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「小室さんはふさわしくない」眞子さまの気持ちを無視するモラハラ人間が多すぎる

プレジデントオンライン / 2020年11月19日 17時15分

婚約が内定し、記者会見される秋篠宮家の長女眞子さまと小室圭さん=2017年9月3日、東京都港区の赤坂東邸 - 写真=時事通信フォト

秋篠宮家の眞子さまが結婚への「お気持ち」をつづった文書を、宮内庁が公表した。しかしネット上では反発する声が目立つ。ドイツ出身のコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏は「皇室の一員という特殊な事情があったとしても、結婚は好きな人とするのが一番いい。家や親の問題を理由に反対するのは筋違いだ」という——。

■眞子さまの揺るぎない「お気持ち」

11月13日、宮内庁は小室圭さんとの結婚が延期されている秋篠宮家の長女・眞子さまの「お気持ち」を文書で公表しました(なお宮内庁のウェブサイトには掲示されていませんが、報道各社が全文を公表しています)。

そのなかで眞子さまは「小室さんと結婚後の生活がどうあるべきかを話し合いながら考えてきたこと」「結婚について否定的な意見もあることを承知していること」に触れた後、「二人が互いに幸せな時も不幸せな時も寄り添えるかけがえのない存在であること」だと述べています。

特に印象的だったのは「結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」というくだり。「生きていくために必要な選択」——眞子さまはハッキリとこう述べました。それなのに世間ではなぜこうも反発の声が強いのでしょうか。

■まだあった「嫁ぐ」という考え方……結婚相手の「家」を問題視する人々

眞子さまの「結婚は生きていくために必要な選択」だというお気持ちを受けてもなおインターネットでは「眞子さまはだまされている」「結婚には反対」という意見が多く見られます。反対意見のなかで目立つのは「小室さんの家族」を問題視する声です。

週刊誌が取り上げてきた母親の金銭トラブルや父親および父方家族の自殺が「結婚に反対する理由」として挙げられており「そんな問題のある家族がいる人とは一緒になるべきではない」という意見が幅を利かせています。

ただ上記に書かれているようなことはあくまでも彼の「家族」の話であり、小室さん「本人」がしてきたことではありません。

戦後にいわゆる「家制度」が廃止されてから70年以上が経ちました。「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する」と日本国憲法(日本国憲法第24条1項)で決められており、結婚をすることは相手の家に「嫁ぐ」ことではないはずです。また結婚相手の「家族」に過剰にこだわることは差別につながるという認識も近年は社会でひろく共有されているかのように思えました。

しかしながら、今回の眞子さまと小室さんの結婚について、世間では当たり前のように「結婚相手の家族に問題があるから、結婚に反対する」という意見が21世紀、いや令和の今もなお幅を利かせているのでした。

■本人の気持ちより「親」や「家」が優先される謎

制度上は廃止された「家制度」ですが、多くの人が「家」という考え方をまだ引きずっていると感じることがあります。筆者の知人の30代前半の日本人男性は先日こんな話をしてくれました。

その男性は大学在学時から8年近く、ほぼ遠距離で交際を続けていました。婚約指輪を渡し、プロポーズも済ませ、二人は結婚するつもりでいたけれど、結局は「彼女の父親の猛烈な反対」で女性の心は折れてしまい、別れざるを得なかったとのこと。

地方都市に住む女性の父親が「娘がそのまま東京で結婚することに反対で地元に帰ってきてほしかった」のも理由ですが、もっと大きな理由は、男性の弟が仕事をしていないことでした。その男性は「ずっと遠距離でしたが真剣に付き合っていたのでショックでした。それに家族も否定され……。気分はバツイチですよ」と話しました。

離婚、人間関係の問題
写真=iStock.com/Tero Vesalainen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tero Vesalainen

「長年交際して別れた」なんていう話は世界中にごまんとあり、珍しいことでも何でもありません。でも筆者がひっかかったのは「日本では弟が“仕事をしていないこと”が破談の理由になる」という点です。

筆者の出身地・ドイツではどんなに親がエリートでも「兄弟が働いていないから結婚に反対した(された)」という話は聞いたことがありません。そういう発想じたいがありません。そもそも「結婚を親に反対されたから結婚を諦めた」という話をドイツではあまり聞きません。

ドイツには親が子供に対して“Solange deine Füße unter meinem Tisch sind…”(和訳「貴方の脚が私のテーブルの下にあるうちは……」)という言い回しをよく使いますが、これは「未成年で親と一つ屋根の下に住んでいるうちは親の言うことを聞け」という意味です。

逆にいうと「成人したら結婚も含めて何でも自分で選択し、自分の好きに生きてよい」ということです。

■結婚は「家」とするものではない

ドイツには結婚は男女(または「女&女」「男&男」)、つまりは当人同士の問題だという共通認識があります。性別に関係なく結婚後も夫婦が二人とも仕事を持ち働くことが普通です。

仮に配偶者の兄弟がニートであっても、成人した兄弟に金銭的な援助はしません。「働いていない成人の弟」はあくまでも「弟本人の問題」だと見なされますので、「家」が白い目で見られることはありません。

前述の知人男性の元交際相手に関しては、女性の父親が「ニートの弟がいると将来何があるか分からない」と懸念していたとのことです。しかしこの「将来」というのは、実際のところ誰にも分からないのです。ネガティブなことを書くようですが、今は健康に働いていても鬱になったり、病に倒れたりする話はそれこそごまんとあります。

当人同士が互いに好きだという感情を持っているにもかかわらず、そのことよりも「将来問題になるかもしれない家族や親族」に注目してしまうのは、日本ではいまだに「家単位」でものを考え、かつての「家制度」の感覚から抜け出せていないと言わざるを得ません。

結婚式場の受付ホール
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

■婚前契約書を取り交わすドイツのカップルも

ところでドイツ人は現実的ですので、「好き」という気持ちのみを重視して結婚に挑むことはありません。婚姻と同時に公証人役場で婚前契約書を取り交わし「結婚前に各自築いた資産については共同の資産ではなく個人のものである」など金銭的なことに関する取り決めをするカップルも多いのです。

結婚生活における「お金のこと」、離婚となった場合の「お金のこと」など、とにかく「お金にまつわる不安」は互いに話し合い婚前契約書に盛り込みます。

ただ日本では婚前契約書について拒否感を示す人も多く、筆者の知人のドイツ人男性は「日本人である妻と結婚の際に婚前契約書について話したら、激怒されたため、やはりドイツとは文化が違うのだなと思い、婚前契約書は取り交わさなかった」と語りました。ドイツで婚前契約を結ぶことは特殊なことではなく、むしろ当たり前のことなので、そのあたりの感覚は日本とだいぶ違うのかもしれません。

認知度は低いものの日本にも婚前契約書はあるわけですから、結婚相手の家族や親族について「金銭の不安」があるのなら、結婚に頭ごなしに反対するのではなく、あらかじめ婚前契約書でお金にまつわる詳細な取り決めをするという方法もあるのではないでしょうか。

ちなみに婚前契約書の良いところは「もめてからお金について考える」のではなく「仲の良い段階でお金について現実的に考えられること」です。

「そんな契約をしなければいけないような人は信用できない」——。そんな声が聞こえてきそうですが、婚前契約書が一般的ではない日本にも離婚に至る夫婦はいるわけで、円満な離婚ばかりではないのですから一つの突破口として考えてみる価値はあるのではないでしょうか。

■「階級社会」である欧州

日本人が思う以上に欧州は階級社会です。例えばドイツでは苗字をみて貴族の家系だと分かることもあり、この苗字を求めて偽造結婚をするなどの問題もあります。そもそもなぜそういうことが起きるのかというと「貴族の家系であることが分かる苗字だと箔(はく)がつき、仕事も含めてさまざまなことがスムーズにいくから」です。

日本には「仕事に貴賎はない」という言い回しがあり、どの仕事も必要で尊いものだという価値観があります。ところがドイツを含む欧州では「仕事の内容」を時に「階級」とつなげて考える傾向も見られます。

例えばドイツでは大学に行かないと就けない仕事(弁護士、医者、教師や教授など)の人がAkademikerと呼ばれていますが、彼らが「大学を出ていない職人系の仕事の人」と交わることはまずありません。双方にプライドがあり、互いに一線を課しているため、交友関係もある程度決まっているのです。

そうはいっても、そのような風潮も近年は徐々に変わりつつあり、こと王室に関していえばびっくりするほどの変わりようです。例えば、スウェーデン王室のヴィクトリア王女が結婚した相手はスポーツジムのトレーナーで、王女と出会った時、彼の月給は11万円程度でした。身体を壊していたヴィクトリア王女がスポーツジムに通い始め、その際についた専属トレーナーが彼だったというわけです。

スポーツジムでトレーニングする男女
写真=iStock.com/skynesher
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/skynesher

アカデミックな仕事ではなくジムのトレーナーという仕事をしている彼のことを書きたてる現地のタブロイド紙もありました。その内容は酷いもので彼が当初標準語を話さず訛りがあったため「田舎者」呼ばわりされたり、顔がカエルに似ているとして「カエルの王子様」と書かれるなど散々な言われようでした。

しかし二人の結束は堅く、長年に渡り「恋人の改造計画」が行われました。家庭教師のもとで歴史やマナーの学習をするなどの努力が実を結び国民からも祝福され結婚に至っています。

■「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」小室さんへの揚げ足取りが酷い

小室さんへのバッシングは常軌を逸しています。これはもう「彼がどう動けばよいのか」という話ではなく、まさに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」の世界です。インターネットではとにかく「彼のやることなすこと全てが気に入らない」といった感情的な意見が目立ちます。

例えば「本当に眞子さまを大事に思っているならば海外に逃げて勉強なんかしていないで、国内でキッチリ働くべき」という「意見」があったりしますが、小室さんがかつて国内で働いていた頃は「給料が低い」と散々な言われようでした。

もしも今後「高給の良い仕事」に就けたら、それはそれでまたきっと「上昇志向が強いのはどうかと思う」とか「コネでよい仕事に就くなんて許せない」なんて声が聞こえてきそうです。

小室さんは眞子さまにふさわしい相手になろうと異国で勉学に励んでいるのですから、これを非難するのはおかしな話だと思います。「眞子さまの幸せを思って(小室さんとの結婚に)反対している」といった投稿も目立ちますが、なんだかモラハラ臭がプンプンします。眞子さまと小室さんに関しては「国民総モラハラ」の状態です。

■好きな人と結婚するのが一番…大事なのは本人の気持ち

ここは一度原点にかえってみてもいいのではないでしょうか。それは「好きな人と結婚するのが一番」という原点です。

「小室さんよりもっと合う男性が眞子さまにいるはず」などの余計なお世話とも思われる「意見」が堂々と語られる今日(こんにち)ですが「合うか合わないか」を決めるのは眞子さまご本人です。

一般社会がそうであるように皇室でもお見合いまたはお見合いに近い形での「男女の出会い」はどんどん少なくなってきています。「結婚が第三者によってアレンジされる」時代ではありません。

そんななかで仮に「申し分のない家柄の男性を用意しました。はい、どうぞ」と場を設けたところで、眞子さまご本人が嫌なら嫌ですし、冒頭の文書の「結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です」というくだりからもはっきりと分かるように、眞子さまは小室さんが好きであり小室さんと結婚したいわけです。

結婚に限らないことですが、自分自身が選択したことであれば、将来的に失敗することがあっても、人間だいたいのことは納得できるものです。でも他人に薦められ好きでもない人と結婚して失敗したら……。それは目も当てられません。

「合わない」「ふさわしくない」「結婚やめろ」と言っている人たちは、その結果について何の責任もとりません。ここは静かに眞子さまを応援したいと思います。

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サンドラ・ヘフェリン 著述家・コラムニスト
ドイツ・ミュンヘン出身。日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、「ハーフ」にまつわる問題に興味を持ち、「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」 著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから‼』(中公新書ラクレ)、『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)など。

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(著述家・コラムニスト サンドラ・ヘフェリン)

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