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中国版"ブラックリスト"に登録された人の末路

プレジデントオンライン / 2019年9月13日 9時15分

スマートフォンに表示されたアリババグループの信用スコア「芝麻信用」のロゴ - 写真=Imaginechina/時事通信フォト

中国では、学歴や支払い能力など個人の「信用力」を数値化した信用スコアを政府が管理している。さまざまなサービスを利用するとスコアが上がる反面、政府の「リスト」に載ると飛行機が使えなくなるなどの制限があるという。いったいどんな人がリストに登録されるのか――。(後編、全2回)

※本稿は、梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。

■「芝麻信用」の一般的なスコアはだいたい700点

2019年7月に江蘇省蘇州市、山東省威海市で取材を行ったのですが、IT企業大手アリババグループが展開している信用スコア「芝麻信用」(セサミクレジット)について聞くと、多くのユーザーは異口同音に「芝麻信用のスコアはちゃんとした人間かどうかを示すもの」と答えました。

モバイルインターネットをよく使う都市中産層ならば、違法行為や規約違反を犯さない限りは600点台後半以上のスコアは獲得でき、シェアサイクルやシェアバッテリーのデポジット無料など、用意されている優遇サービスの大半は享受できます。そのため、スコアで差別的な待遇を感じたことはないと言います。まっとうにルールを守っている人間ならば必要十分なスコアは得られる、極端に問題のある人間だけをはじくシステムだと言うのです。

まっとうに生きているだけで評価される、こうした信用システムの構想は中国だけではありません。世界的に注目を集めたのがトークンエコノミーです。ビットコインを中心とした暗号通貨が人気となったあと、中核技術であるブロックチェーンをほかに生かす方法が模索されました。その1つがトークンエコノミーで、エコに配慮した行動をした人やボランティアの参加者にトークン(暗号通貨)を配布することで、人々によき行動をするようインセンティブを与えるというサービスがいくつも構想されました。

■普通に暮らしているだけでスコアが上がる不気味

トークンエコノミーと比較したとき、芝麻信用などの信用スコアが異なっているのは、このスコアが「なぜ上がったり下がったりするのか」がよくわからないという点です。例えば芝麻信用は利用する際にSNSを通じた交友関係とか学歴なども入力することになっていますが、どの程度重みづけされてスコアが計算されるのかは公表されていません。

例えば、筆者(梶谷)が2018年の夏に北京に行く前には、自分の芝麻信用のスコアは577点だったのですが、3週間滞在し、いろんなサービスを使っているうちに1点上がって578点になりました。しかし、なぜ上がったのかはさっぱりわからないのです。

こういった、「よくわからないシステム」によって行動が評価されて、それが何らかの形で自分に利害を及ぼすようになる。つまり、再帰的な行動評価のシステムがブラックボックスになっていると、人々はいわゆる「自発的な服従」と言われる行動をとるようになってきます。つまり、おとなしく従っていたほうがより恩恵を得られるので、みんな自発的に従うという状況が生じているわけです。

■各方面のブラックリストを連結し、行動を制限

この仕組みをもっとわかりやすく、あからさまに実施しているのが2つ目の「懲戒」分野での社会信用システムでしょう。金融分野の個人情報の収集が進むにつれて、さまざまな分野で問題のある企業、個人のブラックリストの作成と、その公開が進められたのです。脱税や規則違反、環境汚染企業のブラックリスト、旅行先で問題を起こした個人のブラックリストなど、各省庁、部局が大量のブラックリストを制定しています。

これらのブラックリストは個別のものでしたが、2014年以降は複数のブラックリストを連結し、一括検索できるデータベースの構築が始まりました。特に重要な動きは「信用コード」の制定です。中国におけるすべての企業、個人に信用コードが付与されたのです。これは戸籍制度と結びついた身分証に次ぐ、いわば第二のIDと言ってもいいでしょう。

「信用中国」という公式サイトからこの信用コードを使って検索すると、それぞれの企業、個人の信用記録を一覧できます。

「社会信用システム計画綱要」には記載されていないのですが、懲戒機能という面で補完的な役割を果たしているのが「失信被執行人リスト」です。日本メディアも2000万人を超える人々(ただし、のべ人数ですが)が航空機や列車の利用を制限されているなど大きく報じていますが、それはこの制度によって懲戒を受けたためです。

■離婚裁判で約束を破った妻もリストに

失信被執行人リストにはどのような人が登録されるのでしょうか。「最高人民法院公告2017年7号」によると、次のように定められています。

1:履行能力があるのに、有効な法律文書で確定した義務を履行しなかったもの
2:証拠の偽造、暴力、威嚇などの方法で執行を妨害、拒否したもの
3:虚偽の訴訟、虚偽の仲裁、あるいは財産の隠匿、移転などによって法の執行を回避したもの
4:財産報告制度に違反したもの
5:消費制限令に違反したもの
6:正統な理由なく協議の履行、執行に違反したもの

4、5は共産党幹部や国有企業関係者の党紀違反を罰するものなので、一般の国民が対象となるのは残りの項目です。ほとんどのケースは裁判で確定した賠償などの義務を履行しなかった場合にリストに登録されます。取引先に代金を支払わなかった企業の代表者から、離婚裁判で子どもを毎月、前夫に会わせると約束したのに従わなかったケースまでさまざまです。

■忠実に履行しないと高速鉄道にも乗れない

2019年5月、「格闘狂人・徐暁冬が失信被執行人リスト掲載」というニュースが中国メディアをにぎわせました。徐暁冬は総合格闘技の選手で、伝統的な中国武術の達人たちはニセモノばかりだと批判。実際に試合を行ってはたたきのめすという派手なパフォーマンスで一躍有名人となりました。

しかし、徐は自らのネット番組で、太極拳の達人・陳小旺を「嘘つき」「犬ころ」呼ばわりしたことで、名誉毀損で訴えられて敗訴。裁判所は賠償金と公開謝罪を命じましたが、徐は賠償金は支払ったものの、公開謝罪をしませんでした。そこで陳が判決不履行を申し立てて、失信被執行人リストに掲載されたのです。「高速鉄道に乗れなくなったから、鈍行で移動するしかない」と徐は嘆いていますが、それでも公開謝罪はしたくないそうです。

また中国を代表するIT企業百度の創業者である李彦宏も、2019年4月末にリスト登録の申請がなされました。作家・陳平の著書の一部が許可を得ずして百度のサービスに使われたとして裁判があり、裁判所は謝罪と賠償金の支払いを命じました。その判決を履行しなかったとして、陳はリスト登録を申請したとのことです。陳の申し立てに対し、百度側は根拠がないと反論していますが、本稿の執筆時点でまだ結果は判明していません。

■「罰を考えてみました」のノリでゴルフ場出禁

失信被執行人リストには「老頼(ラオライ)」という通称があります。老頼とは「言い逃ればかりして実行しない人」の意味です。裁判判決をちゃんと実行しない人をリスト化し、罰を与えて実行するよう促すわけです。

では、具体的にどのような罰が与えられるのでしょうか。2017年に改定された「失信被執行人の合同懲戒に関する協力覚書」では、55項目が規定されています。

その中には飛行機、列車の1等寝台、船舶の2等船室以上に乗れないとか、1つ星以上のホテルやナイトクラブ、ゴルフ場での消費禁止や、学費が高額な私立学校に子どもを通わせることを禁止という項目があります。他にも証券会社の設立禁止や、政府サイトやメディアでの実名公開、人民元を外貨に替える際の審査厳格化……など、やたらと広範かつ多様な項目が盛り込まれています。

というのも、この覚書は中国共産党の党機関、省庁、中国鉄路総公司などの国有企業など44もの部局が合同で発表したもので、それぞれが「自分たちができる罰を考えてみました」というノリで、懲戒規定を盛り込んだためです。

高速鉄道や航空券の販売サイトはすでにリストのデータベースとの接続を終えており、掲載者への販売をブロックすることができますが、ナイトクラブやゴルフ場との連携はまだで、リスト掲載者でも自由に使えるようです。結局、多くの項目は規定をつくっただけで稼働していないのが現状です。

■ガチガチの官僚制が生んだ「無理やり」な規制も

中国は世界最古の官僚制国家であり、また同時に社会主義国でもありますので、官僚主義的な法規制を乱発する、2大要件が重なっています。そのため実現性が皆無な法律、規制がつくられることがままあります。その中にはあまりの荒唐無稽さに笑えるものも少なくありません。

2012年には北京市が公衆トイレ管理サービス基準なる文書を発表しましたが、その中に「公衆トイレ内におけるハエの数は2匹を超えてはならない」という項目があり、話題となりました。検査時にたまたまハエが飛んできたらアウトになるのか、などと中国のネットユーザーから笑いものにされたのですが、北京市政府の担当者はともかく基準をつくらなければならなかったので無理やりひねり出したのでしょう。

失信被執行人を対象とした処罰でも実効性がないものが多く含まれています。今後洗練されていき、実効性を高めていくことになるのでしょうが、現時点では膨大な処罰規定のほとんどが稼働していない状況です。問題を多くはらんだ処罰規定ですが、その目的意識ははっきりとしています。

それは「裁判判決を守らない者を生きづらくする」ということです。「失信者寸歩難行」(信用を失った者は一歩も歩けない)という言葉で表現されるのですが、生活のさまざまな場面で支障がでて生きづらくさせることを目的としているわけです。

■マイルドな処罰で緩やかに正していく

ここでポイントとなるのが、あくまでもその罰が「緩やかな処罰」であるということです。前述の徐の場合、高速鉄道には乗れませんが、我慢して普通列車で移動することは可能です。移動禁止のような「厳しい処罰」ではなく、移動はできるが時間がかかるし大変だという形で「緩やかな処罰」が加えられているのです。

より強力に処罰しようと思えば、強制執行という手段もあります。また、刑事罰ならば問答無用で執行されます。しかし、そこまで厳しい姿勢で臨む必要がないものに対しては、もう少しマイルドな処罰で圧力をかけましょうという発想なのです。

これは「ナッジ」、すなわち強制的な義務ではなく望ましい行動を取るように制度設計をしたり促したりすることと同じ仕組みと考えていいでしょう。重大な事件であれば、強制執行を行えばいいのですが、そうではなく謝罪をさせる、あるいは小額の賠償金を支払わせるといった、資金的にも時間的にも多額のリソースを費やすのが難しい場合に使う手段なのです。

■差し押さえるために相手を軟禁する背景

この失信被執行人制度を知ったとき、ひろゆき(西村博之)氏のエピソードを想起しました。ひろゆき氏はネット掲示板「2ちゃんねる」(現在は運営者が替わり、5ちゃんねるという名称に変わっている)の創設者ですが、ネット掲示板の書き込みの削除をめぐり多数の告訴を受けました。敗訴して損害賠償を命じられても一切支払いをしていないと公言しています。

梶谷懐・高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書)

この場合、債権者は強制執行の申し立てができますが、差し押さえるべき財産は債権者が自力で捜し出す必要があります。これには大変な労力が必要ですし、財産が見つからない、あるいは本人が財産を持っていない場合に強制執行は不可能です。

つまり、裁判で勝っても、それで終わりとはいかないことが多いわけです。中国の状況は日本以上に深刻で、金の支払いをめぐる拉致や軟禁といった事件が多発しています。大変な時間と労力をかけて裁判に勝っても、金を取り戻せるかわからない。だったら実力行使で身柄を押さえて、金を取り戻すまで軟禁しようというわけです。

近代社会なのだから法を守りましょう、裁判でやりましょうといっても、実効性がある仕組みがなければ、人々は従いません。失信被執行人リストの作成と公開にはこうした背景があるわけです。

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梶谷 懐(かじたに・かい)
神戸大学大学院経済学研究科教授
1970年、大阪府生まれ。神戸大学経済学部卒業後、中国人民大学に留学(財政金融学院)、2001年神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、2014年より現職。著書に『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院)、『現代中国の財政金融システム』(名古屋大学出版会、大平正芳記念賞)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(太田出版)、『中国経済講義』(中公新書)など。

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高口 康太(たかぐち・こうた)
ジャーナリスト
1976年、千葉県生まれ。千葉大学人文社会科学研究科博士課程単位取得退学。中国経済、中国企業、在日中国人社会を中心に『週刊東洋経済』『Wedge』『ニューズウィーク日本版』「NewsPicks」などのメディアに寄稿している。ニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。主な著書に『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)、『現代中国経営者列伝』(星海社新書)、編著に『中国S級B級論』(さくら舎)など。

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(神戸大学大学院経済学研究科教授 梶谷 懐、ジャーナリスト 高口 康太)

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