ドイツで深刻化する「電気自動車を好む都会人とガソリン車を好む田舎人」の対立

プレジデントオンライン / 2020年7月15日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/3alexd

自動車業界ではガソリンから電気へのシフトが喫緊の課題になっている。だが、なかなか電気自動車は普及しない。ドイツ在住の作家・川口マーン惠美氏は「EUにおける電気自動車へのシフトは、消費者の意思も無視して進められている。特に田舎には不満を持つ人が多い」という——。

※本稿は、川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

■歴史を動かしたのは常に技術革命だった

電気自動車へのシフトは産業革命のようなものだ。国全体の産業構造が変化し、今まで利益を得ていた人がその利益を失う。これまで長らく続いていたヒエラルキーが崩壊する。

ただ、何らかの技術が、あるとき、唐突に新しい技術と入れ替わること自体は、別に珍しいことではない。蒸気機関車が発明されると、それまでずっと使われていた馬車が不要になり、電車ができたときは、今度は蒸気機関車が不要になった。直近では、エレクトロニクスへの転換もある。

そのたびに、大量の失業者が発生し、巷の人々は、おそらく世の中がひっくり返るほどの危機感に襲われたにちがいない。しかし、やがて、失われたと同じだけ、あるいはそれ以上の新しい雇用ができて、革命後の世界は再び普通の状態に戻っていく。だから、現在、多くの人々に不安をもたらしているガソリン車やディーゼル車から電気自動車への移行も、最終的にはそれほど問題なく終了するのかもしれない。

■自由市場経済が生活の質を向上させてきた

ドイツは言うまでもなく、自由市場経済をとっている国だ。市場において、ものやサービスが自由に取り引きされる。生産者が何を作るか、消費者が何を買うかは、それぞれが自由に決める。それによって需要と供給が調整され、価格が定まる。新しいアイデアが資本を引きつけ、また、資本を引きつけるために、新しいアイデアが生み出される。自由市場経済をとっている国では、すべてがあたかも自然現象のように、できるだけ無駄をなくし、生産性を高める方向に進む。そして、それが結果として、人間生活の質を向上させてきた。

ただ、弊害もある。市場を自然の成り行きに任せておくと、技術の進歩で世の中は便利になるが、巨大資本ができ、貧富の格差が広がっていく。そこで、その対案として計画経済が生まれた。何を生産し、何を消費するかを、市場ではなく、国が決めるのである。

■市場経済はまだ電気自動車を求めていない

川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)
川口マーン惠美『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)

計画経済の特徴は、競争の原理が働かないことだ。どんな製品をいくつ作るかがすでに決められているのだから、もちろん技術革新のモチベーションは失速する。製品が改善されるとしても、そのスピードはノロノロとしていて、おそらく人々の欲求には追いつかない。計画経済の下では、魅力的な商品が作られないこと、そして、経済がさほど拡大しないことを、私たちはすでに世界のあちこちの例で知っている。

そこで戦後の西ドイツでは、その中間をとるということで、従来の自由市場経済主義に、十分な福祉政策を加味した“社会的市場経済”という第三のモデルが採られた。つまり、自由な経済活動に国が福祉制度で適度に介入するのである。

そして、これが成功を収め、西ドイツでは奇跡の復興と呼ばれた急成長が起こったにもかかわらず、搾取の少ない比較的平等な社会となった。西ドイツ人は、この成功で、東ドイツにあらゆる意味で破格の差をつけた。自由経済の下、どんどん素晴らしいイノベーションが起こり、メイド・イン・ジャーマニーは世界にその名を馳せた。彼らは自分たちが改善した自由経済主義を誇りに思っていたはずだ。

■国の介入で歪められた電気自動車シフト

ただ、その前提で、今、自動車をめぐって起こっていることを見てみると、何か違和感がある。これまでの技術の転換は、自由市場が舞台になって進んできた。しかし、今、遂行されつつある内燃エンジンから電気モーターへの転換は、どう見ても違う。すでにガチガチの計画経済かと思えるほど、国の介入が強くなっている。

本来なら、企業がイノベーションを進める一番の動機は、人助けや惑星の救済のためではなく、企業の利益の向上であるはずだ。利益の追求は、株式会社であるならば、株主に対する義務でもある。

だから、そのために、消費者が求めているものを的確に把握し、開発する。製品価格を下げるために、また、労働効率を上げるために合理化が進む。イノベーションは、需要と供給の自然なバランスのうえに立っていてこそ、水が高いところから低いところに流れるように自然に進む。企業が、社会に容認される健康な姿を保とうとすれば、もちろん、環境や人権なども考慮しなければならない。新しい製品が環境改善にも貢献できれば、それは企業のイメージアップにつながるから、最終的にはやはり企業の利益に資する。

■市場の意志とも消費者の希望とも無関係

ところが、EUにおける電気自動車へのシフトを見ると、この自然の動機が希薄で、市場の意思とも、消費者の希望とも無関係なところで、税金の力で強引に進められようとしている。これはまさに、水を低いところから高いところに送ろうとしているに等しく、よほど幸運な偶然が重ならない限り、うまくいかないのではないだろうか。

なぜ、このようなことが起こっているのか? この背景には何があるのか。そして、これらがうまくいったとして、その先にはどのような図があるのだろうか。

■声を出せない人たちはどう感じているのか

声を出さない、あるいは声を出せない多くのドイツ人は、いったいこの動きをどう見ているか? 庶民にとっては、懸案は「惑星」ではなく、自分の生活であり、高価な電気自動車はまさに経済的負担でしかない。そのうえ、充電の不便をもろに被ることになるのも、持ち家がない彼らだ。

そもそもドイツでは、都会以外は公共交通が整備されておらず、使いたくても使えない。否が応でも車に依存して生活している多くの人たちは、都会に住む裕福な環境運動家たちの主張に、おそらく不満を募らせているだろう。ただ、環境のためと言われれば、あからさまに反対はしにくいというのが、正直なところではないか。

さらに言えば、ドイツ人というのは、長距離を、しかも高スピードで走ることが当たり前になっている人たちなので、それが制限されることに大きな抵抗がある。しかし、環境運動が異様なまでに盛り上がる今の風潮では、そんなことはおくびにも出せない。

■ドイツで「イエローベスト運動」は起こるのか

ちなみに、環境運動が盛んなのは、ほぼ都会に限られている。要するに、中心になっているのは都会のエリートだ。片や田舎の人たちは、大気汚染の問題とは無縁だし、「惑星」のためのデモにシンパシーも感じていないように思う。そもそも高価な電気自動車に買い替えるなど、冗談じゃないと思っているはずだ。しかし、それを口に出せば、環境に対する意識が低いと蔑まれそうで口を噤(つぐ)んでいる。そういう意味で、国民の間には、車をめぐって大きな亀裂ができている。

フランスで1年以上も続いているイエロー・ベスト運動の発端も、政府が電気自動車促進のため、ディーゼル燃料に付いていた税の優遇策を剝がしたことだった。それに怒った人たちの抗議活動が炸裂し、マクロン政権を追い詰めた。ドイツでも、黙っている人たちが怒り出せば、同じことが起こりかねない。

■多額の補助金とともに「啓蒙」を進めるEU

ドイツであれ、フランスであれ、政府が電気自動車に熱心なのは、ガソリン車・ディーゼル車vs電気自動車の勝負が決したと見ているからではないか。

電気自動車は次世代の産業だ。投資家の目は、今、電気自動車に向いている。そこには、再生可能エネルギー、IT、AI(人工知能)などさまざまな先端技術も複合的に関与する。つまり政治家は、電気自動車側に付かなければ時勢に乗り遅れる。時勢に乗り遅れれば、将来的に国の産業は衰退するし、何より自分たちの利権が保てない。つまり、電気自動車へのシフトは、何が何でも自分たちの手で推進しなければならない。

だからこそ、どこの政府も伸び悩む電気自動車の背中を、巨額な補助金で押そうとしている。政界と産業界がお金という媒体でしっかり結び付いているのは、古今東西の定めである。言い換えれば、従来の自動車産業は、早急に方針を変え、電気自動車シフトを成功させない限り、政治から見放される危険に見舞われている。

■電気自動車普及の道はまだ遠い

ただ、現実としては、新しい方針はなかなかうまく軌道に乗らない。ドイツ政府は電気自動車の購入に補助金を支給しているが、登録されている乗用車における電気自動車のシェアはまだ0.1%にも満たない。仕方なく、補助金の延長も決まっている。

しかし、補助金とは税金だ。つまり、すべての国民が、高価な電気自動車を買える金持ちのために、補助金を負担する。もちろん、そうするうちに需要が伸びて電気自動車の値段が下がり、皆が買えるようになるという楽観的予測はあるのだろうが、道はまだ遠い。さらに不幸なことに、今のところこの補助金の恩恵を被っているのはドイツのメーカーではなく、米テスラ、仏ルノー、日産など、いわばドイツのライバルメーカーなのである。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・まーん・えみ)
作家(ドイツ在住)
日本大学芸術学部卒業後、渡独。85年、シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。著書に、『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実 2011-2019』(グッドブックス)、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)ほか多数。16年、『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)で第36回エネルギーフォーラム賞・普及啓発賞、18年、『復興の日本人論』(グッドブックス)で第38回エネルギーフォーラム賞・特別賞を受賞。

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(作家(ドイツ在住) 川口 マーン 惠美)

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