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業界団体の無難な会議を、1社1人のガチ会議に変えた豊田章男の狙い

プレジデントオンライン / 2020年10月21日 18時15分

9月24日、リモート会見を行った日本自動車工業会会長でトヨタ自動車社長の豊田章男氏。 - 写真提供=日本自動車工業会

自動車メーカーの業界団体「日本自動車工業会(自工会)」が組織改革に乗り出した。12の委員会を5つに集約。加盟14社の技術者など30人以上を集めていた会議は、原則1社1人の14人体制に変えた。この結果、自工会関係者の約半数が「仕事」を失った。改革を主導するのは自工会会長でトヨタ自動車社長の豊田章男氏だ。その狙いを、経済ジャーナリストの安井孝之氏が解説する――。

■「組織の構成」ひとつ取っても、50年間、全然変わっていない

日本の自動車・二輪車メーカー14社が加盟する日本自動車工業会(自工会)が10月1日に組織の姿を大きく変えた。これまで30人以上だった理事は17人に減り、安全や環境、税制などを議論する12委員会は5委員会に集約された。各メーカー出身の理事は原則、社長・CEOが就任することになり、理事会で即断即決できる体制となった。

これまでの12の委員会は自工会が今の形となった1967年以降、何度か見直しがあったものの大枠はあまり変わっていなかったという。一方、自動車産業が抱える課題はこの50年余りで大きく変わった。

委員会の数は12から5に減った(日本自動車工業会の配付資料より)
委員会の数は12から5に減った(日本自動車工業会の配付資料より)

1970年代は米マスキー法に始まる排ガス規制をどうクリアするかが大きな課題だったが、いまでは自動車メーカーばかりかGAFAのような巨大IT企業との競争が激しくなるCASE(コネクテッド・自動化・シェアリング・電動化)と呼ばれる技術革新にどう立ち向かうかが焦眉の急である。70年代後半から90年代にかけて激しかった自動車を巡る日米貿易摩擦もいまでは沈静化した。それなのに自工会という業界団体の体制はほとんど見直されてこなかった。

9月24日の自工会理事会後の記者会見で豊田会長は「『組織の構成』ひとつ取っても、50年間、全然変わっていない。これでは自動車産業の未来に向けて業界全体の軸となる役割を果たしていくのは難しいのではないか」と言い切った。例えばCASEなどの新しい競争分野での基準づくりでは、オールジャパンで政府も巻き込んで対応しなければ欧米や中国に後れを取りかねない。そのためには自工会の体制強化が必要だったのだ。

■業界団体の仕事は二の次となり、前例踏襲になりがち

そもそも自工会を含めて業界団体や経団連などの経済団体の実態は恐らく大同小異で、十年一日のごとく変化は少ないものである。民間企業なら時代の変化とともに社内体制も変えなくては生きてはいけない。ところが業界団体の運営には企業経営ほどの緊張感はない。加盟社が会費を払ってくれる限り、つぶれることもないからだ。

しかも団体トップは加盟社の持ち回りで通常2年から4年で交代する。企業トップと団体トップを兼務することが多いから、仕事は出身企業の経営の比重が高くなるのは当たり前である。業界団体の仕事は二の次となり、前会長の方針を前例踏襲し、任期を全うすればよい。そんな心理は団体の副会長や理事などの役員も同じだろう。業界団体の活動は業界内のお付き合い程度でやればよく、あるいは業界団体を通じて何らかの情報が得られれば「御の字」であるとなりがちである。

新理事名簿(日本自動車工業会の配付資料より)
新理事名簿(日本自動車工業会の配付資料より)

だが今の自動車産業が置かれた状況は前例踏襲を放置できるような状況ではなくなった。そんな問題意識を豊田会長は昨年9月以降、持ち始めたという。豊田会長は2012年から14年まで1度目の会長を務め、18年から2度目の会長に就いた。昨年9月には2年の任期が切れる20年5月以降も続投することが内定し、今は22年までの任期の途中である。

■12の委員会、その下に55の部会、さらにその下に分科会…

2度目の会長に就任した豊田氏は「自工会がとても硬直した組織になっていた」と感じたようだ。2000年以降に就任した会長はいずれも2年で交代してきたため組織の見直しまで手は回らなかったが、豊田会長がようやく組織改革に手を付け始めたといえる。

昨年12月の理事会に組織改革の方向性を示し、改革に乗り出した。1月から3カ月かけて自工会の問題点をトヨタ、ホンダ、マツダの担当者らが洗い出した。委員会やその下の部会、分科会などの組織と事務局体制が時代にそぐわないことや、自工会の意思決定がボトムアップに偏り、理事会によるガバナンスが不十分であったことが浮き彫りになった。

これまで12あった委員会の下には部会が55もあり、そのまた下に分科会が存在した。部会や分科会は国交省や経産省の担当課などとの折衝もする。かつては自工会の検討事項の原案づくりを官民で進めていたようで、「過去には官民癒着の批判もあった」(経産省OB)という。

■最終の意思決定機関である理事会も30人以上が参加していた

また委員会や部会には加盟14社の技術者や渉外担当者らが各社複数集まるものだから30人以上の大会議となる。各社の課長クラスが参加する分科会、部長クラスが参加する部会、役員クラスが参加する委員会と議題が上に上がるたびに、原案は「しだいに角が取れていった」(自工会事務局幹部)。

つまり現場レベルで役所と調整しながら各社が同意できる無難な内容になり、最後の理事会は単なる承認機関に陥っていた。業界団体にありがちな護送船団方式となり、業界で後れを取っている会社に歩調を合わせることもあっただろう。最終の意思決定機関である理事会も30人以上が参加し、各社のトップだけでなく担当役員らも参加していたので、議論はおざなりにならざるをえない。

そんな業界団体に「100年に一度の大改革」という時代に存在意義はあるのだろうか。そんな問題意識をもって今回、豊田会長がメスを入れた。トヨタ以外のメーカーの技術者として自工会の部会などの議論に参加したことのあるメーカーOBも「今回の改革は歓迎すべきことだ。これまでの役所との折衝や自工会内での協議は無駄なことが多かったと思う」と言う。

会議室
写真=iStock.com/uschools
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/uschools

■5つに減った委員会や30の部会の定員は原則14人に

今後は5つに減った委員会や30の部会の定員は原則14人となる。委員会や部会などで議論する課題は理事会の了承を経る。理事会は委員会や部会で何が討議され、実行されているかを把握し、それぞれの事業を常に見直せる体制となった。

「自工会が取り組む事業は増え続け、最近では300事業に達していた。中には意味がなくなっていた事業もあった」(事務局幹部)ので、今回の組織改革で事業の整理もする。また自工会の事務局職員も多くの委員会、部会、分科会の連絡調整という事務作業が減り、絞られた議案の議論をサポートする情報集めや資料作りに専念できるという。

分科会から部会、委員会、理事会と議論が上に行くにつれて、角が取れていった審議内容も「自動車産業の力を底上げするために何ができるかを議論し、世界最高水準を目指していく」と組織改革に関わった事務局幹部やメーカー幹部は話す。いわば護送船団方式から「トップランナー方式」で自工会の議論を進めようとしているのだ。

豊田会長は「トップを含めて全員が自動車産業の思いを背負う覚悟と自覚を持って、何とか役に立っていきたいと自ら動いていく、そんな自工会に生まれ変わっていきたいと思う」と会見で語った。

■「豊田会長の提案はまさに『正論』であり、進めるべき」

経産省関係者は「豊田会長の提案はまさに『正論』であり、進めるべきだ。ただ長年にわたって続いていた官と民の慣行やそこで仕事をしてきたメーカーの渉外担当者らが本当に変わっていけるのかどうか」と指摘する。確かに「正論」がつねに世の中で通るとは限らない。今回の改革が狙い通り進むかどうかを判断するには今しばらく時間がかかりそうだ。

だが今回の改革が投げかけている大切なテーマは、私は「働く」ことの意味の問い直しだと思う。今回の改革で委員会や部会などに参加するメーカー14社の役員や幹部社員の数は500人程度となり、これまでの人数に比べ半分以下となった。自工会に関わってきた大人数のメーカー社員らが組織改革で実は「仕事」を失った。その「仕事」といえば、実は「これまでずっとこうしてきたから今年も同じようにしよう」という前例を踏襲した「仕事」が多かったのだろう。つまり新たな価値を生んではいない仕事に多くの人たちが関わっていたのである。

もちろん会社の中にもそんな仕事は少なからずあるのが現実だ。ところが自工会などの業界団体の場合、「業界団体の活動だから、これまで通り無難に進めよう。ここで成果を上げようと必死にやることもあるまい」と考えがちになる。「仕事」と称していろいろ動いてはいるが、「働いてはいない」状態になっていたのではないか。そこに豊田会長はメスを入れようとしているのではないかと思う。

■貴重な人生の時間を無駄に過ごしてほしくない、という考え方

トヨタ生産方式の基本思想は「徹底した無駄の排除」であり、それを貫く二本の柱は「ジャスト・イン・タイム」と「ニンベンのある自働化」である。「ジャスト・イン・タイム」は説明を省くが、「ニンベンのある自働化」は少し説明を要するだろう。

トヨタ生産方式』(大野耐一著、ダイヤモンド社)によると、「ニンベンのある自働化」の精神はトヨタの社祖、豊田佐吉翁の自働織機の発明が源だ。佐吉の発明した織機は縦糸が一本でも切れたり、横糸がなくなったりした場合、すぐに機械が止まる仕組みになっていた。つまり不良品の生産を防止し、無駄なものをつくることを排除し、付加価値のあるものだけをつくることを目指したのだ。

不良品をつくり続けることは、貴重な人生を使って働く人たちの大切な時間を無駄にすることでもある。トヨタ生産方式の基本思想である「徹底した無駄の排除」には実は、不良品をつくり続けたり、付加価値を生まない仕事をし続けたりして、貴重な人生の時間を無駄に過ごしてほしくない、という考え方が底流に流れている(『生きる哲学 トヨタ生産方式』〔岩月伸郎著、幻冬舎〕など)。

豊田会長は近年、トヨタ社内でトヨタ生産方式をものづくり現場だけではなく、事務系の職場でも浸透させようとしている。その真意は他者に付加価値を与えない仕事で動き回っているのではなく、付加価値を与える仕事で「働いてほしい」ということだと思う。今回の改革も業界団体の仕事とはいえ、そこに関わる人が「自覚と覚悟」を持って、人生を無駄に過ごしてほしくない、という思いが込められてはいないだろうか。自工会改革は業界団体にとどまらず、ビジネスパーソンに働くことの意味を問い直している。

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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。

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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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