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教員を過労死に追い込む「残業代ゼロ」のゆがみ

プレジデントオンライン / 2020年1月31日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/LightFieldStudios

公立の小中学校教員には残業代が支払われていない。弁護士の明石順平氏は「給特法と呼ばれる法律が、異常な長時間労働の原因になっている。そのうえ、多くの学校で出退勤記録がまともになされておらず、過労死であっても遺族は泣き寝入りせざるを得ない状況にある。学校はまさにブラック企業だ」という――。

※本稿は、明石順平『人間使い捨て国家』(角川新書)の一部を再編集したものです。

■公立学校教員の異常な長時間労働

公務員の中でもっとも過酷な長時間労働を強いられている公立学校教員のことについて述べる。公立学校教員の1週当たりの労働時間の状況について、文部科学省「平成28年度教員勤務実態調査」(以下「実態調査」という)から引用する。なお、この調査は高校教員については対象となっていない。

公立学校教員の1週当たりの労働時間
(出典)文部科学省「平成28年度教員勤務実態調査」

小学校は55~60時間未満、中学校は60~65時間未満がもっとも多くなっている。1週60時間ということは、所定労働時間を1日8時間とすると、週20時間残業していることになるので、月にすると過労死ラインである80時間を超える。

ここで、このグラフから60時間以上の割合を出してみると、小学校で33.4%、中学校ではなんと57.7%になる。小学校教諭の約3割、中学校教諭の約6割が過労死ラインで勤務しているということである。

■精神的なストレスが高いブラック職場

K6という、精神的なストレス反応を評価する簡便な尺度があり、5点以上で高ストレス状態とされる。実態調査によると、このK6について、小学校教諭の平均が5.49、中学校教諭が5.69となっており、5を大きく上回る。

なお、2018年4月21日付毎日新聞の記事によれば、過労死と認定された公立校の教職員は、16年度までの10年間で63人にも上るという。これはあくまで氷山の一角である。なぜなら、まさしくブラック企業と同様、労働時間がきちんと記録されていないため、泣き寝入りを強いられるケースが数多くあると思われるからである。

■残業代ゼロを強いる悪魔の法律「給特法」

どうしてこのような異常な長時間労働が発生するのか。それは、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が原因である。

同法3条2項は「教育職員については、時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」と定めている。すなわち、公立学校の教員は、法律によって「残業代ゼロ」にされているのである。

法律上、公立学校の教員については、いわゆる超勤4項目(①生徒の実習、②学校行事、③職員会議、④非常災害、児童生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合等)に該当する場合を除き、残業の命令をすること自体ができないことになっている。そして、給料の4%にあたる「教職調整額」が固定で支払われており、これが残業代の代わりになっている。

簡単に言えば、給料の4%がいわば「固定残業代」であり、残業を命じることができるのはあくまで例外的な場合であって、基本的に残業命令禁止なのである。しかし、これはまったくの建前と化しており、給特法は単に教師のサービス残業を発生させているだけである。

■残業代請求訴訟を鎮めるための法律

戦後に労働法関連の諸法規が制定された際、公立学校の教師も労基法の適用対象となり、同法に基づき、残業代も当然発生していた。しかし、政府の再三の指導にもかかわらず、残業代不払いが横行し、残業代請求訴訟が相次いでいた。

そこで、当時の教職員の月間平均残業時間である月8時間に相当するものとして、残業代の代わりに基本給の4%を「教職調整額」として支給する給特法が1971年5月に成立し、翌年1月施行されたのである。この法律の制定を受けて、各地で給特法と同じ内容の条例(給特条例)が作られ、「教師の残業代ゼロ」という運用が開始された。

つまり、給特法は全国で相次いだ教員の残業代請求訴訟を鎮めるために制定された法律と言える。建前どおり、超勤4項目に該当しない残業が一切なければ問題なかったのかもしれないが、そうはならなかった。当然だろう。超勤4項目以外にも、残業が必要な場合があるに決まっているからである。

■クラブ活動の引率も残業代は支払われず

では、いかなる場合にも残業代が発生しないのか。この給特法の解釈についてのリーディングケースである、将棋クラブの大会引率指導についての残業代に関わる名古屋地裁昭和63(1988)年1月29日判決を見てみよう(なお、公立学校の職員に直接適用されるのは給特条例なので、条例に対する判断という形式になっている)。

重要部分を引用する。

「時間外勤務等が命ぜられるに至った経緯、従事した職務の内容、勤務の実情等に照らして、それが当該教職員の自由意思を極めて強く拘束するような形態でなされ、しかもそのような勤務が常態化しているなど、かかる時間外勤務等の実状を放置することが同条例七条が時間外勤務等を命じ得る場合を限定列挙して制限を加えた趣旨にもとるような事情の認められる場合には、給特条例三条によっても時間外勤務手当等に関する給与条例の規定の適用は排除されないと解するものである」

要約すると次の条件を満たせば残業代が発生すると言っている。

①残業命令が自由意思を極めて強く拘束するような形態でなされること
②そのような勤務が常態化していること
③それを放置することが、残業命令できる場合を制限した給特条例の趣旨にもとること

■引率指導を拒否できるはずがないのに…

しかし、裁判所は結局この将棋クラブの引率について、次のように認定して残業代の発生を否定してしまった。

「形式的にはあくまで依頼するとの意思のもとになされたものであるなどの前認定の事実並びにこれまでの慣行などから右依頼に応じないと職務命令違反の責任を問われるとか、不利益な取扱いを受ける虞れがあるなどの特別の事情も認められないことに照らすと、本件引率指導が原告の自由意思を強く拘束するような形態でなされたことも、また、こうした勤務が日ごろ度々行われ常態化していて、かかる勤務の実情を放置することが、給特条例七条が時間外勤務等を命じ得る場合を限定列挙して制限を加えた趣旨にもとるような事情がある場合に該当すると認めることはできず、他にこのような特別の事情を認めるべき証拠はない」

引率指導を拒否できる教師がどれくらいいるだろうか。自分に置き換えて考えてみてほしい。拒否したら校長はもちろん、生徒からも保護者からも非難されるだろう。自分が拒否しても代わりにだれかが行かされることになり、その教員からも非難されるだろう。拒否できるはずがない。

しかし、この裁判例は、「自由意思を極めて強く拘束してはいない」と判断している。給特法に詳しい萬井隆令龍谷大学法学部名誉教授によれば、この裁判例の示した判断基準が実務上通説になっているという。

■国の方針に逆らえず及び腰になる司法

「自由意思を極めて強く拘束するものではない」というのは、よくよく考えると非常にわかりにくい。例えば、「君に部活の引率してほしいんだけど、嫌なら断ってもいいよ。まあ断った人は今までにはいないけど」と言われたらどうであろう。これは自由意思を極めて強く拘束するものだろうか。きっと裁判所はそうではないと判断するのであろう。

結局のところ、よほど明確に無理やり残業させるような場合でもない限り、「自由意思を極めて強く拘束した」という判断にはならないだろう。そしてそんなケースはめったに存在しない。したがって、この裁判例の判断基準に従うと、教員側は常に敗訴することになってしまう。

公立学校の教員にだけこんな特殊な判断基準を立てて残業代の発生を否定する合理的な理由はまったくない。残業代の発生を認めると、わざわざ法律を作って残業代の発生を防ごうとした国の方針に反することになるので、裁判官は及び腰になっているのだろう。

もしも残業代請求を認めれば、国の方針に逆らった裁判官として目立ってしまい、出世にも影響するかもしれない。だからこんな判断基準を立て、悩みを見せるようなふりをしつつ、結局残業代の発生を否定しているのではないかと思う。

この国がやっていることはブラック企業とまったく同じである。タダで長時間労働をさせたいから、残業代というブレーキを外し、教員の命を危険にさらしている。それでも昔は残業が比較的少なかったかもしれないが、先ほど見たとおり、小学校で約3割、中学校で約6割が過労死ラインを超えており、「1カ月の残業平均が8時間」というかつての状況とはまったく異なってしまっている。

■過労死の悲劇を生むずさんな出退勤記録

このように、「残業代ゼロ」の状況なので、労働時間の記録もまともにされていない。実態調査によれば、出勤時間の記録方法は下図表のとおりである。

教員の毎日の出勤時刻の管理の方法
(出典)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/07/24/1388265_4.pdf 

タイムカードによる出勤管理が、小学校で8.6%、中学校で9.3%。ICTを活用した記録方法は小学校で14.1%、中学校で11.8%。これらは客観性の高い記録方法と言えるが、合計しても小中ともに約20%程度しかない。

もっとも多いのが管理職による出勤確認だが、よくよく見ると、これは出勤を確認しているだけであり、その時間を記録しているとは書いていない。出勤簿への押印も同様である。つまり、この調査によると、教員の出勤時間を記録している学校は約20%しかないことになる。

次に、退勤時間について見てみよう。こちらも傾向は出勤時間の管理とほぼ同じである。タイムカードによる退勤時刻の記録が小学校で10.3%、中学校で13.3%。ICTを活用した記録は小学校で16.6%、中学校で13.3%。これらを合計すると、小中共に約30%となり、出勤時間の管理よりはややマシな数字と言える。

教員の毎日の退勤時刻の管理方法
(出典)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/__icsFiles/afieldfile/2017/07/24/1388265_4.pdf 

そして、こちらももっとも多いのが管理職による確認だが、退勤時間を記録しているとは書いていない。したがって、70%以上の教員の退勤時間が記録されていないことになる。これが過労死遺族に悲劇を生む。労働時間の立証が極めて困難になるからである。

■ある熱血教師の過労死

この項の内容は、2019年4月16日付神奈川新聞の記事を参考にしたものである。07年6月25日、横浜市立あざみ野中学校の教員だった工藤義男さんは、クモ膜下出血でこの世を去った。まだ40歳だった。

前任中学校では学年主任、生徒指導専任を兼任していた。これは激務のため市教育委員会で兼任を避けるように指示していた役職だという。その上、サッカー部の顧問、進路指導も兼任していた。転任先のあざみ野中学でも、生徒指導専任に就任した。

朝7時に出勤。夜10時まで勤務。家でも持ち帰り残業。生徒が校外で問題を起こせば駆けつけ、保護者にも対応し、週末は部活動指導。最終的に、3年生の修学旅行の引率で2泊3日をほぼ不眠のまま働いたことが、クモ膜下出血の引き金となった。

妻の祥子さんは地方公務員災害補償基金(地公災)に対し公務災害の申請をしたものの、2年も待たされた上、却下された。祥子さんは過労死弁護団(過労死問題を専門的に扱う弁護士団体)の協力を得ながら、裁判でいう二審にあたる審査請求を行った。最初の却下からさらに2年が経過した12年12月27日、ようやく労災と認定された。義男さんが亡くなってから5年半も経過していた。

■統計には表れない悲惨な過労死もある

義男さんのケースは、これでも幸運な方だったという。校長が協力的だったからである。公務災害にあたっては、所属長すなわち校長による「勤務実態調査書」が申請書類となる。校長は過重労働をさせた張本人に当たるので、保身のため、どうしても協力が後ろ向きになり、遺族が泣き寝入りを強いられる。

明石順平『人間使い捨て国家』(角川新書)

過労死問題に詳しい松丸正弁護士はこう述べる。「在職中の公立の教員は、年間で約500人が亡くなります。各種統計や自分の経験則を踏まえると、少なくともその10分の1、つまり50人近くは過労死と考えられる。現在、実際に認定されるのはさらにその10分の1です」

そして、祥子さんはこう指摘している。「過労で苦しむ先生が相談するとしたら、学校内なら教頭や校長、校外なら教育委員会や人事委員会になる。つまりその環境をつくっている側なんです。責任を負うべき側が積極的に動いてくれるわけがない。民間の労働基準監督署に当たる指導権限のある第三者機関がないと、本当に困っている先生たちは救えない」

労働時間がきちんと記録されていない上、公務災害の申請には過重労働をさせた側である校長が書いた書類が必要という構造になっている。だから、遺族は過労死に加え、公務災害の不認定という二重の悲劇に遭う。統計に表れない悲惨な過労死がたくさん存在している。

■長時間労働が蔓延する「命がけ」の仕事

公立学校の志望者数は6年連続で減少している。当然だろう。公立学校の教員は、比喩でもなんでもなく、文字通り「命がけ」の仕事になっているのだから。なお、現在、公立学校教員について、1年単位の変形労働時間制が導入されようとしている。

これは、夏休み等長期休暇中の所定労働時間を短くする代わりに、ほかの期間の所定労働時間を長くして、単に「見かけの残業時間」を減らすことを狙いにしたものと言える。公立学校教員の残業が社会問題化したのを受けて、こういう姑息な手段を思いついたのであろう。これは長時間労働を助長するだけなので、断じて認めてはならない。

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明石 順平(あかし・じゅんぺい)
弁護士
1984年、和歌山県生まれ、栃木県育ち。弁護士。東京都立大学法学部卒業、法政大学法科大学院修了。主に労働事件、消費者被害事件を専門に弁護を行う。ブラック企業被害対策弁護団事務局長。

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(弁護士 明石 順平)

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