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なぜか高いと感じない"値上げ"のカラクリ

プレジデントオンライン / 2019年5月30日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/sefa ozel)

原材料費や人件費の高騰を理由に、さまざまな商品の値上げが続いている。価格が上がると購入を控えるのが普通だが、東京大学経済学部の阿部誠教授は「消費者がつい受け入れてしまう値上げのやり方が存在する」という。どんなからくりなのか――。

※本稿は、阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■いくらなら高いと感じるか?

まずは、消費者が価格についてどのように感じているのかを見ていきましょう。以下のような状況を考えてみてください。

「夏の暑い日、ビーチで寝ころんでいたところ、友達がビールを買ってこようと提案しました。この近辺でビールを買えるところはおしゃれなリゾートホテルのバーしかなかった場合、いくらまでなら払いますか? 逆に、ビールを買えるところが古びた雑貨店しかなかった場合、いくらまでなら払いますか?」

おそらく多くの人は、ホテルのバーでしか買えないときに払ってもいいと思う金額のほうが、雑貨店でしか買えないときに払ってもいいと思う金額よりも高い額を答えるでしょう。これは私たちがそれぞれの店舗で予想するビールの価格が異なるからです。

価格の高低を判断するため、消費者が頭の中に抱いている基準価格のことを「内的参照価格」と呼びます。これは、その人の過去の経験や記憶など、多様な知識から形成されています。

■「文脈」や「知識」で“適切な価格”は変わる

内的参照価格に影響を与える要因は3つあります。まずは「外的参照価格」。たとえば店内やパッケージに提示されたメーカー希望小売価格、参考価格、通常価格などのことです。

次に「文脈」。さきほど出した例でいうと、リゾートホテルのバーで買うか、古びた雑貨店で買うかは、これに該当します。

最後は「知識」。たとえばヴィンテージもののジーンズのなかには数十万円するものもあります。マニアにとってはそれぐらいの値段がするのは当然のことでも、そうでない人にしてみれば高すぎますよね。まさに知識が内的参照価格に影響を与えている例です。

ふつう、価格が上がると満足度が下がります。経済学では満足度のことを「効用」と呼び、通常は価格に対して効用が線形に下がる効用関数を仮定します。しかし実際には、消費者は価格に対して非線形に反応することが知られており、心理学の理論はこれを裏付けています。

■消費者が値段の変化を意識するタイミング

消費者は、頭の中に抱いている内的参照価格を基準に、価格の高低を評価しています。内的参照価格に近ければ多少価格が変動しても鈍感ですが、参照価格から一定以上、離れると反応します。

たとえば内的参照価格が1万円だとして、9000円や1万1000円の場合は安いとも高いとも感じにくいですが、8000円や1万2000円になると、途端に安いと感じたり高いと感じたりする、ということです。参照価格より価格が高い場合は「損失」、参照価格より価格が低い場合は「利得」と知覚されます。

また、額が同じなら、人は利得よりも損失に強く反応します。価格が100円下がったときの喜びより、100円上がったときの痛みのほうが大きく感じられるということです。これは、人間の損することを避けたい気持ち、「損失回避性」という心理に基づきます。これらをまとめると、価格に対する効用(効用関数)は図のようなグラフで表すことができます。

『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)より

ここでは、縦軸が効用、横軸が価格です。効用関数は参照価格の近辺では平らで、価格がある閾値(限界値)を超える(損失)と満足度が下がり出し、価格がある閾値より安くなる(利得)と満足度が上がり出します。そして、効用関数の負の傾きは利得より損失の領域で大きくなります。一般的に、損失と知覚される区域の傾きは利得と知覚される区域の傾きの約2.5倍ということが、多くの実験で確かめられています。

■値引きは大胆に、値上げは少しずつ

ここからビジネス上の示唆が、いくつか得られます。

まず、参照価格は環境や経験に影響を受けるため、状況や人によって異なるということです。同じ500ミリリットルのコカ・コーラでも、買う場所が自販機かコンビニかスーパーかで参照価格が異なってきます。

同じスーパーでも、主に高級スーパーに行くAさんと、主に格安スーパーに行くBさんとでは、参照価格が違います。したがって、売り手は価格を設定する際に、ターゲットとしている顧客の参照価格を把握することが重要です。

また、価格が変わっても、その変動幅が小さいと顧客は反応しません。売り手が値引きセールをする際は、閾値を超えるまで価格を下げないと効果が出ません。逆に売り手が価格調整のために値上げをする場合は、価格が閾値を超えなければ売上は下がらないでしょう。そのため、売り手にとって、顧客が利得と損失を感じ始める価格の閾値を知ることは重要です。そして値引きは大胆に、値上げは少しずつ行うべきです。

■価値の大きさは金額に比例しない

先ほどの図は、話を単純化するために利得と損失の領域での反応が線形(直線)になっていました。一方、ノーベル経済学賞を受賞したカーネマンと心理学者トベルスキーが提案したプロスペクト理論では、心理物理学による人間の主観的な感覚量とリスク選好を考慮して、効用関数(彼らは価値関数と呼びました)に下の図のような非線形(曲線)を仮定しました。

『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)より

この価値関数から以下のようなことがわかっています。

まず、価値の大きさは金額に比例しない(つまり直線ではない)ため、金額が2倍になっても、その価値(満足度)は2倍にはならず、2倍弱(1.7倍ぐらい)になります。したがって、2倍の金額を半分の確率で得るよりも1倍の金額を確実に得るほうが、満足度が高くなります。

同様に、損失が2倍になっても、その価値(不満足度)は2倍にはならず、2倍弱(1.7倍ぐらい)になります。すると、2倍の損失を半分の確率で負うほうが、1倍の損失を確実にこうむるより、まだましになるのです。

■損失は統合されたほうが満足度が高い

では、複数の利得や損失があった場合はどうでしょうか。宝くじが当たった例で考えてみます。10枚の宝くじを買った際、1枚の宝くじで1万5000円が当たったときに得られる満足度よりも、1枚の宝くじで1万円当たったときの満足度と、もう1枚の宝くじで5000円当たったときの満足度とを足し合わせたほうが、より満足度が高くなります。つまり複数の利得は分離して受け取ったほうがうれしく感じるのです。

同様のロジックから、大きな利得と小さな損失は統合、大きな損失と小さな利得は分離、複数の損失は統合するほうが満足度は高まることがわかっています。つまり、今回の本題である値上げと増税のような、複数の損失は統合したほうがよいということです。

たとえば単品でカーナビを買うことには抵抗があっても、新車を買った際には抵抗なくオプションでカーナビをつけたという経験をした方もいると思います。まさに複数の損失は統合したほうがよいということの表れです。

■税込みなら増税と値上げは同時がいい

消費者にとっては、商品の値上げも増税も損失と知覚されます。このダブルパンチから消費者の感じる痛みをなるべく抑えるために、値上げと税率の変更を同じタイミングで行うべきか、それとも税率変更前(たとえば半年前)に値上げをするべきかを、考えてみましょう。

阿部誠『東大教授が教えるヤバいマーケティング』(KADOKAWA)

たとえばある定食屋の店主が値上げを考えているとします。価格が上がれば一目瞭然なので、店主としてはその悪影響をなるべく減らしたいと思っています。分かりやすくするために、値上げ分を20円、増税分を30円として、最終的には50円の価格上昇としましょう。

まずは、定食の価格が税込みで掲示されている場合を考えてみます。値上げを増税の半年前に行えば、掲示される値段はまず20円アップ、次にその6カ月後に30円アップと、消費者にとって損失が分離されます。

一方、同じタイミングで行えば1回のみの50円アップなので、消費者の損失は統合されます。複数の損失は統合したほうがいいという観点から、後者のほうが消費者の痛みは小さくなるため、値上げと増税は同時にするべきです。

■税抜きなら増税前に値上げ

それでは、ランチの価格が税抜きで掲示されている場合はどうでしょうか。値上げを増税の半年前に行えば、掲示される値段の上昇は20円の1回のみです。増税になったおりには精算時に30円が追加になりますが、他の商品もすべて増税の影響を受けるので、しかたがないと思ってそれほど苦痛に感じません。

一方、増税と同じタイミングで値上げを行うと、支払の際にはメニュー表で見た20円アップに加え、会計時に増税分がさらに30円加算されます。「損失は統合する」という原則から外れ、ダブルパンチを強く感じるでしょう。したがってこの場合は、増税前に値上げをしたほうがダメージは少なくなります。

このように、人間が価格の変化に対してどのような感じ方をするかを考えると、いつのタイミングで値上げするかのヒントが得られるのではないでしょうか。

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阿部 誠(あべ・まこと)
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授
1991年マサチューセッツ工科大学博士号(Ph.D.)取得後、2004年から現職。ノーベル経済学賞受賞者との共著も含めて、マーケティング学術雑誌に論文を多数掲載。2003年にJournal of Marketing Educationからアジア太平洋地域の大学のマーケティング研究者第1位に選ばれる。おもな著書に『(新版)マーケティング・サイエンス入門:市場対応の科学的マネジメント』(有斐閣)などがある。

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(東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授 阿部 誠 写真=iStock.com)

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