コロナ危機による不安な思考スパイラルを断ち切る小ワザとは
プレジデントオンライン / 2020年4月3日 6時15分
■思考停止する人、自分で考えようとする人
【中野】大災害や、今回の新型コロナのような危機的状況への人々の反応は、大別して2種類ですよね。
まずは「もう日本はおしまいだ」とすぐ言いたがる人たちです。この人たちのことを中野は「終末を愛しすぎた男」「終末を愛しすぎた女」とひそかに呼んでいますが……。終わりだ、と宣言することによって終息後のリカバリーの重荷や責任を思考の外に追いやることができ、気が楽になるので、そうなさるのでしょう。気持ちはわかります。
ただ、こういう人は今回に限らず、いつでも大災害や大きな事件が起きた時には、そう言うようです。2011年の東日本大震災、2008年のリーマンショック、2001年の同時多発テロ、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、1986年のチェルノブイリ原発事故、オイルショック……。数え上げていけばきりがありません。
もっと歴史をたどっていけば平安時代の末法思想もよく似た構造を持っています。日本では1000年以上も前から、何かあると多くの人が「世も末だ」と言っていたわけです。その割には、何が終わったんだかよくわかりませんよね。いまだに人類は生き続けていますし。終わる終わる詐欺、とでもいうのか、「終わりだ」と盛んにおっしゃっている人を冷静に眺めていると、なんだかおもしろいですけれど。
一方、そうでない人たちもいます。その人たちは、「人類の歴史は困難の連続であった。今もその渦中にあるだけだ」と状況を捉えます。俯瞰的なとらえ方をする人たちですね。
【牛窪】ジャーナリストの池上彰さんは後者ですね。「歴史に学ぼう」と、よくおっしゃっています。
【中野】後者のほうが、落ち着いて自分の言葉で話しているという印象を持たれやすく、格好良く見えますよね。前者の「世も末だ」と考える人のほうが、圧倒的にたくさんいるから、対照的なこの人々の意見は際立つし、好意的に捉えられやすいと思います。
ただ、世も末だ、という考え方はまったく合理的とはいえないのですが、たくさんの人がこう考えて思考を停めてしまうようですね。
■「思考停止して付和雷同」は、実は悪いことではない?
【中野】ただ、思考停止する人のほうが圧倒的に多いということは、そちらの方が適応戦略であり、「そのほうが生きのびやすいからなんじゃないか」と思ったりもするんですよ。災害などがあったときには、思考停止する人たちのほうが生きのびやすいのかもしれない。だから、今も、そうなる人が多いのではないか。単純な生存競争と淘汰の理屈からです。
実は、思考停止する人が多いほうが、みんなの意見を統一し、協力して対応できていいのかもしれない。よく、「思考停止するな」「自分の頭で考えろ」と言いますが、それはかえって非常事態の時には危険なのかしれないという仮説も成り立ちます。
【牛窪】確かに、マーケティングでも「顧客を思考停止に追い込むほうが、モノを売りやすい」という考え方はあります。深夜の通販番組で、「いま、こんなに多くのお客さんが電話に殺到している」とか、「あと30分以内にご注文の方に限り~」など畳み掛ける手法も、その一つです。「思考停止」だと、脳はどんな状態になっているんでしょうか?
【中野】わかりやすい例だと、たとえば、恋愛している時と同じ感じでしょうか。盲目的に相手の意見を好意的に受け入れやすく、反論は自分の中からは出てきにくい状態ですよね。集団でこれが起こっているときには、人々は声の大きい、強いリーダーに従いやすくなります。必ずしも正しいことを慎重に伝える人にはついていかないんです。
日本人は付和雷同の傾向が強いとされていますが、それにも理由があったのかもしれないと思えて仕方ないんです。日本は知っての通り非常に災害が多い国なので、何度も繰り返される危機をくぐり抜け、声の大きい、強いリーダーに従い、付和雷同的に生きる人が多く生き残ってきたのではないか、その結果として今があるのではないか。
自分の頭で考えるほうが確かに目立つし格好いい。ですが、適応戦略としては思考停止も実は悪いことではないのかもしれません。もちろん、「リーダーを適切に選んでいれば」という条件付きですが。
【牛窪】リーダーが間違ってしまうと、みんなで間違った方向に行ってしまいますからね。リーダーは、決して万能ではない……。だからこそ近年は、トップが「こうしなさい」と指令する「支配型リーダーシップ」ではなく、まず部下の話に耳を傾け、そこに共感・奉仕する「サーバント・リーダーシップ」が重視されるのだと思うのですが。
■「不安のスパイラル」が発生する仕組み
【牛窪】不安が積み重なると、消費の世界では「探索行動」に出やすいとされます。既に購入した人の「評価」をチェックしたり、ニュースサイトやSNSで関連情報を調べようとググッたりするわけですね。
特に今のように、なかなか外に出られず時間があると、ネットでいろいろ検索して、さらに不安をあおる情報を追いかけてしまいます。不安のスパイラルにはまってしまう。
【中野】そうなんですよ。特に若い人はその傾向が強いんです。大人の脳には、不安が増大し過ぎないようにブレーキをかける仕組みができてくるのですが、10代後半から20代の脳にはそうしたブレーキがまだない。このため、一度不安を感じ始めると増幅してしまう傾向が強い。
【牛窪】それはなぜでしょうか?
【中野】学習を促進するためです。10代、20代のころのほうが、「もうすぐ試験だから早く勉強しなくちゃ」などとあせって勉強する気持ちになることが多くありませんでしたか? あるいは、将来〇〇ができないと困るから、身につけなくちゃ、とか……。それが大人になると、「ここまでやったのだし、まあいいか」などと開き直ることもできてしまう。年を重ねると、安心と引き換えに、だんだん学習のモチベーションも下がってしまうんです。
■“不安の時代”に流行ること
【牛窪】そういえば最近、若い女性の間で、糸つむぎや刺し子、羊毛フェルトなど、手仕事系の趣味を持つ人が増えているんですよ。私も何度か取材しましたが、そうすることで「気分が安らぐ」と言います。
【中野】単純作業をすると、自己効力感が得られるので不安が増大するスパイラルが止まりますよね。刺し子や刺繍のような作業はとても適しているんじゃないでしょうか。あとは現代の女性だとセルフネイルなんかもそうでしょうか。お仕事としてネイルをやりたいということではなくて、ちょっと大げさに言えば「自分にも行動を起こして成果を挙げることができる」という感じを得たいからやる、という作業のことです。不安の多い時代には意外とこうした、単純作業的で達成感や自己効力感を比較的たやすく得られる趣味というのが、はやるんじゃないかと思います。
昔の貴族層がやっていた写経も、似たような効果があったのかもしれません。誰もが、「人類の歴史は困難の連続であり、今の私たちも同じ流れの中にいる」と俯瞰的に考えられるわけではありません。「もう終わりだ」と思ったときに人々が手掛けてきたことが、その時代時代に応じてありそうですね。
■収束しても元通りにはならない
【牛窪】実は私もいま、テレワーク中のスタッフに、あえて資料のバラ打ちなど、形になるルーチン作業を任せています。やっぱり不安でいっぱいになって「コロナ疲れ」になったら、手を動かして何かを作る、形にするのが効果的なんですね。
【中野】そうですよね。不安に押しつぶされないために。それにこの新型コロナの騒動もいつか必ず収束しますし、決して「もうおしまいだ」ということにはなりません。
ただ、収束しても元と同じにはならないでしょう。出口戦略というか、今後どんな風に社会が変化していくのか、あるいはこの事件を前向きにとらえて社会を変化させるのか、そしてその変化にどう適応するのか、一人ひとりの知恵が試される時が来ます。いまは、じっと耐えて、それを決めるための知を磨いていくべき時期なのではないでしょうか。
自分で考えて決めるか、誰か強い人についていくか、それはどちらがいいとは言いにくいですよね。数は異なるとはいえ、どちらも生き残っているし、どちらもアリでしょう。個人の好みの問題なのですが、自分で考えるのがいやだという人は、ついていく相手を探すのも手かもしれません。
何が正解かは、すこし時間をおいてみないとわからないのです。ただ、どのやり方が正しいかを競うのは無駄であるように思います。「自分のやり方がよかったのかどうかは自分で判断する」という一点は、決めておいたほうが生きていきやすくなるのではないでしょうか。
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マーケティングライター
マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学/MBA)。2020年4月より、立教大学大学院・客員教授。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)ほか、著書を機に流行語を広める。テレビ番組のコメンテーターとしても活躍中。
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(マーケティングライター 牛窪 恵、中野信子 構成=大井明子 撮影=プレジデントウーマン編集部)
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