若者、夜の街、パチンコ店…コロナ禍にバッシングされた「犯人」の脳科学的な共通点
プレジデントオンライン / 2021年7月24日 11時15分
※本稿は、中野信子『脳を整える 感情に振り回されない生き方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■膨れ上がった「みんな」という存在
古くから集団をつくって生きてきた人間は、社会からの「同調圧力」に影響を受けてしまう性質を持っています。
とくにいまは、SNSによってあらゆる情報に触れる機会が増え、この傾向はどんどん強まっているようです。よく「みんな○○だと思っている」「みんなが○○だから」などと表現しますが、その「みんな」の存在がものすごく膨れ上がったのが、ここ20年における大きな変化ではないでしょうか。
そして、この「みんな」が、「早く結婚しろ」「働かざる者食うべからず」「女はこうあるべき」「男はこうあるべき」などと押しつけてくるわけです。
興味深いのは、「自分」というのは案外あいまいな存在なので、社会から同じことをいわれ続けると、いつのまにか、そのいわれたことに合わせようとしてしまうこと。
これは、身のまわりにいる数人程度の規模でも同様です。
「あなたは痩せているね」といわれ続けると、なぜかいつも痩せていなければならない気がしてしまうという圧力です。痩せていないとまわりからはみ出すような気がして、生きづらくなってしまうわけです。
まわりからいわれることに合わせて生きてしまうと、どんどん生きづらさが増してしまいます。
■人は自分で自分に「呪い」をかける
社会に広く浸透しているイメージや固定観念に合わせてしまうことを、「ステレオタイプ脅威」といいます。人はある集団に属すると、その集団が持つ社会的イメージに自分のパーソナリティーを合わせるように思考し、行動してしまうのです。
なかでも強力なのが、性別によるステレオタイプ脅威でしょう。
かつてアメリカで、男女の学生に「メンタルローテーション」(※)を測る実験が行われました。これは一般的に男性が優位とされる能力で、実験では答案用紙に「性別」と「大学名」を書かせたグループに分けて、女性に、男性のほうが得意なテストであることを意識させる準備操作をしました。
※メンタルローテーション:頭のなかで2次元または3次元の物体を回転させ、その物体を認識する能力
すると、性別を書いたグループの女子学生の正答率が、大学名を書いたグループに対して低い結果になったのです。女性はこのテストが苦手だと意識させられたことで、「わたしはこのテストでいい結果を出すべきではない」と無意識に自分にブレーキをかけてしまい、パフォーマンスが低下したと考えられるのです。
人は社会から与えられたイメージに従って、簡単に自分で自分に「呪い」をかけてしまう生き物なのです。
■協調戦略はどこまで正しいか
「同調圧力」や「ステレオタイプ脅威」はどんな社会にも見られます。
しかし、いまのような変化が激しく、多様性に対応することが求められる時代には、まわりに協調するだけでなく、「自分の考え」をはっきりと主張できる力が求められると思います。
まわりにいる誰かが“正解”を知っているわけではなく、ましてや自分が属する社会が正しい方向へ進んでいるかも定かではありません。そんなときこそ、自分の頭で考え、判断し、行動できる「協調し過ぎない」姿勢が大切になるでしょう。
ちなみに協調性が高い人は、協調性が低い人よりも収入が低いとする研究結果もあります。
協調性が高過ぎると、まずまわりと合わせようとしたり、簡単に他人の意見に同調したりして、その人独自のオリジナリティーを発揮しづらくなることが考えられます。また、安易に同調することで、逆に悪意ある人からつけ込まれる可能性もあります。
協調性そのものは、社会で生きていくうえで確かに大切な資質かもしれません。しかし、協調し過ぎるのは、いまの時代にはあまり「賢い戦略」とはいえないのでしょう。
■集団バイアスの脅威
自分が属する集団の和が保たれるのは、一見いいことのように感じます。しかし、「異質なものを排除したい」という欲求はなくならないため、ほかの集団に対して攻撃の矛先を向けるようになります。
それこそパンデミックを引き金に、世界中で世代間や民族間の衝突が起こりました。「あいつらがウイルスを撒き散らしている!」と、老年層が若年層を責めたり、アジア人が襲撃を受けたりしています。
同じ集団内にも様々な価値観・行動様式を持つ人がいるわけですから、本来なら、そのほかの集団も認めるというのがあるべき姿です。
しかし、そうはいかないのが人間です。自分と異なる集団をひとくくりにしてしまうことを、「外集団同質性バイアス」と呼びます(逆に自分が属する集団を好意的にとらえることを「内集団バイアス」と呼びます)。
これらの集団バイアスのメリットは集団内の結束を固めることですが、異質な集団を攻撃したり、集団内の異質な人を排除したりするというデメリットもあります。
まさしくいまのように人々の不安が大きくなる時代には、心を安定させるため、集団バイアスがより強く生じる傾向があります。
もし、ほかの集団に対していいようのない怒りを感じたときは、この「集団バイアス」を疑いましょう。そうすることで、冷静に現状を把握することができます。
パンデミックの状況下ならば、敵はほかの集団ではなくウイルスだとわかるでしょうし、異なる集団同士が協力し合うことが必要だと気づけるはずです。
■「正義の戦い」という欺瞞
集団や国のために、自己犠牲的に行動するのは美しいことなのかもしれませんが、個人の運命は集団の運命とは違うとわたしは強調したいと思います。
とくに、自分と属する集団が同化したときは危険です。集団からはみ出した人を容易に攻撃対象にし、そんな自分たちのことを「正義」とみなすからこそ、「正義の戦い」などという言葉が使われるのです。
また、集団とアイデンティティーが同化すると、その集団を失うことが自分にとって最大の恐怖になります。そうして得体の知れない「みんな」や「世間」に振り回されてしまい、あげく命すら簡単に捨てかねません。
そんな見えない絆みたいなものが、個人よりも大切だとする考え方や状態に、もっと注意深くなることが必要だと思います。
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脳科学者、医学博士、認知科学者
東日本国際大学特任教授。京都芸術大学客員教授。1975年、東京都生まれ。東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から10年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』『不倫』、ヤマザキマリとの共著『パンデミックの文明論』(すべて文春新書)、『ペルソナ』、熊澤弘との共著『脳から見るミュージアム』(ともに講談社現代新書)などがある。
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(脳科学者、医学博士、認知科学者 中野 信子)
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