「新型肺炎」中国政府の情報を信じてはいけない
プレジデントオンライン / 2020年1月20日 18時15分
■「新たな感染は出ていない」と発表直後に感染者が増加
中国湖北省武漢市で「新型肺炎」が集団発生している。
武漢市の発表によると、最初に肺炎の患者が見つかったのは昨年12月8日だった。その後、発熱と呼吸困難を訴える患者が相次ぎ、市衛生当局などが調べたところ、病原体はこれまで発見されたことのない「新型コロナウイルス」と判明した。
武漢市は当初、「今年1月3日以降、新たな感染は出ていない」と発表。しかしその後、市内で感染者が増え続け、18日時点で45人、このうち61歳と69歳の男性2人が死亡した。
翌19日には「新たに17人の感染を確認した」と発表。感染者は計62人となった。さらに20日、「新たに1人が死亡した」「武漢市内で新たに男女136人の感染を確認した」「北京市と広東省でも新たな感染が見つかった」と発表した。
これで20日現在、武漢市内の感染者は198人となり、うち死者は計3人。18日からわずか3日間で感染者が150人以上も増えたことになる。
なお、ウイルスや細菌などの病原体に感染していることが判明すると「感染者」、発症すると「患者」と呼ばれる。
■中国が「SARSの流行」で行っていた情報隠し
問題の新型コロナウイルスは、17年前に東南アジアの国々で猛威を振るった「SARS」(サーズ=重症急性呼吸器症候群)の病原体ウイルスの仲間だ。SARSでは29の国と地域に感染があっと言う間に拡大し、少なくとも約800人が死亡した。
武漢の新型コロナウイルスについて、アメリカなどの研究者が遺伝子の配列を分析したところ、「SARSと同じベータコロナウイルスの一種だ」とする見解を公表した。
ヨーロッパの疾病対策センターも「SARSのウイルスと似ている」という見解を発表し、イギリスの研究者は「SARSのもととなったとみられるコウモリの持つウイルスと遺伝子配列の89%が一致している」と説明している。
SARSの場合、感染源地域は中国南部とみられた。しかし、中国政府の初動は鈍く、おまけに何カ月も感染者の発生の情報を出さない「情報隠し」や「情報操作」が行われ、東アジアの国々に感染が拡がり、大きな被害が出た。
■イギリス研究チームは感染者を「1723人」と推計
このため、今回の新型コロナウイルスの感染でも中国政府の隠蔽体質が指摘されている。
たとえば、イギリス「インペリアル・カレッジ・ロンドン」の研究チームは、昨年12月から今年1月12日までの武漢市内の感染者の人数について「1723人」と推計している。推計は武漢市の国際空港の利用者数とウイルスの特性などをベースに実施されたものというが、武漢市政府の発表の「45人」「62人」「198人」とは桁違いである。どちらが正しいのか。
沙鴎一歩はこの研究チームの推計のほうが正しいと思う。つまり、中国側の発表よりもずっと多くの感染者や患者が存在している可能性が高い。
新型コロナウイルスの感染者は日本国内でも出ている。
1月16日、厚生労働省は「武漢市に滞在していた神奈川県の30歳代の男性が肺炎の症状を訴え、新型コロナウイルスに感染していた」と発表した。日本国内での患者の確認は初めてだ。
■感染者は中国滞在中に肺炎患者と一緒に生活していた
この男性は中国人。武漢市で1月3日に発熱を訴え、6日に日本に帰ってきた。神奈川県内の医療機関を受診して10日から入院し、回復して15日に退院している。厚労省の傘下機関の国立感染症研究所が検査したところ、15日に問題の新型コロナウイルスの陽性反応が出た。
これまで中国で確認されている患者の多くは、武漢市中心部の「華南海鮮卸売市場」の関係者だったが、男性はこの市場に立ち寄っていない。しかし中国滞在中に肺炎患者と一緒に生活していた。この患者から感染した可能性がある。
13日にはタイを訪れた61歳の女性が感染していたことも明らかになった。香港、シンガポール、台湾などでも感染の疑いのある事例が報告されている。
新型のウイルスに対し、人は免疫(抵抗力)を持たない。だから新型ウイルスは人の間で次々と感染してしまう。たとえば2009年の新型インフルエンザは「パンデミック」と呼ばれる世界的流行となった。
■約800人が感染死したSARSに比べると、新型の毒性は弱い
武漢市の新型コロナウイルスは人から人に感染するものの、同じ部屋で生活するなどの濃厚接触なければ感染はせず、感染力は弱いようだ。しかしこの先、人から人へと次々と感染する能力を獲得する危険性がないとは言えない。
新型ウイルスの考察では「毒性」を踏まえることが重要だ。新型コロナウイルスで感染死した患者の多くは基礎疾患(持病)をこじらせて亡くなったようだ。つまり健康な人が死亡するほどの強い毒性はない。約800人が感染死したSARSに比べると、新型コロナウイルスの毒性は弱いとみられる。だが、変異を重ねることで毒性が強まる危険性もある。
肝心なのは治療方法だが、いまのところ特効薬はない。ワクチンもない。治療は熱を下げたり、咳を止めたりする対症療法が中心となる。症状を緩和すれば、免疫は高まるので対症療法を侮ってはならい。私たちの身の回りに存在する通常のコロナウイルスは風邪の病原体だ。予防策としてはインフルエンザと同様、手洗いやうがいを欠かさないこと、普段から体力を付けておくこと、感染の疑いが出たらすぐに専門の医療機関を受診することである。
■「規制」は中国政府の体質そのもの
各紙はどう書いているか。1月18日付の産経新聞の社説(主張)は「新型肺炎 中国は正確な情報開示を」との見出しを掲げ、こう指摘する。
「今回、中国外務省は世界保健機関(WHO)や関係国に積極的に情報を提供しているというが、額面通りに受け取れない。中国では近年、市民のパニックや当局への反発を押さえ込むため事件、事故や災害報道を規制する傾向が強まっているのも懸念材料だ」
「額面通りに受け取れない」とは中国嫌いの産経社説らしい批判だが、沙鴎一歩もその通りだと思う。中国は報道に対する規制も強い。「規制」は中国政府の体質そのものであると思われる。
「今月下旬には旧正月を祝う春節で、中国国内外で人の往来が活発となる。今夏には、オリンピック・パラリンピックを控える。適切な対応策を講じるためにも、正確な情報は欠かせない」
「春節」(旧正月)は1月24日からだ。その前後を含めた長い連休中、延べ人数で30億人が移動するといわれる。感染拡大のリスクが高まる。それだけに中国政府は各国と協力して感染の拡大防止に努める義務がある。
■「感染症を水際で100%食い止めることはできない」
1月18日付の毎日新聞の社説も「新型肺炎国内で確認 春節の大移動期に注意を」との見出しで「春節の大移動期」を懸念し、次のように訴える。
「特に1月下旬の春節(旧正月)の大型連休中には中国からの観光客の増加が見込まれ、感染者が訪日する可能性を念頭に置く必要がある。もちろん、武漢を訪問した日本人観光客が感染して帰国するケースもあるだろう。空港などでの検疫体制には念を入れたい」
日本がとれる対策としては、検疫を充実させ、水際でウイルスの侵入を食い止めることである。
「ただ、海外から入ってくる感染症を水際で100%食い止めることはできない。医療機関は新型肺炎の患者が受診する可能性を考えて事前に備えてほしい」
■「正確な情報」のため、中国政府の発表だけを信じてはいけない
2009年の新型インフルエンザ(2009年)がアメリカ南部で流行してからすぐ日本に入ってきたように、新型ウイルスを検疫だけで食い止めることは難しい。日本としては、新型コロナウイルスは当然入ってくるものと考えて、医療体制を準備しておく必要がある。
「武漢から帰国・入国後に発熱、せきなどの症状がある人は、マスクで口や鼻を覆い、医療機関に電話で武漢の滞在歴を伝えた上で受診することが大事だ。今回のケースへの対応に限らず、旅行者は野生動物との不用意な接触を避け、手洗いを励行することも心がけたい」
旅行者自身が気を付けなければならないのは言うまでもない。毎日社説はこうも主張する。
「今のところ病原性が非常に高いウイルスとは考えられず、過度に恐れる必要はない。ただ、元々どの動物が保持するウイルスかなど未解明の部分もあり、警戒は怠らないようにしたい」
むやみに恐れずに警戒もする。バランス感覚を失わずに対応することが求められる。そのためにも正確な情報を得ることが欠かせない。中国政府の発表だけを信じてはいけないだろう。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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