世界的なメガチェンジに"日本が勝つ"ために必要な2つの視点
プレジデントオンライン / 2020年5月22日 18時15分
■世界と比べてコロナのIT対応が遅れている日本
新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、世界各国と比べて日本のIT化が遅れていることが明確になった。それは、1人当たり10万円の支給が紙ベースで多くの時間がかかること、テレワークをするときのソフトがほとんど外国製であることを見ても明らかだ。
中国では、IT大手企業が旅行や健康状態に応じて感染リスクを人々に通知するアプリなどを開発し、実用化した。それは感染拡大を食い止める一助となった。また、わが国の隣国の韓国でもIT機器を用いて感染リスク対策が行われた。
文政権はスマートフォンやクレジットカードの使用履歴、監視カメラのデータなどをもとに感染経路を把握し、感染を食い止めた。さらには、経済活動の維持においてもIT先端技術が極めて重要な役割を果たすことが今回の感染拡大ではっきりした。
一方、わが国ではIT先端技術を用いて公衆衛生を支えるなどの取り組みが見られない。わが国には、海外で競争できるITプラットフォーマーが見当たらないこともあり、政府内には感染対策にデータやスマホアプリを活用しようとする発想が乏しいようにさえ見えてしまう。わが国が新しい発想を取り入れ、世界の大きな変化に対応できるか否かが問われる。
■IT先端技術で感染リスクを“見える化”できる
今回の新型コロナウイルスの感染拡大により、IT先端技術が経済や社会の運営にかなり重要な役割を果たすことが明確に示された。まず、感染対策において、情報通信技術は重要な効果を発揮している。そう考える背景の1つとして、IT先端技術を用いることで感染のリスクを“見える化”できることがある。
当たり前だが、ウイルスは目に見えない。特に、今回の新型コロナウイルスに関しては、無症状の感染者が増えた。そのため、各国がソーシャルディスタンスを徹底したにもかかわらず、急速に感染者が出てしまった。また、わたしたちの記憶には限りがある。聞き取り調査などをもとに感染経路を解明することは容易ではない。
この問題に対応するために、中国では生鮮市場などに入る人が検温と同時に自らのデータを示すQRコードを提示し、それを担当者が管理することによって個々人の感染リスクが管理された。また、中国では、IT大手アリババグループなどが移動データなどをもとにユーザーの感染リスクを客観的に示すアプリを開発した。
3月上旬の時点で、200以上の都市がこのアプリを導入したと報じられている。中にはこのアプリによって自らが健康であることを示さなければ職場に復帰できないケースもあると聞く。
■自己隔離を求めたイスラエルの動き
韓国やイスラエルはスマートフォンなどの位置データをもとに人と人の接触を追跡し、感染のリスクを抑えた。その結果として、韓国が一時、感染拡大を食い止めたことは見逃せない事実だ。イスラエルでは、データをもとに感染者との接触が疑われる人を特定し、自己隔離を求めた。
ワクチンなどが開発段階にある中、政府は人の移動を制限するなどし、何としても命を守らなければならない。そのために個人のデータを用いた感染経路の把握と感染リスクの遮断は重要だ。
同時に、個人データの取得と管理には細心の注意が求められる。個人データを用いた感染対策を行うために各国政府が責任をもってプライバシーを守る体制を整備しなければならないことは言うまでもない。
■リアルな経済活動を飲み込むネット空間
次に、コロナショックは経済活動を支える上でデジタル技術が不可欠であり、その重要性が高まっていることを世界に示した。
端的に言えば、これまでオフィスをはじめとするリアルな空間で展開されてきたビジネスが、急速にネット上のデジタル空間に吸収され始めている。それによって、コロナショックを境に、人々の生き方や企業のビジネスモデルが変化している。
象徴的な例がテレワークだ。テレワークが浸透するとともに、世界中で働き方が大きく変わり始めた。多くの企業がテレワークによって業務を継続している。国内外の顧客との交渉なども、ZoomやWebExなどのビデオ会議システムを用いて行われている。それにより、オフィスに出勤しなくても仕事ができることに多くの人が気づいた。
同時に、口頭ではなく、文書としてロジカルに業務上の課題や今後の成長戦略を提案するなど、個人の力の重要性も高まっている。
テレワークを進めるためには、ITプラットフォームが必要だ。ITプラットフォームの構築では米国のGAFAや中国のBATHがしのぎを削っている。また、テレワークの実施には、パソコンやタブレット端末といったハードウエアの確保も欠かせない。パソコン市場では中国のレノボと米国のHP、デルのシェアが高い。
■テレワーク普及で不動産価格に影響が出ることも
世界全体でデータ通信量が急速に増え、高機能サーバーへの需要も押し上げられた。この分野では、米国のデル、米中合弁企業であるH3Cテクノロジーズ、中国のインスパーなどのシェアが高い。
情報セキュリティー管理の徹底も不可欠だ。デジタル空間で契約を交わす、または法定書面に署名を行うなどのために、電子契約プラットフォームの開発も米中のIT企業を中心に進んでいる。
こうした変化は、世界の経済活動、資産の価格にかなりの影響をもたらす。米国ではIT企業が多いナスダック総合指数の動向に注目が集まっている。テレワークが普及すれば、オフィスビルへの需要は低下し、不動産価格には相応の影響が出る可能性がある。
一方、観光需要の消滅に直面した旅館やホテルなどがテレワーク向けのサービス提供に注力するなど、ビジネスモデルも大きく変化している。
■急速な変化の中で日本がやるべきこと
コロナショックを境に、IT先端技術が今後の経済に無視できない影響を与えることが一段とはっきりしたと言える。そのような中、わが国にはデジタル化を支えるITプラットフォーマーやITハードウエア分野を中心に、グローバルに競争力を発揮できる企業が見当たらない。
この課題をどう解決し、世界経済全体の急速かつ大きな変化に対応するかが、わが国の将来にかなりの影響を与えるだろう。
人と人との接触を避けるためにもデジタル技術は重要だ。感染症のリスクを抑えるには、人との接触だけでなく、人が触れたものに触れないことも重要だ。
そのために、非接触技術の導入が増えている。赤外線センサーを搭載し手をかざすことで行先フロアを選べる非接触型のエレベーターやドアなどの導入が進んでいる。さらには、キャッシュレス化や中央銀行のデジタル通貨開発も加速するだろう。
わが国はこうした変化に対応しなければ、世界的な競争に打ち勝つ力を持てなくなる。そのために必要な取り組みの1つが、政府が規制緩和などを進め、構造改革を実行することだ。
コロナショック対策としてのIT先端技術の活用、デジタル技術を用いたビジネス継続などを見ていると、わが国の取り組みのかなりの部分が米中企業をはじめ海外の要素に依存している。一朝一夕にITプラットフォーマーを育成することはできない。特に、中国政府は産業補助金などを通してIT企業の成長を強力にバックアップしている。
■オープンイノベーションをどうやって支えるか
もう1つ、わが国が強みの発揮を目指すには、企業のオープンイノベーションを支えることが重要な取り組みとなるだろう。
すでにトヨタ自動車はIT業界との提携などを通して新しい移動サービスのビジネスモデル構築に取り組んでいる。そうした取り組みを政府は規制緩和などを通して支えなければならない。企業が変化に対応し付加価値を創出できる人材の登用を進めることの重要性も増している。
反対に、バブル崩壊後のわが国が陥ったように、既存の産業構造の維持や保護などが重視されると、世界的な“メガチェンジ”というべき変化に対応することは一段と難しくなる。その場合、国内経済は縮小均衡に向かい、社会全体の活力が低下する恐れがある。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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