社員がこぞって集団退去…米シリコンバレーで何が起きているのか
プレジデントオンライン / 2021年4月9日 11時15分
※本稿は、石角友愛『“経験ゼロ”から始める AI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
■コロナが変えた働き方のトリレンマ
個人が仕事を選択する際には「どの地域に住むか」、「どの業界で働くか」、「どの職種につくか」を考えるのがこれまでの基本になっていた。
2つの選択肢のあいだで板挟み状態になることをジレンマ(dilemma)というのに対して、選択肢が3つになるとトリレンマ(trilemma)という。
「3つの希望をすべてかなえるのは難しいので、2つに絞り込むのがいい」ということはハーバードビジネススクールでも教えられている。
日本の高校を中退して渡米した私は、アメリカの高校、大学を卒業したあと、日本で起業したが、再びアメリカに渡ってハーバードビジネススクールに入った。在学中に結婚、出産したので、1児の母として就職活動を行うことになっていた。MBAは取得していたものの、簡単に就職先は見つからなかった。
私の場合は「シリコンバレーのIT企業で働きたい」というように地域(場所)と業界で絞り込み、職種は問わないスタンスだった。実際にオペレーションマネージャー、営業、カスタマーサポート、マーケティングなど、手あたり次第に応募していった。
どんな職種にも対応できるようにしたいという考えもあってMBAを取得していたので迷いはなかった。その結果、グーグル本社に採用され、シニアストラテジストとしてAI関連プロジェクトに携わることになった。
■カフェテリア、美容院やジムまで
私が担当していたことは、機械学習で欠かせないデータのラベル付け作業を行うチームの管理、オペレーションの設計、学習用データセットの作成を拡張性が高いかたちで行うプロセスの提案などだった。あとで解説するAIビジネスデザイナーにも近いといえる。
グーグルで働いたあと、シリコンバレー現地でAIスタートアップ2社を経て、そこで学んだ最先端の戦略やAI開発を日本企業に導入したいと考えて、パロアルトインサイトを設立した。
私自身はIT業界の経験がない中、シリコンバレーという場所にのみ焦点を絞って就職活動をした。そして、グーグル本社での経験を生かしてAIを核としたプロダクト開発の現場を学び、AIビジネス領域での強みを身につけるというキャリアデザインができたと振り返れるが、今の時代はまた事情が違ってきている。
すでに解説しているようにニューノーマルではリモートワークが進んでいくので、キャリアデザインを考えるうえで「場所」が持つ意味は小さくなっている。すべての会社がフルリモートに移行するわけではなくても、リモートワークが広く取り入れられるようになってきたのだ。
私がグーグルで働いていた頃は「世界で一番働きたい会社」とも言われていた。本社のキャンパスには無料のカフェテリアが数十か所あるほか、美容院やジム、コインランドリーのような設備などもあり、敷地内で生活を完結させられるほどになっている。
■良質な環境が「社員を拘束している」に変わった
しかし、リモートワークを前提とした社員が増えていけば、そうしたオフィス環境の価値は薄れる。それどころか、キャンパスに洗濯機や仮眠室などもあったことから「社員を会社に閉じ込めるためのタクティクスだったのではないか」という批判も近年出てきたくらいだ。
最近のシリコンバレーではむしろ、社員を拘束しないで、働かせすぎないようにする方向で議論されることが増えている。人にうらやましがられるような環境を提供するよりリモート化を進めたほうが世界中から優秀な人材を集めるために有効な手段になってきたのだ。
キャンパスの快適さなどは前ほど魅力ではなくなり、キャリアデザインのトリレンマからは「場所」が外されることになる日も近いかもしれない。
■通勤とリモートのハイブリッド型が増える
フェイスブックやツイッターが永続的にリモートワークを推進する方針を示したのも、優秀な社員を確保するためだといえる。グーグルは、リモートワークを2021年9月まで延長することを発表した。ただし、社員の職種や居住地域のコロナ感染リスクによっては、割り当てられたオフィスから通勤距離内に住む必要があり、週に3日は会社に来ることを義務付けた。
社員を通勤可能な範囲に居住させ、社員間のコラボレーションを促すために定期的にオフィスに通勤させるハイブリッド型モデルは、今後増えると考えられる。
その一方で、シリコンバレーは物価が上がっていることもあり、ここ数年はエクソダス(集団退去)が進んでいる。「脱シリコンバレー」とも言われるようになっていたので、今後もその動きが強まっていくものと予想される。
■「リモートしながら週末はビーチに」なんてことも
例えば、サンフランシスコに本社を持つオンラインストレージ大手のドロップボックス(Dropbox)社や、ログ解析ツール最大手のスプランク(Splunk)社などのCEOは、テキサスに新しい住居を構え、今後はテキサスを会社の中核にする計画だという報道があった。
サンフランシスコ市内にあるオフィスのリース更新は行わないのかもしれない。その背景には、カリフォルニア州の所得税の高さ、キャピタルゲインが所得と同じとみなされることによる高い税金などにうんざりしているテックエグゼクティブの懐事情も挙げられる。
スタートアップ向けにクレジットカードサービスを提供するブレックス(Brex)社のCEOはサンフランシスコからロサンゼルスに移住したが、これはリモートワークをしながら週末はビーチに行きたい、という理由からである。これからはそういう人がますます増えていくことだろう。
人材面では世界中が需要と供給のマーケットになってきた。優秀なIT人材、AI人材は、どこに住んでいようと色々な形態で海外の企業で働ける可能性は高くなる。「自分を高く売れる」ということでもある。
■「東京でなければ仕事がない」は過去のもの
企業側でもベースとなるオフィスを持たなくする動きが出ている。
ニューノーマルにおけるキャリアデザインのトリレンマからは場所が外れるだけでなく、「ライフスタイル」が優先される傾向が強まっていくものと考えられる。
日本でもすでにこうした動きは出てきている。地方に家を購入して、過ごしやすい環境の中で、その自宅から仕事をしている人などもいる。こうしたライフスタイルが珍しいものではなくなっていくのは間違いない。
「東京に住んでシリコンバレーの会社で働く」
「地方に住んで東京で働く」
こうした人たちは今後は確実に増えていくはずだ。東京でなければ仕事が見つからないといった考え方はすでに過去のものになっている。
これから日本の「東京中心主義」も変化していくものと予想される。
最近では、人材派遣大手のパソナグループが主な本社機能を東京から兵庫県の淡路島に移していくと発表したことが注目を集めた。このことにしても、コロナ禍の影響で社員の3~4割がリモートワークとなっていたのが決断の決め手になったようだ。
■これからの日本で起きるマイクロシティ化
この例に限らず、企業も人も東京にこだわる理由はなくなるだろう。どこにいても情報を得られ、データは活用できるのだから、都心部と地方の情報格差は小さくなり平坦化していくはずだ。
職種を問わずリモートワークが可能になるなら、家賃が高くて、決して住みやすいとはいえない都心に暮らすより、地方あるいは環境のいい郊外などに住みたいと考える人が増えていくのは自然なことだ。
1、2時間かければ東京に出られるくらいの地域で、子供を育てるにも環境が良く、車で動けば海や山などにもすぐに出られるような場所なら理想的だ。実家や実家の近くで暮らす人が増えれば仕事と育児の両立がより実現しやすくなり、出生率が高くなる可能性もある。
東京郊外、大阪郊外などに住む人が増えるだけでなく、Uターン、Iターンを選択する人も増えていくだろう。
こうした現象を私はマイクロシティ化と呼んでいる。
企業側がフルリモートを受け入れるためにはセキュリティ管理をどうするかといった課題が出てくるが、それに伴うリスクより、それをやるメリットのほうがはるかに大きいと考えられる。
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パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得し、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテックや流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発も手掛ける。2021年4月より順天堂大学大学院客員教授(AI企業戦略)。著書に『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー21)『"経験ゼロ"から始める AI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)など多数。
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(パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー 石角 友愛)
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