「こんなに長生きするなんて」見渡す限り高齢者ばかりの秋田県民のつぶやき
プレジデントオンライン / 2020年10月9日 11時15分
※本稿は、リチャード・デイヴィス『エクストリーム・エコノミー 大変革の時代に生きる経済、死ぬ経済』(ハーパーコリンズ・ジャパン)の一部を再編集したものです。
■建設作業員、タクシー、ホテルの客室係や料理人もみな高齢
日本では、秋田は大都会から離れたのんびりした場所と見る人が多い。大雪と寒さと、温泉やふさふさの毛が特徴の大型犬(秋田犬の一種)、日本酒などが名物だ。秋田は、日本で最も高齢化が進んだ地域でもある。平均年齢が52歳に達し、日本の都道府県のなかで初めて人口の半数以上が50歳以上、3分の1以上が65歳以上に到達した。
秋田を訪れたら、すぐにそうした数字が現実であることに気づくはずだ。電車の運転士も改札係も、観光センターの係員、レストランで食事をしているふたり連れ、給仕をしているウェイトレス、建設作業員、タクシードライバー、ホテルの客室係や料理人もみな高齢なのだ。
人口統計に照らせば、秋田は「のんびりした場所」どころか、日本、いや世界の最先端、未来を先取りした場所である。世界は急速に高齢化しつつあり、多くの国が秋田のあとを追っている。韓国は現時点では日本のうしろにいるものの、日本よりも高齢化が加速していて、2050年には両国ともいまの秋田に似た姿、平均年齢が52歳に達し、人口の3分の1が65歳を超えると予測されている。
世界で最も人口の多い中国は、同じころには平均年齢がいまの37歳から50歳近くに上昇している。ヨーロッパではドイツ、イタリアが先頭を走り、30年以内にはいまの秋田に近い人口統計になると言われている(イギリスとアメリカの高齢化はやや遅いが、その方向に進んでいることにちがいはない)。ブラジル、タイ、トルコも急速に高齢化が進んでいる。この傾向が見られないのはコンゴなど、きわめて貧しい国だけだ。現在、世界人口77億人のうち85パーセントが、平均年齢が上昇している国に住んでいる。
■ほぼ世界全体が、秋田のような社会に向かっている
ほぼ世界全体が、秋田のような社会に向かっていると聞けば、多くの人が不安を感じるだろう。高齢者が増えると、年金や医療費といった公的コストも増え、各国の政府は資金をどうにか調達しなければならない。この経済的重圧を、国際通貨基金(IMF)は「豊かになるまえに国が老いる」と警告する。
2017年に私は秋田を旅し、超高齢社会という極限経済(エクストリーム・エコノミー)のなかで、老いが暮らしにどのように影響しているのか、老若男女さまざまな人から話を聞いた。この章では、超高齢化が政府の財源だけでなく、もっと深いところに織り込まれた非公式経済に与える試練についても述べたい。
近未来の老いた社会では、非公式経済や伝統をうまく生かしながら経済上の問題を解決していくのだろうか。それとも、生き残りのために互いをつぶし合い、破綻への道を進むのだろうか。
■1963年の100歳以上は153人、それが2040年には30万人に
「超高齢社会」と呼ばれるほどの急激な高齢化には、おもな推進要因がふたつある。ひとつは長寿命化だ。1960年に生まれた人の平均寿命は世界全体で52歳だったが、2016年には72歳に上昇している。世界保健機関(WHO)の調査によると、近年の統計をとっている183カ国のすべてで平均寿命は長くなっている。
日本の長期的データでも長寿命化の傾向は顕著で、1900年に日本で生まれた人は平均で45歳まで生き、当時の全人口の平均年齢は27歳だったが、今日では日本の平均寿命は84歳、全人口の平均年齢は47歳だ。
この傾向は、高齢者のなかでもとくに年齢の高い層の増加にも表れている。日本政府は1963年から100歳以上の長寿者の追跡を始め、その年の人数は153人だった。当時は100歳に到達するということは、地元メディアで報道されるほどめずらしいことで、祝いの銀杯などが贈られたものだった。
2016年には100歳超えの日本人が6万5000人を数え、頑健な80代、90代がおおぜい控えていることから、2040年には100歳超えが30万人に到達すると予測されている。100歳の誕生日を迎えてももはや日本では地元のニュースにもならず、祝いの銀杯は純銀から銀メッキに変わった。
■15歳未満の子どもは10人にひとりしかいない
急激な高齢化のもうひとつの推進要因は出生率の低下、すなわち少子化だ。こちらも世界的に似た傾向が見てとれる。
WHOのデータによると、世界の出生率は1960年に比べて40パーセント下落した。日本の長期的データもまさにその動きを示している。1900年には日本の人口は約4400万人、子どもが5人いる家庭はごくふつうで、年間140万人の新生児が誕生していた。それが2015年になると、人口は3倍の、1億2700万人に増えたが、生まれる子どもの数は年間100万人程度に減り、子だくさんの大家族はめったに見かけなくなった。
秋田県は、人口に占める高齢者の割合の高さも日本一だが、子どもの割合の低さも日本一であり、15歳未満の子どもは10人にひとりしかいない(参考までに、ニューヨーク市では4人にひとりが15歳未満だ)。出生率が下がるということは、人口の平均年齢を下げるはずの乳幼児も含めた子ども全体の数が減るということであり、子どもの数が減るということは国が老いていくということなのだ。
■「これほど長く生きるなんて誰も思っていなかった」
秋田市郊外にある、ゆとり生活創造センター遊学舎で、私は高杉静子と、その友人の石井紀代子に会った。石井は〈パタゴニア〉ブランドのジャケットを着てハイキングブーツを履き、機能的なバッグを肩掛けした、はつらつとした77歳だ。
彼女たちに案内してもらった遊学舎には、さまざまな活動がおこなわれる大きな明るいホールがあった。ダンスや尺演奏、討論術、調理、詩吟など、多彩なクラスの写真で壁が埋まっている。ここはどの年齢層の人も利用できるが、写真に写っている人はほとんどが高齢者だった。この地域も、秋田県のほとんどと同じく、高齢者が活動の中心なのだ。
「大きな問題はわたしたちには長生きのお手本がいないことなの」。会議室のある、寺院ふうの古い建物を歩きながら、石井は高齢化問題のむずかしさを説明する。
その建物は、障子や畳などを使った日本の伝統的な様式だった。ただし、充分に部屋を暖めるように多数のヒーターが置かれ、中央のテーブルの周りに4脚の椅子が設置されている。「わたしたちは膝が痛くて正座できないから」とそこにいた婦人たちが教えてくれた。石井は、リタイア後に個人が味わうとまどいと、地域全体が抱える課題について語った。
「これほど長く生きるなんて誰も思っていなかった。親世代はもっと若いうちに亡くなっていったから」
■60歳まで生きようものなら大手柄と言われた時代だった
これは、私が日本で出会ったほとんどの高齢者に共通する感情だ。多くの人が、自分の親たちが亡くなったときの年齢を20年かそれ以上、上回っている。日本の人口統計データは、いまほどの長寿がかつてはどれほど衝撃的なことだったかを示している。
いま100歳の日本人が生まれた当時の平均寿命は男性44歳、女性45歳だった(19世紀後半に生まれた人たちが60歳まで生きようものなら大手柄と言われた時代だった)。しかし、衛生設備や医療、収入の大幅な向上によって、いまの高齢者集団が生きてきたあいだに平均寿命はぐんと延び、この集団が生まれたときの平均寿命の予測は大きく外れることになった。
彼らはすでに、彼ら自身、あるいは政府の統計データが予測したよりもはるかに長く生きている。サッカーチームのエースストライカー、鈴木俊悦(73歳)に年をとって何にいちばん驚いたかを訊いてみたところ、答えはシンプルだった。「全部。こんなに長生きするなんて思ってなかったんだ!」
年をとるのはショックなこと──この感覚は、日本が直面している問題の核心にある。経済学界で「ライフサイクル仮説」として知られる理論と照らしてみるとわかりやすい。
1940年代、ユダヤ系イタリア人の経済学者フランコ・モディリアーニが、人の貯蓄性向が生涯をつうじてどのように変化していくのかを考察した。モディリアーニは、人は人生に大きな変動が起こることを好まず、したがって変動を回避できるように備えようとするものなのに、当時の一般的な経済理論はそれを反映していないと考えた。そこで、博士課程の学生だったリチャード・ブランバーグとともに、新しい仮説を発表した。
彼らは成人の人生を「依存期」「成熟期」「リタイア期」の3つに分け、各期によって所得は大きく異なるが、人のニーズと欲求──衣食住、燃料、娯楽など──は、どの期でもさほど変わらないことに着目した。個人にとっての経済の課題は、その時点だけでなく将来も考えておくことであり、所得が増えても減っても自分のニーズを満足するための支出を問題なくおこなえるように、貯蓄または借金の手段をつうじて備えることだと唱えた。
■平均寿命が急に延びた場合、経済全体は大きな衝撃を受ける
この仮説はシンプルで直観に沿っている。経済の「依存期」には、まだ学校に通っていたり、職に就いたばかりで賃金が低かったりする若者が属し、ニーズを満たすためにはどこかから、あるいは他の世代から、なんらかのかたちで「借り」なければならない。
その後、働き盛りの年代「成熟期」に移行すると、所得が支出を上回り、毎月の剰余金を貯蓄にまわせるようになる。その貯蓄があるおかげで、「リタイア期」に所得が急激に落ち込んでも、それまでのライフスタイルを維持していけるのだ。このように所得と支出の動きはあらかじめ予測が立つので、個人の富は、あるときは積みあげられ、あるときは削り取られ、ラクダのこぶのように波がある。
ここだけを取りあげれば、あたりまえに聞こえるかもしれないが、同じようにふるまう何百何千万という人たちをまとめて考えることで、モディリアーニのライフスタイル仮説では、より緻密な予測が可能だ。重要なポイントのひとつは、長いリタイア生活が見込まれる国では、晩年に備える国民の行動によって貯蓄率も富のストックも大きくなるので、そうした国のほうが裕福に見えるということだ。
逆に、悲観的な教訓としては、リタイア期が見込みよりも長くなった国では、豊かさのレベルがかなり低くなってしまう。長寿は一般に喜ばしいことだが、ライフサイクル仮説によると、平均寿命が急に延びた場合、個人も経済全体も大きな衝撃を受ける。
■1940年代では「リタイア期」を迎えるまえに死亡していた
日本では多くの人の「リタイア期」が、彼らの想像をはるかに超えて長くなっている。今日では多くの就業者が65歳でリタイアするが、1940年代に制定された国の年金ではリタイア年齢を55歳と想定していた。55歳という年齢は、当時の男性の平均寿命よりも高かったので、平均的な男性は「リタイア期」を迎えるまえに死亡していたことになる。1920年に生まれた人が1940年に働きはじめたとすると、1975年にリタイアしたあとで、のんびりと楽しむ期間は数年しか残っていなかった。
しかし、多くの日本人が90歳や100歳過ぎまで長生きするようになった現代では、「リタイア期」が35~45年以上も続く。こうした長寿集団のなかには、働いていた年数よりもリタイア後の年数のほうが長くなる人や、親世代が生きた年数よりも自分の「リタイア期」の年数のほうが長くなる人も出てくる。
日本の高齢者の多くは、いまほどの長生きを若いころには想定していなかったうえ、手本となる世代もいない。この事態に備えていた人が少ないのも無理はないのだ。
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ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのフェロー、英国財務省経済諮問委員会の顧問、エコノミスト誌の編集者などを歴任。
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(経済学者 リチャード・デイヴィス)
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