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「日本の主婦は地位が高く居心地が良い」女性を働きにくくしている隠れた理由

プレジデントオンライン / 2021年4月18日 8時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

いまだ女性管理職が大きく増えることはなく、「男性中心」の社会構造となっている日本。政治学者の中村敏子さんは、「女性が家族における協同的な『性別分業』に安住している間に、大きな社会構造としての『家父長制』が成立してしまった」と指摘します――。

※本稿は、中村敏子『女性差別はどう作られてきたか』(集英社)の一部を再編集したものです。

■女性の専業主婦化はなぜ進んだのか

第2次世界大戦後、日本国憲法に「両性の平等」が定められました。しかしこれにより変化したのは、国家の政治的権利における平等の達成だけであり、企業と家族を合わせて〈大きな「家」〉を構成する男性と女性の「性別分業」の構造は維持されました。それどころか経済の進展に伴って、1950年代から1970年代までサラリーマンが増加していくことで、女性の専業主婦化が進みました。女性は結婚して主婦という役割に「永久就職」することが主流となったのです。

それに伴って、こうした「性別分業」にもとづく社会が円滑に機能するようなシステムが作られていきました。仕事を担当する男性には、家族分も含んだ「家族賃金(世帯賃金)」が支払われましたし、これと対になる主婦たる女性に対しては、配偶者手当や配偶者控除などのさまざまな優遇策がとられました。このような中で、女性の仕事はあくまでも補助的なものと考えられるようになります。それゆえ女性はパートや非正規の労働者として働き、賃金は低く抑えられて、男女の賃金格差が当たり前となったのです。

■実は日本の主婦は地位が高い

こうした体制は、高度成長を支えるために非常に効率的で、とてもうまく機能したように思われます。それが可能だったのは、日本の主婦が、欧米の主婦に比べて居心地のいい立場にいたからでしょう。最も重要な点は、主婦が家族における「財布の紐」を握っていたことです。日本の家族では、夫の稼ぎは彼個人の所有とはならず、家計に計上されました。それを使って主婦は家計のやりくりをしたのです。つまり「夫は稼ぐ人、妻は使う人」ということです。日本の「家」の役割分担からいえば、これは普通のことでしょう。政策の転換により銀行口座の名義人のチェックが厳しくなる前は、夫名義の通帳から妻が預金を引き出すことが普通に行なわれていました。今でもキャッシュカードで同じことができますが。

西洋では所有権概念が厳しいため、夫の稼ぎは夫個人の所有となります。私は1978年からイギリスに長期滞在したのですが、その頃イギリス人はスーパーでも小切手で支払うのが普通でした。小切手は本人のサインが必要ですから、夫にサインをしてもらわないと支払いができなかったのです。それを見て夫の口座から平気で現金を引き出していた私は、何と面倒なのだろうと思ったことを覚えています。

■「母」の役割も主婦の地位を高めている

もうひとつ日本で主婦の地位が高い理由として、母の役割があります。日本では子どもがとても大事にされ、その世話をする母としての女性の役割が重要だと考えられています。しかしイギリスでは、夫婦が一体でそのつながりが強固な分、子どもは基本的には他人だと考えられています。日本では「兄弟は他人の始まり」といいますが、イギリスでは「子どもは他人の始まり」なのです。

私は長女をイギリスで産みましたが、両親学級では生まれた直後から子どもを別の部屋で寝かせるよう指導されました。また、1990年から3人の子どもを連れてイギリスに滞在した時気がついたのは、イギリスの子どもは15歳ぐらいになると、基本的には放っておかれる、つまり自分でやっていくことが求められるということです。これは子どもにとってかわいそうなことだと思われましたが、親の立場としては、「こんな風に放っておいても子どもは育つのだ!」と、肩の荷が軽くなるような気がしたものです。

このように日本では主婦の地位が高く、主婦がその役割に誇りさえ持っていることは、西洋との大きな違いだと思われます。1960年代のアメリカでは、主婦の虚しさを書いたベティ・フリーダンの本(The Feminine Mystique 邦題『新しい女性の創造』)の出版がフェミニズム運動のきっかけになりましたが、日本では、フェミニズムの主張に対して、しばしば主婦も立派な仕事であるという主張がなされ、不況になると専業主婦願望を持つ女性が増えるのです。それはこうした主婦の立場の違いを反映しているのでしょう。

■平成初期から変化した「家族」のカタチ

しかし、専業主婦がいる家族は1980年代から減少に転じ、1990年代後半からは共働きの家族がその数を上回ります。『令和元年版 男女共同参画白書』によれば、2018年の調査では、共働き家庭が、専業主婦のいる家庭の2倍強の数となっています。また、性別分業について、男女とも反対の割合が賛成の割合を上回っています。そして2016年の調査では、子どもができても仕事を続ける方がよいと考える人も、男女とも半数を超えています。

ソファに座る母子
写真=iStock.com/maruco
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/maruco

問題は、このように男女の分業を超えようとする現状があるにもかかわらず、依然として「性別分業」を前提とする社会の構造が続いていることです。2019年のOECD(経済協力開発機構)の調査では、日本における男女の賃金格差はデータに示されている29カ国中2番目に大きく、女性の賃金は男性の75%弱に留まっています。このことが、独身女性、特にシングルマザーの貧困を生んでいるのです。

■男性中心の働き方が女性管理職を少なくしている

『令和元年版 男女共同参画白書』によれば、ほかの西洋諸国では女性の就業者の割合が40%後半で大体35%前後の女性管理職がいるのに対し、日本では女性が就業者の40%以上になっているにもかかわらず、女性の管理職が約15%しかいません。

中村敏子『女性差別はどう作られてきたか』(集英社)
中村敏子『女性差別はどう作られてきたか』(集英社)

また、男性中心の働き方を前提とした長時間労働が、夫婦間の家事労働時間の不均等を生んでいます。他国と比較した時、日本の男性が家事や育児に費やす時間の短さと女性の長さは、顕著なものがあります。日本の男性の一日あたりの家事時間は約一時間半、女性は約7時間半なのに対し、西洋諸国では男性は3時間前後、女性は6時間前後です。

また2016年の調査では、男女とも、子どもができても仕事を続ける方がよいと考えている人が半数を超えているのに、保育への公的支出が少なく保育施設が少ないため、子どもを産んだ場合保育園探しに奔走することになります。男性の育児休業の取得率の低さも顕著です。また、女性に対する母役割の強調もあって、第一子が生まれた後、働いていた女性の半数近くが仕事をやめています。

■「性別分業」による家父長制構造

このような「性別分業」の構造をはっきりと示しているのが、世界経済フォーラムが出している「ジェンダー・ギャップ指数」です。これは、経済・政治・教育・保健という4つの分野のいくつかの指標において男女の平等を指数化し、全体としてどれだけ男女の平等化が進んでいるかを世界諸国の中で位置づけるものです。2020年のレポートによれば、日本の総合順位は153カ国中121位でした。

日本は人間にとって基本的に必要な教育や保健に関しては男女の平等がほぼ達成されているのに、「性別分業」により女性が担当してこなかった経済や政治の分野では、平等化が進んでいないことがわかります。特に政治の分野での不平等は、驚くべきものでしょう。これは、政治における平等化を測る指標として、国会議員における女性の数や内閣における大臣の数、そして政治のトップに女性がなったことがあるか、などが使われているからです。この調査が行なわれた時点で衆議院議員の中に女性が占める割合は10%程度であり、女性大臣はひとりでした。

■今も重要な社会的事項を決定するのは「男性」

さまざまな分野の女性管理職の少なさなども合わせて考えると、結局現在の日本では、経済や政治という重要な社会的事項を決定する場面に女性がおらず、男性が決定しているという状況のあることがわかります。私は、日本の男女関係は協同的であって家父長制的ではないと論じてきました。しかし、それは家族に関わる領域の話であって、大きな社会的な領域においては、男性がさまざまなことについて決定することが行なわれています。

ここまで使用してきた「家父長制」という概念は、男性が権力を持ってさまざまなことについて決定し、それに女性が従うという体制を意味しました。この観点から見ると、今の日本は、政治や経済の重要事項を男性が決定し、女性がそれに従って生活する「家父長制」が成立しているといえるでしょう。つまり、女性が家族における協同的な「性別分業」に安住している間に、大きな社会構造としての「家父長制」が成立してしまったのです。このように男性が政治や経済における決定権を握っていることが、女性たちが現実に感じる困難を変えることを妨げているのです。

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中村 敏子(なかむら・としこ)
政治学者、法学博士
1952年生まれ。北海学園大学名誉教授。75年、東京大学法学部卒業。東京都職員を経て、88年北海道大学法学研究科博士後期課程単位取得退学。主な著書に『福沢諭吉 文明と社会構想』『トマス・ホッブズの母権論――国家の権力 家族の権力』。翻訳書に『社会契約と性契約――近代国家はいかに成立したのか』(キャロル・ぺイトマン)。

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(政治学者、法学博士 中村 敏子)

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