マスク1箱を4万円で売る「悪質転売屋」が後を絶たない理由
プレジデントオンライン / 2020年2月18日 15時15分
■「1枚700円のマスク」が売られる異常事態
新型肺炎の影響でマスクが高額で取引されていることが問題になっている。
産経新聞によると、アマゾンでアイリスオーヤマの「サージカルマスク60枚入り」が最低価格でも4万2000円(1枚当たり700円)で出品されていたという(産経新聞「マスク1箱4万円超え ネット通販で高騰 新型肺炎影響」2020年1月30日)。
このような風潮に世間は黙っているはずもなく「人が困っているときに足元をみやがって!」「火事場泥棒だ!」とネットの声は非難囂々だが、それでも菅官房長官が2月12日の記者会見で「例年以上の毎週1億枚以上を供給できる見通しができた」と発表するまで、高額転売の騒動は収まらなかった。
一連の騒動で私はマスクを高額転売する人に強い興味を持った。社会常識として「それはやっちゃダメだろ」という行為を平気でやってしまう人の心理が知りたくなった。加えて、本当にマスクを売って儲かったのか聞いてみたくなった。
マスクを高額転売している人に取材を申し込もうと思ったが、取材を拒否されることは容易に察しがついた。これだけ世間に叩かれているのだから、まともに取材を受けてくれるはずがない。個人的な話を聞いても全体像が見えてこないこともあり、個別の取材でマスクの高額転売を解明していくことは諦めることにした。
■1月18日1000円→2月4日1万4000円
ネット転売の詳しい情報を持っている人はいないのか――。いろいろ調べていくと、オークファンが提供している「オークファンプロplus」という解析ツールにたどり着いた。ヤフオクの落札相場や落札数の動向を知ることができるという。本当にそんなことができるのか心配になったが、オークファンはネットの商品売買リサーチツールで10年以上の実績があり、2013年にはマザーズに上場している。データの正確さは信頼できそうである。
「マスクはここ1カ月間、異常な価格で取引されていますね」
取材に応じてくれたのはメディア事業部の杉本聡部長。ヘルスケアのカテゴリーに属するマスクの落札相場と落札件数のデータを見せてくれた。
1月18日のマスクの落札価格は1000円程度で、落札件数も20件前後。20日に2500円の値をつけ、23日には3000円を突破。その後、4000円、5000円と価格は跳ね上がり、31日にはついに1万円を超える。落札件数も2400件近くなり、10日間で120倍もの人がマスクを買い求めるようになった。
「その後、2月4日には1万4000円を超えて、落札相場は1万5000円ぐらいで9日まで推移していきます。落札件数も5000件前後で取引され続けました」
■「ヤフオク」でのピークは2月9日だった
しかし、2月11日には落札価格は1万5000円台をキープし続けるも、落札件数は一気に3500件まで落ち込んでしまう。
「2月9日がピークのようですね。マスク不足が解消されることが政府からも発表されましたから、高額転売はこれから収まっていくと思います」
淡々と話す杉本部長。まるで株のチャートでも見ているかのように、冷静に状況を分析している。このような高額転売は業界ではよくあることなのか。
「今回のマスクは確かにイレギュラーです。ただ、このようなことが過去になかったわけではありません。例えば、2011年に品薄になった桃屋の『食べるラー油』も、スーパーの在庫がなくなってネットで高額取引されました。最近で言えば台風で養生テープが不足して、ネットで高値を付けました。メディアで話題になった商品が品薄になって、それを高額取引するという現象は昔からあることです」
では、そのような取引をする人は、一体どんな人なのか。オークファンプロplusでは落札者の個人情報までは分からない。だが「あくまで個人的な予想」と前置きした上で、杉本部長が今回のマスクの高額転売を行った“人物像”について話してくれた。
■値段をつり上げたのは「にわか素人」ではないか
「最初は法人企業や中国の人の買い占めからマスク不足が始まりました。ドラッグストアやコンビニからマスクがなくなって、ネットに探しにくる人が増えて『これは商売になる』と思った人が高額転売を始めたと予想しています。大量にマスクを仕入れるためには資金が必要だし、リスクも大きくなります。だから、初期の頃はオークションやネット販売に慣れた法人企業の出品が多かったのではないでしょうか。しかし、転売を本業にしている人は、マスクのブームがすぐに終わることを知っているので、異常な高値で転売をするようなことはしなかったと思います」
確かにその通りだ。事実、この1カ月のマスクの落札価格を振り返ると、最初の10日間ほどは異常というほどの価格ではなかった。では、異常値まで引き上げたのは一体誰なのか。
「ネット販売に不慣れな法人企業や、にわかでマスクを売り始めた素人の方が価格をつり上げたのではないかと思います。マスクは単価が低くて壊れにくいし、保管もしやすいですから、素人が手を出しやすいんです。個人でも仕入れられる商品なので、そういう人が熱くなって高額転売に手を出していったのかもしれません」
マスクを高額で販売し続ける人は、転売経験の浅い素人ではないか。最近、フリマアプリを使ってさまざまな商材の転売に手を出す主婦やサラリーマンが増えていると聞く。そう考えれば、この仮説にも納得がいく。
■マスク1000枚を25万円で落札する人の狙い
では、この人たちはマスクを売って儲かったのか?
杉本部長はデータを見ながら「ピーク時に1000枚のマスクを25万円で落札した案件がありますね」と教えてくれた。マスクの種類や仕入れルートによって、一概に原価は出しづらいが、マスクを仕入れたことがある人の話によると、不織布のマスク1枚の仕入価格は50枚で200円ぐらいだという。つまり1枚4円。4円で仕入れたマスクを250円で売れば、ボロ儲けといっていい。モラルが吹き飛んでしまう人の気持ちも分からない訳ではない。
「でも、そんなに儲からなかったと思いますよ。品薄になると仕入価格も上がりますし、商品がないから、ヤフオクから高値で仕入れて、アマゾンで売るような人もいますからね。ネット通販に不慣れな人はデータを見ないで転売するから、引き際も分からなくて、結局、不良在庫を抱えて大損するケースが多いんです」
今回はネット通販の相場価格を調査するツールを使ったことで、マスクの高額転売ブームが一時期的なものだと知ることができた。しかし、まだまだマスクは売れると信じ続けて、儲かったお金でさらに仕入れて、マスクを高値で売り続けている可能性は十分にある。
そう考えれば、高額転売している人たちは、高額で仕入れたマスクで儲けを出すために、異常な価格をつけるしかないのかもしれない。
■「高額転売」は素人が簡単に手を出せる商売になった
取材後、2014年の鳥インフルエンザの際、マスクを大量に仕入れた経験のあるネット通販会社の社長から話を聞く機会があった。当時、どのくらいマスクで利益を出したのか聞いたところ、「全然儲からなかったよ」とため息交じりで答えてくれた。
「大量にマスクを仕入れたら調子よく6000万円ぐらい売れたんだ。でも、突然、売れなくなってね。結局、6000万円の在庫を抱えることになったよ」
このネット通販会社は5年がかりで在庫を売り続け、最後は施設に寄付して、ようやくマスクの在庫地獄から解放されたという。今回の新型肺炎でマスクを仕入れたか聞いたところ、「もうこりごりだよ」と苦笑いをしていた。
マスクを高額で転売している人は、実のところ、私たちのすぐそばにいる、ごくごく普通の人なのではないだろうか。先述した経営者のように失敗した経験のある人であれば、絶対に手を出さない商材だ。リサーチツールを使いこなす転売のプロでも、このように価格変動の激しい商材には手を出さないはずだ。
今回の取材をするまで、高額転売は根っからの大悪党のような人がやることだと思っていた。だが、素人が簡単に手を出せる商売になったことを考えると、普通の人のモラルそのものが崩壊しているのかもしれない。
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有限会社いろは代表取締役
大企業、中小企業問わず、販促戦略立案、新規事業、起業アドバイスを行う経営コンサルタント。大学卒業後、雑誌編集者を経て観光牧場の企画広報に携わる。現在は雑誌や新聞に連載を持つ傍ら、全国の商工会議所や企業等でセミナー活動を行い、「タケウチ商売繁盛研究会」の主宰として、多くの経営者や起業家に対して低料金の会員制コンサルティング事業を積極的に行っている。著書に『売り上げがドカンとあがるキャッチコピーの作り方』(日本経済新聞社)、『御社のホームページがダメな理由』(中経出版)ほか多数。
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(有限会社いろは代表取締役 竹内 謙礼)
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