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「製作費210億円のムーランが大コケ」中国依存を強めるディズニーの大誤算

プレジデントオンライン / 2020年9月29日 9時15分

米ウォルト・ディズニーの新作映画「ムーラン」の広告=2020年9月8日、タイ・バンコク - 写真=AFP/時事通信フォト

■完成まで5年超を費やした大作だが…

ディズニーの新作映画「ムーラン」が、コロナ禍の影響で公開が延期となりながら、どうにか日の目を見ることとなった。しかし、世界各国で中国へのバッシングが高まる中、同作品が思わぬところで波紋を広げている。

「ムーラン」は、中国の人々の間で広く知られる昔話だ。ディズニーは1998年、アニメ版「ムーラン」で大成功を収めており、今回は実写版で二匹目のどじょうを狙う格好となっている。

自国の存亡に関わる戦いを前に、一家から男性がひとりずつ徴兵を迫られる中、老いた父の代わりに娘ムーランが男と偽って軍に向かうというストーリーだ。京劇の題材に取り入れられているほか、絵本や小説にもなっており、中国の人ならどこかで触れたことのある物語と言えようか。

製作費2億ドル(約210億円)、構想から完成まで5年以上をかけた大作はもともと米国などで3月、日本では4月に公開を予定していたが、コロナ禍の影響を真正面から受け、公開を見送った。

9月4日、ようやくリリースとなったが、欧米、日本など主要マーケットで同社の公式動画配信サービス「ディズニープラス」での有料視聴だけという「片肺運転」による見切り発車となった。しかも、本場の中国では劇場公開を行っているにもかかわらず、興行成績は振るわないという。日本では現在、劇場公開の見込みは付いていない。

■主役が「香港警察を支持する」と発言し炎上

動画配信に絞った「ムーラン」だが、コロナによる巣ごもり需要を狙ったものの、「ディズニープラス」のサブスク月額料金(日本では700円+税)だけでなく、プレミアアクセス料金(2980円+税)が別途かかる。こうした値立てに抵抗を感じる人も少なくない。

だが、その公開方法以上に論議の的となったのは、ヒロインを演じるリウ・イーフェイ(劉亦菲)が昨年8月、香港で民主派による逃亡犯条例改正案に反対するデモが激化する中、香港警察を支持する発言を行ったことだ。

当時の報道によると、リウは中国版ツイッター「ウェイボー」に「香港警察を支持する。皆で私を批判しても構わない。香港にとって残念なことだ」と書き込んでいたという(CNN日本語版)。

リウ本人は両親ともに中国人だが、すでに米国籍を取得している。しかし、香港の自由と民主化を願う声が米国をはじめとする各国で上がる中での発言だったことから、リウへのバッシングが激化。映画「ムーラン」を観るのはやめようと訴える「#BoycottMulan」をはじめとするハッシュタグがあっという間に拡散した。

配給するディズニーとしては頭を抱える問題になった格好だが、トラブルはこれにとどまらなかった。住民の強制収容が指摘されている新疆ウイグル自治区で撮影していたことが判明。「ムーラン」のエンドロールでは、「新疆自治政府の治安機関に謝意を表明している(BBC日本語版、原文ママ)」文字が映し出されており、「ディズニーは中国の少数民族迫害を容認するのか」と怒りの火の手がさらに広がることとなった。

■国のプロパガンダ機関が撮影に関与か

その問題が指摘されているエンドロールについて、気になる部分を改めて確認してみよう。新疆ウイグル自治区・トルファン(吐魯番)市にある中国政府の機関名が並ぶが、問題視されるのは以下の3つだ。

・「Publicity Department of CPC(the Chinese Communist Party’s)Xinjiang Uighur Autonomous Region Committee」(=中国共産党新疆ウイグル自治区宣伝部……自治区にある共産党の広報・宣伝機関。いわゆる「プロパガンダ」を受け持つ組織)
・「Publicity Department of CPC Turpan Municipal Committee」(=中国共産党トルファン市宣伝部……トルファン市にある共産党の宣伝機関)
・Turpan Municipal Bureau of Public Security(=トルファン市公安局……同市にある警察機関。地元住民の「治安維持」にかかる任務を持つ)

BBC(9月8日)によると、「宣伝部」は新疆で中国のプロパガンダ政策を任されている部署で、収容施設の建設や、施設内の警備員の雇用も行っているという。さらに「公安局」については「ウイグル人の『再教育』を行っている部署」と具体的に示している。

「ムーラン」のエンドロールに示された新疆について、実際に映像からその文字を確認した英国在住の中華系女性ジャーナリストの呉志麗さんは、こうした状況について、

「(新疆は)文化的ジェノサイド(大量虐殺)が行われている場所だ。ディズニーは新疆で広範囲な撮影を行ったが、字幕では『中国北西部』と表記されていた」とツイッターを通じて指摘している。

■新疆ウイグル自治区で何が起きているのか

最近の中国に絡む問題として、香港の国家安全法の導入と並んで議論の的になるのが「ウイグル少数民族への弾圧問題」だろう。かの地ではいったい何が起きているのか。

新疆ウイグル自治区は中国西北部に位置し、中国国土の約6分の1を占める(日本の約4.5倍)。北側は旧ソ連の中央アジア諸国と、南西側はパキスタンが実効支配するカシミール地方と国境を接する。北側は天山山脈が、パキスタンとの国境地域にはカラコルム山脈があり、自治区の真ん中に当たる部分には日本の8割分の面積を持つタクラマカン砂漠がある。

この地に住むいわゆるウイグル族はトルコ人と同じチュルク系に属し、イスラム教を信仰する。顔つきは中東系で、彫りの深い青い目をしているのが特徴だ。人口は2500万人で、うち1000万人ほどがウイグル族だ。イスラム教を信仰する人々が住む新疆は、漢民族が多く住む中国や別の地域とは打って変わって「中東の風情」が一気に高まる。1980年代にNHKが放映した紀行番組「シルクロード」を通じて、砂漠の民・ウイグル族というイメージをいまだに持っている人も多いことだろう。

「ムーラン」の撮影場所となったトルファンも、そうしたシルクロードのファンや中国旅行フリークにはよく知られた地名だ。孫悟空が出てくる西遊記の舞台にもなっている赤い泥岩の山「火焔山」はトルファンの名所の一つとなっている。

■9.11以降、ウイグル族への締めつけが激化

そうした平和的なイメージの一方で、中国中央政府による「トラブル防止と称した少数民族への締め付け」という問題が長年にわたって頭をもたげてくる。

この地区は期間が短かったとはいえ、独立国となった歴史があるほか、いわゆる漢民族のものとは異なる固有の文化や異なる宗教を持つ民族としてアイデンティティーが形成されている。

中央政府は、「自分たちとは異なる文化や民族によって自国の統合が脅かされること」を嫌う傾向が強く、ウイグル族をはじめとするイスラム教を信仰する人々への舵取りが難しいとされてきた。

折しも、2001年のニューヨークでの同時多発テロ以降、過激なイスラム教徒によるテロ行為が世界各地で起こってきた。そうした中、中国政府にとっては「国家の安定」を目的に、異教徒であるウイグル族たちを取り締まるという名目が期せずして生まれたことになる。実際に2009年には自治区首府のウルムチで大規模な騒乱が起き、多数の死者が出る事態となった。さらには、2014年にもウルムチ駅で、習近平国家主席の視察直後に爆発が起こる事件があり、こうした経緯から「厳しい監視社会」が新疆に生まれることになってしまった。

■中国に依存したいディズニー

一方、ディズニーの中国依存は今世紀に入ってから、より顕著になったといえる。言うまでもなく、映画市場としての中国は米国に次いで世界2位の規模があり、同社は長年、市場開拓に力を注いできた。

中国の子供たちの間でも、「シンデレラ」をはじめとするディズニーの物語は広く知られている。上海と香港にはディズニーランドがあるわけだが、2005年オープンの香港の施設は明らかに中国本土からの観光需要を当て込んだもので、ディズニーと香港政府が事業主体となっている。

それから10年余りを経た2016年6月、今度は上海にも完成。当時のロイター電(2016年6月15日)によると、

「ディズニーは55億ドルを投じて上海ディズニーランドを建設した。これはディズニーの海外への投資としては過去最大。上海市の半径3時間以内には、推計3億3000万人がいるとし、中国という国の規模を踏まえると素晴らしい可能性があると(ディズニーのアイガーCEOが)語った」のだという。

今回の「ムーラン」制作に当たっても、ディズニーは忖度どころか「中国のご機嫌取りに腐心」した様子が伝わってくる。

ウォールストリート・ジャーナル日本語版(9月3日)は、「論争を避け、確実に公開するため、中国当局に台本の内容を知らせる一方、現地のアドバイザーに相談した。中国の映画審査委員会から特定の王朝だけを描かないよう警告を受けるなどした」と報じている。

■米国内からも「中国の現金に中毒」と批判

ただ、こうしたディズニーの姿勢は現状の米中関係からみても、不興の声が上がるのは当然だ。

共和党所属のトム・コットン上院議員は8日、「中国の現金に中毒」のディズニーは「香港の抗議行動から南シナ海とチベットにおける中国共産党の違法な領有権主張に至る全て」において同党に従っていると主張した。

ただ、ディズニーの腐心をよそに、中国での興行収入は苦戦している。中国語メディアがロサンゼルス発として伝えたところによると、「2億ドルかけて作ったムーランだが、中国での公開1週目はわずか2300万ドルと失望」とした上で、2週目の週末が終わっても全世界で5700万ドルと目標に遠く及ばない状態にある。

コロナ禍の影響があり、多くの国々で動画配信サービスのみとなったとはいえ、「悪い方の話題拡散」が足を引っ張っている可能性もある。

■世界的な不買運動に広がる恐れも

そうした中、ディズニーにとって手痛い判断がここへ来て浮かび上がってきた。香港政府がかねて保留していたディズニーランドの拡張予定地を住宅に転換するという提案を持ち出したのだ。

コロナ禍により、インバウンド需要の復活には時間がかかり、向こう5年は拡張は不要との見通しによるものだが、昨今の「香港に注がれる外国の目」を意識せざるを得なかったのかもしれない。

ウイグル問題をめぐっては、同自治区に拠点を置く世界的企業も厳しい目にさらされている。NHKが9月17日に伝えたところによると、オーストラリアの研究機関が今年3月に公開した報告書で、世界の大手企業少なくとも82社が、ウイグル族の強制労働によって直接的や間接的に利益を得ており、その企業の中に、日本にもファンが多いアパレルメーカー・H&M(スウェーデン)も含まれていたという。

新疆は古くから良質な綿花が採れる栽培地として知られ、世界の服飾業界では知られた存在だ。製造業のサプライチェーンは、下請け加工に回す過程で、どこでどんな形で生産されているか追いきれない部分もある。ただ、こうした強制労働問題が出ることにより、広範な不買運動に発展する可能性も起こり得る。

AFPは9月24日、豪シンクタンク「オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)」が、自治区内の「収容所とみられる施設」380カ所以上を特定したと報告。これは今までの推計より約40%多く、多数のウイグル人を解放したとの中国の主張に反して収容施設は拡大を続けていると報じた。

中国がどう反論するかはともかく、世界の人々のウイグル問題に対する疑念と懸念はますます高まっている。今回の例を見ても、企業は今後「チャイナリスク」をどう避けるか、危機管理として考えておくべき必要があるのではないだろうか。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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