トヨタは大手通信キャリアと一緒に何を作ろうとしているのか
プレジデントオンライン / 2020年4月10日 9時15分
トヨタ自動車株式会社CEOの豊田章男氏が、ラスベガスで行われたCES2020において、将来的には175エーカーとなる「都市」開発のプランを明らかにした(2020年1月6日) - 写真=AFP/時事通信フォト
※本稿は、中村尚樹『ストーリーで理解する 日本一わかりやすいMaaS&CASE』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■車を所有せず、必要なときだけ利用する時代
MaaSとは、Mobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)の略で、「サービスとしての移動」を意味する。「移動のサービス化」とも呼ばれる。“アズ・ア・サービス”の世界では、製品を所有せず、サービスそのものが提供される。MaaSの場合、自動車やオートバイ、自転車などの移動手段を所有することなく、必要なときに、必要なだけ移動サービスを利用するということになる。
インターネットではクラウドを利用するが、リアルの世界ではどうするかと言えば、MaaSでは、公共輸送サービスを組み合わせて利用したり、一時的に移動手段を借りたりすることで、移動という目的を達成することになる。
日本の現状では、長距離の移動や道路渋滞のときなどを除いて、一般的にマイカーのほうがドアtoドアで便利だろう。しかしMaaSの時代が本当に実現すれば、公共交通を使った移動の利便性が向上し、マイカーの維持費を中心とした交通費の削減にもつながる。マイカーが減少することで、道路の渋滞緩和や大気汚染の改善も期待される。
高齢化が進む過疎地での交通弱者対策にも有効であり、交通事故の減少や駐車スペースの削減、人間優先の都市づくりにも役に立つ。電動キックボードをはじめとする各種マイクロモビリティのシェアリングなど、新たな交通サービスも検討されており、これまでとは違った社会が出現しそうな予感がする。
■国も「広く社会に良い影響をもたらす」と期待
国土交通省がまとめた『令和元年版交通政策白書』ではMaaSについて、「出発地から目的地まで、利用者にとっての最適経路を提示するとともに、複数の交通手段やその他のサービスを含め、一括して提供するサービス」と定義している。その結果、ドアtoドアの移動に近い形で、「ワンストップでシームレスな移動が可能となる」と期待している。
その上で白書は、MaaSがもたらすメリットとして、公共交通の使い勝手が向上するのみならず、広く社会に良い影響をもたらすということを示している。
さらには街づくりにも言及して、「インフラ整備など都市や地域のあり方にも影響をもたらす可能性があり、都市分野、地域の経済社会など様々な分野にインパクトをもたらすイノベーションであるとも位置づけられている」と分析する。イノベーションとは、「革新」あるいは「新機軸」のことである。
DBJ(日本政策投資銀行)は「MaaSの現状と展望」(2018年11月15日)と題した調査研究レポートで、各レベルでのサービスの統合を目指すMaaSを「サービス統合型」、各交通事業者がそれぞれの輸送モード単体でサービスを便利にしようという取り組みは「サービス高度化型」、さらに輸送サービス自体ではなくその周辺に位置づけられるサービスであっても、移動に関連して、新しい技術やビジネスモデルを活用するもの全体を広くMaaSと呼ぶこともあるが、これを「その他関連ビジネス型」と分類している。スタート当初は「サービス統合型」だったMaaSが、多様に展開されて、様々な意味を持ち始めているのだ。
■ネットに常時接続された自動運転シェアカーの世界
MaaSとほぼ同時期に現れた言葉に、ドイツの大手自動車メーカー、ダイムラーが2016年に発表したCASEがある。次世代自動車の、4つのトレンドの頭文字をつなげて表現した造語である。ダイムラーは現在、事業会社であるメルセデス・ベンツなどの持ち株会社となっている。そのメルセデス・ベンツ日本のウェブサイトによれば、最初のCはインターネットでクルマを外部につなぐ“connected(コネクテッド)”のCだ。
なおconnectedのカタカナ表記をトヨタ自動車やマツダは「コネクティッド」、日産自動車や本田技研工業は「コネクテッド」としている。続いてAは自動運転を意味する“autonomous(オートノマス)”のA。Sはみんなで共有するシェアリングを中心に、多様なサービスを意味する“Shared & Services(シェアリング&サービス)”のS。最後のEは“電気”を意味する“Electric(エレクトリック)”のE。電気自動車を含む電動化である。
自己所有ではなくシェアされた、電動でクリーンなクルマが、ネットワークに常時接続され、自動運転で目的地まで運んでくれるのが、究極のCASEの世界だ。このCASEがいまや、ダイムラーばかりでなく、すべての自動車メーカーが目指すべきキーワードになっている。
自動車製造は、数万点にも及ぶ部品を必要とする、巨大な組み立て産業である。しかし自動車の部品を作る会社が、自動車メーカーを名乗れるわけではない。自動車メーカーにとって、内燃機関であるエンジンの製造技術は、他業種からの参入を許さない大きな壁だった。エンジンを製造する者こそ、自動車メーカーと名乗れたのだ。
■ダイムラーとBMWは手を組んで5会社を設立
ところが環境対策や資源問題で、動力がエンジンに代わって電動モーターになると、構造のシンプルなモーターは比較的簡単に製造できるため、他の業種からの参入が容易となる。さらに自動運転やコネクテッドは、自動車メーカーより、むしろIT業界との親和性が高い分野である。こうした理由で各自動車メーカーは、大慌てでCASEへの対応に追われているのだ。
高級車のベンツを所有することはステータスシンボルである。そのベンツを作っているダイムラーが先頭を切って、MaaS時代に対応した新しいビジネスモデルとしてCASEを構築しようとしている。
ダイムラーのライバルであるBMWは、CASEの並びを変えて「ACES」(Autonomous, Connected, Electrified and Services)という名前で、電動化や自動運転の開発、カーシェアや駐車サービスなどの事業を独自に展開してきた。そんな両社が、2019年2月にモビリティ事業を統合し、デマンド交通の「リーチ・ナウ」、充電サービスの「チャージ・ナウ」、ライドヘイリング(配車サービス)の「フリー・ナウ」、駐車サービスの「パーク・ナウ」、カーシェアの「シェアー・ナウ」という5つの新会社を共同で設立した。
■ライバルが協力することで新ビジネスが生まれる
このように、CASEはメーカー主導で提案された概念である。一方、MaaSは“モビリティ”、つまり「移動のしやすさ」という目的がまず存在し、様々な交通は必要なときに必要なだけ利用する手段となっているように、利用する側に重点を置いた概念であることがわかる。「マイカー所有の是非」という二者択一の視点に立てば、確かに両者は「MaaS vs CASE」として対立する。しかし総体的に見れば両者は協力関係にあり、CASEの先端技術が、MaaSの領域を拡大することになる。
MaaSとCASEは、自動車メーカーとマイカーを頂点としたクルマ社会のパラダイムシフトを引き起こそうとしている。かつてのライバルが協力せざるを得ない時代となり、そこに新たなビジネスチャンスも生まれる。
特にCASEの中のC(コネクテッド)は、MaaSを成立させるための最も重要な要素である。地図で現在位置を表示できるスマートフォンの登場により、クルマを利用したい人と、クルマに乗せたい人のマッチングが可能となり、ライドシェアというシステムが出現した。利用者の依頼に応じて配車するオンデマンド交通やタクシーの配車サービス、シェアサイクル、物流プラットフォームや医療型MaaS、空飛ぶクルマ、さらには自動運転に至るまで、コネクテッドを抜きには語れない。“つながる”ことがMaaSの世界では、基本のキなのである。そこで自動車メーカー各社は、自動車に通信モジュールを搭載して、「つながるクルマ戦略」を推し進めている。
■自動運転とAIが人間を支えるトヨタのスマートシティ
このうちトヨタは2020年1月、人びとの暮らしを支えるあらゆるモノやサービスがつながる実証都市「コネクティッド・シティ」プロジェクトを発表し、日本内外から大きな注目を集めている。それによるとこのプロジェクトは、人びとが生活を送るリアルな環境のもと、自動運転やMaaS、パーソナルモビリティ、ロボット、スマートホーム技術、AI技術などを導入・検証できる実証都市を新たに作るものだ。建設が計画されているのは、静岡県裾野市にある「トヨタ自動車東日本」東富士工場の跡地で、東京ドーム約15個分の広さがあり、2021年初頭の着工を予定している。
プロジェクトの狙いは、この街で技術やサービスの開発と実証のサイクルを素早く回すことで、新たな価値やビジネスモデルを生み出し続けることだ。興味深いのは、街を通る道を次の3つに分類し、それらの道が網の目のように織り込まれた(英語でwoven)街づくりプランである。第一の道は、スピードが速い車両専用の道として、完全自動運転、かつCO2を排出しないゼロエミッションの乗り物のみが走行する。第二の道は、歩行者と、スピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナードのような道だ。そして第三の道は、歩行者専用の公園内歩道のような道である。
トヨタはこの街をWoven City(ウーブン・シティ)と名づけ、初期には、トヨタの従業員やプロジェクトの関係者をはじめ、2000人程度が暮らすと想定している。住民の生活では、室内用ロボットなどの新技術を検証したりするほか、健康状態のチェックなどでAIを日々の暮らしに役立てたりする。
最先端の実験的な都市づくりはすでに世界各地で行われているが、自動車メーカーが独自に街づくりに乗り出す事例はこれまでになく、MaaSとCASEにかけるトヨタの強い意気込みが感じられる。
■電動化は世界で喫緊の課題となっている
CASEの中でも喫緊の課題となっているのが、Eの電動化だ。ヨーロッパではEU(欧州連合)が年次目標を設定して、自動車のCO2排出量を削減するよう各自動車メーカーに求めている。基準を達成できないメーカーは、巨額の「クレジット」を購入しなければならない。アメリカではカリフォルニア州などでCO2を排出しない車を一定割合以上、販売することが自動車メーカーに義務づけられている。
ところで、一口でEVと言っても、いくつかの種類がある。電動モーターのみで動くのがElectric Vehicle(電気自動車)。バッテリーを動力源としており、後述するFCVと区別する場合は、BEV(Battery Electric Vehicle)とも呼ばれる。台湾では、電池交換式の電動スクーターが人気である。
EVには、Electrified Vehicleというもうひとつの意味もある。日本語に訳せば「電動車両」となる。ややこしいので、EVと言えば、一般的には電気自動車の方を指す。電動車両は、ガソリンエンジンと電動モーターを併用するHV(Hybrid Vehicle、ハイブリッド車)が代表格だ。ハイブリッドとは、複数の方式を組み合わせることを意味する。家庭用のコンセントから充電できるPHV(Plug-in Hybrid Vehicle、プラグインハイブリッド車)もある。PHVは短距離であれば電気のみでの走行が可能であり、走行用バッテリーの電気を使い切ってしまっても、ガソリンエンジンで走行できる。
■実はガソリン車より前に開発、発売されていた
EVの走行距離を延ばすため、小型の発電用ガソリンエンジンを搭載して距離(レンジ)を延ばす(エクステンダー)、「レンジエクステンダー」もある。レンジエクステンダーは法制度上、電気自動車ではなく、PHVとして扱われる。
FCV(Fuel Cell Vehicle、燃料電池車)は、燃料に水素を使って発電し、排出するのは水だけという電気自動車だが、一般に電動車両に分類されている。
電気自動車やFCVは、CO2の排出(エミッション)がゼロという意味でZEV(Zero Emission Vehicle、ゼロエミッション車)と呼ばれる。
現在、主流となっている電池はリチウムイオン電池だが、電解液を固体にした「全固体電池」の開発も進んでいる。全固体電池は、小型化できるのが売り物だ。
そもそも、電気自動車の歴史は、ガソリンエンジンで駆動する自動車より古い。1830年代には電気自動車がすでに誕生していた。そして1881年に開かれたパリ電気博覧会で、フランスのトルーベが、充電して何度でも利用できる2次電池を使った本格的な3輪電気自動車を出展した。
一方、オーストリアのマルクスが内燃機関を荷車に搭載した「マルクスカー」を発明したのが1870年。ドイツのベンツがガソリン自動車を作って特許が認められ、一般に世界初のガソリンエンジン自動車誕生と言われているのが1886年のことだから、電気自動車はガソリンエンジン車よりも先に世に出たのだ。世界で初めて時速100キロを達成したのも、1899年の電気自動車だ。
■世界最多の販売台数を誇る日産「リーフ」
日本の電気自動車は、第2次世界大戦後の1947年に発足した「東京電気自動車」、後の「たま自動車」が製造した「たまセニア」、「たまジュニア」が有名だ。当時はガソリンエンジン車よりも経済性に優れ、日本でも電気自動車が評判を呼んだ時代もあったのだ。しかし、朝鮮戦争の勃発で戦略物資である鉛が不足し、バッテリー価格が暴騰して、電気自動車は表舞台から姿を消したのである。
たま自動車はのちに「プリンス自動車工業」に改称し、やがて日産自動車に吸収合併される。その日産が2010年に新世代の電気自動車「リーフ」を発売した。リーフは2018年に販売台数が30万台を突破し、100%電気自動車としては世界最多の販売台数を誇る。
一方、三菱自動車は、リーフより1年早い2009年に「アイミーブ」を電気自動車の量産車として、世界に先駆けて発売している。海外では、アメリカの「テスラ」が、高級電気自動車の販売を伸ばしている。さらに最近ではフォルクスワーゲンがEV専用車「ID.3」、メルセデス・ベンツは「EQV」、ポルシェもEV「タイカン」を発表するなど、電気自動車の開発と発売が進んでいる。
■「100年に1度のモビリティ革命」に突入している
CASEの中で、自動車メーカーにとって従来とは異質のビジネスモデルがシェアリングである。自動車メーカーはこれまで、消費者に自動車を購入してもらうことに意を尽くしてきた。価格別に大衆車から高級車までフルラインナップし、スタイルや目的別にはセダンやリムジン、サルーン、スポーツカーやオフロードタイプ、ピックアップトラックまで用意して、購買意欲をそそってきた。それがMaaS社会になると、マイカーが売れなくなるかもしれない。
そこでダイムラーは先手を取り、クルマを個人が専有するのではなく、シェアするという選択肢も提示した。これまでのビジネスモデルに執着していては、将来は危ういと感じ取ったのだろう。
MaaSとCASEをキーワードに、交通事業者各社や自動車メーカー、部品メーカー、さらにはIT企業がプレーヤーとなって、「100年に1度のモビリティ革命」と呼ばれる時代に突入した。MaaSやCASEを構成する技術や考え方は、その多くが以前から研究開発されてきたものである。それがIT技術の進歩を背景に、MaaSやCASEというキーワードで再構築され、新たな価値が創造されようとしている。
移動手段の先には、移動する人びとの目的がある。交通が変われば、社会が変わる。新たなビジネスチャンスの創造にもつながるのだ。
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ジャーナリスト
1960年生まれ。NHK記者として原爆被爆者や医療問題などを取材、岡山放送局デスクを最後に独立。
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(ジャーナリスト 中村 尚樹)
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