トヨタ、スタバ、H&M…有名ブランドを手掛けるアラブ財閥の"知られざる実態"
プレジデントオンライン / 2021年6月29日 11時15分
※本稿は、鷹鳥屋明『私はアラブの王様たちとどのように付き合っているのか?』(星海社新書)の一部を再編集したものです。
■意外と知られていないアラブの有名財閥
さてここでは、中東の財閥についてお話をしていきます。
多くの人はアラブの“王族”のイメージはあっても(そして、それは第1回で述べたようにステレオタイプで正しくないものもあるわけですが)、中東の“財閥”のイメージはあまりないかもしれません。
ここからはあまり日本では馴染みのない中東の、特に湾岸アラブ諸国にある財閥についてお話できればと思います。まず、財閥の定義として、特定の一族の独占的な出資によって行われた経営形態を指します。
日本の有名財閥、「三菱・三井・住友」などがイメージされると思います。中東でこれと同じような規模の有名財閥というようなものがあるかと言われると、「ある」と答えると同時に、一族経営が多いからある意味財閥という形態の会社が多いとも言えます。
例えば、さきほど紹介したアブドゥル・ラティフ・ジャミールも、ジャミール家により経営がされており、日本のトヨタ自動車とサウジアラビアでの販売における独占契約をしているわけですから、これは相当強い力を持っている有力財閥と言えます。
ほかにも、有名財閥として歴史のあるグループでクウェートのアルシャヤグループがあります。アルシャヤグループは1890年の設立から現在ではクウェートだけでなく、中東の多くの国でスターバックスやH&M、ヴィクトリアズ・シークレットなど数多くのグローバルリテールの流通を手掛けている巨大企業です。
このように有名ブランドの総代理店を独占している企業は、当然現地マーケットにおいて存在感は圧倒的です。そういう財閥がすでに扱っているブランドで実績を作り、さらに別のブランドの代理店も兼ねるようになり、どんどん勢力が増していく構図ができます。
■国の独立や拡大に合わせて次々と誕生した中東財閥
クウェートはアラブ首長国連邦やサウジアラビアが興隆する前は中東の出島のような役割を果たしていたので、その頃の遺産があります。我々に身近なところで話すと、アルシャヤグループは日本のブランドだとマツダや良品計画の代理店として中東各国で展開しています。
第1章で話題に出たビン・ラディングループも、設立者であるムハンマド・ビン・ラディンがイエメンからの出稼ぎでサウジアラビア国内の建設業に従事するようになり、サウジアラビアの中枢部と繫がり、サウジアラビアの発展に伴う巨大な国家プロジェクトや大型のモスクの建設を受注したところから拡大が始まっています。
ムハンマド・ビン・ラディンがサウジアラビアへ出稼ぎに出たのは第一次世界大戦前でしたが、ちょうど第一次世界大戦が終わった頃にサウジアラビアを含めた湾岸アラブ諸国が続々と力をつけて国境線を定めて独立し始めました。
湾岸アラブ諸国が勃興するタイミングで国内外のコネクションを引っ張ってきて商売を始めた一族やグループが、現在の中東財閥のはしりだと言えます。
これは、江戸時代から明治にかけてできた日本の商業グループが現在でも名を馳せる財閥として一気に拡大したように、国家の転換点においてビジネスチャンスが生まれる現象は、東西どの国でも同じなのでしょう。
■世界長者番付の常連として有名なアルワリード王子
これまでに挙げた例は様々なタイミングで、チャンスを掴んだ民間人が財閥を立ち上げていったケースですが、ほかにも王族が興したビジネスが拡大していくケースもあります。
王族の所有している企業は、当然ながら政府との関係性も濃いので、政府の案件を受注しやすいという強みから規模が拡大していく傾向は強いのです。これは日本企業が、政府中枢との繫がりを作るために、顧問や相談役に官僚や大臣の経験者を据えるのと似た傾向にあると言えます。
中東でお仕事をされた方はご存じかもしれませんが、サウジアラビアや湾岸アラブ諸国で行政上の手続きを進めることはめちゃくちゃ大変です。銀行口座ひとつ作るのに数カ月以上かかるケースも過去(いまでも?)にあったそうです。
そのため、承認されるプロセスが非常に煩雑なので普通に正面切ってあたるよりは、王子や政府の役人など高官に直接連絡をとって進めてもらったほうが話は早く進むわけです。そこで活躍したのが、様々なメディアの世界長者番付に常に名前が載っており有名なアルワリード・ビン・タラル王子です。
彼は私が滞在したリヤドのランドマーク、キングダムタワーを所有しているキングダムホールディング・カンパニーのトップです。とにかく大富豪のイメージで祭り上げられている王子で、本人もフォーブスの世界長者番付が発表されたときは「私の個人資産はもっとある!」と“抗議”したことで有名な方です。
王族だからお金持ちで当然だろう、と考える方もいるでしょうが、それは間違いではないかもしれません。しかし、実はこのアルワリード王子は、自分の高い立場に甘んじるだけでなく、努力家の王子でもあります。
■父親の国外追放という逆境スタートからの成功
彼の血統は初代国王の直系の孫であり名門であることは間違いないのですが、アルワリード王子の父親であるタラル王子は王制の国としては当時革新的過ぎるリベラルに傾倒して一部の王族を巻き込んで政治運動を行った結果、左派化していると批判され、王位継承権を放棄させられ、ついには国外に追放されました(その後、許されましたが)。
この「自由王子運動」とも呼ばれる王制への挑戦とも言える運動を仕切っていたタラル王子は「レッド・プリンス」と呼ばれていました。当時中東諸国では王制がそもそもリベラル的な思想とは水と油の関係性にあるわけですから、王族の中からこういう運動が生まれるのは珍しいことでした。
しかも、このタラル王子は初代国王の直系にあたる家系であったので、王位継承権の上位に位置する人物でもありました。
とはいえ、そういった形で、王室において騒動を起こした人物でもあることから王位継承権を放棄させられたため、タラル王子の息子であるアルワリード王子は王族として政府の重職につくことができませんでした。
そこでアルワリード王子はどうしたかと言うと、サウード家直系の王族という立場を上手に使って外資企業などがサウジアラビアに進出する提携先となる、ローンを組んで有望なプロジェクトに出資する、など有能なビジネスマンとして活躍しました。
王位継承権はないものの、血筋としては初代建国の王の孫にあたるわけですから、その力をある程度は行使することはできたのです。
その結果、建設業や不動産業など事業をどんどん拡大していき、「アラブのウォーレン・バフェット」と呼ばれるまでの投資家になったのです。
■政府や王族と上手く付き合わなければなかなかビジネスで成功できない
彼の所有するキングダムホールディング・カンパニーはサウジアラビアにおける持ち株会社の中で最大規模を誇る会社です。
この会社は投資事業がメインで、主な投資先はアマゾン、アップル、コカ・コーラ、マーベル・コミックなど、世界の錚々(そうそう)たる企業に、しかもいくつかは大株主と言われる比率で投資しています。
そして、その90%以上をアルワリード王子の一族が保有しているという、会社を個人や一族で持っているという中東ではよくある形の資本構成になっています。こうしたキングダムホールディング・カンパニーのように、王族が経営している会社が大小合わせて存在しているのです。
これらの会社の時価総額、数兆円、数千億円がそのまま彼らの資産ということになります。アブドゥル・ラティフ・ジャミール、そしてビン・ラディンやアルシャヤもすべて人名や家族名であり、そのことから家族や一族で経営されていることがよくわかります。
キングダムホールディング・カンパニーは極端な例ですが、王族がビジネスに関わる機会は多く、どのような形であれ、湾岸アラブ諸国では王族、もしくは政府筋と上手く付き合っていかないとビジネスそのものが上手くいきません。
王族や元官僚が参画していない企業ももちろんありますが、そういったところでも政府とは上手く付き合いながら経営しています。
政府の意向やご機嫌を損なってしまえばビジネスを行う権利そのものをはく奪される可能性もあるので、王族や元官僚を抱えていない企業はそのあたりの立ち回りを慎重にやっている印象があります。
■企業病からの新しい中小企業の育成に舵を切る政府
日本では、官僚が退職後に関係の深い民間企業や特殊法人などの相談役や顧問になることを“天下り”と呼びますが、中東の湾岸アラブ諸国の王族や官僚で公職についていた人が離職後に民間企業に勤めることもあるので、天下りがあると言えます。
それどころか現職中でも副業や家業が禁止されているわけではないので、政府のプロジェクトに自分の会社や一族の会社を関係させることもあります。そんな財閥ですが、近年色々と問題点も指摘され始めています。
財閥のような巨大企業群だけがあらゆる産業において幅をきかせていると、国家の中における「大企業病」のようになってしまうことと、その富の集中することの弊害を各国政府は意識しているようです。
そのため、政府は財閥のような規模の企業だけでなく、未来の大企業になり得る中小企業をたくさん作りたいと考えて様々な施策を打っています。そのための組織として「中小企業庁」(SME:Small and Medium Enterprises)を湾岸アラブ諸国が設立して、その積み上げた石油の富を原資に中小企業の育成と雇用拡大に寄与しています。
■若年層の雇用問題を解決するための新規産業・事業育成
政府がIoT、ハイテク産業、スマート農業などに積極的に支援して新しい産業を起こすだけでなく、若手の起業家に対する投資などが行われています。
例えば、サウジアラビアでは近年失業率は10%前後を推移していますが(女性の失業率はもっと高いと言われています)、雇用問題が非常に深刻です。また、若年層の多い人口比率になっているため、年々雇用を生まないと失業者は増える一方になってしまいます。
そのため、財閥のような巨大企業だけで雇用を吸収するだけではなく、若い人たちが新しい会社を次々と設立して未来の大企業を作り、雇用を創出していく方向に舵を切っていこうとしています。
そうなると、人手が多く必要となる産業のほうがいいわけです。なので、現在では国によって若干方向性が違いますが、基本的には労働集約型の製造業、サービス業や観光業などの育成に力を注いでいます。
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日本人サラリーマン
1985年生まれ。大分県出身。筑波大学第一学群人文学類歴史学専攻卒。メーカーや商社、NGOに勤務。日立製作所時代にサウジアラビアに滞在。その後バーレーン、カタール、UAE、ヨルダン、パレスチナを巡り中東世界へ興味を持つ。中東情勢を学びながら日本と中東をつなげるべく、メディアを活用し日本文化のアラブ向け宣伝活動を行う。SNS上でのアラブ人フォロワー数は約10万人。著書に『私はアラブの王様たちとどのように付き合っているのか?』(星海社新書)がある。
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(日本人サラリーマン 鷹鳥屋 明)
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