人たちは各地に離れて住んでいますが、SNS上で常にやりとりを続けています。
文化を通じて友達をつくるときのポイントは、「趣味」のレベルに留まらず、もっとシリアスに、主体的に関わることです。音楽が好きなら、ただ聴くのではなく、楽器を習ってバンドを組んでみる。読書が趣味なら、自分で読書会を企画して、定期的に集まりを催す。そのように「傍観者」ではなく、「当事者」として文化に密接に関わることで、人間関係のネットワークも広がり、人生そのものが充実していくはずです。
「そうはいっても、自分には没頭できるような文化も趣味も浮かばない」
そんな方にお勧めなのが、自分の「欲望年表」を書いてみることです。生まれたときから小学校、中学校、高校、大学、現在に至るまで、自分自身を形づくってきた「欲望」が何なのか、徹底的に振り返ってみるのです。「これを勉強すれば将来食べていける」といった外部要因ではなく、自分の心の底から湧き上がってきた「欲望の歴史」に向き合ってみる。そこには必ず、これからの人生を充実して生きるヒントが隠れています。自分がどういう人間であるかを相対化して捉えられる人は、他人の生き方も認められる人です。そういう人は、孤立化することは決してないはずです。
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立命館大学准教授、哲学者
1978年、栃木県生まれ。県立宇都宮高校、東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。仏現代哲学の研究、美術・文学・ファッションなどの批評を行う。近著に『意味がない無意味』。
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(立命館大学准教授、哲学者 千葉 雅也 構成=大越 裕 撮影=永野一晃 写真=PIXTA)
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