1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

安易なサブスクが急にブームになったワケ

プレジデントオンライン / 2019年6月21日 9時15分

※写真はイメージです(写真=iStock.com/LPETTET)

製品を割安で売り、単品の利益を積み重ねる「売り切りモデル」を長らく続けてきたものづくり企業で、「サブスクリプション」のような継続的に収益が入ってくるビジネスモデルへと方針転換する動きが加速している。しかし、兵庫県立大学国際商経学部の川上昌直教授は「人気に乗じて事業をモデルチェンジしても、安易な発想では行き詰まる」と警鐘を鳴らす――。(前編、全2回)

※本稿は、川上昌直著『「つながり」の創りかた』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

■低収益構造を生んだ「売り切りモデル」

ものをつくり、大量に売って利益を得る旧来型のビジネスモデルが終焉を迎えようとしています。プロダクト(製品)をつくって売るだけでは、もはや誰も買わなくなりました。当然ながら、利益が生まれるはずもありません。

すると、企業は安売りを始めます。適正価格以下でユーザーに提案し、なんとか買ってもらおうとすると、利益は悪化します。ユーザーは安いから買っただけで、決してプロダクトには満足していません。日本企業が苦しんでいる理由は、まさにここにあります。

「ものづくり」や「もの売り」で栄えた企業は、過剰なコストパフォーマンスや安売りで不況や熾烈な競争を乗り切ろうとしました。その結果、ユーザーからは価格でしか支持を得られず、価値を認識してもらえなくなったのです。残ったのは割安価格のプロダクトと、低収益構造。無自覚のまま、これまでどおりのビジネスを続ければ、近い将来、行き詰まることになるでしょう。

これまでのものづくり企業やもの売り企業のビジネスのやり方を、「売り切りモデル」と呼びます。売り切りモデルとは、あるプロダクトを販売したときに利益を確定する収益化モデルのこと。原価に一定の利益幅を付けて価格を付すという価格設定は、まさに売り切りモデルの中心となる考え方です。商品を希望価格で買ってもらえれば、企業は確実に利益を得ることができます。

そのため、顧客との関係が「一期一会」であっても、取引から利益を回収できます。こうして、単品による利益を積み重ねて、企業全体としての利益をつくるのです。厳格なコスト計算の下、価格設定や販促活動などが展開されていきます。

■超有名ブランドだからなせる業

売り切りモデルは、理想的な状況ではうまく作用します。

たとえば、十分にブランディングが成功した企業がそうです。原価に基づいて利益幅を加えて価格設定しても、一定程度まではユーザーはついてくるでしょう。いわゆる差別化優位の戦略です。代表的なところでは、グッチ(ケリンググループ)やエルメス、それにルイ・ヴィトン(LVMHグループ)、ポルシェやフェラーリなど、ラグジュアリー企業が該当します。

十分にスケールメリットがある企業も、うまくいくでしょう。そもそも原価を安く設定できるので、そこに一定の利益幅を加えても、十分に競争的な価格設定が可能になり、利益回収の可能性が高くなります。これは、コスト優位の戦略です。ユニクロ(ファーストリテイリング)、あるいはトヨタ自動車などは、まさにそうです。

これらは、従来の競争戦略の下で勝てる企業の条件であり、多くの企業が無意識にやってきたことです。コスト優位で攻めるのか、差別化優位で攻めるのかを決め、巨額の先行投資をしてバリューチェーン(事業活動の連鎖)をつくり込むことが勝負のカギを握ります。そこで売り切りモデルを確立できるバリューチェーンをつくり上げた企業が、競争優位を獲得するという方程式がありました。

■売れたからとほっとしている場合ではない

それでも、このような理想的な状況はほとんどなくなりました。今、述べたような勝ち組は、ほんの一握りにすぎません。多くの売り切り企業は、「販売」することだけで疲労困憊しています。戦略を成功裏に実現する余裕はないのです。

企業はマーケティング思考を駆使し、ターゲットに向けたプロダクト開発をしています。それと同時に、生産体制を構築し、販路を確保します。大きな販路とのタフな交渉を経て、やっと売り場にプロダクトが並ぶのです。

そこからが本当の試練です。無数にいるライバルとしのぎを削りながら、競争を経てユーザーのもとへと届きます。プロダクトの売り切りと同時に、所有権がユーザーに移転すると、企業はプロダクトから解放されるのです。実際にこの時点で売上が立ち、利益が確定します。企業としては、プロダクトが手離れした瞬間に、解放感でいっぱいになります。

実は、ここに問題があります。

企業のゴールを販売で迎えてしまうことで、利益獲得のチャンスを1回で終わらせてしまっているのです。企業は、プロダクトの売り切りによって利益を獲得しますが、それ以降は収益が入ってくることはありません。販売した時点で、それ以上ユーザーに深入りすることがないからです。これが、ものづくり企業やもの売り企業の利益が少ない理由です。

こうした売り切りモデルが苦しむ姿をよそ目に、全く真逆の成果を生むビジネスが見え始めてきました。ユーザーに熱烈に支持されながらも、十分に利益を獲得し、しかも、その利益が継続する。そんな理想的なビジネスモデルが、リカーリングモデルです。

■サブスクリプションが急増したワケ

リカーリングモデルとは、リカーリングレベニューを実現する収益化モデルのことです。リカーリングレベニュー(recurring revenue)とは文字どおり、継続的に収益が入ってくる「状態」を表しています。販売時に売上を立てて、利益を計上し終えるのではなく、時間をかけて収益を回収していきます。繰り返し収益が入ってくるので、そこだけを切り取れば、経営者にとってこれほど望ましいことはないでしょう。

なかでもリカーリングモデルを採用し、成果をあげているのが、デジタル系の新興企業です。顧客を喜ばせるとともに、莫大な収益をあげ、株式時価総額を高めることに成功しています。

リカーリングモデルの代表格が「サブスクリプション」です。基本的にはユーザーに購入を促すのではなく、「契約」をしてもらうやり方です。契約後は、利用料に限らず月額や年額などで課金する期間での定額制や、利用量に応じて課金する従量制といった課金形式で、継続的に収益を生み出しています。

■王道のネトフリ、シフトチェンジで成功したアドビ

サブスクリプションで活況を呈する企業が、動画配信サービスのネットフリックスです。月額定額制で映画やドラマを見放題のサービスを提供しています。テレビのリモコンにもそのマークが入っていることから、日本でもすっかりおなじみとなりました。

自社コンテンツの制作に多額の投資を行い、ユーザーの支持も厚く、2017年12月期では、全世界でユーザー1億人を突破し、過去最高の売上高(117億ドル)と営業利益(8.4億ドル)を更新しました。ユーザーが解約せず、会員が増え続ける限りは、右肩上がりの成長が見込めます。

売り切りモデルからリカーリングモデルに転向した代表的事例が、アドビシステムズです。2013年に売り切り型のドル箱ソフトウェア「クリエイティブ・スイート(CS)」を、月額定額で使い放題のサブスクリプションの「クリエイティブ・クラウド(CC)」に全面移行。劇的にビジネスモデルを変革し、売上、営業利益ともに過去最高を更新し続けています。

その事業変革の成果は、ハーバード・ビジネススクールのケースにも取り上げられたほどです。それが反響を呼び、リカーリングモデルは世界中の企業で、一躍羨望の的となりました。

■赤字傾向のアマゾンを支えるAWSサービス

小売業の覇者であるアマゾンも、リカーリングモデルを積極的に活用する企業の筆頭です。小売業の革命児と思われているアマゾンですが、それだけに物流やイノベーションにコストがかかります。結果的に小売部門の利益率は低く、2018年現在もアメリカ以外では赤字を計上します。

それでも、アマゾンが継続的なイノベーションを実現できるのは、グループ内にリカーリングモデルを持っているからです。

目を見張る成果をあげているのが、アマゾンウェブサービス(AWS)というクラウドサービスです。これは主にBtoBでの強固なサーバーの利用分だけ請求する従量制サブスクリプションをとるビジネスモデル。つまり、利用に応じて収益が繰り返し発生するリカーリングモデルです。

AWSの収益性は小売部門のそれを圧倒します。営業利益率は25%を計上し、営業利益額ベースでは、同社のアメリカ国内の小売部門をしのぎます。アマゾンの積極的な姿勢は、AWSあってこそといえます。

■企業に継続的にお金が落ちる仕組みは他にも

顕著な事例は、純粋なデジタル系企業だけにとどまらず、日本でも成功事例が出始めています。しかもその事例は、ものづくりを象徴するエレクトロニクス業界から生まれています。本業では長らく苦しんでいたソニーが、リカーリングモデルを強化する旨を表明し、ついに2018年3月期と続く19年3月期で最高益を更新し続けているのです。

ゲーム機「プレイステーション」の機能を強化するサブスクリプションの「プレイステーション・プラス」が、その立役者になりました。いまだ売り切りモデルで革新的な一手を生み出せずにいる、エレクトロニクス他社を大きく引き離したのです。

サブスクリプション以外のリカーリングモデルもあります。たとえば、製品は無料、高度な機能は課金するという経済システムで話題になったビジネスモデル「フリーミアム」です。

また、旧来からあるものとしては、プリンタなどで採用されてきたレーザーブレイド(カミソリの刃)や、古くから採用されてきたリースなどが挙げられます。ユーザーがその企業に支払い続ける仕掛けが、リカーリングモデルを生み出すのです。

■「バラ色の利益天国」を期待するが……

売り切り企業の不振をよそ目に、リカーリング企業の華々しい成功事例が、数多く報じられています。しかも、これからもその収益が継続するのです。売り切り企業にとって、これほどうらやましいことはありません。

将来の業績不振に恐怖している売り切り企業が、リカーリングモデルへと移行したいと思うのは当然の流れです。リカーリングモデルにすれば華々しい未来が待ち受けているのですから。今、販売しているプロダクトを月額制で提供したら収益が3年で倍増、などと思いをめぐらせるでしょう。バラ色の利益天国を想像するのはワクワクします。

しかし、売り切りをリカーリングへと変えるのは、そんなに単純な話ではありません。売り切りやリカーリングは、収益の取り方にすぎないからです。もしあなたが今のビジネスの構造を変えずに、課金のみをサブスクリプション的なものに変えたとしても、結局はうまく機能しないのです。リカーリングモデルは要件が整って、初めて機能します。

■人気に乗じた多くはサブスク「的なもの」でしかない

2018年は、まさにリカーリングモデル拡大元年でした。大手も小規模企業もこぞって、「サブスクリプション」というワードに飛びつきました。すでに導入した企業もたくさんあります。しかし、課金だけ変えようとして、全く要件を満たしていない事例も見られます。その多くがサブスクリプション的なものに終始しているのです。

川上昌直『「つながり」の創りかた』(東洋経済新報社)

メディアもそれを助長しました。単なるレンタルやクレジット会社を仲介させただけの割賦販売をサブスクリプションと呼び、もてはやしました。しかし実際には、収益の増大どころか減少をもたらし、ユーザーの支持も得られず、短期のうちに撤退した事業があるのです。

このままでは、われ先にと始めたリカーリング的な事業は行き詰まるでしょう。近い将来には、撤退のニュースが後を絶たなくなるのは目に見えています。

あなたの企業がリカーリングモデルを検討中であるならば、いったん踏みとどまって考えてもらいたいものです。もし課金の変更だけでリカーリングモデルがうまくいくと思っているなら、それは間違いです。

では、どうすればよいのでしょうか。

結論から言いましょう。ビジネスモデルそのものに目線を移す必要があります。そして、ユーザーへの価値提案を改めなければなりません。

リカーリングモデルは、販売後も継続してユーザーと関係を持つ、すなわち「つながり」を考えることが必要条件なのです。

ユーザーとの継続する関係こそが、継続する収益の源泉になるのです。

----------

川上 昌直(かわかみ・まさなお)
兵庫県立大学国際商経学部教授
1974年大阪府生まれ。福島大学経済学部准教授などを経て、2012年兵庫県立大学経営学部教授、学部再編により現職。博士(経営学)。「現場で使えるビジネスモデル」を体系づけ、実際の企業で「臨床」までを行う実践派の経営学者。専門はビジネスモデル、マネタイズ。初の単独著書『ビジネスモデルのグランドデザイン』(中央経済社)で日本公認会計士協会・第41回学術賞(MCS賞)を受賞。『「つながり」の創りかた』(東洋経済新報社)、『ビジネスモデル思考法』『マネタイズ戦略』(いずれもダイヤモンド社)など著書多数。

----------

(兵庫県立大学国際商経学部教授 川上 昌直 写真=iStock.com)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください