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WHOを「中国寄り」と激しく攻撃するトランプ大統領の狙い

プレジデントオンライン / 2020年4月18日 11時15分

世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長(スイス・ジュネーブ)=2020年2月28日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■驚きの対抗策「958億円の資金援助をストップ」

アメリカのドナルド・トランプ大統領の言動には驚かされることが多いが、今回はWHO(世界保健機関)への拠出金の停止である。

トランプ氏は4月14日、ホワイトハウスでの記者会見でこう述べた。

「WHOは中国寄りで新型コロナウイルスの対策を誤った。基本的義務を果たすことに失敗した。責任を問われなければならない。資金の拠出を止める」
「WHOが早い時点で中国の感染状況の実態を把握し、不透明さを指摘していれば、感染拡大を抑え込めた。死者を少なくすることができた。今後、アメリカ政府としてWHOの対応を検証する」

検証は60~90日かけて実施され、この間、WHOへの拠出は全てストップされるという。アメリカは2018年から2019年にはWHOの全予算の16%にも相当する8億9300万ドル(958億8800万円)を拠出している。アメリカの底力を示す資金援助の額だ。これだけの資金が消えれば、WHOの活動に間違いなく深刻な影響が出る。

トランプ氏は何を狙っているのだろうか。ここで思い出されるのが、北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に対する対応だ。

■会うまでは「リトルロケットマン」とバカにしていたが…

2人の史上初の米朝首脳会談は2018年6月12日にシンガポールで行われた。この会談が行われるまでトランプ氏と金正恩氏は犬猿の仲だった。ミサイルの発射を繰り返す金正恩氏に対し、トランプ氏が「リトルロケットマン」とからかえば、正恩氏は「老いぼれ」と罵った。

それがどうだろうか。シンガポールでの米朝首脳会談では10秒以上も固い握手をして笑顔を見せ合った。トランプ氏が「とてもいい人だ。頭もよく、優れた交渉者で才能がある。自分の国を愛している」と金正恩氏を褒めちぎると、それに応えて金正恩氏は「すべてを乗り越えてここまできた。会談の実現に努力をしてくださったトランプ大統領に感謝する」とまで謝意を示した。

最近のアメリカと北朝鮮の関係はともかく、この時点でトランプ氏は金正恩氏の心をつかんでいた。

■WHOのトップが新興感染症の流行国に乗り込んでいた

交渉相手をとことん追い込み、弱ったところを見計らって助け舟を出し、自分の言うことを聞かせる。これがトランプ氏のやり方なのである。

WHOに対しても追い込むだけ追い込み、その後で国連に何らかの条件を出すだろう。その条件は中国寄りのテドロス事務局長の更迭に違いない。テドロス氏の母国はエチオピアだ。エチオピアはアフリカの中で最も中国と親密だ。テドロス氏はエチオピアで外相と保健相を務めていた。

WHOが中国・武漢市での新型コロナウイルス感染症のアウトブレイク(流行)を察知したのは、昨年12月31日だった。今年1月5日には、WHOは最初の情報を世界に向けて発信している。だが、その発信は「中国では人から人への重大な感染は報告されていない」といういまから考えるかなりお粗末な内容だった。その後も緊急事態の宣言を見送るなど対応には中国への配慮がうかがえた。

なかでも沙鴎一歩が驚かされたのは、1月28日のテドロス氏の訪中だった。訪中して習近平・国家主席と会談まで行っていた。会談の内容は明らかにされていないが、通常、WHOのトップが新興感染症の流行国に乗り込むようなことはまずない。まず入るのは疫学の専門家チームであるのが常識である。それが最初にトップが乗り込んだ。テドロス氏の動きは政治的以外の何ものでもない。トランプ氏の怒りにうなずける側面もある。

■「トランプ対WHO」「アメリカ対中国」の行方は?

トランプ氏には、前述したテドロス氏の更迭以外にもうひとつ大きな思惑がある。11月の大統領選を少しでも有利に運ぶために、アメリカに世界最悪の感染者数と死者数を出した責任をすべてWHOに転嫁し、「初動対応が遅れた」という自身への批判をかわそうと考えている節がある。

事実、トランプ氏に対しては政権内部でも「政権幹部の警告を軽視し、対応が後手に回った」との批判が強まっている。野党民主党の全国委員会は声明を出し、資金拠出停止は「自らの失敗への批判をそらすため」と批判している。

WHOのテドロス事務局長は15日、スイス・ジュネーブの本部で記者会見し、「拠出金の停止は遺憾だ。今後は加盟国と協力して財政的な欠落を埋める」と述べた。中国も同日、「重大な懸念」との見方を示した。

「トランプ対WHO」「アメリカ対中国」の行方は今後どうなるのか。新型コロナウイルスの収束が見えない中で、大きな懸念材料である。

■「乱暴」と書きながら「正しい」と評価する産経社説

4月16日付の産経新聞の社説(「主張」)は「米国の拠出金停止 WHO改革を強く求める」との見出しを掲げ、トランプ氏をこう擁護する。

「国連のグテレス事務総長は直ちに『ウイルスとの戦いで、WHOの活動資金を削減するときではない』とする声明を出し、見直しを求めた。今、最も避けるべきはWHOの機能不全である。トランプ氏の手法は確かに乱暴だ」
「ただし、『WHOが中国の偽情報を広めた』とするトランプ氏の批判は正しい。感染が拡大し始めた今年1月の時点で、WHOは『人と人の感染はない』『(国境をまたぐ)渡航禁止は必要ない』と主張していた」

「確かに乱暴だ」と批判した後、すぐに「正しい」と評価する。昔から中国嫌いで知られる産経社説である。かつては特派員が中国から追い出され、台湾に特派員を送り込んで取材を続けていたこともあったほどだ。トランプ氏をテコに使って中国批判を展開したいのだろう。

■「中国寄りの姿勢が顕著に表れたのは台湾の排除問題である」

そう思って産経社説を読み進めると、案の定である。

まず「中国寄りの姿勢が顕著に表れたのは台湾の排除問題である」と書き出し、こう主張する。

「テドロス氏と中国が一体であることを如実に示した事例だ。国際社会が結束して感染症と戦う先頭に立つべき機関のトップが、一国の政治的思惑に左右されるようでは、到底、信頼を置けない」

もちろん中国とテドロス氏の言動には沙鴎一歩も不信感を抱く。しかしそれ以上にあまりにストレートな表現に驚かされる。さらに産経社説は書く。

「今後、米政府は60~90日をかけてWHOによる今回の取り組みの実態を検証する。拠出金の停止措置は米国による厳格な警告だ。WHOはこの間に自らの改革を急ぐべきだ。具体的には事務局長の更迭である」

「事務局長の更迭」とは、沙鴎一歩が「トランプ氏がWHOに次に示す条件」として書いたものと同じだ。産経社説はトランプ氏の自国第一主義を肯定している。それでいいのだろうか。

■毎日社説は「トランプ氏は再考すべきだ」と主張する

毎日新聞の社説(4月16日付)は、産経社説とは対照的に「米のWHO拠出金停止 『自分第一』では収束せぬ」(見出し)とトランプ氏を厳しく批判する。

毎日社説は「世界的な感染状況の情報発信やワクチン開発の情報共有などで陣頭指揮をとっているのがWHOだ。米国の拠出額は予算の約15%を占める。この資金が滞れば今後の運営に影響を及ぼす」と指摘した後、こう主張する。

「感染収束に向けた国際的な努力に逆行する姿勢で看過できない。トランプ氏は再考すべきだ」

「看過できない」「再興すべきだ」と強い表現でトランプ氏を諫(いさ)めているが、違和感はない。新型コロナウイルス感染症が世界で拡大しているなか、いま求められているのが各国の協調と協力だからだろう。

毎日社説は、WHOの誤った情報発信と対応の遅れを批判して検証の必要を求めた後、こう指摘する。

■WHOを攻撃することで中国を牽制する狙いがある

「なぜ、WHOの役割が重要なこの時期に資金拠出の停止を表明したのか」
「感染が収束傾向の中国は支援外交で影響力を強めている。WHOを攻撃することで中国をけん制する狙いがあるのは確かだろう」
「ただ、それ以上に選挙にらみの思惑が働いているようだ」
「米国の感染者は60万人に達し、死者数も2万人を超えた。ともに世界最悪の状態だ。主な責任がトランプ政権にあるのは明らかだ」
「トランプ氏は当初から『状況は管理できている』と楽観的な見方を繰り返し、十分な準備をせずに対応が後手に回った」

なるほど、トランプ氏に非があることは明らかだ。どの国の政治家も選挙となると目の色が変わる。選挙に負ければ、ただの人だからだ。

■国内向けにアピールするトランプ流の選挙戦術

毎日社説はさらに主張する。

「11月の大統領選への影響を懸念し、WHOに責任転嫁して政権批判の矛先をそらす狙いがあるとするなら、あまりに身勝手な姿勢と言わざるを得ない」
「今回の停止は意のままにならない国際機関を威圧し、国内向けにアピールするトランプ流の選挙戦術ともいえよう。そうであれば、米国の信頼は低下するだけだ」

「身勝手な姿勢」「トランプ流の選挙戦術」と手厳しい批判である。新聞社の社説というものはこうでなくてはならない。アメリカの大統領は世界最大の権力を握っている。ときの権力と明確な距離を置き、おかしいところをおかしいと主張する。これが社説であり、そうした社説を社の利益に関係なく、はっきり書いていくのが、論説委員の仕事である。

最後に毎日社説は「今回の停止は意のままにならない国際機関を威圧し、国内向けにアピールするトランプ流の選挙戦術ともいえよう。そうであれば、米国の信頼は低下するだけだ」と指摘するが、まさにその通りだと思う。

世界のアメリカに対する信頼は崩れ、中国が取って代わろうとしている。中国はアメリカに次ぐ経済大国に成長した。しかし、隠蔽(いんぺい)体質で覆われた共産党一党支配の中国は産経社説でなくとも、沙鴎一歩も嫌いである。アメリカが中国に敗れるようなことはあってはならない。そうなる前にトランプ氏は、元凶の自国第一主義を捨て去るべきだ。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)

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