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「100兆円貯金」を運用する農林中金がファミマ出資に乗り出した真意

プレジデントオンライン / 2020年8月11日 11時15分

農林中央金庫理事長の奥和登(おく・かずと)氏(撮影=チーム「ストイカ」)

コロナ禍による未曽有の経済危機に金融機関はどう対応すべきか。「100兆円貯金」を預かる農林中央金庫は、世界中から金利がなくなるという状況で大きな変化を求められている。奥和登理事長は「海外で運用すれば利益が出るというパターンは完全に終わった。朝令暮改といわれても、そこは抑制していく」という——。(取材・構成=チーム「ストイカ」阿部重夫、樫原弘志)

■「GDP単位でみるとリーマン危機ほどではない」という分析

——農中は2020年3月期の決算で経常利益1229億円と前年比横ばいでした。コロナ禍で3月に市場が一時急落した影響は幸い軽微でしたが、FRB(米連邦準備理事会)が総資産を一挙に1.5倍に増やす量的緩和に踏み切ってCLO(ローン担保証券)の値崩れを防いだのが大きい。パウエル議長が5月20日の講演で市場に安心感を与え、コロナ第2波にも小康を保っているが、何が起きるか分からない。FRBの今後のスタンスをどう見るか。

(5月20日講演では)コロナについて踏み込んだ判断はしていません。企業の過剰債務について慎重に幅のある分析をしていて、GDP(国内総生産)単位でみると前回のリーマン危機ほどではないというもので、相応の納得感を持ちました。米国がマイナス金利に踏み込むかどうかは読み取れませんでしたが、市場に安心感を与える力強い意志を感じました。CLOについても、サブプライム危機のCDO(資産担保証券)との違いを丁寧に説明して、金融の安定を脅かすようなリスクではないと判断されています。しかし、なにせ世界中から金利がなくなるという状況ですから、運用環境としては相当厳しい。

——CLO残高7000億ドルのうち、米大手銀の保有額は900億ドル、農中のCLO投資は一時8兆円(約750億ドル)と大きい。CLO残高を今後減らすかどうかの方向性は?

FRBが(コロナ以前に)バランスシートを縮めて金利を上げている段階では、金利上昇に強いもの、債券からクレジットへ運用をシフトさせたこともあって、CLOの運用を一時8兆円に増やしたのですが、市場シェアが大きくなりすぎた面もあり、少なくとも今の時点では新規に増やすことはやめています。上限を抑える一方で、期落ちなど償還により自然体で残高は落ちていきます。OC(担保価値保全)テストなどで優先トランシェの早期繰り上げ償還により元本が減ることもあり、落ちていくスピードはちょっと読めませんが……。

■「いまの段階で10年、20年の金利リスクはなかなか取れない」

——FRBがドルの大量供給で市場を支えたということは、価格リスクを潜在的なドル安リスクに転嫁したとも言えます。対外投資での為替ヘッジはどうしていますか。

3月期末のCLOの含み損は4000億円程度(残高は7兆7000億円程度)でしたが、4~6月は残高7兆6000億円で、含み損は1300億円まで縮小しています。購入するCLOはAAA格トランシェに限定し、基本は満期まで保有することにしています。基本的に海外の運用は為替ヘッジしています。逆にその分、スプレッド自体は薄くなるのですが。

——6月以降、「10年物以上の為替ヘッジ後の米国債利回りが、日本国債の利回りを上回っている」ので、日本の機関投資家の米債投資が復活しているとの観測(7月21日付日経)が出ていますが、日米の短期金利差縮小で農中も米債投資シフトを考えていますか。

確かに足元の調達金利の低下で、スプレッドは厚くなっていますが、だからといっていきなり増やすというほどではない。以前投資したデュレーション(残存期間)が残っているものですから、期落ちでどうするかを考えていくのが現実的だと思います。日本からの米債投資再開の動きは、生命保険などどちらかというと長い投資を考えている機関投資家でしょう。農中はいろいろなリスク管理の指標があって、いまの段階で10年、20年の金利リスクはなかなか取れない。トータルの金利リスク量の範囲内で、買えるところは買うという程度で、一気にシフトするということではない。

■JA貯金は「100兆円」でひと区切り、無理して集めない

——100兆円目標達成後もJAバンクの貯金残高は増え続けている状況です。高齢化、相続で流出するかといわれていても案外底堅く推移しています。向こう3~5年、どのような動きを予想していますか?

JA貯金の伸び率自体は2%台から1%を切るくらいに落ちています。地域によっては純減も出ています。しかし、為替と同じように予測は難しいです。構造的には相続による貯金流出という問題もありますが、一方で、いまはだれもおカネを集めるひとがいない。以前なら郵貯、地銀が獲得競争していたものですが。構造的に流出の要素があっても流れ出し方が強いわけではありません。トータルでマイナスになるところまでは見込んでいません。特にゼロ金利下であれば、向こう3~5年の間はマイナスになることは多分ないと思います。

——JAからの調達コストは高く、残高も減らない。そのコストにもっとメスを入れるべきではありませんか?

100兆円はひと区切りです。一番高い金利を付けている部分はキャップ(上限)を入れ、それ以上に還元額、実額が増えることはありません。水準を下げるのとキャップを入れてコントロールします。貯金を集めてうちが運用すれば、海外で運用すれば利益が出るというパターンは完全に終わったので、少なくとも上限という形でお願いをして、会員から反発も受けながらも受け入れていただきました。貯金を集めるためのJAによる「上乗せ金利」のような施策がかなり落ち着いてきて、事実上、上乗せはほとんど無くなり、調達コストも落ち着いています。「無理して集めない」というふうに変わっています。

撮影=チーム「ストイカ」

■上乗せ金利のままだと「世界で一番高い金利」になりかねない

——上乗せまでして貯金を集めていたのは、「100兆円」の目標を掲げたからでは?

そういうことをあおった側面もあるでしょう。だからこそ質を変えなければならないのです。「朝令暮改」といわれても、系統預け金の奨励金(利回り)を2019年度から4年かけて2018年度実績0.56%(加重平均)から0.1~0.2%段階的に下げていきます。世の中がマイナス金利で、最も高い部分で0.7%台のところからから0.5%くらいに下げて、0.5%も利息があるのはアメリカ10年もの国債くらいですから、世界で一番高い金利になりかねないので、そこは抑制していかねばならないと思っています。

——JA系統預け金の利回りがどのようなルールに基づいて計算されるかを公表してもよいのでは?

これは当事者間で決める協議事項なので、事実上、開示対象ではないと私は思います。全体のディスクロージャーの中で、(預金のコストを)平均するとこうだろうという推測はできるだろうと思います。

——代理店方式を選ぶJAは少ないようです。

農中が信連を統合している県は同じ水準、信連のあるところは各信連がそれぞれ自分のところの地域の事情、コストを勘案しながらJAに手数料案を示しました。率的には郵貯の0.4弱くらべて高い代理店手数料になるはずですが、それを選択する農協はほとんどありません。

■「統率がとれない系統組織」をどう経営していくのか

——JAに判断を委ねるより、農中が思い切って代理店化を一律に推進していった方がJAバンクは安定しませんか?

いや、それは壮大な社会実験みたいなものです。全部が代理店になれば、それに対応したシステム設計、ビジネスモデルもあるでしょうが、全部がなることはあり得ないと考えています。(どっちつかずの状態になってしまったら、その)中間系が一番、金融機関のビジネスモデルとしてはコストが高いということになるでしょうね。

——信連があるところとないところがあります。JAの独自性を尊重するといえば聞こえはいいですが、これほど統率がとれない系統組織はありません。経営しにくいのではありませんか?

農林中金が行政機関であれば、やりにくいから「上意下達にする」ということもあるでしょうが、一番上に単協があり、さらにその上に組合員がある組織です。少々難しくても、統率という格好より、金融機関として最低限守らなければいけないルールとか、金融機関だったらこういう機能を発揮しようとかディシプリン(規律)について意見は言えたとしても、あなたのところは信用事業をやめなさいとかいうことは、まったくベクトルが逆です。問題点やそれを改善することは議論できても、組織論なり、その上の役員のガバナンスだとかいうところまで農林中金からできる性格のものではありません。統率がとれていないということなら甘んじて受けますが、そもそもそういう構造ではないということはご理解いただきたい。

——准組合や員外の利用は今後も受け入れを続けていきますか?

員外規制、准組合員規制の狙いは何かを考えてみると、もともとは農協が農家に貸さず、員外の人に貸して農家に貸すお金が無くなってしまう、本来利用できるはずの人が利用できなくならないように制限がかかっているのが、法の趣旨だと思います。いまは組合員のところにおカネがいきわたらない、支障がでるということはありません。員外利用、准組合員利用大いに結構というつもりはありませんが、地域に住み、農協で農産物を買ってくれる人が増えるのは望ましいことだし、農協が地域の金融機関として、お金を借りたい員外の人たちに仲介すればいいと考えている。

■国内食品会社との取引が手薄になっているのは事実

——農業融資を増やすため、子会社として別の銀行を作ってみることは考えられませんか?

農業金融をやらなくなったら農協という組織はいったい何のためにあるのだということになるので、営農部門と一緒になってやれるような組織のままでよいと思います。農業融資だけで収支がとれるか、そういう専門機関を作っても恒常的に収支がマイナスだとすると外だしする意味をどう考えればいいのでしょう。(国がコストを補塡(ほてん)する)日本政策金融公庫(旧農林漁業金融公庫)と一緒ですよね。農林中金は「食」と取引する部分があって、農業金融もやる、本部制にして、PDCA(計画・実行・評価・改善)の状況をしっかり見ればいいと思います。

——グローバル投資を広げる過程で国内の支店網をリストラし、古くから取引のあった地方の食品会社との取引を打ち切ってしまった経緯もあります。取引社数などを経営目標としてはどうか。

そうした観点で食農部門のあり方を考えてみたことはありませんでしたので、その点はこれから考えさせてください。「覆水盆に返らず」ということかもしれませんが、過去20年間で、国内食品会社との取引が手薄になっているのは事実です。それを再開できるかどうか、また、農業法人とどういうふうにリレーションを作っていけるかも大きな課題だと思います。

■ファミマへの出資は「輸入排除」ではない

——プラザ合意の円高で企業の海外進出が盛んになった1980年代、当時の森本修理事長は「たとえ雪印のような農中と関係の深い企業であっても外国からの輸入品増やす事業に金を貸さない」といって、企業の成長より国内農業を保護する考えでした。いまはどうですか?

そうした投資には対応します。世界の食料のバリューチェンの中にどうやって関連しながら役に立てるかということ、日本に入れる資材をいかに安くするかという観点でも対応していきます。今回、伊藤忠商事がTOBで非公開化したファミリーマートに全農と一緒に出資することを決め、これは輸入の野菜を国産に変えていく、国産の拡大をしたいという目的がありますが、輸入は何が何でもダメということではありません。

——農林漁業成長産業化支援機構(A-FIVE)が新規事業から撤退します。農水省が失敗の原因を検証中ですが、農中も他の会社とともに準備段階から人を農水省に出向させ、出資もしてきた。A-FIVEが出す損失の穴埋めを分担するつもりはありませんか?

まったく思いもよらぬ意見です。サブファンドでうちが出している割合に応じての責任なら考えていないわけではりませんが、設立には農林水産省から請われて協力をしただけです。道義的な責任があるだろうといわれて、応じられる企業はないと思います。それを言いだせば、国との官民交流はできなくなってしまいます。

奥 和登(おく・かずと)
農林中央金庫理事長
1983年(昭58年)東大農卒、農林中央金庫入庫。11年常務理事、17年代表理事専務、2018年から現職。大分県出身。企画部門が長い。父親の故・奥登氏は1948年から半世紀にわたって下郷農協組合長(大分県中津市耶馬渓町)を務め、少量多品種の有機無栽培、畜産複合経営、産直運動などを推進した伝説的な農協指導者。「六次産業化のはしり。原風景です」という。下郷農協は2015年に全国でいち早く大分県信連に信用事業譲渡した。

■【解説】海外運用で稼ぐパターンは終わった

農林中金は河野良雄前理事長時代に「2018年度JA貯金100兆円」という目標を掲げ、1年前倒しで2017年度に達成した。赤字の農産物販売事業よりも貯金を集めて農中に運用を任せれば確実に利益が出るため、上乗せ金利を払ってでも貯金を集めるJAもあった。表向き、少子高齢化の進展でリテール市場の縮小が見込まれるなか「金融業界の中で早めに一定のシェアを持っておくこと」を狙った運動ということだったが、100兆円運動は農協版のポピュリズム、農中の人気取りでもあった。

その後、伸びは緩やかになっているものの、2019年度末(2020年3月末)104兆1000億円(伸び率0.9%)へと増え続けている。「伸び率自体は2%強から落ち、地域によっては純減のところがあり、構造的には相続による貯金流出という問題もある」(奥氏)ものの、カネ余りで郵貯や地銀との預貯金獲得競争がなくなり、「貯金の流出要素があっても流れ出し方が強いわけではない」という現実がある。

「トータルでの純減は、このゼロ金利下では向こう3~5年の間は多分ないだろう」と当分は高原状態が続くとみている。昨年、系統預金に対する奨励金(利払い)をカットし、つまり貯金はもういらないと言わんばかりの方針変更は傘下の信連やJAから反発を招いたが、JAからの資金流入や調達コストの圧縮を避けて通るわけにはいかないのだ。

■国産農産物購入と資金需要の開拓という一石二鳥を狙った投資

「海外で運用すれば利益が出るというパターンは完全に終わった。朝令暮改といわれても、そこは抑制していく」

奥氏ははっきりそう言った。新たな収益源は手探り状態だ。食農分野への投融資は最重点分野の1つで、最近、伊藤忠商事がTOBにより買収したファミリーマートに全農と共同で4.9%出資したことを発表している。ファミマによる国産農産物購入と資金需要の開拓という一石二鳥を狙った投資である。

ただ、農中は国際投資を拡大する過程で国内支店網をリストラし、地場の有力な食品企業との取引を打ち切った過去がある。JAと競合したり、国内農業を脅かしたりする事業への投資を断る時代も長く続いた。奥氏は「世界の食料のバリューチェンの中にどうやって関連しながら役に立てるかということ、日本に入れる資材をいかに安くするかという観点でも対応していく」と述べ、時間はかかっても食品関係の事業会社や農業法人との関係拡大に取り組むことを強調した。

英国では100年ぶりに農業専門銀行が登場すると話題になっていて、「農業専門の銀行を作ってみる気はないか」と尋ねてみた。しかし、農業融資→赤字、専門機関→旧農林漁業金融公庫と連想するあたり、食農分野への投融資を拡大するといっても、マーケット投資部門の稼ぎへの依存から抜け出す道とは位置付けていないようだ。(樫原弘志)

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チーム「ストイカ」 オピニオン誌「ストイカ」を準備中の阿部重夫氏(前FACTA発行人)が、臨機応変に記者と組んで取材するチーム。仮開設中のオンライン版は「http://stoica.jp」。

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(チーム「ストイカ」)

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