驚くような美人が風俗で働かざるを得ない事情

プレジデントオンライン / 2019年12月10日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MATJAZ SLANIC

働く単身女性の3人に1人は貧困状態にあると言われる。彼女たちはなぜ貧困に陥るのか。ノンフィクション作家の中村淳彦氏は「人間の価値が悲しいくらい暴落している。それに男たちの暴力が加わり、女性は人間性を喪失させるような苦境に陥っている」という——。

※本稿は、中村淳彦『日本の貧困女子』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■抗がん剤を打ちながら風俗勤め

那覇の繁華街からタクシーに乗っている。メーターの加算は東京より、ゆっくりだ。那覇市外にある琉球大出身のソープ嬢・新垣玲奈さん(仮名)の実家に向かう。

沖縄は郊外に突入しても、市街地は続き、人や生活の匂いが途絶えることはない。県道から細道にはいってグーグルマップで住所をたどり、矢印の箇所に古い鉄筋つくりの一軒家があった。

LINEすると、マスク姿に帽子をかぶり、長袖のシャツで腕まで覆う新垣さんが現れた。前回の取材から3年4カ月が経っている。

3年前に取材したときはキャバクラからメンズエステ、ソープランドと業態を落としながら精神疾患に苦しんでいた。原因はすべて恋人による暴力。精神疾患の調子で出勤を調整しながらソープランドで働いた。大腸がんになったことで働けなくなった。

現在、32歳。新垣さんは顔の半分の顔色は悪く、老け、疲れ切っていた。華やかな雰囲気は失われていた。2年前に大腸がんになり、手術。長期入院。そして半年前、肺や膀胱(ぼうこう)など全身転移が発見され、おそらく余命は短い。現在は自宅で抗がん剤治療を続けている。

彼女はそんな状態でも、まだ風俗勤めを続ける。療養中でありながら、沖縄市にある最下層と呼ばれるちょんの間でカラダを売っている。

ソープはもう体力的に無理で、知り合いの店で働いています。大腸がんが見つかったとき、長期入院。それがきっかけでソープを辞めてニートしていた。療養っていっても暇だし、誘われたのでいいかなって。働く時間が短いので末期がんでもなんとかなります。

■両親は最低賃金でパート、常態的な貧乏

週3日、金土日に出勤している。客はそんなつかない。一日の収入は多くて2万円、0円の日もたくさん。

ちょんの間だけど、一応ベッドがあってそこで休めるし。一番大変なのが通勤で仕事より、行き帰りに体力を使う。だから金曜日に出勤して2泊くらいして、残りを自宅で過ごしています。

カラダがキツイからお客がついても、他の人にまわしてとか。お金は全然ないです。抗がん剤の副作用と利尿剤で栄養分をとられるんで、カラダには負担になる。

お店も人も知っているので無理はしないように気を使ってもらっています。

末期がんになっても、風俗を続ける理由は「家族に迷惑かけたくないから」という。父親と母親は非正規の最低賃金のパートをしていて、世帯は常態的に貧乏だ。自分の携帯代や食費、抗がん剤の自己負担は自分で支払いたいと思っている。だから、カラダが動くうちは風俗で働く。

家では家事を手伝う。洗濯物を干したり。お皿を洗ったり。あとはネットのグループでおしゃべりしたりとか。ゲームとか。

ネットの友達とはゲームの話をしています。いまは末期がんだけど、精神的におかしかった(双極性障害)3年前より、今のほうが体調はいいかもしれません。

あの頃はハイとローの差がすごくあって、たぶん前にお会いしたときはローのときで喋るのもやっとみたいな。

■恋人からの暴力で始まった転落人生

新垣さんは、元々は驚くような美人だ。琉球大学在学中に起こった自衛隊員の恋人からの暴力で精神を破壊し、昼間の仕事ができなくなった。松山のキャバクラ嬢になって、有名な高級店でナンバー2まで上がっている。

沖縄の頂点である琉球大学生からキャバクラ嬢になり、そして、精神疾患が原因で夜の世界でもキャバクラからどんどんとランクを落としている。現在、ちょんの間で客をとる売春婦だ。たった10年間で沖縄の頂点から最下層に転落したことになる。

繁華街までは無理とのことで、一番近くにあるファストフードに行くことにした。店内は空いていた。マスクと帽子をとった姿を見せてもらえないか、と頼んでみた。彼女は「いいですよ」と、マスクと帽子をとった。

老婆のような姿があった。あまりの変貌に息をのむ。美しかった面影はほんんどない。髪の毛は抗がん剤の副作用で半分くらい抜け、白髪まみれ。顔色は悪く土色、顔の肌も老化してたるむ。お礼をいって戻してもらった。

■髪の毛が抜けても“接客”を続ける

こんな感じ。新しい抗がん剤をはじめたところで、髪の毛はまた抜けてきている。前の抗がん剤のときに一度抜けて。いまはまた新しい薬になって。抜けはじめた。白髪染めしたいけど、意味ないし。

抗がん剤治療は2度目「抜けた髪の毛集めて、ボールにして遊んでいるの」と笑う。

こんな姿だけど、店で接客してるんですよ。接客というか、ちょんの間なので売春ですね。ふふふふ。店は真っ暗だから相手が全然見えないし、なんとかなる。

風俗は自分の気分転換にもなるし、悪くない。ずっと家にいると、ずっとひとりきり。基本的にいい客が多くて、かわいい子でよかったとか、細い子でよかったとか褒めてもらえることもある。どうも、どうも、みたいな。

現在、末期がんを抱え、東京オリンピックを見ることができるか微妙だろう。大変厳しい状態だが、本人はそれなりに明るく悲観的な言葉はなかった。

昔から早く死ぬだろうなって思っていました。30歳くらいには死ぬだろうって子どもの頃から思っていたし。いいにくいけど、高校生のときメチャクチャモテていたんです。

美人薄命だからおまえは30歳には死ぬわって、男子にめちゃいわれていて。30歳超えたとき、あれ死ななかったって。それと、子どもの頃からかわいいねみたいな。初孫で親戚とかから、毎日毎日かわいいねって。チヤホヤされてきたんで。

■お金のかからない死に方をしたい

歩くのもゆっくりで、食べるスピードも遅い。病人で体力ないのは一目瞭然で、いま少し話しているだけで心配になるほどの状態だった。今日は木曜日だ。こんな状態でも、明日出勤して、ちょんの間の部屋で2泊して、客がつけば暗闇のなかで接客する。

——仮の話だけど、仮に死んじゃうとする。どういう気持ち?

うーん、正直な気持ちはね、もうちょっと保険かけて自分が死んだときに家族に残せるお金があったほうがよかった。一人っ子ではないので。妹もいるし。

——自衛隊の男がいなかったら、こんなことにならなかった……。

もしで考えたらキリないけど。もしかしたら、そうかも。でもいまをマイナスに感じているわけじゃない。ガンでカラダ動かなくなって入院しているわけでもないし、ネットの友達もいて、親の助けもある。恵まれているなって思う。

——余命はでているの?

わからない。抗がん剤は点滴センターって専用の部屋があって、そこでみんな点滴受ける。そこにおじいちゃんがいて、いつのまにか死んじゃってた。たぶん私も、あの子死んじゃったって思われるんだろうなって。

その光景が客観的にみえるというか。だから、身近な人が悲しんでくれればいいかな。それだけ。

——身近な人って、誰のこと指しているの?

両親と妹。20代の頃から夜の世界で入れ替わり立ち代わり友達がかわった。

誰も連絡すらとれない。そんな友達しかいないから、親と妹が悲しんでくれればそれでいい。ははは。あと、理想をいえば、お金がかからない死に方したいかな。

親に迷惑かけないで死にたいかな。

■暴力、精神疾患、貧困、迫り来る死…

中村淳彦『日本の貧困女子』(SB新書)

新垣さんの語りは終わった。足元もおぼつかなくて、少しあぶない。近距離だったがタクシーを呼び、自宅まで見送った。2階の一番奥にあるキティちゃんのカーテンのところが新垣さんの部屋という。

3年4カ月ぶりの沖縄取材は「死」の話で終わった。彼女は暴力によって貧困に転落し、心を破壊、夜の世界でしか生きることができなくなった。そして、早すぎる最期を迎える可能性がたかい。自宅の前、新垣さんは笑顔で手をふっていた。

私も「またね」と手をふって返した。

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中村 淳彦(なかむら・あつひこ)
ノンフィクションライター
1972年生まれ。主著に『名前のない女たち』『ワタミ渡邉美樹 日本を崩壊させるブラックモンスター』など。新潮新書『日本の風俗嬢』は1位書店が続出してベストセラーに。

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(ノンフィクションライター 中村 淳彦)

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