「学校では教えてくれない」しつけに困った親が読ませる「子ども向け実用書」の中身
プレジデントオンライン / 2020年5月18日 9時15分
■今、子ども向け実用書がアツい
友達との付き合い方や勉強法、整理整頓術……。書店では、こんなテーマを扱った子ども向けの「実用書」が人気を集めている。特集した棚ができるほど本の種類も増え、今や新しいジャンルとして確立されたと言える。
この新ジャンルの開拓者は、英語や数学など、教科別の教材を長年作ってきた中堅出版社・旺文社だ。
2015年7月から刊行している『学校では教えてくれない大切なこと』(全29タイトル)はすでに累計200万部を突破する人気シリーズとなっている。『時間の使い方』『夢のかなえ方』『数字に強くなる』など、大人向けのビジネス書同様のテーマが扱われている。
そんな本が小学生、特に3、4年生を中心に読まれているというのだ。旺文社はいかにして「子ども向け実用書」という新ジャンルを築いたのか。
■ヒットを生んだ「3つの軸」と「親に刺さるテーマ」
きっかけは「教科外の力も身に付けさせたい」という保護者の声だった。私たちは本当に教科別の教材を作っているだけでいいのか。その結果、出てきた企画が『学校では教えてくれない大切なこと』というシリーズだった。
2015年7月の第1弾は『整理整頓』『友だち関係 自分と仲良く』『お金のこと』の3冊だった。親のニーズや大人向けの実用書を分析し、「自分のこと」「相手のこと」「世の中のこと」という3つの軸を作り、そこから1冊ごとのテーマを決めた。
特にヒットしたのは『整理整頓』。続いて2016年4月に出した『時間の使い方』『勉強が好きになる』もシリーズの上位を占める。旺文社は個別の部数は公表していないが、シリーズ刊行から1年足らずで累計発行50万部、2017年5月には100万部を超えた。
親の願望がつまった本を、なぜ子どもが読もうと思うのか。
このシリーズの特徴は、全体的にくだけたトーンで、絵柄がコミカルなことだ。学習まんがに似ているが、歴史ものや伝記ものに比べると、ストーリーはギャグが多めで、キャラクターはかなりデフォルメされている。子どもたちが最後まで読み切れるための工夫だ。
「優秀な子だけでなくおっちょこちょいや、親に言われたことをなかなかやらない怠け者キャラも用意して子どもが感情移入しやすくし、宇宙人が登場するといった場面設定を用意して興味を引くようにしています」(旺文社・廣瀬由衣氏)
■子どもに「なんかおもしろそう」と思ってもらえる仕掛け
学習参考書づくりでは「正確さ」「信頼感」が第一に求められるが、このシリーズが重要視しているのは子どもたちに「おもしろい」と思ってもらえるストーリーづくり。狙いは、テーマに興味を持って読むというより、子どもたちが「なんかおもしろそう」「マンガだし」と感じてもらうことだ。
たとえば本のカバーは、作中のマンガから抜き出したイラストが浮き出て見えるよう特別な加工を施してある。見た目からして、派手なのだ。
興味を持って手に取り、母親に「○○しなさい」と叱られている主人公に共感しながら読み進めていくと「へー、だから勉強したほうがいいのか」と気付く。もっとも、実用書は一度読んだくらいでは、頭では理解しても行動に移すまでにはなかなかいかない。
しかしこのシリーズでは、子どもたちに繰り返し読んでもらえるように、「本筋とは関係ないところでふざけているキャラクターがいる」「よく見ると小ネタが描かれている」といった仕掛けがいくつもある。
ある巻で出てきたキャラクターが別の巻の端役で出てくるといった仕掛けもあり、巻ごと(テーマごと)の読者だけでなく、シリーズとして楽しんでもらえる要素も盛り込んだ。
一方、親からは「大人もできていないようなことの実践方法が平易にまとまっている」「自分も勉強になった」という声も多く寄せられているという。親と子、それぞれに満足を与えるつくりになっているのも、このシリーズがヒットした要因のひとつだろう。
■挑戦的? タイトルへの学校の先生の反応は……
なお、『学校では教えてくれない』というシリーズタイトルは、旺文社の大事な読者でもある学校関係者から批判的な反応はなかったのだろうか。
「大丈夫です。私たちは学校教育を否定しているわけではなく、教科で学ぶことの範囲を知っているからこそ、それ以外の部分もお手伝いできないかという視点で考えています」(廣瀬氏)
広報担当者によると、杉並区の小学校では授業で使われたこともあるほか、学校図書館でも多数採用されている。司書の方から『図書館だよりで紹介したい』との問い合わせも寄せられているという。
教師としては、学校ではカバーしにくいが保護者から「うちの子、どうにかなりませんか」と言われやすい勉強法や生活習慣について、多忙な教師に代わって教えてくれるなら大歓迎、というわけだ。
2020年度からの実施される学習指導要領では「主体的・対話的な深い学び」が重視される。このシリーズで扱われる『研究って楽しい』『本が好きになる』『発表がうまくなる』などのテーマは、広く言えばこうした教育の潮流に合致したものとも言える。
9~10歳の子どもに自己啓発をうながすのは早すぎるという気もするが、廣瀬氏に聞くと、それも考えすぎのようだ。
「親が子どもに身に付けてほしいテーマを選んで本にしていますので、これまでお叱りの声をいただいたことはありません。『子どもに身に付けてほしい』と思っていることを会得してもらえるので助かっている、という声が大半です。お子さんからも『全巻読みました』といった感想のお手紙をときどきいただきます」(廣瀬氏)。
■ノウハウ、チャンネル、人材の3要素がヒットを生んだ
『学校では教えてくれない大切なこと』は企画当初から「子ども向け実用書」というコンセプトで本作りを進め、パイオニア的存在として市場開拓を進めてきた。
シリーズ開始から5年経ち、近年ではメディアで「子ども向け実用書」というくくりで特集されることも増えた。書店には児童書棚のサブカテゴリとして独立した棚ができるほどになった。
このジャンルは、大人向けではよくある題材を扱ってはいるものの、ビジネス書に強い出版社のシェアが大きいわけではない。本のつくり方、売り方の勝手が大きく違うからだ。
一般のビジネス書は本人が課題意識に思っている内容に反応して、本を手に取る。一方、子ども向け実用書は、子どもは課題意識を持っていないが、第三者(親)が課題だと感じていることを、子どもに興味を持たせて納得させて解決することが求められる。
ただし、担当編集者が「ふだんの参考書づくりから頭を切り替えて、いかに子どもたちにおもしろがってもらえるかを考えている」と語るほど、必要とされるノウハウは既存商品とは異なる。学参編集者なら誰でも作れたわけではなく、ここもキモのひとつだ。
旺文社は学参などの商品開発・販売を通じ、長年子どもたちの飽きっぽさや本を開かせるハードルの高さへ向き合ってきた。子どもたちの興味を引く蓄積されたノウハウ、親や教師の悩みのツボをつかむチャンネルを活用しながら、ニーズに応える新たな商品づくりに適した人材をあてがう——。これもシリーズの成功要因だろう。
■「子ども向け実用書」が明らかにした日本の教育の盲点
先述の通り、2020年度からの実施される学習指導要領では「主体的・対話的な深い学び」が重視される。とはいえ筆者は、子ども向け実用書が扱っているような領域を教育現場(学校)がどこまで教えられるかについては懐疑的だ。
なぜ子供向けの実用書が売れているのか。
なぜ親が子ども向け実用書を求めるのか。
それは、まさに「学校では教えてくれない」からだった。旺文社は自社努力を重ねてそのニーズにいち早く応え、教育行政に先んじてその需要を掴んだ。需要の存在は知っていても行政や教育現場では現実的にはそこまでケアしきれない。その部分に踏み込んで読者となる子育て中の親、あるいは子どもに解決策を提案した。
いま教師は多忙だ。教科を教えるだけでなく、学校行事を取り仕切り、部活の顧問を務め、トラブルや保護者からの要望やクレームにも応えなければいけない。だからこそ「子ども向けの実用書」には価値があり、ニーズがある。
従来の学習参考書が、日々の学校の授業でフォローしきれない勉強のサポートをする価値を提供してきたように、子ども向け実用書はそもそも日々の勉強の仕方のコツやなぜ勉強するのかという動機を提供し、新しい時代の学びをサポートする参考書なのだ。
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ライター
マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査してわかりやすく解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃─ネット発ヒットコンテンツのしくみ』(筑摩書房)など。グロービスMBA。
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(ライター 飯田 一史)
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