"相続税は1兆円超"創業者を失ったサムスンから分かった韓国財閥企業のヤバさ
プレジデントオンライン / 2020年11月14日 11時15分
■創業者を失ったサムスンの今後の道のりは平坦でない
2020年7~9月期の韓国最大手サムスン電子の売り上げは、前年同期比で8%増加し、四半期ベースでの過去最高を更新した。家電、スマートフォン(スマホ)、半導体(自社製品の製造と半導体受託製造〈ファウンドリ〉)のいずれも増収だった。事業ポートフォリオ全体で収益を確保できているサムスン電子の現在の状況はバランスが良いといえる。
ただし、今後の展開についてはやや不透明な点もある。世界の半導体産業では設計・開発と生産の分業体制が進んでいる。その変化にサムスン電子がどう対応するかが問われる。
米国では生産を自社で行うか否かの戦略が、半導体大手の競争力の明暗を分け始めた。生産を外部に委託するAMD(アドバンスト・マイクロ・デバイセズ)は業績が拡大している。その一方、これまで世界の半導体産業をリードしたインテルは業績が伸び悩んでいる。
そうした変化への対応を考えた時、サムスン電子の“中興の祖”である李健煕(イ・ゴンヒ)氏が亡くなった影響は小さくない。ゴンヒ氏は強烈なリーダーシップで、常に成長を目指す組織を作り上げた。
また、同氏の相続税は1兆円を超える。納税のために、同社トップである長男の李在鎔(イ・ジェヨン)氏が保有する株を売却し、サムスン電子の経営に何らかの揺らぎが生じる展開は否定できない。現在の業績は良好なサムスン電子だが、今後、同社を取り巻く環境の変化を考えると、同社の歩む道は決して平坦ではないだろう。
■韓国経済を回復させたサムスンの業績拡大
現在、サムスン電子の業績は良い。新型コロナウイルスの感染発生によって世界経済のDX(デジタルトランスフォーメーション)が加速化していることや、ファーウェイの半導体調達が閉ざされたことなどが業績拡大を支えた。
家電部門では、自宅で過ごす人の増加によって価格帯の高いテレビなどの販売が増加した。スマホ事業では4~6月期に感染拡大によって押し下げられた需要が回復したこと(ペントアップディマンド)や、米国の制裁の影響からファーウェイのシェアが低下したこと、オンライン販売の強化によるマーケティング費用の減少などが収益に貢献した。9月15日のファーウェイ制裁発動を控え、5G通信機器の販売も増加した。
半導体事業では、ファーウェイからの駆け込み需要が収益を支えた。さらに、自宅で過ごす時間が長くなっていることやDXが追い風となり、スマホやゲーム機向けのNAND型フラッシュメモリやSSDの需要増加も収益にプラスだった。また、同社が成長事業として重視しているファウンドリ事業は、スマホ向けの半導体製造需要を取り込んで収益が増加した。
韓国最大の企業であるサムスン電子の業績拡大は、同国経済の持ち直しに大きく影響している。例えば、航空業界への影響がある。世界的に新型コロナウイルスの影響によって航空旅客需要は大きく落ち込んでいる。その中で、大韓航空は旅客機を貨物機に転用し、貨物収入の獲得に取り組んだ。
航空貨物の場合、スピードが速いが、輸送量の点では鉄道やタンカーには及ばない。その点で、サムスン電子が手掛けるスマートフォンや半導体は、製品が大きくなく、重量も軽い上に高付加価値型の製品だ。7~9月期、大韓航空はそうした品目の物流を担うことによって、営業黒字を獲得した。
サムスン電子は世界的な5G通信の普及やデジタル化の進行が中長期的な半導体需要を増加させると考え、設備投資を積み増す。世界的にIT関連の投資が増加基調にあることを考えると、目先、サムスン電子の業績は拡大基調で推移する可能性がある。
■重大な変革期迎える世界の半導体産業
現在、世界の半導体産業では急速な構造変化が進んでいる。半導体産業が、設計・開発の知識集約的な事業に特化する分野と、資本集約的な製造に担当する分野の分業体制が進んでいる。その方がより効率的に事業を運営できるからだ。
米国ではアドバンスト・マイクロ・デバイス(AMD)などが知識集約的なビジネスモデルを目指して半導体の設計と開発に注力している。そうした企業は世界最大の半導体受託製造企業である台湾のTSMCなどに製造を委託している。なぜAMDなどが、ソフトウエアの開発に注力しているかといえば、半導体の設計・開発に求められる能力は、微細な半導体の生産ラインの確立に必要な能力と異なるからだ。
それは、パソコンに搭載されているCPU(中央演算装置)の設計・開発・生産を同時に進めた米インテルが、自社内でのより高度な生産技術の確立につまずいたことが示している。半導体の設計・開発と生産は、言ってみれば、“水と油”のような関係に例えることができるだろう。
■これからの事業モデルは何が正解か
ファウンドリ業界において、TSMCは世界の受託製造シェアの50%超を確保している。TSMCはスマートフォンからデータセンタ向けのメモリ、さらには米国の最新鋭ステルス戦闘機である“F35”などに用いられる軍用の半導体まで、幅広い半導体の製造を手掛けている。
言い換えれば、TSMCには多様な顧客の複雑な生産ニーズに柔軟かつ迅速に応える懐の深さがある。中国では共産党政権の支援を取り付けてSMICが製造能力の向上に取り組んでいる。米国はファーウェイに加えてSMICにも制裁を科し、米中の対立は激化している。
現在、サムスン電子は自社ブランドでの半導体設計から生産までを行う総合型半導体企業としてのビジネスモデルにこだわっている。サムスン電子は、DRAM、NAND型フラッシュメモリやSSD、さらにはスマホ向けのICチップなど幅広いラインナップを誇る。しかし、需要は常に一定ではない。設備投資が収益増大に寄与するか否かは不確実だ。
それに対して、決算資料を見る限りファウンドリ事業の収益は増大基調にある。TSMCの設備投資増強とあわせて考えると、サムスン電子にとって、顧客との良好な関係を構築できれば相対的に安定した需要が見込めるファウンドリ事業の重要性は高まるだろう。環境の変化に経営陣がどう対応するかが問われる。
■サムスン創業者「妻と子供以外はすべて変えよう」
2014年にイ・ゴンヒ氏が心筋梗塞で倒れた後、実質的に同社トップにあるイ・ジェヨン氏はこれまでの業績拡大に重要な役割を果たした。問題は、世界の半導体業界が大きく変わる中で、同氏が強いリーダーシップを発揮できるかだ。その点に関してゴンヒ氏が亡くなった影響は軽視できない。
1993年、ゴンヒ氏がサムスン電子の幹部に「妻と子供以外はすべて変えよう」と檄を飛ばしたのは有名だ。創業家出身であるゴンヒ氏にとって、常に高い成長を実現しなければ生き残ることができないとの危機感は強かった。
ゴンヒ氏の強烈なリーダーシップによってサムスン電子はわが国の半導体技術を用いてシェアを高めた。また、ゴンヒ氏は無労組経営を貫いた。それは、組織を1つにまとめ、個人の集中力を最大限に本業に向かわせるためだった。
しかし、2019年11月、サムスン電子には、はじめて本格的な労働組合が結成された。それが示唆することは、ゴンヒ氏が経営の第一線から遠ざかった結果、サムスン電子の組織風土にほころびが生じ始めたことだ。
■韓国の財閥系企業では世代交代を境に分裂したケースも
リーダーシップ発揮に加えて、ゴンヒ氏の相続の負担も軽視できない。サムスングループでは傘下企業の相互出資によって、創業家の影響力が保たれてきた。相続税支払いのためにジェヨン氏は保有する株を売却し、創業家のもつサムスン電子への影響力が低下する可能性がある。そうなれば、組織を束ねるリーダーシップが低下し、過去から受け継がれてきたハードな仕事ぶりなどへの従業員の不満などが高まる可能性がある。
仮に、相続税の負担が要因となってサムスン電子の経営体制に変化が生じれば、同社が半導体産業をはじめとする世界経済の環境変化に対応することは、従来よりも難しくなる恐れがある。過去、韓国の財閥系企業では、世代交代を境にグループが分裂したケースがある。
今すぐにサムスン電子の経営が不安定化することはないだろうが、同社が中長期的な観点で経営者人材を確保し、世界経済の環境変化にしっかりと対応する体制を整えることの重要性は一段と高まっている。それは今後の韓国経済にも無視できない影響を与える。
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法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)
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