ハーバードで学んだ真実「日本人の読み聞かせでは子どもの思考力は育たない」
プレジデントオンライン / 2020年11月22日 9時15分
※本稿は、加藤映子『思考力・読解力・伝える力が伸びる ハーバードで学んだ最高の読み聞かせ』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■日米で違う「読み聞かせ」のやり方
アメリカの親がしている読み聞かせの「やり方」から学ぶべきことはたくさんあります。具体的に読み聞かせのやり方のどこがどう違うのでしょうか。
結論を先に言うと、読み聞かせをするとき、日本の親子はあまりやりとりをしません。
親が子に問いかけ、子どもがそれに答える(あるいはその逆)というやりとりがアメリカの親子に比べて少ない。基本的に、親の話を子どもが黙って聞いている、という読み聞かせなのです。
私がこのことに気づいたのは、ハーバードでの研究を通じてでした。
私がはじめて読み聞かせの研究にかかわったのは、修士課程のときのことです。
「Language and Culture(言語と文化)」というクラスをとっていたとき、そのクラスのTF(ティーチング・フェロー。教員をサポートして、学生の指導にあたる博士課程の大学院生)に研究の手伝いを頼まれました。
彼女は、博士論文の前に提出する論文のテーマとして、日本人親子の読み聞かせの研究を行おうとしていました。その調査を手伝ってほしいというのです。
このときは、夏休みを利用してボストンに住む日本人の母子2組を訪問して、読み聞かせの様子をレコーディングさせてもらいました。
その後、4年間の留学を終えて帰国した私は、日本でも読み聞かせについての調査を続けました。実際に家庭で行われている読み聞かせの様子を取材させてもらい、データを収集していったのです。
こうして調査を続けていくなかで気づいたことが、
「日本人の親子は、読み聞かせをするときにやりとりをしない」
ということでした。
■日本の親子は読み聞かせのときにやりとりをしない
親は絵本の文章をひたすら読んでいく。子どもはそれを黙って聞いている。どちらも何かを問いかけたり、口を挟んだりといったことがほとんどないのです。
その後、再度アメリカに留学し、ハーバードの博士課程に入ったときには、この調査をもとにして論文を書きました。
「日本の親子は読み聞かせのときにやりとりをしない」ということを、データをもとにして検証したのです。
この論文を見た指導教授からは、こんなアドバイスをもらいました。
「日本の親子は読み聞かせのときに話さない、やりとりをしないことはわかった。では、字のない絵本を使ったらどうなるだろう?」
字のない絵本といえば、ディック・ブルーナの『じのないえほん』(石井桃子訳・福音館書店)が有名ですが、文章のない絵本はほかにもたくさんあります。
カナダのウォータールー大学の研究者が行った調査によると、「文字のない絵本」と「文字のある絵本」では、前者のほうが親子間でより活発なやりとりがなされていたと報告しています。
たしかに、そういう絵本であれば、親は何かを自分で考えて話さないわけにはいきません。すると、それに反応して子どもも何かを話す、というのです。
■文字のない絵本でもやりとりはなかった
さっそく私は、アレクサンドラ・デイの、『グッド・ドッグ・カール(Good Dog, Carl)』(Little Simon)という絵本を素材にして調査をはじめました。
この絵本は、お母さんが買い物に出かけている間、犬のカールが赤ちゃんを見ているように頼まれる話です。お母さんの化粧品をいたずらしたり、水槽を泳いだりする元気のいい赤ちゃんを、カールが一生懸命お世話する様子が絵だけで愉快に描かれています。
では、文字が書かれていない『グッド・ドッグ・カール』で読み聞かせをしたら、日本の親子の読み聞かせは変化したのでしょうか。
結果は同じでした。
ほとんどの親は、絵に描かれた状況をことばで説明し、話を進めていくだけでした。子どもも同様で、親が進めていく話を静かに聞いているだけです。つまり、字のない絵本を使っても、やはり日本の親子の読み聞かせでは、やりとりは行われなかったのです。
あくまでも、親はお話を読む、子どもは静かにそれを聞く、というのが日本での読み聞かせであることがわかりました。
教授からは、研究についてもうひとつ助言をもらっていました。「日米の読み聞かせを比較してみなさい」ということです。
そこで、今度は日米の親子を対象にして、同じ絵本の読み聞かせのやり方がどう違うのかを調べてみることにしました。
幸いにも、アメリカの親子については、すでに別の研究者が読み聞かせの様子を記録したデータがありました。その調査で使われたのと同じ絵本を題材にして、日本の親子についても調べれば比較研究ができます。
このときに素材にしたのが、フランク・アッシュの『クマくんのやくそく』(山本文生訳・評論社)です。
■アメリカの子どもは、とにかくよくしゃべる
『クマくんのやくそく』は、空を飛びたいクマくんと、大きくなりたい小鳥が、おたがいの願い事をかなえるために工夫したり努力したりする、という筋なのですが、子どもにとってはなかなかややこしい話が出てきます。
たとえば、小鳥の「大きくなりたい」という願い事をかなえるために、クマくんは小さなカボチャを買ってきます。カボチャの表面に小鳥の絵を彫ると、カボチャが成長するにしたがって小鳥の絵も大きくなっていきます。クマくんは、こうやって小鳥を大きくしてあげようとするわけです。
一方、小鳥はというと、「空を飛びたい」というクマくんの願い事をかなえるために、凧を使うことを思いつきます。凧にクマくんの絵を描いて飛ばせば、クマくんが空を飛んだことになるだろうというわけです。
こういった理屈は、子どもにはなかなか理解が難しいと思います。
どうして、カボチャが大きくなると小鳥が大きくなるのか? どうして、凧が空を飛んだら、クマくんが空を飛んだことになるのか? 疑問に感じるのが普通です。
これは、日本の子どもであろうとアメリカの子どもであろうと変わらないはずです。
けれども、読み聞かせをされているときの日米の子どもの反応は、あまりにも違うことに驚かされました。
アメリカの子どもは、とにかくよくしゃべります。
■日本の子どもはお行儀よく耳を傾けているだけ
たとえば、前述のように、子どもにとってわかりにくいことがあれば「どうしてそうなるの?」と読み手である親に質問します。
「どうしてカボチャが大きくなると小鳥が大きくなるの?」
「どうして凧が空を飛んだら、クマくんが空を飛んだことになるの?」
子どもが質問すれば、それに応答する親の発話数も当然、多くなります。アメリカの親子の読み聞かせは、とにかく親子間のやりとりを盛んにするのです。
一方、日本の親子の読み聞かせは、これまで私が調べてきたとおりでした。
理解が難しいであろう『クマくんのやくそく』でも、とくに子どもからの質問が増えるということはありませんでしたし、朗読以外の親の発話も、やはり少ない。
ママ、パパはお話を読んでいく。子どもは静かに聞く、という読み聞かせだったのです。
日米の読み聞かせには、このような明らかな違いがありました。
うるさいくらいにしゃべりながら読み聞かせを受けるアメリカの子どもと、読み聞かせの最中は静かにお行儀よく耳を傾けている日本の子ども。
その違いが、私のなかで、日本の学校の静かな授業と、アメリカで出合った、常に自分なりの思考、発言を求められる教育とのギャップに重なりました。
絵本の読み聞かせ方の違いは、両国の教育のあり方の違いにつながっている、という視点が生まれたのです。
■「考える力」「伝える力」を育む最初の教材が絵本
「考える力」と「伝える力」が重要であることは日本の教育界も認識しています。
その一例が、大学入試における共通テストへの「記述式」の導入です。
制度上の不安から現時点では棚上げされていますが、文部科学省が「知識偏重」の教育から「思考力重視」の教育にシフトしようとしていることは明らかです。
しかし、「考える力」「伝える力」というものは本来、受験勉強の一環として一朝一夕で身につけられるものではありません。ましてや先生から座学で教わることでもありません。
小さなときから自分で考え、それを伝える経験を積むことでしか身につかないものです。
欧米では、その最初の教材として絵本を使うのです。
実際、アメリカ人の家庭や幼児教育の現場の読み聞かせの様子を聞いていると、次の2つの問いかけが頻出します。
「あなたはどう思う?(What do you think?)」
「なぜそう思う?(Why do you think so?)」
前者は自分の考えをことばとして出させるための問いかけであり、後者はその考えを論理的に整理し、より深掘りさせるための問いかけです。
この2つの問いはセットにして使うことでより効果を発揮します。
■問いかけられながら読むと「自分なりの感想」を持ちやすくなる
日本人は「なぜ?」と質問されることが苦手だとよく言われます。純粋に理由を聞かれているだけなのに、なんとなく非難されているような気持ちになる人が多いからでしょう。しかし、欧米では小さなときから当然のように親から聞かれるのです。
もちろん子どもが2〜3歳のうちは「Why?」の問いは難しいですが、4〜5歳になると答えられるようになります。
こうした問いかけをされながら絵本を読むことが習慣になると、いずれ1人で本が読めるようになったとき、話の表層をなぞるだけではなく、「自分なりの感想」を持ちやすくなります。つまり、「考えながら情報に接すること」が癖になる。これが「自分で考える力」の礎になります。
さらに、幼稚園なども含め、アメリカでは絵本の読み聞かせの最中、もしくは終わったあとに、先生が子どもたちにさまざまな問いかけをして自分なりの意見を言わせることが多いものです。
そこで子どもたちに議論をさせるわけではありませんが、子どもたちは自分の考えていることをことばにして表現する訓練をしつつ、人によっていろいろな意見があることを自然と学んでいきます。
これが「伝える力」の発達につながるのです。
■「欧米人は自己主張が得意」なのは、幼少期から訓練しているから
ちなみに、アメリカの幼稚園や小学校では「ショー・アンド・テル(Show and Tell)」という、プレゼン力を鍛えるセッションを行います。子どもたちは家からクラスメイトに見せる何かを持参し、話をするというものです。
たとえば、普段は持参できないおもちゃを持ってきて、「これは僕のいちばん大事なおもちゃ」と話すと、先生は「どうしてそれがいちばん大事なの?」とか「なぜそれを選んだの?」と問いかけ、子どもの発話を拡張していきます。
アメリカ人の子どもも最初から、うまく話ができるわけではありません。
「Show and Tell」を通じて、「人にお話しするときには、ポイントが必要なのよ」と導いていくのです。人前で自分の意見を述べるスキルは、場数を踏むことにより、だんだんと慣れていくことでもあり、アメリカ人の子どもは小さいときから何度もそのような経験を積んでいるのです。
「欧米人は自己主張が得意」と言われるのも、こうした「自分の考えを人に伝える」訓練を、学校や家庭レベルで幼少期から実践しているからです。そして、自分の考えを人に伝える下地ができているからこそ、中等教育以降にディスカッション形式の授業にすんなり移行できるのでしょう。
翻って日本はどうでしょう。
あなたは小学生のときに書かされた読書感想文や、遠足の感想文は得意でしたか?
私は本当に苦手でした。
先生からは「事実の羅列を書かないように。それは感想ではない」と事前に言われるのですが、そうなるとますます何を書いていいのかわかりません。
それもそのはず、日常的に「思考力」「伝える力」を伸ばす訓練を行わない日本の初等教育では、自分なりの考えを発表する機会が、そもそも感想文を書くときくらいしかないからです。
■「考える力」「伝える力」がうまく伸びるように誘導すべきだ
基礎訓練をしていないのに感想文を書けというのもかなり理不尽な話だと思いませんか?
むしろ普段の授業では黙って話を聞く生徒がいい子だとみなされるわけですから……。
ましてや、乳幼児のときに親が一方的に物語を読み、自分は黙って聞く環境で育った子どもは、「伝える力」の訓練をしていないのはもちろんのこと、「自分で考える力」の訓練も十分にしていない可能性があります。
一方的な読み聞かせをしたほうがいいと主張する人たちは、「子どもの想像力や考える力を信じよう」といったことをその論拠にしがちです。しかし、大人にできることは「信じること」しかないのでしょうか?
子どもの「考える力」「伝える力」を伸ばしたいなら、むしろしっかり確認しながら、その力を伸ばすようにうまく誘導すべきではないか、というのが私の見解です。
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大阪女学院大学・短期大学学長
大阪女学院大学国際・英語学部教授、Ed.D(教育学博士)。ボストン大学を経て、ハーバード大学教育学大学院(教育学修士・博士)に入学。同校で、「ダイアロジック・リーディング」に出合い、研究を重ねる。現在は、「子どもとことば」「絵本を通してのことばの発達」を研究課題とし、教員を対象とした「子どものことばを育てる読み聞かせ」ワークショップも行うなど、日本における「ダイアロジック・リーディング」の第一人者として普及活動に尽力している。
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(大阪女学院大学・短期大学学長 加藤 映子)
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