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出生前診断で「予想外の結果」になったカップル3組が下した決断

プレジデントオンライン / 2020年4月14日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HRAUN

赤ちゃんの先天的な病気を知るため、出生前診断を受ける人が増えている。宮城県立こども病院産科科長の室月淳氏は「健康な子どもを産みたいと思うのは当然だ。しかし検査をしても、求めている安心が得られるとは限らない。検査の結果、苦しみに直面することもある」という――。

■出生前診断は、命を選ぶ重い選択を迫られる

妊婦さんのためのあるウェブサイトに、「妊娠中いちばん不安に思っていたことはなんですか?」というアンケートが紹介されていました。そこでは、このような回答が圧倒的だったことが印象的でした。

「障害があったらどうしよう。育てられるか」
「とにかく赤ちゃんが五体満足で生まれてきてほしいということだけ」

赤ちゃんが五体満足で無事に生まれてくることを願わないカップルはいないでしょう。妊婦さんがこういった願いをもつのは当然です。一方で、その不安をなんとかして解消し、安心を求めようとしたとき、「出生前診断」という選択肢が現実にあらわれることになります。

生まれつきの赤ちゃんの病気というのは4~5%くらいにあるといわれています。いわゆる染色体の病気といわれるものは、そのなかの4分の1程度にすぎず、それ以外はさまざまな原因によって生じてきます。

「安心したいから出生前検査を受けたい」ということであれば、出生前診断は慎重に考えたほうがいいかもしれません。「安心できるかも」という期待を大きくいだいて検査を望まれると、逆に不安が増大するだけの結果になることがあります。それ以上に、赤ちゃんの命を選ぶ、重たい選択が待ちかまえています

本稿では私が体験した3つの事例を紹介したいと思います。

■安心するために受けた検査で予想外の結果

ケース1:「念のための検査」で染色体の病気が見つかったカップル

1人目は38歳の妊婦さんの例です。結婚して何年かの不妊のすえにようやくさずかった子だったので、費用が多少高額であっても、リスクが低い母体採血でわかる検査である新型出生前診断(NIPT)をふたりで相談して選びました。

結果は予想外のダウン症候群「陽性」という結果で、おふたりは大きな衝撃を受けました。高齢で心配だから、というお話でしたが、実のところ安心したいため念のために検査を受けたというところが本音だったようです。

動揺がおさまらぬままに、確定診断のために羊水検査をおこなってダウン症候群であることが確認されました。

NIPTの検査前カウンセリングでは、検査によって胎児の染色体の病気が最終的に確認されたときはどうするか、検査結果が出る前にきちんと考え、相談して決めておくようにアドバイスすることがふつうです。

このおふたりの場合も、もし染色体異常が見つかったら、残念だが妊娠をあきらめようとはいちおう決めてはいましたが、実際にそのようになってしまうとほんとうに苦しい立場においこまれるのです。

「陽性」の結果が出たときはすでに胎動も感じるようになって、おなかのなかにいる赤ちゃんもリアルに実感できるようになっていました。中絶を決めるにはぎりぎりの時期であり、ゆっくり考えたりあらためて相談することもできなかったのです。

■子どもづれの家族を見るたび心が痛む

この妊娠中期といわれる時期にでは、人工妊娠中絶といってもふつうとおなじ方法で産むことになります。はじめてのお産ということもあってなかなかたいへんなお産をして、心身とも疲労困憊となりました。亡くなった子どもと対面して涙を流し、こんな悲しい検査を受けたことがよかったことなのかわからなくなったといいました。

あれから1年たったいまでも心の傷が癒えておらず、子どもづれの家族を見るたびに心が痛むということで、次の妊娠という気持にはいまだになかなかなれないようです。

35歳以上の妊婦さんが、自分の年齢を気にされて出生前診断を希望される方は少なくありません。その多くの方が不安を解消したい、妊娠中安心をして分娩にのぞみたいという動機で検査を受けますが、一定の割合で「陽性」という結果がでてきます。

羊水検査で診断が確定する19~20週すぎには胎動感もでてきており、ケース1のカップルのように、中絶に躊躇して悩むことになります。そんな時でも自分が納得して決めたことだからとあとから納得できるかが重要です。

■選択的中絶の対象にはならないはずの病気

NIPTの検査を受けて結果がわかっても、病気の評価がむずかしくて本人たちがどうしたらいいかを決められずに苦しむこともあります。

ケース2:赤ちゃんがクラインフェルター症候群と診断されたカップル

妊娠12週のときに胎児の首のうしろにむくみ(NT)がみつかって、当院に紹介されてきた妊婦さんの例です。前医の医師からなんの前ぶれもなくNTを告知されたためか、妊婦さんもパートナーの方も非常に動揺し、緊張して受診されました。

じゅうぶんな遺伝カウンセリングのあとに、染色体の病気の可能性も想定してNIPTの検査をおこなったところ、後日、「18トリソミー」が陽性という結果が出ました。確定検査としてあらためて妊娠16週で羊水検査をすると、染色体検査の結果は18トリソミーではなく、性染色体の数が多いクラインフェルター症候群という意外な結果となりました。

クラインフェルター症候群では、男児はふつう、性染色体は「XY」ですが、X染色体が1本多い「XXY」となります。ほとんどの場合で正常男性となにもかわらず、精神的にも肉体的にもまったく正常発達を示します。成人になって男性不妊をおおく認めるのが唯一の症状です。

一般的にはこの疾患の男性は、生まれてからもほとんど気がつかれることがなく、長じてから不妊症の検査によって診断されることが多いのです。ふつうに考えれば選択的人工妊娠中絶の対象にはなりません。医療者のほとんどもそのように考えます。

■「性染色体の病気」を受け入れられなかった

染色体検査の結果は、心配していた18トリソミーではなくクラインフェルター症候群だったことや、男性不妊がほぼ唯一の所見で、あとは問題ないことが多いこと、心配していたNTもこれが原因であろうと、カップルにお伝えしました。これで安心していただけるかと思ったのですが、案に相違しておふたりの顔色は暗いままです。

「そうはいってもやっぱり生まれつきの病気なんですよね?」

——いえ、性染色体の数が多いのはまれにおこることで、病気といえるかどうかは考えかたによるでしょう

「でもおおきくなってから不妊症で苦しむことになるんでしょう?」

といった感じだったのです。

本人、パートナーとも妊娠中期中絶を強く望みました。私はもう一度ゆっくりと相談してもらうため、2日後にあらためて遺伝カウンセリングの機会をつくりました。しかし、カップルの決心は結局かわりませんでした。

もちろんおふたりともクラインフェルター症候群のことはよく理解されたのだと思います。しかしどうしても性染色体の病気をもっているとわかっている子どもを受けいれることができなかったのです。

出生前診断に携わるわれわれは、この病気は人工妊娠中絶の対象とならないと思うという気持を伝えても、ますますおふたりは傷つき苦しむだけでした。

■カップルには中絶を選ぶ権利がある、とはいうものの……

クラインフェルター症候群である場合、多くの人がふつうに充実した人生を送っています。そのことを考えれば、生まれてくる子どもの利益に訴えて妊娠中絶を正当化することは難しいでしょう

一方で、女性とそのパートナーが妊娠継続か中絶かの選択の権利をもつことを私たちの多くは認めています。それぞれのカップルには個別の事情がありますし、カップルには中絶を選択する「権利」があるという考え方は広く受けられています。

主治医としても、最終的にはカップルの自立的な選択を受けいれるか、どうしてもカップルの選択を容認できない場合は、ほかの施設や専門家への紹介をおこなうかの選択をせまられます

しかし遺伝カウンセリングの原則にたちかえるかぎり、個人的な倫理や道徳を押しつけることは禁忌とされていますし、クライエントを最終的には受容せざるをえないのでしょう。世のなかにはいろいろな選択があるのだという一種の諦念のもとで、ご夫婦の最終的な決断を尊重することになります。

出生前診断がこういった疾患をみつけだして、カップルだけでなく医療者すらも不条理な状況におとしこんでしまう場合があります。出生前診断が本当に意味のある検査であるか考えこんでしまいます。

すこしでも安心したくて受けた検査が、まったくちがう当惑や苦悩を引きおこすことがあるのです。

■あいまいな情報で決断しなければならない苦悩

ケース3:赤ちゃんに「脳梁形成不全」が見つかったカップル

胎児に脳室拡大が見つかったため当院を紹介されてきた妊娠20週すぎの妊婦さんの例です。このかたは繰りかえす流産の既往があったため、今回は妊娠初期に胎児の染色体検査をおこない、正常であることが確認されていました。

超音波による精密検査で、両側の脳室の拡大があり、それと関連した脳梁の形成が悪いことを認めました。しかしそれ以外の脳の奇形などの存在ははっきりしませんでした。

妊娠20週の胎児の頭は5センチほどの大きさしかないので、画像診断でわかることは限られます。サイトメガロウイルスや風疹といった先天異常をおこすような感染症は陰性という結果でした。追加の検査をおこなおうにも時間的余裕はありません。

おふたりは妊娠を続けるかどうか、かなり迷っている様子でした。中絶をおこなえるのは妊娠21週6日までであり、準備の時間を考えるとこの一両日中に決断しなければならないでしょう。

本人の気持は産むか中絶するかの両端を振り子のようにゆれ動いて、パートナーはとにかく本人の意向をたいじにしたいとのことでした。

■「脳梁形成不全」は分かっても症状の有無までは分からない

胎児診断の主体の超音波画像の精度は飛躍的によくなっていますが、それでも病気か、病気でないか、の判断に迷うことはしばしばです。病気でないのに病気のようにみえることもあります。脳の形態の評価はできても、それが生まれたあとにどういった症状をしめすかわからないことはふつうにあります。

このケースでは「脳梁形成不全」であることはわかりました。脳梁というのは脳の中心にあって、右脳と左脳をつなぐ働きをしています。事故や脳梗塞など生まれたあとに脳梁が損傷すると、認知や記憶の機能にさまざまな障害をおこすことが知られています。

しかし生まれつきの脳梁の形成不全の予後はまったく正常であるふつうの場合から、なんらかの脳の重篤な病気の一徴候である場合までさまざまあります。

妊婦さんとパートナーは、生まれてきて知的あるいは発達的になんらかの異常が生じるならば本人もかわいそうであるし、自分たちも育てていく自信がないといいます。しかし「出生前診断」でそこまでを予測する時間もすべもありません。

「なんらかの病気」があるかを知ることは土台むりなのです。まったくの正常である可能性、なんらかの病気がある可能性のもとで産むかどうかを決めることがせまられます。妊婦さんとパートナーはそういった不条理に苦しむことになります。

赤ちゃんがすこしでも異常がある「可能性」だけで中絶をおこなうのは、多くのひとがやりすぎと感じるかもしれませんが、可能性だけで中絶するひとたちも結構います。しかしこのカップルは苦しんで迷ったうえで産むことを決めました。

一度は人工妊娠中絶のために入院し、迷いに迷い苦しんだあげく、処置台のうえにのぼったところまでいったうえでの最終決断でした。

■出生前診断を受けても安心は得られない

妊娠分娩にかぎらず、だれでもなんらかの不安はもっているでしょう。もしかすると情報過多の現代は、みなが一時的な強迫性障害みたいになっているのかもしれません。しかし、すこしでも安心したくて情報を得ようと「検査」をしても、求めている安心はえられません。

どうしても気になってしょうがない、なんとかしてこの不安を解消したいと医療に求めても逆の結果となってしまうことはめずらしくないのです。出生前診断の検査結果は白黒がつけられないことは多く、むしろ検査の結果が別の種類の苦しみや絶望をまねくことがあるのを知ってもらったほうがいいかもしれません。

「病気の可能性はあるが決められない」という結果に耐えられるひとは少ないのです。「安心したいから」「安心できるかも」と検査を受けるのでしたらやめたほうがいいでしょう。

それでも検査を受けたいと考えるならば、すべては自分自身で決めなければなりません。根拠があろうとなかろうと自分自身で決めることができれば、たとえそれがつらく苦しい状況をまねいても、おそらく後悔することは少ないことでしょう。

ほかのだれでもない自分自身できめること、すなわち自己決定は、その選択の正しさを保証するわけではもちろんありません。しかし自分の生を生きること、それだけはまちがいなく確かにしてくれるでしょう。

■望むべく選択とは「見る前に産め」

わたしたちの人生は、いつも自分が期待するとおりのお膳立てがされているわけではありません。それはどうにもならないことです。それをどうにかしようとするから、目の前のことに一喜一憂し、不安をもったり悩んだりすることになります。

室月 淳『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』(集英社新書)
室月 淳『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』(集英社新書)

そうではなくまず「見る前に跳べ」。もちろんその先になにがまちかまえているかは予測できません。しかしいくら情報を集めてもわからないものはわからないのです.しかしこういった「情報」をいくら集めたところで、人生の正しい選択をすることはできっこありません。

正しい選択、後悔のしない選択などというものは本質的にはありえず、そこにあるのは自分で決めて前に進むことだけです。充実した生を生きるのか、それが空虚な生にすぎないのかは、情報や知識の有無とはまったく関係なく、そのひとの人間性そのものというべきかもしれません。

望むべく選択とは「見る前に産め」です。

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室月 淳(むろつき・じゅん)
宮城県立こども病院産科科長
1960年岩手県生まれ。東北大学医学部卒業後に東北大学産婦人科に入局。カナダ・ウェスタンオンタリオ大学ローソン研究所に3年間留学し、国立仙台医療センター産婦人科医長、岩手医科大学産婦人科講師などを経て、現職。東北大学大学院医学系研究科先進成育医学講座胎児医学分野教授を併任。

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(宮城県立こども病院産科科長 室月 淳)

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