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豊田章男社長が毎夏「山寺で供養」を欠かさない理由

プレジデントオンライン / 2021年3月15日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MoreISO

トヨタ自動車は2月23日、未来型都市「ウーブン・シティ」(静岡県裾野市)の工事に着手した。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳氏は「AIが街を制御しロボットや自動運転自動車などの実証実験をする場ですが、このエリアに寺院や神社を建立するのではないか。1970年に長野県の高原に当時のトヨタ自動車販売社長が寺院を作り、そこに豊田章男社長を含めた幹部が毎夏訪れている。交通安全祈願や供養を通して、謙虚に物づくりに励み、社会に寄与するのが同社の心の経営だ」と指摘する――。

■トヨタがつくる未来型都市に寺院や神社が欠かせないワケ

トヨタ自動車は2月23日、未来型都市「Woven City(ウーブン・シティ)」の地鎮式を実施し、工事に着手した。ウーブン・シティでは、ロボットや自動運転自動車などをリアルな生活環境に取り入れ、実証実験の場にするという。

そこで私が強く願うのは、街に「寺院」や「神社」を設置することである。実際、国内には寺院あるいは神社がひとつもない地域(地方公共団体)は、ほとんど存在しない。ウーブン・シティの概念に似合った「ハイパー・テンプル」なる宗教施設をつくって、最新技術を駆使した祭りや弔いなどを実施してもらいたいと願う。

まず、ウーブン・シティの概要について述べよう。場所は、静岡県裾野市のトヨタ自動車東日本の工場跡地だ。地鎮祭で豊田章男社長は、「『ヒト中心の街』『実証実験の街』『未完成の街』がウーブン・シティのブレない軸。多様性をもった人々が、幸せに暮らすことができる未来を創造することに挑戦する」と意気込みを語った。

街全体が私有地なので、道路交通法などの制約を受けることがなく、比較的自由に都市設計ができるという。計画では、自動運転自動車を導入することを前提とした街づくりが行われる。

例えば、日本が長期にわたって直面する超高齢化社会を見通し、安全かつ簡素な移動手段「パーソナルモビリティ」を整備する。地下には流通専用の道路を通す。

将来的に街を走るのは、SF映画に出てきそうな「宙を浮いた乗り物」になるかもしれない。これまでの「空想上の未来都市」が、いよいよ現実のものになろうとしているのだ。

■「ウーブン寺院」が2000人以上のコミュニティの結束の原動力

街を制御するのはAI(人工知能)である。さまざまな新技術がリアルな現場に投入され、実証実験されていく。ウーブン・シティには高齢者や子育て世代の家族、発明家を中心にして、将来的には2000人以上の人々が暮らすという。

ウーブン・シティへの期待感は膨らむばかりだ。だが、新しい技術だけではなく、コミュニティのあり方も変えてもらいたいものだ。暴力や差別、偏見のない社会的弱者に優しい社会モデルが、このウーブン・シティで実現できれば、こんなに素晴らしいことはない。

歴史的、習俗的な見地に立てば、宗教施設の建立は欠かせない。たとえば仏教の精神である「慈悲」「寛容」「平等」を実践する場として、寺院は大いに役に立つ。

たとえば、「ウーブン寺院」としよう。ウーブン寺院ではさまざまな苦しみや悩みの受け皿となる。正月や節分、お盆、彼岸などの多くの年中祭祀は四季を感じることができ、また、コミュニティの結束の原動力にも寄与する。

■トヨタはこれまで神仏を祀り、寺院や神社を創建してきた

ウーブン寺院は、災害発生時の避難場所にもなり得る。

あるいは、いずれウーブン・シティの住民が避けられない「死」の受け入れ先としてもウーブン寺院は機能する。病院などと同様、死者を弔う場所や墓地は、あらかじめウーブン・シティに確保しておいたほうがよい。

「夢の街」に、忌むべき存在は排除したいと思う人は少なくないだろうが、ウーブン・シティの住民であっても、決して死は避けられない。死を直視することで、謙虚に生きることを教えてくれるのも、寺なのである。

きっとトヨタは、ウーブン・シティに寺院や神社を建立してくれると信じている。それは、実はトヨタは神仏を祀り、寺院や神社を創建してきた過去をもつからだ。

国内の大企業で、敷地内に小さな祠を据え付けるなどの、「企業内神社」を設置している例は、少なくない。トヨタもしかり、本物の神社を本社工場の敷地に持っている。その名を、豊興(ほうこう)神社(通称トヨタ神社)という。

神社が開かれたのはトヨタが創建した1925年だ。自動車メーカーの神社らしく、鍛冶や金属の神様である金山彦神(かなやまひこのかみ)と金山毘売神(かなやまびめのかみ)を、祭神として祀っている。普段は参拝できないが、正月三が日は社員以外でも、豊興神社にお参りができるという。

ウーブン・シティでは農業も実施する予定だ。豊田社長は、テレビ局のインタビューで「一生懸命に作られた作物はここで全部使い切る。ごみを少なくすることも大きなテーマ」とも語っている。それならば、五穀豊穣を祈る祈念祭や、新穀を神に捧げる新嘗祭が必要になるだろう。

■高原の「トヨタ寺院」で社長を含む幹部が毎夏、祈願と慰霊

実は、「寺院」もトヨタは持っている。長野県蓼科高原にある聖光寺(法相宗)だ。1970年、「販売の神様」と呼ばれた、故神谷正太郎トヨタ自動車販売社長(当時)が開基になって開かれた。トヨタの寺院だけに、「交通安全祈願」「交通事故遭難者の慰霊」「負傷者の早期快復」を寺命にしている。

創建当時は戦後モータリゼーションの拡大ととともに、交通事故死者数が増加していた時期。神谷氏は、自動車会社の発展と引き換えに、多くの命が奪われていることに心を痛めていたに違いない。

2008年11月、南アフリカ共和国、ハウテン州プレトリア市にオープンしたトヨタのディーラーショップ
写真=iStock.com/HJFBooysen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/HJFBooysen

1970年の交通事故死者数は1万6765人と過去最多を記録している。だが、くしくも、寺が開かれたこの年を境にして、死者数は減少に転じている。ちなみに2020年の交通事故死者数は2839人である。

非科学的だ、と考える人もいるだろうが、聖光寺建立と死者数減少との因果関係はないとは言い切れない。現在でも毎年7月の大法要には、章男社長ら経営陣が欠かさず参列している。近年はトヨタのAI開発の責任者ギル・プラット氏も法要に加わっている。

このような「心の経営」は、トヨタの企業体質そのものを表しているように思う。「祈願」や「供養」を通して、謙虚に物づくりに励み、社会に寄与するというものだ。

これは、同社の経営哲学「カイゼン」という手法にみられる。カイゼンとは、小さなミスであっても「見える化(共有して、議論し、改善につなげる)」し、生産効率の向上につとめること。カイゼンは、日々の行いの反省=懺悔(さんげ)を通して、より良い生き方に導く、仏教の考え方そのものといえる。

■VRやARを駆使して「墓参では故人がホログラムのように出現」

繰り返すがウーブン・シティの街づくりにおいては、寺や神社を設置して「心」や「見えざる存在」を大切にしてほしい。だが、旧態依然とした寺院では面白くない。

VR(仮想現実)やAR(拡張現実)など、デジタル技術を駆使した参拝空間を実現できればユニークだ。ヴァーチャルで極楽や地獄を体験できたり、墓参では故人がホログラムのように出現して、遺された人と対話できるようなものがあったりすると、若い人も墓参りに訪れるのではないか。お布施も、完全キャッシュレス決済にして、一部を弱者救済のために使う。

2019年2月26日、公共の駐車場に停められたレクサスUX(トヨタグループ)のハイブリッドバージョンのSUV車=スペイン・シッチェス
写真=iStock.com/Tramino
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Tramino

そして、寺社を中心にした地方創生モデルをウーブン・シティで構築してほしい。寺院や神社に人が集まる構図ができれば、地域全体が盛り上がっていくことだろう。その実証実験を、ウーブン寺院でやってもらいたいものだ。

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『仏教抹殺』(文春新書)など多数。近著に『ビジネスに活かす教養としての仏教』(PHP研究所)。佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事。

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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)

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