1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

「キャディーも頭を下げるなんて」松山選手の優勝にアメリカ人が感動したワケ

プレジデントオンライン / 2021年4月21日 9時15分

マスターズを制し、キャディーの早藤(左)と喜び合う松山英樹=2021年4月11日、オーガスタ - 写真=Sipa USA/時事通信フォト

■米メディアもトップ扱いで報じた

アメリカで最も伝統と権威あるゴルフ大会の一つ、マスターズ・トーナメントで優勝した松山英樹選手は、アメリカメディアでも翌朝のトップニュースの一つとして紹介された。

優勝後、グリーンジャケットを着て満面の笑みを浮かべる松山選手の写真や、ゴルフ好きで多くの名選手を出してきた日本で、国民的ヒーローとして熱狂的に迎えられていることなどが伝えられた。

こういう場合、まず日本では「日本男子初のメジャー制覇、そしてマスターズ優勝」と報道されるはずだ。ところがアメリカでは“日本人”である前に「アジア人、アジア生まれとしてマスターズ初優勝」と紹介されていることをご存知だろうか。

これは別に日本を軽んじているわけではない。というよりも、アメリカにおけるゴルフというスポーツ、特にマスターズが、これまでマイノリティーの人種にとっていかに敷居が高いものであったかということを意味している。

つまり、松山選手のマスターズ優勝がアメリカ社会に与えるインパクトは、テニスの大坂なおみ選手が初めてグランドスラムを制覇した2018年全米オープン優勝と同等か、それ以上の大きさなのだ。

■野球とは比較にならないほど保守的

これまで日本人アスリートのアメリカ進出といえば、メジャーリーグが中心だった。90年代の野茂英雄やイチロー、松井秀喜、ダルビッシュ有、田中将大、そして大谷翔平など日本人選手の活躍で、ベースボール・ジャパンのイメージはすっかり定着している。また近年では八村塁選手などNBA(米プロバスケットボール)にチャレンジする日本人も増え、テニスの世界では錦織圭、大坂両選手が世界的な人気を手にしている。

しかしアメリカのゴルフは、こうしたスポーツとは全く違う次元に存在していた。

メジャーリーグがヒスパニックやアジア系、NBAもNFL(米プロフットボールリーグ)も黒人選手抜きでは考えられない今、ヨーロッパの白人スポーツのイメージが強かったテニスでも少しずつマイノリティーが活躍し始めている。

ところが、ゴルフだけはこれまで人種による階層がはっきり分けられ、1961年に全米プロゴルフ団体のPGAが非白人の出場を認めてからも、タイガー・ウッズが現れるまではほぼ100%白人のスポーツだった。アジア人が4大メジャー大会で優勝したのは、PGA選手権(全米プロゴルフ選手権)で2009年に初優勝を果たした韓国のY. E.ヤン選手だけだ。

ゴルフのメジャー大会でマイノリティーが優勝することは、他のスポーツとは比較にならないくらい画期的なことなのだ。それもマスターズとなれば、なおさらその衝撃度は大きい。

■キャディーは黒人、“女人禁制”だった

マスターズは他の大会と比べて特に権威がある一方、最も保守的で、今も人種差別的な側面があると言われている。

開催地のオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブがあるジョージア州は、南部の中心地であり、南北戦争では奴隷制廃止に反対して激しく戦った後も、人種隔離でマイノリティーを差別し続けた土地柄だ。ここでプレーする時のキャディーは1983年まで全員黒人と決まっていたほどだ。

ゴルフクラブ
写真=iStock.com/miflippo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miflippo

マスターズが始まったのは1934年だが、黒人の参加が許されたのは1975年。会場のゴルフクラブも、会員として黒人が受け入れられたのは1990年。さらに女性が会員になれたのは2012年と、つい最近である。

他のスポーツ大会が次々とダイバーシティ重視に方向転換していくのに対し、マスターズだけは独自の道を歩み続けた。それができたのは、伝統に加えて他の追随を許さない資金力のおかげとも言われている。

なにしろマスターズのテレビ中継は、民放のCBSが担うのにCMが入らない。スポンサーにおもねることもなければ、一般消費者の支持もいらない。それほどのパワーを持っている。アメリカのスポーツ団体でこんなことができるのはマスターズしかない。

しかし、さすがにここ数年は、社会的なプレッシャーもあり少しずつ変化が見られている。今年は大会のキックオフに、46年前初めてマスターズでプレーした黒人リー・エルダーを招き記念のセレモニーを行った。そしてその4日後にマイノリティーである松山が優勝したことを、象徴的に捉える声は少なくない。

■アジア系への暴力事件がやまない中…

もう一つ象徴的に捉えられているのが、今アメリカで激しくなっているアジア系へのヘイトクライムとの関係だ。

ニューヨーク・タイムズは「アジア系へのヘイトクライムが問題になっている中での快挙」と報じ、フロリダ州の主要紙マイアミ・ヘラルドは「スポーツでは現実の問題を解決することはできないが、アジア系、特に日本人の気持ちを少しでも上げることができたはず」と書いた。

トランプ前大統領の「チャイナウイルス」がトリガーとなり、コロナウイルスのパンデミックで疲弊した人々が、見かけでは区別がつきにくいアジア系をターゲットに嫌がらせや暴力事件を起こすケースが後を絶たない。

アジア系住民を差別や暴力の犠牲者としてばかりニュースで見せられてきた後で、アメリカの人種ヒエラルキーのトップに位置するマスターズの頂点に力強く君臨した松山選手の勇姿は、多くのアメリカ人にはある意味新鮮であり、希望として映ったのだ。筆者も、アメリカ人の友人から「おめでとう、アジア系が大変な目にあっている時に彼が勝てて本当によかった」と言われた。

同時にもう一つ大きな話題になったのが、松山選手を支えた早藤将太キャディーのお辞儀だ。

■アメリカ人が深く感動したワケ

試合後、早藤キャディーが記念のため最終ホールのピンから旗を取った後、帽子を脱いでコースに一礼する姿が、ニュースで報道されネットでも広く拡散された。日本の報道では「日本人らしい礼儀正しさが評価された」という言い方をされているが、アメリカ人にはもっと深いところに響いたようだ。

普段はお辞儀の習慣がないアメリカ人には、彼のお辞儀はピュアなリスペクトの表現そのものに感じられた。ソーシャルメディアでは、ゴルフへの深い愛と感謝、リスペクトを感じて涙が出たといった反応が続出している。

またCNNの電子版記事では、このお辞儀こそが、日本人の悲願をついに実らせた松山選手の勝利を象徴していると書いている。

ウォール・ストリート・ジャーナルも同様に、歴史的な勝利の象徴としてお辞儀に触れているが、それが選手ではなくキャディーから出たことに注目している。

前述したが、選手とキャディーはあくまで主従関係というイメージを持つ人も未だ少なくない。主役ではない彼がこうした美しい態度を見せたことが、アメリカ人が深く感動した背景につながっていると思う。

ゴルフ
写真=iStock.com/microgen
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

■人種問題に苦しむ中、他人事ではなかった

タイガー・ウッズ氏は「彼の勝利は歴史的なものであり、ゴルフの世界全体への大きなインパクトになるだろう」とツイートした。

アフリカンアメリカンとアジアの血を引くタイガーが、ゴルフを通じて世界を変えたように、松山選手の存在もすでにゴルフを超えて、アメリカという国を変える1つのきっかけになっている。

英ガーディアン紙米国版はこうコメントしている。

「確かに松山は日本人だ。でも多くのアジア系移民の苦難の歴史の後、アメリカが今後広い心で暖かく人々を受け入れる国であるためには、マイノリティーがもっと活躍する場面を世に送り出していかなければならない。そういう意味では、松山がアメリカ人でもそうでなくても関係ない」

映画の主人公であれ、スポーツスターであれ、まだまだマイノリティーは非常に少ない。これからはあらゆる人種や国籍の才能が脚光を浴びることが必要不可欠というのが、ダイバーシティを重んじる今のアメリカの考え方だ。さらには大坂なおみ選手のように、プレーするだけでなく、差別を否定する態度を見せる者に対するリスペクトはとても高い。

多人種社会として苦しみながらも前に進もうとしているアメリカにとって、日本人である松山選手の優勝は決して他人事ではないのだ。

----------

シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ

----------

(ジャーナリスト、ミレニアル・Z世代評論家 シェリー めぐみ)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください