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IT批評家「次のジョブズが生まれる場所は間違いなくベルリンだ」

プレジデントオンライン / 2020年7月10日 15時15分

インフォバーン共同創業者・代表取締役CVOの小林弘人氏(左)とIT批評家、実業家の尾原和啓氏 - 撮影=小野田陽一

iPhoneは世界を変えた。それだけのイノベーションを生み出したスティーブ・ジョブズはもういない。だが次にそんな人物が生まれてくるとすれば、いったいどこか。『After GAFA』(KADOKAWA)と『アルゴリズムフェアネス』(KADOKAWA)の出版を記念し、インフォバーン共同創業者の小林弘人氏とIT批評家の尾原和啓氏が対談した――。(第2回/全4回)

※当対談は2020年3月4日に実施しました。

世界中が注目「独ホルツマルクトの新しい経済圏」

【小林弘人(インフォバーン共同創業者)】ベルリン市のフリードリヒスハイン=クロイツベルク区に、ホルツマルクトという場所があります。地域住民たちが自身で廃材などを使って都市開発を行い、行政と話し合いながら運営してきた、世界でもあまり例のない独特なコミュニティです。

【尾原和啓(IT批評家)】いわば自治区という感じですよね。自分たちでお金を出し合い、自分たちで映画館やレストランやバーなどを作って。しかもドネーション・エコノミー(客の側が支払う金額を決める仕組み)で、寄付によって新しい経済圏を確立しようとしている。そのやり方が非常にフラットで斬新なので、世界中から注目されています。

【小林】2016年、僕が現地のレストランに行ったときには、隣の席でベルリン市長とシカゴ市長がランチを食べていました。あるいは自動車産業が衰退したデトロイト市も、ホルツマルクトから人材を派遣してもらったりして協力を仰いでいます。日本の地方都市も、参考になる動きだと思いますけどね。

【尾原】クロイツベルクは、旧西ベルリンの東端に位置しています。かつてベルリンが東西に分断される際、最後まで抵抗した地域でもある。そんな経緯を歴史から消そうとせず、かといって抵抗の地という堅苦しさを残すこともなく、柔軟で自由なカウンターカルチャーの地域として再生させました。そういうところが高く評価されているのかなという気がします。

スティーブ・ジョブズが若者だったらベルリンにいた!?

【小林】2003年から2009年には、ここに「Bar25」という伝説のバーがありました。ベルリンはクラブカルチャーでも有名ですが、今も伝説となるパーティが繰り広げられたカオスな空間で、脇を流れるシュプレー川の対岸から泳いで訪れる客もいたほど大人気のバーでした。閉店時には、1週間もパーティが続いたそうです。

撮影=小野田陽一

【尾原】「Bar25」という名称にも意味があるんですよね。世の中を変えるイノベーションというものは、昼の会議室ではなく、25時以降のバーで起きるものだと。それがこの店に入り浸る人のスタイルだったんですよね。

【小林】ベルリンの25時はまだ宵の口ですからね(笑)。日本人の感覚からすると、頭がおかしいとしか思えないでしょう。もう何でもありの世界で。その創業者たちが、ホルツマルクトの運営の中心メンバーになっているわけです。

一貫しているのは、創造性に富んだエピキュリアン(快楽主義者)であること。仰るとおり、そんなクラブカルチャーがイノベーションの原動力になっています。だから僕は、もし今スティーブ・ジョブズが若者だったとしたら、ベルリンにいる気がします。

【尾原】そんな匂いはありますね。カウンターカルチャーとテクノロジーと欲望が混ざり合って、それを肴に25時から深く人類の未来を語り合うみたいな。

【小林】そうそう。加えて、ベルリンにはハッカー文化も脈々と流れています。カオス・コンピュータクラブとか。そういう意味では、カウンターカルチャーとテクノロジーはセットですよね。ベルリンのクラブカルチャーもそうだし、前回お話ししたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト=テクノロジーの大規模イベント)もそう。昔のサンフランシスコも、僕が関わっている「TOA(Tech Open Air)ワールドツアー東京」もそう。ビジネス文脈だけでは捉えきれない、カオスからイノベーションが生まれるんじゃないかと思います。

ベルリンでイノベーションが豊かだった理由

【尾原】一方で『After GAFA』の冒頭で書かれていましたが、クロイツベルクでは最近、グーグルの「キャンパス」という施設の建設計画が頓挫したんですよね。

【小林】そうですね。理由はいろいろありますが、「ジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)」は大きいでしょう。最近でもクロイツベルクの地価が以前の10倍に跳ね上がり、実はホルツマルクト自体が存続の危機に直面しているんです。有名な「キットカットクラブ」をはじめ、多くのクラブが消滅の瀬戸際です。ただ市にとっても重要な観光資源なので、今年の年頭これ以上家賃を上げてはいけないことになりました。とはいえ、まだ予断を許さない状況で、今後どうなるかはわかりません。

【尾原】グーグルが参入計画を立てたこと自体が、地価高騰の一因だと。

そもそもベルリンでイノベーションが豊かなのは、地価が極端に安かった東ベルリンと統合したからですよね。そこに若い人が吸い寄せられ、彼らが新しいカルチャーやテクノロジーを持ち込んでベンチャーを立ち上げたりした。

それをサポートしようと考えたのがグーグルたったのです。ところが、それがますますベンチャーの吸引力になり、地価の高騰を招いてしまったという風に受け取られてしまった。だから「出ていけ」という話になったのかなと。

ヨーロッパ全体が「反GAFA」ではない

【小林】同じベルリン市内でも、グーグルが参入してうまく行っている地域もあります。そこは昔からの住民がほとんどいない再開発地域です。

【尾原】ですよね。だからグーグルがドイツから追い出されたとか、ヨーロッパが「反GAFA」で固まっているというイメージを持つのは、ちょっと違うと思います。

もともとヨーロッパは「人間中心主義」を標榜しているし、カウンターを自分の中に柔らかく持ち続ける文化もあります。何よりかつて自分たちが誰かを傷つけたことを絶対に忘れないという矜恃も自律的な教育もあります。

例えばシリアなどから難民が来たとき、ベルリン市民は国家が動くより先に、難民を対象にプログラム教室を開くなどして自立を支援した。これは善意や優しさというより、もっと深い歴史や文化に根ざした思想なのだと思います。

僕は『アルゴリズムフェアネス』の中で、これも「アルゴリズム」の一種だと書きました。つまり、ドイツにはドイツの、アメリカにはアメリカの、GAFAにはGAFAのアルゴリズムがある。それぞれ依って立つものが違うので、接点で摩擦が起きることもあります。

でも、僕たちはそれをネガティブに捉える必要はない。いろいろなアルゴリズムを渡り歩きながら、利用したり、批判したりして、自分にとってより居心地のいいものを見つければいいんじゃないかと。今はそれが容易にできる時代だということを伝えたくて、この本を書いたんです。

「審美性」をめぐる思想戦争が始まった

【小林】思想といえば、ヨーロッパで盛り上がっているSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)やESG投資(Environment Social Governance=環境・社会・企業統治を重視した投資)は、とても大切な社会目標でもあります。一方で、アメリカからは起案されないコンセプトです。

撮影=小野田陽一

その意味で、これは新しい思想戦争とも言えます。この新たな思想に則ったビジネスがゲームチェンジャーになる可能性を秘めています。

【尾原】そうですよね。テクノロジーに対して法律だけで戦争しようとしても、言い方は悪いですが勝ち目は薄い。そこで「SDGsをベースに考えよう」と訴え始めたわけです。つまりゲームそのもの変えようとしているんですよね。

尾原 和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)
尾原 和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)

【小林】例えば今、ベルリン発祥の「インファーム」というパーティカル・ファーム(垂直農業)の企業が世界中から投資を集めて急成長しています。これは都市型農業であり、要するに都会のビルの中でAIやバイオ技術やLEDなどを使って野菜を栽培することで、環境への負荷や物流コストを大幅に軽減しようというわけです。

【尾原】バーティカル・ファームの場合、単に「野菜を効率的に作れます」というだけでは、価格勝負になります。でも、そういう野菜を選択することが美しいとか、アイデンティティの問題であるという言い方をされると、見方がちょっと変わってきますね。

つまりヨーロッパは、「審美性」や「倫理性」という新しいアルゴリズムを前面に押し出して、テクノロジーイノベーションの主役に躍り出ようとしているように見えます。

【小林】それが作為的ではなく、本気でそう考えているから強いわけです。ゆえにアメリカ的自由主義に対する新たな思想戦争と考えます。

ヨーロッパの「連帯」がGAFAと違う道筋を見つける指針に

【尾原】そうなんです。例えば自動運転カーが現れたとき、事故を起こしたらメーカーが責任を負うということを、ヨーロッパは世界に先駆けて宣言した。そこに作為的な匂いはしないんですよね。

小林 弘人『After GAFA』(KADOKAWA)
小林 弘人『After GAFA』(KADOKAWA)

その観点でGAFAを見ると、グーグルはいつも本気なんです。情報を提供して世界中の人々を幸福にしたいと。しかしフェイスブックの場合、CEOのマーク・ザッカーバーグは本気ですが、COOのシェリル・サンドバーグはちょっと作為的な感じがする(笑)。邪推かもしれませんが、だからみんなに叩かれやすいのかなと個人的に思うこともあります。

【小林】ヨーロッパの人と話していつも思うのは、彼らの大きなテーマが「連帯」であるということです。もともとわかり合えない隣人どうしが、どうやって仲良くするか。そのため、コモンズが必要です。人類が否定できないそのコモンズの1つがSDGsですが、これは今のところGAFAと違う道筋を見つける指針としても有効かと思います。

【尾原】まったく違う民族が、隣どうしでせめぎ合っているわけですからね。歴史の記憶としても、いつ侵略されるかわからないという恐怖感がある。「本気」になるのも当然ですよね。

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小林 弘人(こばやし・ひろと)
インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO
『ワイアード』『サイゾー(2007年に売却)』『ギズモード・ジャパン』など、紙とウェブの両分野で多くの媒体を創刊。2016年よりベルリンのテクノロジーカンファレンス「TOA(Tech Open Air)」の日本公式パートナーとして、日独企業の橋渡しや双方の国外進出支援を行なう。著書に、『ウェブとはすなわち現実世界の未来図である』(PHP新書)、監修、解説書として『フリー』『シェア』『パブリック』(ともにNHK出版)ほか。

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尾原 和啓(おはら・かずひろ)
IT批評家
1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab、取締役)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Google、楽天(執行役員)の事業企画、投資、新規事業に従事。経済産業省対外通商政策委員、産業総合研究所人工知能センターアドバイザーなどを歴任。著書に『モチベーション革命』『アフターデジタル』(共著)、『ザ・プラットフォーム』『どこでも誰とでも働ける――12の会社で学んだ"これから"の仕事と転職のルール 』『ITビジネスの原理』などがある。

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(インフォバーン共同創業者・代表取締役CVO 小林 弘人、IT批評家 尾原 和啓 構成=島田栄昭 撮影=小野田陽一)

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