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時価総額1位と3位の提携「トヨタ×NTT」がまったく話題にならないワケ

プレジデントオンライン / 2020年4月1日 11時15分

資本業務提携を発表し、握手するトヨタ自動車の豊田章男社長(左)とNTTの澤田純社長=2020年3月24日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

■なぜこのタイミングで記者会見したのか?

トヨタ自動車とNTTが3月24日、業務資本提携で合意したと発表した。「資本」では相互に2000億円ずつ出資し合う本格的なものだが、肝心の「業務」は「両社間で価値観を共有し社会の発展をめざすコアなパートナーとして、住民のニーズに応じて進化し続けるスマートシティの実現をめざし、スマートシティビジネスの事業化が可能な長期的かつ継続的な協業関係を構築する」と焦点が定まらない。

日本の株式時価総額ランキングで1位と3位に君臨する巨人同士の握手だが、高揚感からは程遠い。AIなどデジタル技術の社会実装で先頭を走る中国の背中は遠のくばかりだ。

株式時価総額の2位はNTTドコモ。3月27日の終値でトヨタが約23兆円、NTTとNTTドコモの合計が約22兆円。4位のキーエンスは約8兆円。トヨタ、NTT、NTTドコモのトップ3に対する市場の評価がいかにずば抜けているかわかる。

その両グループが2000億円という大きな資金を動かしてまで「スクラムを組もう」と言うのだから、本来であれば大ニュースだ。発表当日24日の朝刊1面トップで日本経済新聞がすっぱ抜き翌日も発表記事を一面に掲載したが、他のメディアは小さな扱いにとどまった。

最初に浮かんだのは「なぜこのタイミングで」という疑問である。記者会見が開かれた24日、東京都はすでに新型コロナウイルスの爆発的な感染拡大の瀬戸際にあるとされ、政府や都は「密閉、密集、密接」の“3密”を避けるよう繰り返し要望していた。しかし都内のホテルらしき場所で開かれたトヨタとNTTの記者会見はネット配信を見る限り、密室で開催され、記者の席は肘と肘がぶつかるほどの距離だった。

■世界の大企業がコロナ対策を打つ中で「お花畑」の発表

トヨタの豊田章男社長は「長期的な関係を構築するには対等出資に意味がある」、NTTの澤田純社長は「この構造でGAFAに対抗する」と熱弁を振るったが、2人が感染していたら記者全員に感染しかねない距離感である。

同じ頃、テスラCEOのイーロン・マスクは中国で余剰になった人工呼吸器1255台を買い上げ、地元のカリフォルニア州に寄贈。医療用マスク5万枚をワシントン大学医学部に贈った。トランプ大統領に「グズグズするな!」とハッパをかけられたゼネラル・モーターズ(GM)は人工呼吸器メーカーのベンテック・ライフ・システムズと提携し、インディアナ州の工場で人工呼吸器の生産に乗り出した。

フォードとGEも簡易な人工呼吸器の共同開発・生産を開始している。台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の中国子会社、フォックスコンも中国でウイルスに効果がある「N95」マスクの量産を始めた。生産機械まで内製する本腰の入れようだ。

世界の企業がコロナウイルスにファイティング・ポーズをとっている時に、日本を代表する2大企業は「手を取り合ってスマートシティを作ります」と「お花畑」のような発表をしたわけだ。トヨタの米国法人は27日になってようやく「米国の人工呼吸器メーカーの生産を支援する」と発表したが、出遅れ感は否めない。

■お互いのスマートシティに乗り入れてデータを集めたい

3月24日の時点ですでにイタリアの死亡者数が6000人を超えていたことを考えれば、一刻を争うわけでもないスマートシティの提携発表など先送りにすべきだったが、そこは巨人同士の握手。ずうたいが大きすぎて止められなかったのだろう。

それでもあっと驚く中身の提携なら、暗いご時世に希望の光を投げかけることもできた。だが、残念ながら提携にはほとんど新味がなかった。

24日に発表された提携の骨子は、両社がすでに建設を予定しているスマートシティに、互いの技術を持ち寄る、というものだった。具体的にはトヨタが静岡県裾野市東富士エリアで建設する「Woven City(ウーブン・シティー)」と、NTTが東京・品川駅前で開発する「NTT街区」が舞台になる。

ウーブン・シティーは今年の1月、トヨタが米国の家電見本市「CES 2020」で発表した構想だ。2020年末に閉鎖予定するトヨタ自動車東日本、東富士工場(静岡県裾野市)の跡地に2000人が暮らし、働くスマートシティを作り、自動運転やIoTの実証実験をしようという試みだ。品川駅前のほか福岡、札幌、横浜や千葉などの自治体との協業で構築する「NTT街区」はAIやIoTを使い、事件や事故の迅速な検知・分析や予測などを目指す。

トヨタとNTTはこれらのスマートシティを、経済における価値がモノからデジタル・データに移行するための「社会実装の場」と位置付けている。それぞれのスマートシティに相互乗り入れすれば「得られるデータは相乗倍になる」という理屈だろう。

■「KDDIの大株主」がなぜ手を組んだ?

トヨタは2018年、ソフトバンクと自動運転の共同出資会社を設立している。さらにトヨタは現在もKDDI株の約12%を保有し、京セラに次ぐ第2位の大株主でもある。今回のNTTとの資本業務提携で、3大キャリア全てと協力関係を築いたことになる。「クルマを作るだけでは生き残れない」という豊田社長の本気の現れにも見えるが、「とりあえず全部やっておこう」という総花的なやり方にも見える。

電気自動車が自動運転で走る時代に競争力の源となるのは車そのものの性能ではなく、システム全体を動かすプラットフォームとそれを日々改善するためのビッグデータの量と解析力だ。トヨタの危機感が本物なら、3大キャリアのどれかを買収して、自動車メーカーの旗を降ろす位の大胆な戦略転換が必要だ。箱庭での「実験」など、気休めにしかならない。

さらに言えば、デジタル資本主義時代の主役である「プラットフォーマー」(GAFAやアリババ、テンセントといった中国のネット大手)が定義する「社会実装」に比べると、数千人の社員と取引先が対象のトヨタやNTTの試みは「おままごと」の域を出ない。

■配車アプリでウーバーの上をいく「ディディ」

例えば、配車アプリ大手「滴滴出行(ディディ)」は中国の400都市で4億人にサービスを提供している。ディディが普及したせいで、荒っぽいことで有名だった中国のタクシーがこの数年、格段に安全運転になった。利用者がドライバーを評価する仕組みは配車アプリの元祖「ウーバー」にもあるが、ディディのシステムはさらにその上をいく。

利用者による評価は、料金をディスカウントしたり現金を渡したりして評価を買う賄賂が成立する。しかしディディの車両にはGPSとジャイロセンサーがついており、回り道をしたり、目的地への到着を急いで急発進、急停止といった乱暴な運転をしたりすると、ドライバーの評価が下がる。ディディには普通のタクシー、快速タクシー、プレミアタクシー、ラグジュアリータクシーという4つのカテゴリーがあり、ポイントがたまるとより多く稼げる上位カテゴリーに移れる。こうしたシステムにより、これまで一人でも多くの客を運ぼうとしていた中国のドライバーが、あっという間に安全運転をするようになったのだ。

■中国はすでに8億人のデータを吸い上げている

しかしディディの最終的な目的は配車アプリで稼ぐことではない。毎日、4億人が利用するタクシーの走行データ、交通量のデータ、客の移動履歴を集め、そのビッグデータから自動運転のためのAI(人工知能)を育てようとしているのだ。

AIの大好物はデータである。実社会で使えるAIを育てるには、ラボの実験データではなく実社会の生のデータが必要だ。安全な自動運転AIを育てたいなら、皮肉なことだが、事故のデータが多いほど好都合だ。「こうした条件が重なると事故が起きる」とAIが学習するからである。

中国のデジタル実装はタクシーだけにとどまらない。スマートフォンで料金を支払うモバイル決済の規模は200兆元(13兆円)を超え、「道端の物乞いもQRコードをかざす」と言われている。モバイル決済では「アリペイ」のアリババグループと「ウィーチャットペイ」のテンセントが圧倒的なシェアを持ち、8億人のネット利用者から毎日、膨大な消費データを吸い上げる。広大な中国が丸ごとスマートシティと化しているといってもいい。

■日本のネット政策は規制が多すぎる

中国のプラットフォーマーが膨大なデータを吸い上げられるのは、2015年に中国政府が導入した「インターネットプラス」という政策によるところが大きい。インターネットプラスとは、製造業、農業、金融、医療といった既存の産業とインターネットを融合させる政策で、そうした新しい事業の立ち上げを「問題があった場合のみ規制する」と原則自由にしたことに意味がある。

日本のネット政策はまだ「原則禁止」であり、政府の認可があった分野や特例的に実施を認められた「特区」でしか事業が立ち上げられない。配車アプリやモバイル決済の普及が遅れているのもこのためだ。

規制だらけの窮屈な日本で少しでも多くデータを集めるために生まれたのが、今回のトヨタとNTTの提携かもしれない。しかし数億人の日々の営みから集まる中国のデータ量や世界中に億人単位のユーザーを持つGAFAのデータ量に比べると、トヨタとNTTの小さなスマートシティから集まるデータ量は、やはり「おままごと」としか言いようがない。2000億円の相互出資で「本気度」を示したつもりかもしれないが、竹槍で戦闘機に向かうような虚しさを覚える。

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大西 康之(おおにし・やすゆき)
ジャーナリスト
1965年生まれ。愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。98年欧州総局、編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年独立。著書に『東芝 原子力敗戦』ほか。

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(ジャーナリスト 大西 康之)

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