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なぜ「何もしない」ことを、人間は苦痛に感じてしまうのか

プレジデントオンライン / 2020年5月24日 11時15分

ダイアナ・レナー、スティーブン・デスーザ『「無為」の技法』(日本実業出版社)

■「“しない”ということをする」ことになった

人間社会が重大な危機に晒されるたび、その成員たる個の再定義が進む。

私たちが「行動変容」という耳慣れぬタームを聞いたのは、まさにそんなときだった。新型コロナウイルスの感染拡大と最前線で闘う専門家や政治家は、「人々の行動変容なくしてパンデミックの収束はない」と語った。

地域の、国の、世界の感染という大きな絵を把握するため、顔も名前も人生もある人間一人ひとりはポツンと1つの「点」となる。公衆衛生の観点から社会を見るとはそういうことだ。感染拡大を阻止するには点の動きを止め、物理的な触れ合いを止める必要がある。政治や文化によって「自粛要請」だったり「外出禁止命令」だったりと語気に強弱と濃淡はあるにせよ、人々はみな「行動」を「変容」させ、「“しない”ということをする」ことになった。

だがこれまで行動し、更新し、拡大成長することに全リソースを注ぎ込んできた現代文明だ。「する」が是である価値観において、「しない」は等価な選択ではなく、ゼロや欠如であるとネガティブに認識される。パンデミックが炙り出したのは、「しない」に対する、人々の偏執的とも呼べる拒絶だった。

■ウイルスという脅威が、私たちに「何もしない」時間と空間を与えた

前著『「無知」の技法』で、世界のリーダーたちへ「知らない」というネガティブな状態を受容するアプローチを紹介した2人の著者は、本書のチャプター2「『しなければ』という執着」でこう指摘する。

〈とにかく行動する(ジャスト・ドゥ・イット)ことを奨励されている私たちは、有能な人物の証として、知恵よりも行動に重きを置きやすい。行動をしていれば、何かがなされているという感覚が得られる。すると自分自身も、周囲の人々も、解決策に向かって進歩しているという根拠のない安心を抱く。だが、時には、目の前の複雑な課題に対する最善の対応は「行動を急がないこと」かもしれない。(中略)不確実な状況に不安を抱くと、人は最も一般的な防御反応として、急いで行動を起こそうとする〉(82~83ページ)

その通り、私たちはあまりにも様々なことをしすぎてきた。自由な時間がまるで罪であるかのように。

今回のパンデミックで、ウイルスという脅威的な存在は結果的に人間社会へ何もしない時間と空間を与えた。「何もしないことが結果的に世界を救うのだから、とにかく家にいよう」という実に新鮮な現実を前に、恐る恐る私たちは自分を許す。

現実のエピソードや文学作品の引用をふんだんに盛り込んだタイムリーな一冊。少々大らかに括った東洋思想に習おうとする欧米知識層らしい東洋観にはいったん優しい視線を持とうと決めておいて、「無為」の技法を味わってほしい。

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河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Webメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、政府広報誌など多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師。社会人女子と中学生男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』、『オタク中年女子のすすめ #40女よ大志を抱け』(いずれもプレジデント社)。

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(コラムニスト 河崎 環)

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