ハーバード大75年の追跡調査「人間の幸福と健康」を高めるたった1つの方法
プレジデントオンライン / 2021年4月30日 15時15分
※本稿は、堀田秀吾『最先端研究で導きだされた「考えすぎない」人の考え方』(サンクチュアリ出版)の一部を再編集したものです。
■人間の幸福度は「年収、学歴、職業」では決まらない
「人の悩みの90%は人間関係である」なんてよく言われますが、このことにまつわるある研究があります。
ハーバード大学が進めている成人発達研究の調査としてヴェイラントらが行ったもので、ハーバード大学卒の男性たちと、ボストン育ちの貧しい男性たち、この2つのグループ(約700人)の追跡調査をしました。
この研究のすごいところは、その追跡期間です。なんと、75年にわたって対象者の幸福度と要因について調べていったのです。
この長い研究の結論は、こうでした。
「私たちの幸福と健康を高めてくれるのはいい人間関係である」
家柄、学歴、職業、家の環境、年収や老後資金の有無といったことではなく、人間の幸福度、健康と直接的に関係があったのは人間関係だったという結果になったのです。
しかも、友人の人数は関係なく、たった一人でも心から信頼できる人がいるかどうかが重要だということがわかりました。
対人関係がうまくいっている(信頼できる人がそばにいる)状況では、緊張がほどけて脳が健康に保たれる、心身の苦痛がやわらげられる効果が見られた一方、孤独を感じる人は病気になる確率が高く、寿命が短くなる傾向も見られました。
つまり、「お金持ちになれば幸せ」であるとか、「ステータスの高いパートナーがいれば幸せ」であるとか、そんなことは一切ないということなのです。
■明るくハッピーな友人がいると幸福度が上がる
これに関連して、愛知医科大学のマツナガらの実験を紹介しましょう。
18〜25歳を対象にあるストーリーを読んでもらい、その反応(唾液に含まれるセロトニンというホルモンの量)を調べるというものです。
このストーリーは架空のライフイベント、人間関係などが書かれたもので、主人公になりきって追体験できるようになっています。
ライフイベントの内容は「ポジティブ」「ニュートラル」「ネガティブ」の3つ。
人間関係も同じく「ポジティブな友人」「ネガティブな友人」「友人がいない」という3パターンで、その組み合わせが参加者によって異なります。
この結果、参加者の幸福度をもっとも高めたのは、「ポジティブな友人」の存在だったことがわかりました。ライフイベントがネガティブなものであっても、明るくハッピーな友人がいる人は幸福を感じる傾向にある、という結果になったのです。
一方で、ネガティブな友人がいた場合、友人がいない場合よりも幸福度が下がる傾向も見られました。
■見栄や世間体を重視した付き合いはムダでしかない
人間は、とても共感能力が高いのです。それが幸福な気持ちであっても、不安や怒りなどのネガティブな感情であっても、相手が発しているものをそのまま受け取ってしまい、同じような感情を抱いてしまうことがわかっています。
つまり、ネガティブな人ではなく、ポジティブな人と接していったほうが人生はポジティブな方向に向かいやすいということです。
現代社会では、人間関係でもメリット・デメリットが重視されがちで、「つながっておくといいことがありそう」だから付き合う、なんていうこともあるかもしれません。また、見栄や世間体を重視した付き合いなどもあるかもしれません。
ですが、ムリした付き合いには意味がないどころか、幸福度を下げてしまうこともあるのです。
ですから、よけいなことを考えずにポジティブな友人と一緒にいる。そして、自分自身もポジティブでいることに努める。そうして、幸福度の高い人間関係をつくってみてください。
冒頭の研究の結果を考えれば、人生の最終的な勝ち負けなんていうのはないも同然です。財産も、恋愛も、肩書も、ステータスというのは一瞬の間不安を遠ざけるものに過ぎず、本質的には問題を解決してくれないのです。
ここでは、「ポジティブな態度」とその効用について見ていきます。
■「何事もポジティブシンキング」は間違っている
これまでは、幸福に必要なものは「いい人間関係」であり、そのためにはポジティブな態度が欠かせない、とお伝えしました。
では、ポジティブな態度とはどういうことなのでしょうか?
アメリカからの自己啓発ブームもあってか、世の中では一般的に「ポジティブシンキング」が重要だと考えられています。
もちろん、ものごとをネガティブに考えるよりもポジティブに捉えられたほうが都合のいいことは多いのですが、必ずしも「ポジティブシンキングがいい」とは言えません。
ミシガン州立大学のモーザーらは、「ネガティブな人に前向きなことを言うと逆効果になる」という研究を発表しています。
この実験ではまず、参加者に自分が「ポジティブ思考」か「ネガティブ思考」か自己申告をしてから行ってもらいます。
そのうえで、「男が女性の喉にナイフを突きつけている」などのショッキングな映像を見せるのですが、これらをできるだけポジティブに(楽観的に)解釈するように指示します。
このときの参加者の脳の血流の反応を調べたのです。
■「ネガティブを自覚すること」から始める
まず、ポジティブ思考だと自己申告した人たちの血流には特に大きな変化はありませんでした。
一方、ネガティブ思考だと自己申告した人たちの血流は大きく反応し、非常に早くなったのです。血流が早いとは、あれこれ考えて、脳が高速回転しているような状況で、この速度が早くなるほどパニック状態になります。つまり、反応が少なく、血流がゆるやかなほうが精神は落ち着いているということです。
この結果を受け、血流の早くなった人たちに「もっと前向きに考えて!」と指示をします。
するとどうなったかというと……血流がゆるやかになるどころか、より早くなってしまったのです。
これは「バックファイア効果」と呼ばれるもので、ある情報を修正しようとすることで、かえってもともとの情報のネガティブさを強めてしまうというものです。
一度わいてしまった不安やネガティブな感情をムリにポジティブに捉えようとしたことで脳が混乱し、オーバーヒートのような状態になったのでした。
ですから、そもそもネガティブな状態になっている人がムリにポジティブになろうというのは自己矛盾を引き起こし、かえって自分のネガティブさに気づかされてしまいます。そして、よりネガティブ思考を深めてしまう原因になるのです。
落ち込んでダメージの大きい人に「がんばろう!」とか「元気出して!」と声をかけるのが逆効果なのは、このようなメカニズムが働くからです。
ネガティブな状態のときは、思考を変えようとはせず、まずは「ああ、今ネガティブだな〜」と認識するところから始めてみてください。
■「状態を客観的に認識して、意識をそらす」
このとき、その状態について「いい」「悪い」の評価はしないでください。何なら自分を三人称に置き換えて、「ああ、彼は今ネガティブだな~」という状態をそのまま描写して、思考をさっと別のほうに持っていく習慣をつけていきます。
三人称で心の中を語ったときには、感情に関する脳の部位の活動が急激に低下することをモーザーらは別の研究で観察しています。
ネガティブな感情を気にしたり、「これはよくない!」と否定したりしてしまうと、よけいに強調されます。そうではなく、「状態を客観的に認識して、意識をそらす」ことが本当のポジティブシンキングの第一歩なのです。
その意味では、態度をポジティブにするというのは、「思考から行動をポジティブにしていく」のではありません。行動をポジティブにすることで、結果的に思考がポジティブになるのです。
いったいどういうことか? そのメカニズムについて引き続き見ていきましょう。
■「ポジティブな態度」を習慣化する
不安が強い状態のとき、人は思考も感情もネガティブになりやすくなります。
ただこれまでで紹介したように、これを無理やりポジティブ思考にしようとしても自己矛盾に陥って、かえってネガティブな方向に進んでしまう可能性があるのです。
「何事も考え方だぞ!」と自分をふるい立たせて思考を変えようといってもなかなか難しいのです。
しかしながら、心の内側からではなく、外側から思考を変えていくことができます。近年の脳科学では、感情は思考(考え方)よりも、身体の動きなど外的な要因から大きな影響を受けることがわかっているのです。
つまり、「ポジティブな態度」を習慣化することで、思考や感情をポジティブな方向に持っていく方法があります。
■笑顔をつくると脳が「楽しい」「嬉しい」という錯覚を起こす
たとえば、こんな実験があります。カンザス大学のクラフトとプレスマンは学生を対象にストレスと表情に関する実験を行いました。
この実験では、参加者を3つのグループに分けます。
①「無表情のグループ」
②「箸をくわえて、口角が上がる(「イー」の形)ようにしたグループ」
③「箸を横にくわえて、大きな笑顔をつくるグループ」
そのうえで、すべてのグループの参加者にストレスを感じてもらうようにします。氷水に1分間手を入れる、鏡に映った対象物の動きを利き手ではないほうの手で追うといった作業をさせ、参加者たちの心拍数を計測したり、ストレスのレベルを自己申告で評価してもらったのです。
この結果、①の笑っていないグループと比較して、②のグループと③のグループは作業中のストレスが少ないことがわかったのです。特に③の大きな笑顔のグループは作業中の心拍数も低いという結果になりました。
つまり、笑顔にはストレス抑制効果があるということです。より強い笑顔のほうがその効果は高くなります。笑顔なだけで脳が「楽しい」「嬉しい」という錯覚を起こすんですね。
さらにアルスター大学のブリックらによれば、運動中に笑顔でいると運動のつらさを忘れるという実験結果を公表しています。身体感覚にも影響があるというわけです。
考えすぎてしまっているときは、とりあえず口角を上げて、ニッと笑ってみてください。地味でイヤ~な作業をしているときも、口角を上げておくといいでしょう。
■意識しないと、人の表情はかなり無愛想
また笑顔のもう一つの効果として、人から見た印象も大きくかかわってきます。
カリフォルニア工科大学のオードハーティーらの研究によると、人は誰かの笑顔を見ると脳の報酬系が活性化することがわかっています。報酬系とは「喜び」をつかさどる脳の機能のことで、つまり、笑顔の表情は相手を喜ばせるということです。
これは、ポジティブな人間関係をつくっていくのにも非常に効果があります。
たとえば赤ちゃんや小さな子どもの笑顔を見るとついつい「つられ笑顔」をしてしまう、という経験をしたことのある人も多いかと思いますが、これも子どもたちの笑顔によって脳の報酬系が働いていると考えられます。
もう一つおまけで紹介をしておくと、東北公益文化大学の益子らの研究によれば、笑顔が大きくなるにつれて、その人自身の「活力性」「支配性」そして「女性らしさ」を高めることがわかっています。そして、人からの「好感度」も高くなるという結果になったのです。笑顔が大きいと、より魅力的に映るということですね。
総じて言うと、笑顔というのはいろいろな面でいいことがある表情であり、不安とうまく付き合っていくには欠かせない要素の一つなのです。
今、あなたの表情はどうですか? 意識しないと、人の表情はかなり無愛想で、無表情に見えるものです。表情筋を使って、笑顔の習慣をつくってみてください。あれこれ悩んだり、考えたりする前にまず「笑顔」です。
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言語学者/明治大学教授
専門は社会言語学、理論言語学、心理言語学、法言語学、コミュニケーション論。研究においては、特に法というコンテキストにおけるコミュニケーションに関して、言語学、心理学、法学、脳科学など様々な学術分野の知見を融合したアプローチで分析を展開している。執筆活動においては、専門書に加えて、研究活動において得られた知見を活かして、一般書・ビジネス書・語学書を多数刊行している。アイドルのプロデュースから全国放送のワイドショーのレギュラー・コメンテーターなど、研究以外においても多岐に渡る活動を見せている。
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(言語学者/明治大学教授 堀田 秀吾)
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