人間はロボットとセックスするようになるのか
プレジデントオンライン / 2019年11月11日 9時15分
■力を発揮するのは孤独より孤立の解消
AIの進化が人の孤独を癒やすかといえば、そうとは言い切れません。
人間が犬や猫などのペットに限らず、ソニーのロボット犬aiboにも癒やされるのは、なぜでしょうか。それは、人間が彼らと双方的にコミュニケーションが取れていると“感じることがある”からです。つまり、飼い主である人間がペットやaiboに一方的に愛着を抱いている場合がほとんどです。当然ながら、aiboに人格と呼べるような意識はありません。人間の親近感や愛着とは、極めて主観的なものです。
現在、自律的に思考できるAIの技術開発が進んでいます。また、人間と自然に会話できるAIの開発研究も進んでいます。普段、苦労なくしゃべっている私たちは気づきにくいですが、人間同士の会話は複雑な構造によって成り立っています。
人間が言葉の意味を理解するときには、その言葉以上の、あるいは以外の文脈も同時に理解しています。例えば、カップルで交わされる「大キライ」という言葉は、本当に相手のことを嫌いだから言っているのではなく、愛着を持って甘えているときに使われるケースもあります。
■人間と会話を成立させるための開発
文脈を理解するためには、情報が必要です。前後の文章や話すスピード、抑揚によって意味は大きく異なり、それらをくみ取って私たちは初めて言葉の意味を理解できるのです。そのため、AI研究において、人間と会話を成立させるための開発には長い時間を要してきました。
仮にいま、こうした会話の文脈の理解ができるAIが開発されたとしましょう。その場合、我々の生活にどのような影響を与えるでしょうか。
例えば、一人暮らしをしている高齢者にとっては、そのAIが話し相手になってくれるでしょう。しかし、いくら会話ができても、そのAIに親近感や愛着、あるいは掛けがえのなさを感じなければ、やはり孤独が癒えることはないでしょう。場合によっては、AIと話をするほど、自分の境遇をかえりみて、孤独を感じることがあるかもしれません。
ところで、そもそも、人間にとって孤独はどんなときも悪いことでしょうか。実は、必ずしもそうとは言えません。ドイツの哲学者マックス・シュティルナーは「孤独は知恵の最善の乳母である」と言っています。孤独感は、創造性を育む土壌である、そう考えられることもあるのです。
アカデミックな文脈で言えば、孤独(loneliness)とは、「ひとりぼっち」と感じる心理状態のこと。いくら友人関係に恵まれていても、本人が孤独と感じれば孤独ですし、友人が1人もいなくても、本人が孤独と思わなければ孤独ではないのです。哲学者の三木清の言葉を借りれば「孤独は山になく、街にある。1人の人間にあるのではなく、大勢の人間の『間』にある」わけです。
その点で、社会学は「孤独」よりも「孤立(solitude)」を問題視します。ここに言う孤立とは、社会的に福祉の対象から外れてしまい、生存が危うい状態に置かれている状態のことです。近年問題になっている独居老人の孤独死は、正確に言い直せば「孤立死」です。
AIに何かを解決できる能力を期待するとしたら、それは会話によって孤独を埋め合わせることよりも、一人暮らしの高齢者が家から出ず、寝たきりになっていないかを判断し、適切なタイミングで行政や民間の福祉サービスに接続するような社会的な役割、その意味でのソーシャルロボットの役割でしょう。AI搭載型ロボットが福祉に貢献するのは、人々の孤独よりも孤立の手当てにおいてではないでしょうか。
むろん、ソーシャルロボットが普及し、社会的孤立の問題が解消されることで、個人の孤独も解消されることもあるでしょう。ソーシャルロボットが遠隔的にであれ、孤立した高齢者が何かしらのコミュニティに参加する手助けができれば、間接的に「AIが孤独を解消した」と言える場面も出てくるはずです。
■セックスロボットに交換不可能性を見出す
冒頭の話に戻ります。人間が対象物に親近感や愛着を抱くのは極めて主観的な作用だと説明しました。では、そうした感情や感覚は何に由来するのか。それは、その人がある対象物に見出す「交換不可能性」です。
同じ犬種でも、うちの犬が一番かわいいと思う、あの感情です。実は、人間がこの感情を抱くのに、対象物と会話できるかどうかはあまり重要ではありません。
その証拠として、長年連れ添ったaiboが壊れてしまったとき、涙を流す人の例を挙げられるでしょう。aiboは人間と会話ができません。しかし、飼い主はそのaiboと何年もコミュニケーションを取ってきたという履歴により、そのaiboに固有性を見出します。
aiboは鉄の塊にすぎず、一つひとつのパーツは交換可能な存在でも、飼い主は勝手にそのaiboに固有性を見出すのです。つまり、AIの技術発達とそれが孤独を埋め合わせるなど、親近感や愛着を感じやすくなるかは全く別の議論です。
それはいま話題となっている、セックスロボットも例外ではありません。最新のセックスロボットは、人間の肌に限りなく近い全身シリコン製で、人間の触感をほぼ完璧に再現できています。また、センサーが全身に埋め込まれており、タッチされることで本当の性行為のときのように反応するという生身の人間に近い高度な機能を持ち合わせています。
現在、WHO(世界保健機関)は「セクシャルヘルスケア」の文脈で人間が性的に充足した生活が送れるという意味での「健康」の重要性を説いています。セクシュアリティと性的関係への積極的で敬意を持ったアプローチと、強制、差別、暴力のない、楽しく安全な性的経験を持つ可能性が必要であるというわけです。
このような観点から、例えば機能性重視の女性向けラブグッズも開発されており、セックスロボットの開発者は――性暴力に関連する諸問題が指摘されていますが――、セックスロボットはむしろ、「セクシャルヘルス」に貢献すると主張しています。
そんなセックスロボットの開発は、プレーのときに相手(オーナー)のニーズに的確に応えるという意味で優秀であることを目指しています。
しかし、オーナーに対するある調査研究は、aiboの例と同様に、オーナーが本当にロボットに求めているのは、性的快楽というより親近感や愛着などを感じる「パラソーシャル」な関係であることを発見しています。彼らがセックスロボットに本当に見出している価値は、「彼女」と一緒に旅行したり、部屋で映画を見るなどして同じ時間を過ごしているうちに形成される経験であり、思い出だったりするわけです。
■セックスロボットに固有性
そのような思い出が増えるに従って、オーナーはセックスロボットに固有性(=交換不可能性)を見出し、性的関係はそのような「パートナーロボット」との、付帯的な、二次的なものでしかなくなるようです。
つまり、オーナーの主観によって、そのセックスロボットは単なる性的快楽を満たす道具にも、自らの孤独を埋め合わせる掛けがえのない存在にもなりうるわけです。
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政治社会学者
1977年生まれ。博士(社会学)。Screenless media Lab.所長。首都大学東京客員研究員ほか。専門は、政治社会学・批判的社会理論。近著に『善意という暴力』(幻冬舎新書)、『人工知能時代を<善く生きる>技術』(集英社新書)がある。
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(政治社会学者 堀内 進之介 構成=鈴木俊之 写真=AFLO)
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