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「NO原発、YES風車」で経済はマヒ状態…日本を抜いた「経済大国ドイツ」で企業脱出が相次いでいる理由

プレジデントオンライン / 2024年4月14日 8時15分

ドイツ連邦議会の予算討論に出席する緑の党のロバート・ハーベック経済・気候保護相(中央)=2024年1月31日、ベルリン - 写真=dpa/時事通信フォト

■電気代が高騰する中、石炭火力7基をストップ

4月1日、ドイツは新たに7基の石炭火力を止めた。これを主導しているのは、経済・気候保護省(以後・経済省)のロバート・ハーベック大臣(緑の党)。ドイツ政府はメルケル政権時に2038年までの脱石炭を決めたが、緑の党は当時、それでは遅すぎるとクレームをつけ、30年までにすべての石炭火力を停止することを主張した。

21年12月に、現在の社民党、緑の党、自民党の連立政権が成立した後は、その主張がさらに強調され、緑の党のたっての要求で、「理想としては30年に脱石炭」という文言が政府の連立協定に組み込まれた。つまり、現在、ハーベック氏はその方針に従って、脱石炭を進めているわけだ。

ただ、現実問題として、ドイツは昨年の4月に原発が無くなって以来、電気代の高騰と供給不安で、そうでなくても経済が急激に傾き始めている。3月6日にifo経済研究所が発表した景気予測によれば、ドイツ経済は「麻痺した状態」で、その他の欧州の大きな国々と比べても明確に下落中。「他国では国民のあいだの雰囲気も良く、先行きに対する不安感が少なく、すでに23年秋頃より、当該の指数なども上向き傾向を示している」という。ドイツだけが完全に落ちこぼれている。

■脱原発、脱石炭の次は「脱産業」が始まる

ところが、ドイツのハーベック経済相は馬耳東風。昨年、産業界からの反対の声を無視して、無理やり原発を止めたのも氏だったが、今でも、脱原発は良いことだったと思っており、だから、それと同じぐらい良いことである脱石炭も、緑の党が政権にいる間にできる限り進めようと必死だ。

いや、それどころか、全土に張り巡らされているガスの導管まで次第に撤去していくという。ただ、その後の電力を何で代替するかということについて信用のおけるプランはない。ちなみに現政権(社民党、緑の党、自民党の連立)の支持率は、3党をすべて合わせても30%そこそこという惨状で、国民の信頼はほぼ失われてしまっているといっても過言ではない。

そんな中、電気やガスを多く使う大企業が、現在、大慌てで生産工程を国外に移転しているのは不思議でも何でもない。この調子では、脱原発、脱石炭に続くのは、どう考えても脱産業だ。

なお、脱原発と脱石炭は誰にも強制されたわけではなく、ドイツが自発的にやっていることだ。さらにいうなら、ロシアの安いガスの輸入停止も、ドイツがロシアに経済制裁をかけるとして、やはり自発的にやっている。さらにもう一つ言うなら、ドイツのCO2の排出量は世界全体の2~3%なので、たとえゼロにしても地球環境の向上にはさほど役に立たない。

■風車をどんどん建てているが、“無風”の解決策はなし

CO2を削減したいなら、他国がこれから始めようとしている原発推進のほうがよほど有益だろう。ハーベック氏は、脱原発を強行した時と同じく、脱炭素でも「世界にお手本を示す」と思っているのかもしれないが、今回もおそらくどの国もついてこないだろう。

ただ、誰が何と言おうが、ハーベック氏の暴走は止まらず、現在の経済の停滞も、何か別のことが原因だと信じているようだ。例えば、「風車の建設や送電線の建設が滞っているから電気が足りないのだ」とか。ちなみに氏は、現在3万基ある風車を少なくとも10万基に増やそうとしている。しかし、風のない時の解決策はまだない。

そもそもドイツは伝統的に石炭で栄えてきた国で、西部のルール炭田地域にしても、あるいは東部のラウジッツ地方にしても、炭鉱を核とした百年来の一大工業地帯が形成されている。使っている石炭は、今では輸入炭も多いが、CO2排出をなくそうとすれば、これらの工業地帯が壊滅状態となる。代替産業の誘致など口でいうほど簡単ではない。

■来年9月の総選挙までドイツ経済はもつのか

そんなわけで、現在、今の政府があと1年以上も続くと、この国はもうもたないという危機感が急激に強まっているが、総選挙は来年の9月末だし、ドイツでは解散のハードルは高い。しかも、今、解散総選挙になっても、得をするのはAfD(ドイツのための選択肢)か、あるいは、せいぜい昨年12月にできた新党BSW(通称ヴァーゲンクネヒト党)ぐらいなので、現在支持率1位のキリスト教民主同盟でさえ解散は望んでいない。

それどころか、既存の政党は、与党も野党も、これまでの政治体制と自分たちの利権を破壊しかねないAfDを何が何でも潰したいという点では、妙に意見が一致している。要するに、国民の不満や要求など「知ったこっちゃない」。ただ、それにしてもハーベック氏の脱線は著しい。

3月13日にベルリンで、「フューチャー・デイ・中産階級(Zukunftstag Mittelstand)」というイベントが大々的に開催された。

これは現政権が始めたもので、今年が2回目。中規模企業の経営者らと、政治家、官僚、駐独の外交官などが、ドイツ産業界の未来についてディスカッションする一種の見本市だ。多くのブースが並び、今年は情報を求める人たちが5000人も集まったというが、この日の目玉の一つであったハーベック経済相のスピーチが破格だった。

『ディ・ヴェルトヴォッヘ』誌が全文を掲載しているので、“ハイライト”部分を抜粋したい。

■「国家は間違いを犯さないのですから!」

「官僚主義は私たちにとって重荷のようなものですが、これを削減するためにお金はかからない。必要なのは、これが私が一番言いたいことですが、企業家の勇気なのです」

ドイツの企業はすでに長らく、複雑怪奇な官僚主義に苦しんでいる。しかも、現政権になってそれがますます酷くなり、外国投資にも悪影響を及ぼしているとして批判が絶えないが、それをハーベック氏は企業の責任にしたのだ。さらには、

「国家というものは良いものであり、官僚主義は良いものである国家から生まれるということを理解しなければなりません。官僚はみんなバカだというだけでは、その理由がわからない」

そして、この後に衝撃的な言葉がくる。

「なぜなら、国家は間違いを犯さないのですから!」

この後、氏は「国家は間違いを犯さない」という不可解なテーゼを5回も繰り返した。しかも、その例として挙げたのが下記。

「建設許可の審査の2件に1件が免除され、あなた自身がリスクを背負うことになったとしたらどうでしょう。あるいは、パン屋やレストランなどの2軒に1軒が健康を害するものを売るとしたら? 皆がしょっちゅう下痢をすることになるのです」

■「経済状態は良い。数字が悪いだけだ」

間違いを犯さない国家が監督してくれるおかげで、私たちはレストランに行っても下痢をしないで済むと、ハーベック氏は言ったのだ。それも、幼稚園児にではなく、産業界で活躍しているエリートたちに向かって。

ハーベック氏には、無知を曝(さら)け出すような稚拙な発言が多い。例えば22年9月、ウクライナ戦争が始まって最初の冬を迎えようとしていた頃、ARD(公共第1テレビ)のトークショーで司会者が、「今冬に倒産の波が予想されるか?」と質問したのに対し、氏は「ノー」と断言し、「しかし、いくつかの業種が生産を止めることは想像できる」と真剣な面持ちで付け加えた。

偶然にもこの番組を見ていた私は耳を疑い、司会者も何度も問い直したが、氏は「生産を止めても、それは倒産ではない」という珍説を曲げることはなかった。ドイツ国の経済相が、よりによって経済の仕組みをよく理解していない。

それから1年半が過ぎ、現在の経済状況は前述の通り深刻だ。今年の2月、政府が過去2年続きのマイナス成長を報告した翌日、国会で野党議員にそれについての指摘を受けたハーベック氏は、「数字が悪いだけだ」と言った。つまり、経済状態は悪くない。議事堂内が図らずも大爆笑になった。「企業は生産を止めるが、倒産ではない」という発想と、合致しているといえば言える。

ドイツの首都ベルリン・ミッテ区にある議事堂
写真=iStock.com/RomanBabakin
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/RomanBabakin

■CO2排出量が前年比10%減った笑えない理由

3月15日には、政府は2023年のCO2の排出量が、前年比で10%減少したと発表した。一番減ったのは発電部門で、なんと20%。喜んだハーベック氏は記者会見を開き、棒グラフが表示されたパネルを手に、「ドイツは2030年の気候目標を達成できるだろう」と興奮気味に報告。そして、(公共第1テレビの言葉を借りるなら、)実に“誇らしげに”、「これこそがわれわれの政治の成果だ」とカメラの前で言い放った。

発電部門のCO2が減った理由はいくつかある。電気の輸入が増えており、それら外国での発電分のCO2がドイツには計上されていないこともその一つ。また、暖冬や、電気代の高騰に恐れをなした国民の節電努力。

ただ、何といっても一番の理由は、エネルギー多消費の産業が生産を縮小したり、国外に生産拠点を移したり、あるいは倒産してしまったことによる。電力の消費は景気の指数なので、不況になれば、必ずCO2は減る。間違っても、喜べる話ではない。

それでも政府はいまだに、CO2ゼロ達成のために締め付けを強化しており、ドイツは次第に自由経済の国から計画経済の国に変わりつつある。しかし、一つ確実に言えるのは、計画経済は失敗するということ。

■日本もGXにのめり込んでいる場合ではない

その証拠に、過去の半年を振り返っただけでも、これまでドイツ経済を支えてきた優良企業の多くがドイツを去り、あるいは去ることを決めた。出ていった企業は、そう簡単には帰ってこないから、今、ドイツでは取り返しのつかないことが進行しているわけだ。しかし、肝心の政治家たちが私利私欲で固まっていて、一向に動かない。

翻って日本では、岸田文雄首相が訪米し、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進で日米の政策協調を進めるとか。ドイツの間違いは、まさにこの不毛な環境優先政策にあるというのに、いったいなぜ? 日本には緑の党はなく、ハーベック氏はいないと思っていたが、首相自らがハーベックを演じるのか。

GXは一定の再エネ企業を潤すが、国民を豊かにすることはないし、本当の意味で環境に資することもないだろう。国がすべきは、GXにのめり込まないこと。まずは景気の向上のため、太陽や風に左右されない確実で安価なエネルギーの確保である。

そうでなければ、これだけ悲惨な状況であるドイツからさえも、世界3位の経済大国の座は取り返せない。さらに言うなら、日本はドイツに抜かされたのではなく、自分で坂道を駆け降りているのだということにも早く気づいてほしい。

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川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ)
作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。

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(作家 川口 マーン 惠美)

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