日本企業が2020年代を勝ち抜くための5つの方向性
プレジデントオンライン / 2020年5月28日 9時15分
※本稿はボストン コンサルティング グループ編『BCGが読む経営の論点2020』(日本経済新聞出版社)の一部を再編集したものです。
■世界の時価総額上位10社はこの10年で様変わり
過去10年、世界経済の勢力図は大きく塗り替えられた。たとえば、世界の時価総額上位10社の顔ぶれは、2009年末には、各国の資源メジャーやメガ金融機関が主だったのに対して、2019年(8月末現在)では、米中のITプレイヤーが中心だ。
また、世界の時価総額上位50社に入るのは、日本ではもはやトヨタ自動車一社のみとなった。様々な構造改革努力にもかかわらず、世界経済における日本企業の影響力は、全体としては低下したと言わざるを得ない。
次の10年、世界経済が直面する変化は、過去10年とは比較にならないほど、巨大なものになるだろう。
現在までに顕在化しているものだけでも、AI・IoT・AR(拡張現実)/VR(仮想現実)・5G(第5世代通信)などの技術進化、主要経済圏における生産年齢人口の伸びの減速、中国の台頭に伴う世界経済の伝統的な秩序の揺らぎ、主要国での超低金利の長期化、持続可能性(サステナビリティ)に対する社会的要請の高まりなど、様々な世界的な構造変化の波が同時に押し寄せている。
今後、この変化は、新たな波動を巻き込み、スピードと複雑性をさらに高めていくだろう。
■構造変化がもたらすチャンスとリスク
経済の構造変化は、チャンスとリスクの両面で企業活動に大きく影響する。企業が急速な変化に柔軟に対応できれば、競争優位を築く好機となる。一方、特定の目的に最適化された組織や緻密に策定された中期経営計画など、企業が従来の強みに固執すれば、競争力強化の足かせになりかねない。
また、技術進化により、企業が活用可能な情報量は飛躍的に増大し、これを掴んだ企業の事業機会は、伝統的な産業の枠組みを超えて拡大していく。一方で、有益な情報は活用が進んだ企業に集中する傾向があり、すべての企業が恩恵にあずかるわけではない。
私たちは、大きな構造変化の中で、企業が競争に勝ち、継続的に成長するためには、企業経営の基盤を従来の枠組みを超えて進化させることが不可欠と考えている。特に大企業は、従来の強みが陳腐化し、その大きさゆえに構造変化への対応が後手となるリスクに正面から向き合う必要がある。従来事業の延長での成長施策や対応療法的なコスト削減では、構造変化への対応としては不十分だ。
構造変化の動きを察知した国内外の「先進企業」は、すでに企業の根幹をなす基盤の進化を急速に進めつつある。2020年代は、企業基盤進化の成否が、グローバル市場における企業の優勝劣敗を決すると言っても過言ではない。
日本企業が、2020年代を「輝きを取り戻す10年」とするためには、今、ビジネスリーダーが、構造変化の本質を理解し、企業基盤の進化の方向を定め、実現に向けた打ち手に着手することが大切だ。本論では5つの方向性を示したい。
■① 新しい競争ロジックをマスターする
第1の企業基盤の進化は「新しい競争ロジックをマスターする」ことだ。これまで、企業は類似製品・サービスで、いつもの競合との競争を展開してきた。静的な競争環境の下で、企業は規模拡大を図り、「エコノミー・オブ・スケール(規模の経済性)」を通じ、コスト削減と長期間適用可能なナレッジ蓄積を実現し、競争優位性を構築してきた。
今後は、競争環境が動的な変化を強める中で、データに基づき顧客の理解を深め、新製品・サービスの発見と継続的な発展を大規模かつ急速に実現する「エコノミー・オブ・ラーニング(組織の継続学習能力の経済性)」が重要性を増す。企業が活用可能なデータが飛躍的に増大することが、新しい競争ロジックへの移行を後押しする。
この動きはすでにB2C(企業対個人)で顕著だが、今後はIoTなどの進展によりB2B(企業対企業)の世界でも急速に広がっていくとみられる。
「エコノミー・オブ・ラーニング」の下での重要な経営テーマの一つが、企業が顧客理解を深め、最適な価値を提供することで売上増につなげる手法である「データ・ドリブン・マーケティング」だ。市場が成熟する中で、この巧拙が、企業の成長を大きく左右する。
ここで大切な学習能力のひとつが、AIなどによるビッグデータ分析に基づき、顧客理解を深め、顧客への働きかけとフィードバックを通じ、販売、商品管理、商品開発などを急速かつ継続的に改善するものだ。「データ・ドリブン・マーケティング」では、データの分析方法にとどまらず、その結果を企業のバリューチェーン上の様々な活動に反映し、成果につなげる組織能力を構築することが極めて重要である。
■② 変化に柔軟に対応する組織を構築する
第2の企業基盤の進化は、「変化に柔軟に対応する組織を構築する」ことだ。従来の組織は、企業が規模の利益を追求する中、効率を重視し、必要な機能ごとに細分化を図り、設計されてきた。しかしながら、現在の構造変化は横波のように、細分化された縦割り組織に押し寄せ、硬直的な組織は機能不全に陥っている。
対症療法的な組織変更は、急速な環境変化の中では、すぐに陳腐化する。企業にとって、予測不能な変化に対応する新たな組織のあり方を構築することが急務だ。その中で、AIに代表されるマシンと人の協業を促進する仕組みも必要になる。加えて、特定のスキルを保有している人は、もはや同一の組織に硬直的に所属するよりも、スキルを活かせる機会を柔軟に捉えることを欲している。今後、企業が組織力を高めるためには、こうした人々の意識変化への対応もカギになる。
「アジャイル・オーガニゼーション(柔軟な組織)」の「アジャイル」とは、もともとシステム開発の手法だが、変化に迅速かつ柔軟に対応し、成果を出す組織の構築に応用されている。高度成長期の日本企業は、「顔が見える」組織を作り、ミドルによるインフォーマルな横連携を1つの強みにしていた。また、今日でも「機能横断(クロス・ファンクション)」を標榜した部門代表の集合会議は盛んに実施されている。
しかしながら、かつての強みを取り戻し、素早く変化できる組織に生まれ変わるには、提供したい価値を基点に、組織や意思決定構造をシンプルに再設計し、企業のあらゆる側面を見直す必要がある。こうした変革をつうじた全社的なアジャイル・オーガニゼーションの実現には、主要な役員全員の覚悟とやる気が求められる。
■③ ダイナミックな全社変革を実現する
第3の進化の方向性は、「ダイナミックな全社変革を実現する」ことだ。構造変化に直面する中、過去に大きな実績を上げてきた多くの大企業が機能不全に苦しんでいる。もはや改善の積み上げでは、根本的な解決には至らず、これら大企業は「生まれ変わる」覚悟で全社変革に取り組む必要がある。全社変革が達成できなければ、既存大企業は、時代に即した新興企業にとって代わられてもやむを得ない。
その一方で大企業は、既存事業もある中、新旧事業の両立、旧ビジネスモデルから新モデルへの移行、異なる特性を持つ事業ポートフォリオの運営等の複雑性と向き合いながら、全社改革を進めていく必要がある。明確なアプローチがない、言い換えれば設計図のない改革は、結果的に大きな混乱を招き、組織の自滅を招く危険性すらある。
全社改革アプローチの1つの手法は「デジタル・トランスフォーメーション」だ。この設計図は、デジタルを活用し、効率化を図ることにとどまらず、事業のあり方自体を大きく進化させることを意図して策定すべきだ。既存企業は継続的な変革を通じ、既存アセットとデジタルやデータを有機的に結びつけて高度な価値を提供する企業へと進化することで、既存企業ならではの優位性を築ける可能性がある。
■④ 先が見えない時代に経営手法を進化させる
第4の基盤進化は、「先が見えない時代に経営手法を進化させる」である。30年前の1990年に、今日のインターネットの隆盛、デバイスやデジタルサービスの進化、AIや画像技術の進化、並びにそれらの事業への影響を的確に想定し得た人はどれくらいいただろうか。まして、今後の構造変化を見据えると、将来の予測はますます困難になると思われる。もはや、将来の正確な予測は不可能と考えた方が良い。
だからといって、将来の社会像を考えることなく、事業を推進しても成功確率は極めて低いと言わざるを得ない。企業は、将来が不確実で予想不可能なことを前提にした経営手法を確立する必要がある。
「シナリオプランニング」は、不確実で予測不可能な将来を見える化し、そこから引き戻す(バック・キャスティングする)ことで、企業として、今、何をすべきかを明らかにする手法である。
具体的には、想定されるメガトレンドから自業界・自社に関係の深いものを抽出し、それらの幅をもとに将来の事業環境の幅をシナリオとして設定する。その上で、自業界・自社への機会と脅威を特定し、それらへの備えとして、企業が今までのやり方と何を変えるべきかを明らかにする。これらの議論のプロセスを、事業運営のキーパーソンが合同で経験することで、目指すべき方向性に関しての共通理解も得やすくなる。
■⑤ 企業の「あるべき姿」を再定義する
第5の基盤進化は、「企業の『あるべき姿』を再定義する」ことだ。伝統的に企業は、規則や利益目標を定め、企業の事業目的と構成員の活動を合致させることに努めてきた。しかしながら、複雑性が増し、想定外のことが頻発する今日において、同様のやり方で構成員の活動を規定しようとすれば、規則が細則化され、数値目標があふれ、企業活動のダイナミクスを損ないかねない。
そこで、急速な変化に直面する企業の中では、根源的な存在意義や社会との関係性を再定義し、構成員に浸透させ、それらに合致する形で、構成員の自律的な判断・行動を促す動きが強まっている。
世界の先端企業が重視する「パーパス」は、企業の存在価値を、社会や顧客に対して実現する付加価値で定義する。単に理念として存在価値を定めることにとどまらず、事業領域の設定など、戦略策定・実行の指針となる形で存在価値を定義することが肝である。加えて、構成員にとっては、存在意義の実現こそが、日々の複雑性に対応する際の行動指針となる。さらに、従業員が、存在意義の浸透プロセスを通じ、これに納得し、誇りを持てれば、意欲や責任感、組織への信頼を高めることにもつながる。
コロナ危機は事業環境の構造変化を加速する。経済を再始動できた後も、アフターコロナの新たな現実は危機前の現実とはまったく異なるものになるだろう。勝者として存在し続けられるのは、新たな現実に適応して企業体を大きく進化させた企業のみである。
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ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー
早稲田大学理工学部卒業、同大学大学院理工学研究科修了。マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院経営学修士。キリンビール株式会社、マッキンゼー・アンド・カンパニー、産業再生機構を経て現在に至る。共著書に『BCGが読む 経営の論点2020』(日本経済新聞出版社、2019年)。
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ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー
一橋大学経済学部卒業。ロチェスター大学経営学修士(MBA with Honor)。株式会社日本興業銀行(現みずほフィナンシャルグループ)を経て、現在に至る。共著書に『BCGが読む 経営の論点2020』(日本経済新聞出版社、2019年)、『BCGが読む 経営の論点2019』(同、2018年)など。
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(ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー 秋池 玲子、ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー 東海林 一)
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