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陸上自衛隊幹部の「突撃脳」が、隊員15万人の命を危険に晒している

プレジデントオンライン / 2020年9月17日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kana Design Image

15万人ともいわれる陸上自衛隊の隊員たちは、いまだに「突撃訓練」を命じられている。『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)を出した元陸将補の二見龍氏は「戦争の形態は変わった。ロシア軍のウクライナ侵攻は新しい戦争の典型例だ。陸上自衛隊は『突撃訓練』を続けている場合ではない」という——。

■ウクライナ侵略にみるロシア軍の戦い方

前回、前々回と陸上自衛隊が第二世界大戦の尻尾を引きずったままの訓練を続けていることを書きましたが、私は自衛隊の訓練のあり方に危機感を抱いています。

今や戦争の形態は変わっているからです。

「戦闘の形態が昔とは違ってきている」と言われれば、多くの人は「それはそうだろう」と思うに違いありません。しかし、何がどのように違ってきているのかを、説明できる方は少ないのではないでしょうか。

違いがはっきりと分かるのが、2014年ウクライナ侵略時のロシア軍の戦い方です。この戦争で行われたことは多くの軍事関係者を驚愕させました。戦い方が大きく変化してきたことを内外に知らしめたのです。

その輪郭は2016年のアメリカ議会で明らかになりました。当時、ロシアは、電子戦によってウクライナのレーダーを使用不能にするとともに、サイバー攻撃(ハッキング)で発電所、メディアの機器を乗っ取りました。GPSが使えなくなった偵察用のドローンは自己位置を評定できなくなり、地上へ降下したまま動かせない状態にされてしまいました。

■多面化する戦場……正規軍・非正規軍の活動、サイバー戦、情報戦

さらに敵の砲弾の電子信管を作動できなくしました。また、携帯電話を一時的に使用不能にして、その機能が回復した時には、数多くのフェイク情報をメール等で大量に流したのです。このためウクライナの住民は混乱へと陥りました。

錯綜した情報を与えられた市民によるデモ隊がインフラ設備に押し寄せ、占拠することによって、電源が落ちてしまう事態も発生。停電状態の中、頼りとなるラジオ局もデモ隊に占拠された状態となり、ラジオからはフェイク情報が流し続けられました。

このように正規軍、非正規軍の活動の他に、サイバー戦や情報戦を組み合わせる戦い方は「ハイブリッド戦争」と呼ばれています。

後に、インフラ設備を占拠したデモ隊は、実はロシア軍であることが判明しています。こうした戦い方で、ロシアはクリミア占領という戦争目的を達成したのです。

冷戦後、ロシアの力は弱まったというイメージがありましたが、それとは裏腹に、新たな戦い方を開発していたことがこのときに明らかになったのです。当然、中国も同じような能力を持っている可能性は高いと考えられます。

■消耗戦型の戦争は、もはや過去のもの

「ハイブリッド戦争」を簡潔に表現すれば、サイバー攻撃により国家機能をマヒさせ、その間に特殊部隊などによって、政治経済の中枢部、都市部でのインフラ設備などの重要施設を迅速に占領してしまう戦争形態、ということになります。

長い間、戦争といえば、情報と火力の優越によって敵を撃破するというものでした。第二次大戦の時に行なわれていたのは「消耗戦型の戦争」でした。敵の戦車、砲兵、人員を効果的に破壊するために、大兵力の軍隊同士が決戦を行って勝敗の決着をつける形態のことです。

しかし、装備の近代化とともに、戦争の形態は変わっていきます。陸上自衛隊はいまだに陣地攻撃や陣地防御の訓練を行い、その中で突撃訓練も行っているわけですが、実際問題としては、戦争の際に両軍が原野に塹壕を掘り、長期間にわたって塹壕戦、つまり塹壕にこもって対峙するような形はなくなりました。

多くの人的な犠牲を伴いながら、どちらかが戦争を継続できなくなるまで戦う「消耗戦型の戦争」は、第二次世界大戦とそれに続く朝鮮戦争以降、姿を消していきました。

代わって主流となったのは、短期間に作戦の目的を達成することを追求する戦い方です。兵員を殺戮したり、武器を製造する工場など産業基盤を徹底的に破壊したりするのではなく、敵の組織力を発揮させず、まず戦闘機能をマヒさせて機能不全にするやり方です。

この場合、敵指揮官への直接攻撃や敵通信統制システムの破壊、さらには国家の重要拠点の早期確保による国家機能の停止や政権の崩壊を狙います。短期間に戦争目的を達成するため、終戦の形を考えて迅速に決着をつけるような戦争の形態へと変化したのです。

■短期間に目的を達成させる新しい戦争形態

戦争形態の変化は、軍隊の変化につながります。こうした短期間での目的達成のためには、性能の高い兵士が必要です。このため、常備兵力で対応することが常態になりました。

国民を招集し、基本的な新兵訓練を行い、限定的な戦闘レベルの兵士を急増させ、戦争に投入する――それまでの「消耗戦型の軍隊」は消えたわけです。戦闘レベルの高い部隊や特殊部隊のような能力を有する部隊の運用が多くなってきたのも新たな特徴といえます。

日本もこうした戦争形態の変化と無縁であるはずがありません。中国然り、北朝鮮然り、日本を取り巻く安全保障環境は大きく変わってきているのです。

今さら「突撃訓練」でもないと私が書いてきた理由がおわかりいただけるでしょうか。

冷戦時代、対ソ連で考えられていたのは、ソ連軍が大船団を組んで北海道に着上陸し、大量の砲兵に支援された戦車と装甲車を主体として侵攻してくる、といったシナリオです。それを地形が狭まっている隘路(あいろ)地域において阻止をしようと考えていました。戦闘を行う場所は当然、原野。訓練もその想定のもとで行ってきました。

冷戦終了後、日本の情報収集能力が向上し、事前にロシア(旧ソ連)の行動を察知することができるようになりました。ロシアもまた航空機の性能が向上し、誘導ミサイルが発達したことなどにより、わざわざ大船団を並べてまで侵攻する利点はなくなりました。

さらに、米国、ロシアを始め各国は、大きな人的な損害が発生することを嫌い、また長期間の戦費の支出による国力の低下にも耐えられない経済環境になっていました。

■リアルより「マニュアル」を優先させる原因

しかしその一方で、ソ連崩壊と冷戦終結により、自衛隊はどこの国を仮想敵として訓練すればよいか、その対象を失ってしまいました。このとき、陸上自衛隊は、何をどのくらい訓練すればいいのかという問題に直面することになったのです。

侵攻してくる相手国がわからないからといって、いざという時に国土を防衛する能力は失っては話になりません。そのための訓練は、基本的な攻撃と防御の訓練を交互に行い、バランスよく実施しなければなりません。

しかし、具体的に戦う仮想敵が明確でないため、実戦的な訓練というよりも、どちらかというと、戦いの原則や指揮手順を記載した「教範」通りに確実に行うことを求める訓練内容が主流とならざるを得ませんでした。リアルよりマニュアルが優先されたわけです。実戦的な訓練をするという観点が薄れていくのは、自然の流れだったのかもしれません。

ただ、そうはいっても、前述のように戦争の形は「国家対国家の大規模な総力戦」から「限定的、短期終結」型へと変化していきます。同時に従来は使用が想定されていなかった市街地が、戦場として新たなフィールドとして浮かび上がってきました(そのことは新著『自衛隊は市街戦を戦えるか』で詳述しています)。

■塹壕を掘って、突撃訓練をしている場合ではない

繰り返しますが、日本を取り巻く安全保障環境の変化は劇的です。中国の航空機の近代化への対応に加えて、中国海軍・空軍による第一列島線(九州—沖縄—台湾—フィリピンを結ぶ線)から第二列島線(小笠原諸島からグアム・サイパンを含むマリアナ諸島群などを結ぶ線)への影響力の拡大や、南沙諸島の軍事拠点の既成事実化に対応することが我が国の急務になっています。

二見龍『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)
二見龍『自衛隊は市街戦を戦えるか』(新潮新書)

そのために、航空自衛隊では部隊の新編、海上自衛隊では艦艇の近代化や水陸機動団の新編による南西諸島の防衛能力強化が進められ、弾道ミサイルに対する防衛能力も高められています。昭和の時代や冷戦終結後では予想できなかったスピードで、現実に対応した動きが進んでいます。陸上自衛隊もまた、取り巻く環境が変わりつつある中、隊員の訓練(ソフト)と個人装備(ハード)の改善と強化が求められている時期にきたのです。

国際貢献の場においても市街地で活動することが常態化しています。市街地で戦闘が行なわれ、自衛隊が巻き込まれる可能性もゼロではありません。こうした現状を鑑みれば、訓練の内容も変化しなければならないはずです。

14~15万人にものぼる陸上自衛隊の隊員たちの通常訓練の実態はあまりにも知られていません。願わくば多くの人に実情を知っていただき、過酷な現場に実際に赴かねばならない隊員たちに真に必要なスキルとは何なのか、今後の自衛隊がどうあるべきか、ほんの少しでも思いを馳せていただけたらと祈ってやみません。

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二見 龍(ふたみ・りゅう)
陸上自衛隊 元幹部
1957年東京都生まれ。防衛大学校卒。陸上自衛隊で東部方面混成団長などを歴任、陸将補で退官。現在は防災官を経て、一般企業で危機管理を行う傍ら執筆活動を続ける。著書に『自衛隊最強の部隊へ』など。

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(陸上自衛隊 元幹部 二見 龍)

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