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「ハーフ」の女子生徒を自死に追い詰めたイジメ

プレジデントオンライン / 2019年11月22日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Zbynek Pospisil

外国から日本に移り住んだ家族の中には、容姿や文化の違いを背景に陰湿ないじめを受けている子どもがいる。同級生から「ガイジン」と蔑まれながらも強く生きようとした女性の生涯を、NHK取材班が追った――。(第3回/全3回)

※本稿は、NHK取材班『データでよみとく 外国人“依存”ニッポン』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■日本ではなく「カナダに残っていれば……」

「天然パーマ」「毛が濃いんだよ」

彼女がその容姿に対して毎日浴びせられた言葉。黒板に書かれた彼女の似顔絵に投げつけられたスリッパ。その少女は、過去に体験した記憶から逃れることができず、心の傷が癒えることはなかった。「いつまでたっても、普通の女の子には戻れない」。そう訴えた彼女はどこにでもいるような女の子で、あえて少し違うところがあるとすれば、それは彼女のルーツだった。

高橋美桜子さんはカナダ人の父親と日本人の母親の間に1989年、カナダで生まれた。その後、両親は離婚。美桜子さんは4歳半から、母親の典子さんとともに日本で暮らした。

だが、母の典子さんは日本に帰国したことを今も悔やんでいる。

「カナダでは一人一人に自分の考えがあることを幼い時から教えていました。自分の考えがあるということは、相手にも違う考えがある。みんな違って当たり前という発想が自然と身についたんだと思います。だから、カナダに残っていれば……。今でもそう思っています」

■自分のルーツは誇るべきものだったのに

日本への帰国を決めた時、典子さんは、ある不安を感じた。娘は「ハーフ」だから、いじめられるかもしれない。だから美桜子さんには伝えておいた。

「みおちゃんは日本で『ハーフ』と呼ばれる。でも、みおちゃんはみおちゃんらしく胸を張っていこうね」

確かに日本の小学校で、美桜子さんは同級生から「ガイジン」「カナダに帰れ」という心ない言葉を投げかけられた。それでも美桜子さんは、小学校の時に書いた作文で、こうした言葉に対し「何にも悪いことしてないのにと悲しくなるし、同じ人間なのに、なぜ差別するの」とつづり、むしろ彼女にとってそのルーツは誇るべきものだった。

美桜子さんは、泣いている友だちがいれば隣で優しく元気づけてあげる正義感の強い、自分の意見をしっかりと言える子どもに成長した。

しかし、美桜子さんは、愛知県の私立中学校に進学するといじめを受けるようになった。はっきりした理由はわからない。

同級生がいじめられているのを見て「やめなよ」と言って止めたこと。担任が男女差別的な発言をしたことに対して「そういうことを言うのは間違ってる」と意見したこと。外国にもルーツがあるから見た目が目立つこと。そういうことが積み重なって、美桜子さんへのいじめは突然始まった。

■担任教師は「お前の思い過ごしだ」

いじめは、所属していたバトン部で夏ごろから始まり、部活を辞める他なかった。

2学期に入ると、教室でもいじめが行われるようになった。仲間はずれにシカト。「天然パーマ」「毛が濃いんだよ」と執ように吐き捨てられる、容姿に関する言葉。教科書やノートに殴り書きされた「ウザい」「キモイ」「死ね」といった文字。自分の椅子に座って下を見ると机の下にゴミが集められ、教室に戻ると机が教室の外に出されていた。

黒板に美桜子さんの似顔絵を描いて、スリッパを投げつけている同級生もいた。美桜子さんは体調不良を訴え学校に行くのを嫌がり、下校のたびに泣いて帰ってくるようになった。

中学1年の3月。げた箱に行くと、目に飛び込んできたのは、自分の靴の中にびっしり貼りつけられた画びょう。美桜子さんは、画びょうが入ったままの靴を持って担任にいじめを訴えた。担任は画びょうを受け取っただけで、こう言ったそうだ。

「俺のクラスにいじめなんかするやつはおらん。お前の思い過ごしだ」

それから10日ほど経った修了式の日。登校すると、同級生の1人が「汗が臭いから空気の入れ換えをしよ」と言うなり、教室の窓を開けた。

「もう無理。この中学校だけは絶対に嫌だ」

帰宅途中の美桜子さんは、典子さんに電話で伝えた。もう限界だった。

■怖い記憶が襲って人格が分裂するように

中学2年、美桜子さんはいじめから逃れるため、別の中学に転校。その学校でいじめはなかった。

しかし、美桜子さんに異変が起きた。

「またいじめにあうかもしれないと思うと、怖くて教室にいられない」

受診していた医師の診断は、いじめられたことによるPTSD。美桜子さんはいじめの体験、記憶から逃れることができなかったのだ。

中学2年の2月深夜。美桜子さんは突然起きだし、典子さんに言った。

「私は美桜子じゃありません。私は美桜子さんに、美桜子さんのことを教える人です」

美桜子さんの中の「誰か」が話し続けた。

美桜子さんがいくつかの人格にわかれていること、美桜子さんが自分自身のことを嫌いになったことがわかった。その後も「ランちゃん」「あやちゃん」と名乗る別の人格が表れては、典子さんに美桜子さんの心の内を明かしていった。

そして、中学1年の時にいじめられた話になると、決まってしゃくり上げるように泣いてしまうのだった。どうしても逃れられない、いじめの記憶。「普通の女の子」に戻りたい。そんな当たり前のことすらかなわない現実があった。

美桜子さんが書き残したメモにはこうつづられている。

「何でこんなコトになっちゃったの?!!! いつになったら、治るの?!!! このまんまじゃいつまでたっても、ふつうの女の子には戻れないじゃない」

■高校のスピーチコンテストで選んだテーマは

美桜子さんからははつらつさが失われ、幼なじみもその変化に驚くほどだった。容姿も含め自分に自信を持っていた彼女。なのに、自分の顔を「かわいくない、ブスだよ」と言うようになり、自信を完全に失っていた。自らのルーツは、もう彼女にとって誇りでもなんでもなくなっていた。

過呼吸を起こしたりカッターナイフを取り出してリストカットをしようとしたりと不安定な状態が続いた。ただ、一時期フリースクールに通いながら治療を進めていた美桜子さんは高校にも進学できた。

そうした中、美桜子さんは高校1年の1学期、スピーチコンテストのために、いじめの経験をテーマに作文を書いている。

「自分との戦い」とタイトルをつけられた原稿はこう始まる。

「今、私は自分自身と戦っています。その理由は今から3年前、中学1年生の時に受けた『いじめ』にあります」

そして、美桜子さんが前を向いて歩み出していると感じられる言葉もあった。

「今まで自分のいじめについて言葉に書き表したことはありません。でも、勇気を出して今、ここに書き表そうと思います」

■大切な友だちが見つかった矢先に起きた悲劇

美桜子さんはいじめの経験について、いじめた同級生のストレスの「ゴミ箱」にされたと表現し、何も考えられなくなり、心が麻痺し、自分の生きている意味を見失い、他人からみればたとえ短い期間であったとしても、いじめを受けている本人にはすごく長く感じた1年間だったと振り返っている。

そのうえで、高校生活ではいじめの経験を理解してくれようとする大切な友だちも見つかり、そうした友だちと本気で笑い合える日が来ることを楽しみにできるようになったことを明かし、その心境をこう表現している。

「私の長い長いトンネルは小さい小さい光の出口が見つかったのかもしれません」

しかし、高校2年の8月。母親が持病で検査入院をしていた日、一人きりになった美桜子さんは、知人にメールを送った。

「みんなが死ねって言ってる。苦しいから薬を飲んだ」

異変を感じた知人は、すぐに美桜子さんの友人に彼女の自宅へ急いで向かうよう連絡した。友人たちは美桜子さんに電話をかけ、美桜子さんは電話に出た。

しかし、すでに意識がもうろうとした様子で、途中から美桜子さんの声は途切れた。 8月18日未明。美桜子さんは自宅マンションの8階から身を投げて、16歳の短い人生を自ら閉じた。家のテーブルには、赤いペンで書かれた遺書が残されていた。

「まま大好きだよ。みんな大好きだよ。愛してる。でもね、もうつかれたの。みおこの最後のわがままきいてね。こんなやつと友ダチでいてくれてありがとう。本当にみんな愛してるよ。でも、くるしいよ。」

■「目立ってうざい」という空気に彼女は苦しめられた

美桜子さんの死後、典子さんは娘がなぜ死ななければならなかったのかを考えてきた。

NHK取材班『データでよみとく 外国人“依存”ニッポン』(光文社新書)

その理由を知りたくて学校側を相手に裁判を起こした。一審では、いじめが自殺の原因だと認められた。しかし、二審では高校での友人とのあつれきなどによるストレスが自殺の原因だとして、いじめとの関係は認められなかった。

典子さんは「私の中では、美桜子のことはまだ終わってないんです」と話し、今でも美桜子さんの短い人生について考え続けている。

そして、美桜子さんがいじめられた原因のひとつに、彼女のルーツが関係していたのではないかと思っている。

「美桜子はハーフで目立ち、はっきりものを言ううざいヤツ。だからいじめてもいいということになったと思っています。日本は、波風を立てない、何かあっても何もなかったようにやり過ごす、異なる意見は和を乱すから悪。そういうものに美桜子は苦しめられ続けた」

※データや人物の肩書き、年齢、取材現場の状況などはすべて取材時のものです。

(NHK取材班)

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