コロナ対策も後手に、日本が世界に取り残される「おじいさん」政治から抜けられないワケ

プレジデントオンライン / 2020年3月9日 11時15分

お茶の水女子大学 准教授 申琪榮さん

■政治分野の無策が「121位」に表れた

「ジェンダーギャップ指数」は、経済、教育、健康、政治の4分野から構成されていますが、このうち教育と健康は世界的に男女格差がかなり縮まっていて、各国の順位に大きく影響しなくなりました。一方、経済と政治の男女格差はまだ大きいので、これらの分野の優劣で順位が確定します。特に政治は、どの国もまだ格差が大きいので、少しの変化が影響します。

つまり、政治分野で少し頑張るだけで、ランキングはぐんと上がるわけです。

しかし、日本はこの分野をずっと後回しにしてきました。何も対策をとらず、現状を維持しています。その間、他の国では高い問題意識を持って対策を進めてきました。それでどんどん差が開いてしまったことが、153カ国中121位という結果に表れているのです。

■世界の流れから取り残された日本

ただ、歴史をさかのぼると、日本は政治分野でトップレベルだったこともあるのです。

1946年、戦後初めて行われた衆議院選挙では、39人の女性議員が誕生しています。またそれ以降、1980年代ごろまでは、他国もそれほど政治の女性参加は進んでいなかったので、日本の状況はそれほど目立ちませんでした。

1989年の衆議院選挙では、日本初の女性党首、土井たか子さん率いる日本社会党(当時)が女性候補を大量に擁立して「マドンナ旋風」を起こしました。この時には、「日本初の女性首相が生まれるかもしれない」という雰囲気さえありました。

当時は、他国に比べて日本が遅れている感じはまったくなかったのです。

ところが1990年代、他の国では、一定の割合の議席を女性に割り当てる「クオータ制」の導入など、さまざまな施策を打ち出して女性の政治参加に力を入れ始めました。一方日本では、政治の男女格差よりも、DV(ドメスティックバイオレンス)やパート労働など、社会や経済分野の喫緊の問題に力を入れていて、政治の女性進出は停滞。世界と日本の差が開き始め、そのまま20年以上が過ぎました。日本は、あまりにも世界の流れからズレてしまったのです。

■競争、危機、外圧が女性政治家を増やす

ただ、日本に限らず、どの国も政治は男性中心になりがちです。それが、どうすれば「女性を増やそう」という方向に変わり得るのか。過去を振り返ってみると、女性議員が増えた事例の共通点は3つあります。

1点目は、「競争がある」ことです。政党間の競争が激しくなると、新しい有権者層を開拓したり、新しい政策をアピールしたりして、他党との差別化を図ろうとします。従来の男性中心の顔ぶれや政策だと差が付きません。このため、斬新さを打ち出し、女性有権者に訴えかけるために、女性候補者を増やしたり、党首を女性にしたりするのです。

ドイツもまさにそうで、1980年代に「緑の党」という環境政党が、新しい政治を掲げ、女性やマイノリティーを前面に押し出した政策を打ち出しました。すると相対的に、他の男性ばかりの政党が古臭く見えてしまいます。そのため、女性やマイノリティーを登用する動きが他の政党にも浸透しました。

2点目は、「大きな危機が起きる」ことです。政権が大きな失敗をしてしまった場合、信頼を回復するために新しい顔ぶれが求められ、女性が起用されることがあります。新しく生まれ変わったことをアピールしやすいからです。

ここまでの2点は、政党が内部から「女性を登用しよう」という変化を起こすきっかけです。

3点目は、政党の外からの力です。当事者の女性の声が大きくなった場合です。女性が自分たちのニーズを集結し、それが一定の大きさの声になれば、政党側も聞かざるを得なくなります。

■競争も大きな危機もなく、20年間置いてきぼりに

ただ、残念ながら日本は、少なくとも最初の2点については、なかなか難しそうです。

最近の自民党は、「1強」と呼ばれている通り、競争も大きな危機もありません。2009年に自民党が選挙に負けて、民主党(当時)が政権を取ったことがありますが、すぐに失敗して奪還され、以降は競争がほとんどない状態が続いています。選挙にも勝ち続けていますから、全く変化させるインセンティブが生まれません。これも、日本が20年間、世界の流れから置いてきぼりにされていた理由の一つです。

そして3点目についても、悲しいことに女性有権者たちからの自分たちのニーズを代弁してくれる女性の政治家が必要だという声は大きくありません。

■「女性議員10%」が持つ意味

現在、日本の衆議院議員に占める女性の割合は約10%です。10人のうち1人しか女性がいないという、この数字の意味を考えなくてはなりません。

女性と一言に言っても、シングル、母親、高齢者など立場はさまざまですし、職業や住む地域、考え方や理念も多様です。たった10%で、多様な女性のニーズを代表することができるのでしょうか?

それに、政治は特に、数と組織がモノを言う世界です。男女関係なく、少数派は妥協を求められてしまいます。例えば地方議会では、議員の数が十数人から数十人といったところですが、女性議員がゼロという市町村議会もたくさんあります。議員数が20人で女性が2人だとすると、この2人が同じ考え方を持っていて共闘できるとは限りません。意見が合わず共闘できなければ、ますます彼女たちの意見は議会で反映されません。

結局、女性はあまりにも少数派なので、どうしても多数派である男性の文化に合わせざるを得なくなってしまいます。「議会に女性議員がいても、まったく変化がない。何の意味もないじゃないか」と言って責める人がいますが、それはお門違い。10%しかいないからこその結果なのです。これがもし、女性が30%に達していて、それでも成果が挙がらないならば批判してもいいかもしれませんが、10%しかいないと、政治の世界では自分がやりたいことがなかなかできないのです。

■「おじいさまたち」が無視できないほど数を増やす

女性議員が、自分のやりたいことができる環境を作らなくてはなりません。そのためには、数を増やし、声を大きくして、声が議会の「おじいさまたち」に届くようにする必要があります。

まずは、複数で議会を目指すのがよいと思います。女性が1人だけで当選しても、なかなか意思決定に届くほどの声の大きさになりません。2、3人で協力して、一緒に議会を目指すのです。

前回の統一地方選挙では、各地で「女性議員を誕生させる会」ができて、女性議員を議会に送り込んでいます。こうした支援が選挙の後も続き、政治家として活動する中で多数派にのまれてしまわないよう、支えていくことも必要だと思います。

■最低でも30%を。100%を目指したっていい

1995年に国連の第4回世界女性会議で採択された「行動綱領」には、意思決定の場における女性比率を30%にすることを目指すと明記され、「最低限30%は必要だ」という認識が広がりました。社会に変化をもたらす上での臨界点、「クリティカルマス」が30%であるということです。私自身も、30%に達すれば確実に変化が起きると思っています。

この会議を機に、目標とする女性比率を法律に明記する国が増えました。ただ、30%を目標にしてはいけません。人口の男女比は5:5なのですから、50%にすべきなんです。私は、60%を目指してもいいと思っています。実際、60%を達成している国もあります。今まで少数派だったからといって、遠慮して小さくなる必要はありません。何なら100%でもいいじゃないですか、男性はずっと100%に近かったんですし(笑)。

あくまでも30%は最低限必要というレベルです。民主主義国家が目指す姿としては、40%~60%程度でようやく「男女の平等が達成された」と言える水準になると思います。

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申 琪榮(しん・きよん)
お茶の水女子大学 ジェンダー研究所 准教授
米国ワシントン大学政治学科で博士号を取得し、ジェンダーと政治、女性運動、ジェンダー政策などを研究。学術誌『ジェンダー研究』編集長。共著『ジェンダー・クオータ:世界の女性議員はなぜ増えたのか』(明石書店)など。女性議員を養成する「パリテ・アカデミー」共同代表。

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(お茶の水女子大学 ジェンダー研究所 准教授 申 琪榮 構成=大井明子)

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