創価学会幹部「池田大作名誉会長は生きている」…それを証明する驚きの事実

プレジデントオンライン / 2020年6月17日 15時15分

2008年5月8日、東京都内のホテルで、会談を前に創価学会の池田大作名誉会長(左)と握手する中国の胡錦濤国家主席。 - 写真=時事通信フォト

■池田大作氏は本当に生きているのか問題

「創価学会の池田大作名誉会長は、今も存命だと思いますか?」

宗教界の取材をしていると、さまざまな方面からかなり頻繁に投げかけられる質問だ。しかし、ある時さる学会幹部の口から聞いた次の言葉には、説得力があると思った。

「池田名誉会長がお亡くなりになってるわけがないでしょう。もしお亡くなりになったら、われわれが即、公式発表します。われわれが最も恐れているのは、その情報が外部のマスコミにスクープされてしまうことです。そんなことになったら、創価学会の権威なんて何もなくなってしまう」

つまり、いま日本社会で人が亡くなると、医師が医学的見地からの死亡診断書を作成なくてはならない。近親者などは、その人の死を知ってから7日以内に死亡診断書を役所へ届け出る義務があり、また死亡診断書に虚偽の内容を記載することは違法行為だ。かつ、突然死や指定感染症による死、犯罪行為の結果の死と疑われる場合などは、警察の検視を経る必要さえある。日本の法制度下で「人の死を隠す」ことは(特に著名人の場合)不可能に近く、また創価学会がそういう画策をしていたと知れたら、それ自体が猛バッシングされるだろう。

■学会幹部「死を隠すメリットが何もない」

「池田名誉会長の死を隠すことに、いったい何のメリットがあるのか、逆に教えてほしい」とその幹部は言い、実際に過去にあった「死亡スクープ報道」は、ことごとく誤報だったと述べた。

現在92歳になる池田大作氏が公の場から姿を消したのは2010年のこと。その直前、創価学会の行事などでは、一般会員や、時に会員外の目さえあるところで、池田氏が学会幹部の発言をさえぎって不規則発言するなどの“奇行”が見られるようになり、2010年5月を境に、池田氏は公の場から姿を消した。以後、脳梗塞もしくは認知症で闘病中などといった風聞がさまざまなところで語られているが、その真偽はともかく、池田氏の肉声が世間に伝えられなくなったことだけは事実である。

池田大作氏とは、“奥の院”に黙ってこもっているようなタイプの宗教家ではなかった。彼は現役時代、学会活動の最前線にまさに生身で飛び込み、全国の一般会員と顔を合わせ、握手をし、肩を抱き合って激励・指導を重ねてきた文字通りの“活動家”だった。その「池田先生と生身で触れ合うことができた」感動を糧にして、多くの創価学会員たちが過激な折伏(布教)や公明党の票数獲得に奔走、今の巨大な創価学会と公明党をつくり上げたのである。その偉大な“生身”が全国の創価学会員の前から消え去って、10年になる。

■なぜ大作氏は別格なのか

無論、今でも聖教新聞などの創価学会の機関紙類には、「池田先生のメッセージ」などといったものがしばしば載る事実がある。ただ池田氏には『新・人間革命』全30巻ほか、膨大な著作があることは周知の通り。常識的に考えて1人の人間が執筆できる量ではなく、これらは「大作の代作だ」と昔からさんざん批判され、会員たちも部外者も大いに“含んで”きたことだ。そうしたことも含め、池田大作氏とはやはり“生身で語る宗教家”だったのであり、“活字で何かを訴えること”は二の次の人物であった。

今の創価学会の名目上のトップは第6代会長・原田稔氏だが、彼を創価学会の真の指導者だと思っている人は、ほぼいないだろう。創価学会の真のカリスマは、今もなお池田大作氏をおいてほかにない。創価学会の教団職員たちに会うと、彼らは一般のサラリーマンが自社の社長を敬称略で呼ぶように、現会長を「うちの原田が……」と呼ぶ。しかし話題が池田氏におよぶや、彼らの口調は「池田名誉会長」「池田先生」と一変するのだ。創価学会において池田氏の存在は今もなお、これほど抜きんでている。

■92歳の老人にカリスマの看板を背負わせる学会

ただ創価学会とは世襲の教団ではない。初代会長・牧口常三郎、第2代会長・戸田城聖とも、それぞれの時代に自らの力で創価学会を発展させてきたカリスマであり、池田氏も第3代会長にはその実力で就いた。ただし4代以降の会長は、ことごとく「池田名誉会長」の下にあった存在で、露骨に傀儡(かいらい)視さえされてきた。その差は「宗教指導者としての会長は池田先生まで。それ以降の会長は、単に組織の代表者というに過ぎない」と、学会の幹部層に位置する人々が取材に対してあっけらかんと認めるほどだ。

なぜこのような“断絶”が生まれてしまったのか。一言で言えば、創価学会が“偉大な4代目”を生むことに失敗したからということに尽きよう。池田氏が達成した827万世帯の会員数(公称)を、日本国内でこれ以上増やすことは難しいという現実は厳然と存在し、またオウム真理教事件後に決定的に定着した、新宗教に対するマイナス・イメージの影響も大きい。かつ、それは創価学会に限ったことではなく、霊友会や生長の家、世界救世教など、日本の多くの新宗教団体が近年分裂騒動などを起こし、大きく規模を縮小させている事実もある。かくなる現実のなかで創価学会は今なお、公に生身を見せることもできない92歳の老人に、カリスマの看板を背負わせ続けているのだ。

■これはポスト池田時代の準備か

無論、創価学会とてこのような状況を放置しているわけではない。2015年11月、学会は勤行要典(学会員が毎日唱えるお経の内容を定めた文書)を改訂。「三代会長」(牧口、戸田、池田氏)を「永遠の師匠」として、日々「報恩感謝」しようと定めた。16年11月には創価学会を組織ごと「創価学会仏」という“仏”だと位置づけたうえで、三代会長の敬称を正式に「先生」と決定。17年11月には新たに「会憲」を制定し、「『三代会長』は、(日蓮)大聖人の御遺命である世界広宣流布を実現する使命を担って出現された広宣流布の永遠の師匠である」と定めた。創価学会が指導者をこのように“神格化”するのは今に始まったことではないが、このような矢継ぎ早の、かつ大がかりな流れは、「まるで池田先生がお亡くなりになっているかのようだ」といった印象を、一般会員にさえ与えるものだった。実際これらの学会の動きは、池田氏の徹底した神格化を通じた「ポスト池田」時代の準備ではないかというのが、多くの見方である。

創価学会は着々と、三代会長を神格化したシステムの上に組織を動かす体制に移行しつつある。つまり92歳の老人個人の肩から、カリスマの看板を下ろそうとしている。その準備が整いつつある安心感こそが、前述した「池田名誉会長がお亡くなりになったらすぐ公表する」という、ある種“自信満々”な物言いに表れ始めているのではないだろうか。

■池田氏が姿を消した10年間で起きた学会内の亀裂

ただ池田氏が実際に10年間、その生身を公に現さなかったほころびは、創価学会の随所に見え始めている。代表的なのが、その10年のうち8年を占める安倍晋三政権の期間中に極めて強化された自公連立のなかで、共謀罪や安保法制といった、いわゆる池田平和主義と相反する政策が推進されてきたことだ。池田氏が肉声を発することができていれば、その“方針転換”に関し自らで学会員に説明することもあったろう。ただ池田氏の沈黙は一部の学会員たちに、「創価学会現執行部および公明党は、池田先生の教えに反し暴走している」と思わせる方向に作用し始めている。その象徴が、各種選挙で一部の創価学会員が野党を応援し始めているといった光景だ。昨年の参院選では「今の創価学会はおかしい」と訴える学会員が、(落選したものの)れいわ新選組から出馬する事態にまでなった。

ちなみに前述した霊友会や生長の家、世界救世教などの分裂騒動は、いずれも“3代目”前後の、教祖世代のカリスマの記憶が薄れかけた時期と重なって引き起こされた。創価学会もまさかその轍を踏むことになるのか、息をひそめて見守っている宗教界の目は、実は少なくない

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小川 寛大 雑誌『宗教問題』編集長
1979年、熊本県生まれ。早稲田大学卒業。宗教業界紙『中外日報』記者を経て現在。著書に『神社本庁とは何か』。

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(雑誌『宗教問題』編集長 小川 寛大)

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