「私が倒れても、仕事に行きなさい」就職したばかりの娘にそう言い聞かせる母の真意
プレジデントオンライン / 2021年4月17日 8時15分
■年齢を重ねて、よりいい仕事ができるようになる
——改めて『いつかあなたをわすれても』を手にしてみますと、これまで小説で性愛を含んだ男女の関係を描いてきた桜木さんが絵本を出したというのは意外な気もします。
【桜木紫乃さん(以下、桜木)】自分でも想像していませんでした。でも、デビュー前、新人賞に原稿を送っていた頃から親子や家族を描いてきたんですよ。そこに入れた性愛はフックでしかなくて、そうすれば誰かに読んでもらえるんじゃないかという短絡的な考えだったんですね。それから20年経ち、50代の今、性愛を絡めなくても家族の物語が描けるようになった。歳を取るのも悪くないなぁと思っています。いろんなことにとらわれなくなり、物書きとしていい仕事ができるのはこれからという気持ちでいます。
——キャリアを重ねてより自由に仕事ができるようになったというのは、仕事する女性にとって希望のあるお話です。
【桜木】常に新しい展開をしていける自分でいたいですよね。仕事の声をかけてもらったときに、「50歳だからできない」「女だから」「お母さんだから」と、できない理由を思い浮かべるより、とにかくやってみて、できなかったときに立ち止まればいいのではないかと思います。
それに、私、人との出会いには自信があるんですよ。今回の絵本についても担当編集者や友人の漫画家さんの温かい応援があり、オザワミカさんにも出会えて、決してひとりで作ったわけではない。そんな関係の中で「この人にやらせてみよう」と思われる私でいたことがうれしいです。自分が大好きなんですよ(笑)。
■この2、3年でより精力的に
——なんでもやってみようという積極的な姿勢は、デビュー時から貫かれているのでしょうか。
【桜木】いえ、この2、3年でそうなりましたね。というのは、正直に打ち明けると、ようやく更年期のきつい時期を抜けて楽になったから。課題を見つけ、自分の中でその答えを見つけるために書いています。『家族じまい』は自分自身をネタにしてどれぐらい話を広げられるかというチャレンジでしたし、一章が原稿用紙80枚分でそれを5本分そろえるというのは、これまでからすると難しいことでしたが、やればできると思いました。その後に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』(KADOKAWA)という本で疑似家族を描いたので、この2作を並べてみると、今の私の家族観が見えてきます。
——そういったキャリアの大成期に、ずっと描いてきた家族をテーマにした絵本を出したということになりますね。
【桜木】『家族じまい』を書いて客観的にものを見られるようになったかも。母の介護についても、父が精一杯やっているのがわかるんです。さらに、この絵本を書いたことで、語り手となる少女と同じ年頃に戻れたような気がし、自分の少女時代をよい形で振り返ることもできました。この年齢になってみて初めて理解できる過去の自分もいるんですね。
■他人に文句を言わないで生きていきたい
——書くことで過去の傷を癒せるということでしょうか。
【桜木】心の落としどころも、落ち着く場所も人それぞれ。私は母が自分を忘れたときに、母の子ではなく、違う存在になれた。母の中で私はいなくなったような状態で、それを絵本では母親に「あなた、親切な人ね」と言われるという極端な場面として書きましたけど、そんな感覚なんです。私も40代の頃は、親にされた「嫌なことを毎日思い出していると、それに慣れて気にならなくなる」と書いたこともあるけれど、今はもう人生の残り時間を意識しているので、できるだけよい仕事をして、おいしいものをたくさん食べて、他人に文句を言わないでやっていきたいなと思っています。
——お子さんに対しても口出しはせずという感じですか?
【桜木】思うに、親が子に生き方を教えようと思ってしまうと、たいへんなんじゃないですかね。私は56歳の今、子どもたちがひとり立ちし、「あとは死んで見せるだけ」だと思っています。親ってかっこよく死んでなんぼかなと思うんです。
■「私が倒れても仕事に行きなさい」
——現在、40代から50代ぐらいの女性は、これから親が要介護になってくると想定すると、このまま仕事を続けられるのかなという不安がどうしても出てきますよね。
【桜木】わが家も本当に介護がたいへんになるのはこれからですよね。介護は甘いものではないと知りつつ、それでも、逆の立場になって考えてみると、私なら親である自分のために子どもの時間を使わせたくない。わが家は娘が就職し、取材のある仕事に就いたんですが、「好きで選んだ仕事をしている以上、親の事情でやめてはいけない」と伝えています。例えば、私が倒れるとか、なにかあっても取材先には行って仕事をしてきなさいと。逆に、私も親が危篤という状況でもインタビューの日であれば取材を受けるので。
——それは家庭よりも仕事を優先すべきだということでしょうか。
【桜木】優先ではなく、個として不本意な生き方をしちゃいけないということです。何か不本意なことが起きたときに、誰かのせいにしてしまうのが人の弱さ。親の介護に限らず、不本意な生き方をしていると、都合の悪いことを他の人のせいにしたくなりますよね。そうなるぐらいなら、わがままと言われても自分を大事にしたい。息子や娘にも「好きな仕事に就いて明るく暮らしなさい」と言っています。
——読者の中には、子育てに悩むワーママも多いです。正解がない中でもがく女性たちに、先輩からのアドバイスをお願いいたします。
【桜木】子育てって悩むもんだよ(笑)。悩まないお母さんがいたら不思議です。ただ、お母さんがよく笑う人だと、その子どもも上手に笑うし、上手に荒波をのりこえていける人の子は生きる馬力もあるのではないでしょうか。そのぐらい楽観的になれる、お母さんが笑っていける環境を作っていけたらいいですよね。働ける体があるうちは働いて、稼いだお金で温泉に行くことを目標に一緒に頑張っていきましょうよ。
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作家
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。2007年同作を収録した『氷平線』で単行本デビュー。2013年『ホテルローヤル』で第149回直木賞を受賞。他の著書に『ラブレス』『蛇行する月』など。2020年、『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。近刊に『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』がある。
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(作家 桜木 紫乃 構成=小田慶子)
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