「難聴の人」を不採用にした人気店の後悔
プレジデントオンライン / 2019年6月21日 9時15分
※本稿は、中村朱美『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』(ライツ社)の一部を再編集したものです。
■最初は「シングルマザー」の採用から始まった
「佰食屋では、なぜダイバーシティを実現できたのですか?」。
これだけ世の中で「多様性の時代」と言われ、講演でも高い関心が寄せられていると感じます。経済産業省は「グローバル時代の競争戦略としてダイバーシティ経営を推進するべきだ」として、「新・ダイバーシティ経営企業100選」を選定しています。ありがたいことに佰食屋も2017年に選出していただきました。
では、なぜ佰食屋はダイバーシティを実現し、さまざまな背景の人が働いているのか。
その答えは「いいと思った人を採用していたら、たまたまそうなった」です。拍子抜けするような答えでごめんなさい。でも、本当にそうなんです。
いわゆる「マイノリティ人材」を初めて採用したのは、シングルマザーのAさんでした。
面接をしていて、あぁ、とても感じのいい人だな、ぜひうちで働いてほしいな、と思っていたところ、Aさんが言いにくそうに、こう打ち明けてくれたのです。「実はわたし、一人で子どもを育てていまして、親に手伝ってもらってはいるのですが、もしかしたら、ご迷惑をおかけすることもあるかもしれません」。
わたしは、まったく「えー!?」とも「どうしよう……」とも思わなかったのです。「ふーん、そうなんや」。それくらいです。たしかに、子どもが急に熱を出すかもしれないし、親に預けられないこともあるかもしれません。けれども、わたしか夫が代わりにシフトに入ってフォローすれば問題ないな、と思ったのです。
■難聴の人を断ってから、ずっとモヤモヤしていた
その次に採用したのは、難聴のあるHさんでした。
ただ、Hさんのときは、ちょっと悩みました。当初、Hさんは西院の佰食屋に応募してこられたのですが、カウンター席のみのお店のため、どこにいても必ずお客様から声をかけられることになります。さすがにお店のザワザワのなか、声の小さいお客様が来られるとちょっと難しいかも、といったんお断りしました。
でも面接が終わって、家に帰ってからも、ずっとモヤモヤしていました。「もしわたしたちが採用しなかったら、あの人はこれからどうするんだろう。わたしたちにできることが、もっとあるんじゃないか……」。
それで、もう一度その日に電話してみました。「もしかしたら、ほかのお店に勤めていただく形なら大丈夫かもしれない。もう一度相談できませんか?」と、大きな声で。そして改めて面談して、「佰食屋から電車で3駅のところにあるすき焼き専科というお店であれば、厨房が独立しており、その厨房内で鍋の仕込みやご飯の盛り付け、洗い場といった、あまりお客様と多く接しないポジションの仕事があります。そこでなら、難聴だったとしても問題なく働くことができるかもしれない。少し遠くはなりますが、そんな働き方はどうですか?」と尋ねたところ「ぜひやってみたい」と。そして、Hさんを採用することにしました。
■「普通の人」なんて世の中に一人もいない
マイノリティ人材を採用すると、イレギュラーな対応はもちろん増えます。
けれども、そもそも、マイノリティとはどういった人のことでしょうか。シングルマザーや聴覚に障がいのある人、高齢者、外国人、家族介護中の人、うつ病の人、LGBT(性的マイノリティ)……。
じゃあ、一人暮らしの若者は? 怒りっぽい性格の人は? 一人暮らしの若者は、無茶な生活をしてしょっちゅう遅刻したり体調を崩したりするかもしれないし、怒りっぽい人は、ずっとイライラ当たり散らすばかりで、周りがつねにフォローしなくてはならないかもしれません。
「普通の人」「マジョリティ」なんて、世の中に一人もいないのではないのでしょうか。
結局のところ、みんな少しずつ違っていて、みんな少しずつフォローし合っている。そうやって人は暮らしています。それと同じように、同じ職場で働くのも、できる人ができない人をカバーすればいいし、できる人とできない人が入れ替わることだってよくあります。フォローする回数がちょっと増えるくらいなら、どうとでもなることです。
シングルマザーのKさんのお子さんが立て続けに体調を崩し、しばらく休まざるを得なかったとき、従業員のみんなにはこう話しました。「彼女のフォローはわたしたちがするから、みんなは気にしないで。どうしても小さな子は体調を崩しやすくて、Kさんが悪いわけじゃない。きっと彼女がいちばん心の中で苦しんでいるから」と。
■従業員が多様化したらお客様も多様化した
結果として、佰食屋はどのお店も多様性のある職場になりました。それによって、思わぬ形でポジティブな影響がありました。
来られるお客様さえもダイバーシティになってきたのです。
外国人のお客様がとても多いのは、これまでお伝えした通りです。また、障がい者や高齢者が来られても、雰囲気はなにも変わりません。すき焼き専科と肉寿司専科のお店はどちらもエレベータのない2階にありますが、従業員みんなが自然に手伝います。
ある従業員は、階段を降りられなくなってしまったご婦人に「おばあちゃん、背中乗って!」とお声がけして、おんぶして1階へお連れしたこともありました。片足が義足の人をお座敷席へご案内したときには、「こちらで足を拭いてくださいね」と、従業員が自然にタオルをお渡ししていました。
特にマニュアルがあるわけではありません。それでも従業員が自然に対応することができるのは、普段から従業員同士の多様性のなかで、お互いに助け合い、なにをどうすべきなのか、どんな場合に困ることがあるのか、学びとれているからだと思います。
■子育て中の従業員のアイデア「キッズライス」
たとえば、未就学児のお子様への「キッズライス」サービスは、子育て中の従業員みんなからのアイデアでした。
子どもはお腹が空くと、ぐずったり泣き出したりしてしまうことがよくあります。注文して料理が出てくるまでの時間、たった10分でも待つことは大変です。料理が出てきても、熱くてすぐ食べられないこともあります。お店でずっと泣きベソをかかれてしまうと、親御さんも気が気ではありません。
そこで、席に着かれてお茶を提供する際に「キッズライスはいかがですか?」とご案内して、はじめに子ども用お茶碗1杯分のごはんを無料でサービスすることにしました。このサービスは、お子様連れのお客様に大変喜ばれています。
こんな事例があったとき、わたしは本当に嬉しくて、大げさなくらいに褒めます。その人にだけでなく、「ちょっとみんな聞いて! ○さんがこんなことしてくれたんよ! すごくない?」と、周りにも言います。
■「自分がマイノリティだ」と感じた人はやさしくなれる
その人が勇気を出して、誰かの力になってくれたこと。
それを周りも評価して、「今度は自分もやってみよう」と思ってくれる。そうやって、思いやりの空気が循環していきます。
わたしが従業員と接して感じるのは、自分がマイノリティだ、と感じた経験のある人は、どんな人に対しても思いやり、やさしく接することができるということ。
きっと従業員の多くが、少なからず「こんな自分でも受けていいんだろうか」という思いを持って、勇気を出して佰食屋へ応募してくれたと思うのです。
そんな彼ら彼女らに対して、面接を通してじっくりと向き合い、その人が大切にしてきた思いを引き出し、仲間としてやっていけると確信すれば、わたしは面接の最後に、その日その場で、まっすぐにこう伝えます。
「わたしはあなたと働きたいです。佰食屋で一緒に働いてくれませんか?」。
たくさんの従業員から「あのときは、涙が出るほど嬉しかった」「自分を認めてもらえた気がした」と、後から打ち明けられます。わたしからすると、「よくぞ佰食屋を見つけてくれてありがとう」という気持ちです。
誰一人として、「わたしなんか」「自分なんてどうせ」と卑屈になることなんてない。みんなそれぞれ違ういいところがある――。
それは、もっと世の中に誇っていいことだと思うのです。
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「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」代表
1984年、京都府生まれ。2012年に「1日100食限定」をコンセプトに「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」を開業。行列のできる超人気店にもかかわらず「どれだけ売れても1日100食限定」「営業わずか3時間半」「飲食店でも残業ゼロ」というビジネスモデルを実現。また、多様な人材の雇用を促進する取り組みが評価され「新・ダイバーシティ 経営企業100選」に選出。2019年に日経WOMAN「ウーマン・オブ・ザ・イヤー大賞」を受賞。6月に初の著書『売上を、減らそう。』(ライツ社)を出版。
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(「国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋」代表 中村 朱美 写真=iStock.com)
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