「安倍首相の会見も半分に削れる」スピーチ下手な日本人が今すぐ学ぶべき3カ条
プレジデントオンライン / 2020年8月26日 9時15分
※本稿は橋爪大三郎『パワースピーチ入門』(角川新書)の一部を再編集したものです。
グローバル化が進む中でビジネスパーソンは、今後ますますスピーチをする局面が増えるだろう。だが、私が見たところ、下手なひとが多い。それは、政治家や外交官、ビジネスリーダーといったスピーチを求められる機会が多いひとも同様である。
なぜ、そもそも日本人はスピーチが下手なのか。スピーチ文化が育たない理由と訓練方法を解き明かしたい。
■スピーチ文化が育たない理由その1
【仏教と神道は、信徒にスピーチをさせない】
西欧社会の人びとがよくスピーチをするのは、キリスト教の習慣である。ユダヤ教やイスラム教も、スピーチをしないわけではないので、一神教はスピーチに前向きだ、と言ってもいい。とにかく預言者というひとがいて、神の言葉を聞き、それを人びとにスピーチで伝える。それをさえぎろうものなら、えらいことになる。
イエスはたくさんスピーチをした。福音書に、その記録が残っている。イエスが復活して昇天したあとは、代わりに聖霊というものが降りてきて、何を話せばいいのか、人間に教えるという考え方が生まれた。だからキリスト教の教会では、説教をする。
カトリック教会では、聖職者が説教をした。ふつうの信徒は聴くだけ。プロテスタント教会は、聖職者を廃止したので、誰でも説教するようになった。そのやり方が、政治や一般社会に広まった。これがスピーチである。
仏教は、修行の進んだ僧侶が発言し、一般の信徒は黙っている。神道は、神主が祝詞をあげ、一般の信徒は黙っている。
■スピーチ文化が育たない理由その2
【集団の和(コンセンサス)を優先する】
誰かが自由に話すのを止めるのは、別な人間。人間が人間を支配するのは政治である。よって、政治が強力な中国では、スピーチ文化は育たなかった。
同じ理由で日本でも、スピーチ文化が育たなかった。日本では、政治の代わりに、人びとが調和することが重視される。とがった個人が突出すると、いじめられる。
というわけで、スピーチする習慣がない。スピーチする準備がない。
グローバル世界では、これが問題になる。誰もが相手は、個人として考えをもち、価値観をもち、スピーチする準備があるだろうと思っている。一人ひとりが違う。それが、ビジネスの前提ではないか。周囲にとけ込んで調和することで生きてきた個人、を想像できない。
でも結局、人間は個人である。近代は、人間が個人であることを促進する社会である。日本人もちょっと努力し訓練すれば、ちゃんとスピーチができるはずだ。
■スピーチ下手日本人のための訓練その1
【スピーチの本を買ってこよう】
日本の書店の結婚式の棚に置いてあるスピーチの本はダメ。キング牧師とかチャーチルとか、英語ならスピーチを集めた本がたくさんある。ネットで探せば、タダで読める。目を通せば、スピーチがどんなものかわかる。
■スピーチ下手日本人のための訓練その2
【ダメなスピーチを添削する】
ダメなスピーチの実例は、ウェブでいくらもみつかる。それをふつうの言い方に直す。
《緊急事態としての措置を講ずる以上、当然、経済活動への大きな影響は避けられません。もとより、今でも多くの中小・小規模事業者のみなさんが事業継続に大きな支障を生じておられます。世界経済だけでなく、日本経済が、今、正に戦後最大の危機に直面している、そう言っても過言ではありません。》
このスピーチの全体は、「新型コロナウイルス感染症に関する安倍内閣総理大臣記者会見-令和2年4月7日」(政府インターネットテレビ)でみることができる。
前後の文脈も踏まえ、余計なところを整理すると、この段落がいっているのは、要は
《中小企業の皆さんは、仕事が続けられないと困っています。》
である。ならば、そう言えばいい。これが添削だ。
■緊急事態宣言「安倍首相の会見も半分に削れる」
添削の方針。お役所が使いがちな言い方(「措置を講ずる」「影響は避けられません」「危機に直面している」など)はやめる。言い訳やただし書きのたぐいの、枝葉も削る。ものごとの本質だけを取り出す。率直であることを、スピーチの基本にしてほしい。
プレジデントオンラインで以前、書いたように、この安倍首相の緊急事態宣言のスピーチは全部で約5600字あったが、私がムダな表現を省いて添削すると、半分に縮めることができた。
添削するには、原稿を書かなければならない。原稿を書くには、木下是雄『理科系の作文技術』(中公新書)を参考にするとよい。
■スピーチ下手日本人のための訓練その3
【スピーチを練習する】
スピーチは、聴き手を前にして、声に出すこと。自分を人目にさらすことである。自分の声や表情や態度は、自分の思うようにコントロールできない。でも、それを含めてスピーチである。練習して、場数を踏むしかない。
聴き手を確保するのがむずかしい。そこで、スピーチクラブをつくってはどうか。
ネットで「スピーチクラブ」やりませんか、と呼びかける。5人ぐらい集まると、ちょうどよい。言い出しっぺが世話人となって、Zoomを開く。どんなテーマでスピーチするか決める。長さは短め(800字くらい)がよいだろう。
原稿を書いて世話人に送る。世話人は誰が書いたかわからないようA~Eと記号にして、みなで検討会を開く。「Aはここをこうしたほうがいいですね……」。誰の原稿がわからないから、安心してコメントできる。必要なら、もう一回、検討会を開く。
そして、発表会。順番に、自分の原稿をスピーチする。聴き手の人びとは、よかったところをほめる。元気づける。こうしたら、というコメントは少なめにする。そして解散。新しいメンバーでまた集まる。
という練習を繰り返せば、誰でもだんだんうまくなる。メンバーの気が合えば、ずっと続く集まりにしてもよい。とにかくスピーチは、実際にやることが大事。機会がなければ、つくればいいのだ。
■日本にもかつて「スピーチの功労者」がいた
日本にスピーチ文化を根づかせないといけないと、気がついたのは福澤諭吉だ。演説会を組織し、ポケットマネーをはたいて三田に演説館を建てた。この建物は、いまも残っている。
議会政治と帝国憲法を機能させるのに、スピーチが大事だと命をかけたのは、斎藤隆夫だ。軍部や主流政治家が不愉快になるのを承知で、議会で堂々と正論をのべた。粛軍演説など歴史に残る演説を何回もしている。その智力と勇気は敬服に値する。
ビジネスリーダーは、これからスピーチで時代を開くことになる。資金はもうあまりない。賢明な知恵と人間力で、組織を導かねばならない。
英語が多少下手でも、内容がしっかりしていることが大事。部下に演説原稿を任せている場合ではない。私の『パワースピーチ入門』(角川新書)を読んで勉強してほしい。
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社会学者
1948年神奈川県生まれ。大学院大学至善館教授。東京工業大学名誉教授。77年東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。『4行でわかる 世界の文明』(角川新書)、『はじめての構造主義』(講談社現代新書)、『皇国日本とアメリカ大権』(筑摩選書)など著書多数。共著に『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書、新書大賞2012を受賞)、『日本人のための軍事学』(角川新書)など。
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(社会学者 橋爪 大三郎)
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