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五輪中止を全否定したIOCが進める「開催シナリオ」驚きの中身

プレジデントオンライン / 2021年2月3日 9時15分

国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とのオンライン会談を終え、会見で発言する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長=2021年1月28日、東京都中央区[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

東京オリンピック・パラリンピック開催可否をめぐって議論が分かれている。英国のタイムズ紙は大会中止を報じたが、国際オリンピック委員会(IOC)は真っ向から否定した。開催を進めるIOCにどんなシナリオがあるのか、在英ジャーナリストのさかいもとみ氏が解説する——。

■大会中止か、それともしないのか?

7月23日の東京オリンピック開幕まであと半年を切った。新型コロナの感染拡大による経済の悪化に加え、患者対応で医療機関は崩壊の危機にある。

年明けに共同通信が行った世論調査によると「中止すべきだ」が35.3%、「再延期すべきだ」が44.8%で、7月開催への反対意見は全体の80.1%に達した。「五輪などやるなら、その予算をコロナ対策に」と訴える声は日に日に増している、というのが現状だろう。

年が明けてから、五輪の中止、あるいは延期の方向を示す外国メディアの報道がちらほらと聞こえてくるようになった。そんな中、大きな衝撃を与えたのは1月21日、英国の老舗新聞タイムズによる「連立与党幹部の話として、大会を中止せざるを得ないと非公式に結論」という報道だった。与党内の誰かが喋ったとされたことから、東京都はもとより、政府高官が「誤報だ」と火消しに走る、という異例の事態となったのは記憶に新しい。

ところが、組織委員会の森喜朗会長は1月28日、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長とのテレビ電話会議の際、「誰一人として反対意見はなかった」とバッハ氏の発言を紹介。開催に向けて引き続き準備を進めると改めて意欲を示している。

IOCら五輪関係者はいったいどのようなシナリオを用意しているのか。五輪ロンドン大会の開催をきっかけに、各国の競技関係者に接触する機会を持つようになった筆者が現地での取材をもとに考察したい。

■開催に立ちはだかる「3つの大問題」

言うまでもなく、五輪開催にはいくつかの高いハードルがある。その中でも大きく3つの問題に分けられるだろう。

まず1つは、五輪前の最終予選が延期に追い込まれていることだ。例えば水泳アーティスティックスイミング(AS、旧名シンクロナイズドスイミング)の五輪本大会に向けた最終予選は3月初旬の東京開催を断念、5月に延期されることが決まった。一部の代表チームは最終予選に向けた事前キャンプのため、2月中旬の日本入国を目指していたが、大会延期に合わせてこちらもキャンセルとなった。

組織委の発表によると、海外から各国の代表選手が訪日し、五輪最終予選を戦うものとしては、4月中旬に水泳のダイビング(飛び込み)競技の大会が組まれている。ただ、変異株の市中感染が疑われる状況で、選手の日本入国は果たして許されるべきことなのだろうか。

日本の外国人入国にかかる水際対策は「水漏れ」と揶揄(やゆ)されているが、入国にはそれなりの制限がかかっている。代表選手であろうとも日本へのビザなし渡航はできず、事前に各国にある日本大使館等でビザ取得が求められる。

その上、選手らの日本滞在中の行動は全てビザ取得時の事前申告通りにしか動けない格好となっており、観光や街歩きの禁止はもとより、宿泊施設から近所のコンビニに出かけることさえも不可、と厳しく規制されている。まるで見張り付きの行動が求められるほか、五輪本番では過去の大会のように開催都市での滞在を楽しんだり、自国の他の競技の選手を応援したりといった楽しみもないといわれている。

■参加選手はまだ6割しか決まっていない

現在IOCが感染対策として提案しているプランでは、選手は自分の出場種目開催の5日前をメドに選手村に入り、出番が終わったら2~3日以内に退去が命じられるという。関係者はこうしたややこしいロジスティクスの問題への対策にも追われることになる。

選手の宿泊施設では警備員やバリケードを導入する構想もあり、計画上では「選手や関係者が日本の一般市民にウイルスをまき散らさない」という予防策が採られている。これでもなお、「最大のパフォーマンスを五輪の場で出せ」と言われるのはとても酷なことに違いない。

2つ目は、国内の厳しいコロナ感染状況である。4月以降、五輪最終予選やプレ大会がいくつか予定されているが、感染状況次第では、またも延期や中止が起こり得る。いくら日本側がプランしても、国際競技連盟や参加国が難色を示しては実施が難しい。

プールを泳ぐ競泳選手たち
写真=iStock.com/ALEAIMAGE
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ALEAIMAGE

そしてもちろん、日本だけでなく、全世界のコロナウイルスの感染状況も気にしなくてはならない。IOCによると、現時点で、参加枠で選手が確定しているのは全体の61%ほどにすぎないという。全体の15%は競技ごとの世界ランキングで五輪参加枠が埋まるというが、残りの25%ほどはこれから選手選出が進められる。世界的に各競技で予選実施が止まっている中、向こう数カ月で決めるのは前途多難な課題と言える。

■ワクチン接種は予定通り進むのか

3つ目の問題は、五輪開催に欠かせないワクチン接種だ。欧米先進国を中心に、早いところでは昨年末からすでに接種が始まっている。ただ、英国製のワクチンが欧州連合(EU)諸国に事前の契約通り届かなかった例もあり、各国とも予定通り接種が進むとは思えない。

IOCは1月26日、「出場選手や関係者に訪日前のワクチン接種を推奨する」と述べた。しかし、そもそもワクチンの健康上への影響が完全に分かっていないという事情もあり、こうした方針に異を唱える選手らも出てきている。また、そもそも7月までにワクチンが届かない国も途上国を中心に出てくる可能性が高い。

一方で、日本ではここへきて「60代以上の高齢者等には6月いっぱいで接種を終える(1月25日、産経新聞)」という、いかにも五輪の開催日程を意識した接種スケジュールが浮上した。開催となれば、6月中旬には選手や関係者が各国から日本に上陸してくる。しかし、ワクチン接種が先行する国々でも予定通り進んでいるところはほぼないという状況で、日本だけ順調に進むと楽観的に考えるのは無理がある。

■IOCの重鎮は「無観客開催」を示唆

こうした状況をくんだ悲観論が飛び出す中、五輪界の超大物とも言える人物がついに口を開いた。IOC委員で、ワールドアスレティックス(世界陸連、旧国際陸上競技連盟)のセバスチャン・コー会長は、先のタイムズ紙の報道が出るや否や、ロンドンの地元スポーツメディアに「開催するしないのうわさがあれこれ出てくることこそ、トレーニングを進める選手にとって不利益なこと」と発言。「タイムズ紙の記事を即刻、官邸が否定したことは重要」と述べた。

コー氏は2012年のロンドン五輪組織委の委員長だった。コー氏と面談したことがある東京都や五輪開催自治体の関係者も少なくない。

ちなみにコー氏は、旧ソ連のアフガニスタン侵攻を理由に米国や日本がボイコットした、あの1980年モスクワ五輪の陸上競技での金メダリストだ。自身と同年代の欧米各国の選手が五輪の舞台に立てなかった中、英国は出場を強行。コー氏の話が説得力を持つのは、「TOKYOの中止で、今の選手たちに、モスクワ大会に出られなかった選手らが受けたあの苦しみを味わせたくない」という意識が働いているのかもしれない。

2012年7月28日、夕日を背景にシルエットのタワーブリッジとザ・シャード、オリンピック初日に撮影
写真=iStock.com/dynasoar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/dynasoar

コー氏は「(東京五輪が)仮に無観客で開催されることになっても、それに文句を言う人はいないだろう」と発言。バッハ会長もその後追認するような発言を行っている。

■「何としても開催したい」シナリオは

では今後、開催を前提に起こり得る筆者の想定をいくつか述べておこう。

まず、いくつかの国が「選手を東京に送ってこない」まま開催に踏み切る可能性だ。自国が鎖国またはそれに近い状況にあるからと、泣く泣くこうした判断に至る国もあるだろう。現在、東京への出場を予定している国と地域は206あるが、これが果たしてどのくらい残るのか。

その他、可能性は低いが、全くないとも言い切れない想定が2つある。

一つは、一部の競技・種目の開催地を分散し、他国での遠隔実施になるケース。コロナの規制上、渡航できないことで、やむなく別会場を設定するというもの。

もう一つは、最終選考ができないことなどを理由に「一部の競技が中止となる」というパターン。各競技によって複雑な選考形態があり、五輪本戦までに終わる見込みがなく、競技を辞退せざるを得ないというものだ。ただし、人気種目の陸上や水泳はここに当てはまらない可能性が高い。

■国連機関のお墨付きと保険金の存在

五輪関係者が開催に自信を見せる理由はまだある。IOCは、五輪中止を判断するには国際連合か国際保健機関(WHO)の意見を参考にする考えを明らかにしているが、逆に言えば国連機関からの正式な勧告などがない限り、開催する方針は変わらないとも読める。

フィナンシャルタイムズ(FT)は、東京駐在の五輪グローバルスポンサー2社のアドバイザーの話として「IOCがもし東京五輪を取りやめるなら、国連かWHOに正式な勧告を出すよう特別な要請を行うだろう」とした上で、「こうした勧告があれば、五輪がキャンセルになった際、IOCが取り損なう放送権収入は保険金で補塡(ほてん)されるほか、開催都市の東京都もIOCへのキャンセル料の支払いを逃れられるだろう」と報道。

このアドバイザー氏の意見として「こうした背景から、IOCも東京都もこうした機関からの正式勧告が出るまで中止を言い出すわけがない」と伝えている。

保険契約を取り巻く実態は1月28日、報道各社が保険ブローカーの見解として一斉に報じた。それによると「IOCは夏季五輪に約8億ドル(840億円)、東京五輪組織委は6億5000万ドル(680億円)の保険をかけていると推定」とあり、中止となっても保険金による補塡はあるようだ。しかし、昨年12月に発表された組織委の予算総額は1兆6440億円に達しており、保険金が出ても10%に満たない。

■3月中旬までに「最終決断」か

「そこまでしてでも五輪をやるのか?」といったような想定を述べたが、とはいえ、中止か開催かの決断はいずれ必要だ。

先のFT紙は、東京に駐在する外交官らの話として「自国の政府に、選手遠征のための予算請求を組める日程的限界は3月末まで」と伝えた。

大会前の大イベントと目される聖火リレーが開始されるのは3月25日だ。昨年は、聖火そのものが日本に到着したものの、リレーが動き出す直前で延期が決まった。ちなみに、今年の聖火リレー開始より前に、国内での五輪最終予選の実施予定は組まれていない。

こうした状況からみて、中止なのか、このまま開催なのかの決断時期は3月中旬ごろだろうか。

国内の新型コロナ感染は収束のメドが立っていない上、医療崩壊の懸念も目前の問題として解決が求められている。橋本聖子五輪相は大会期間中に「1万人の医療従事者に交代で従事してもらう」という案も示しているが、目下の状況では国民にも関係者にもこうした案に対するコンセンサスを得るのは難しい。

日本のみならず、世界各国の人々が目前の生活もままならない状況にある中、観客と選手両方が納得する結論をIOCは出せるのか。デッドラインはすぐそこまで迫っている。

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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter

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(ジャーナリスト さかい もとみ)

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