「ワクチン一辺倒で大混乱」五輪有観客にこだわる菅首相に向く自民党内の冷たい視線
プレジデントオンライン / 2021年7月8日 11時15分
■苦戦というよりも事実上の自民党の敗北
7月4日に投開票された東京都議会議員選挙(定数127)で、自民党は33議席で第1党を奪還したものの、過去2番目に少ない獲得議席数となり、自民党と公明党を合わせて過半数(64議席)を獲得するという目標には届かなかった。自民党に協力した公明党は、候補者全員(23人)を当選させた。それゆえ自民党の責任は重い。
一方、地域政党の都民ファーストの会は獲得議席の大幅な減少が予想されたにもかかわらず、踏ん張って31議席を取って第2党の座に就いた。候補者の調整を行った立憲民主党と共産党はともに議席を積み増し、それぞれ15議席と19議席を獲得した。
こうして見ると、苦戦というよりも事実上の自民党の敗北である。都議選から一夜明けた5日午前、菅義偉首相は厳しい表情を見せて「過半数を実現できなかったことは、謙虚に受け止めたい」と記者団に語った。
■内閣発足以来、菅首相は注目の与野党対決で負けばかり
都議選は国政選挙の先行指標と注目され、今回の都議選も秋の衆院選の前哨戦として与野党とも国政選挙並みの態勢で臨んだ。しかし、結果を残せなかったため、衆院選への不安が広がっている。
たとえば、2009年の都議選では自民党が48議席から10議席減らし、公明党と合わせても過半数を獲得できなかった。代って第1党として名乗りを上げたのが、34議席から54議席に増やした民主党(当時)だった。この後の衆院選では、民主党(同)が300を超える議席を獲得して大勝し、政権交代を果たした。自民党は野党に転落した。
2013年には前年に政権を奪還した自民党が、都議選で候補者全員を当選させて圧勝し、39議席から59議席を獲得した。これに対し、民主党(同)は43議席から15議席と半分以下に議席を減らした。そして直後の参院選では、自民党が大勝し、「安倍長期政権」の流れを作り上げた。
政界には「選挙で敗北が続くとその恐怖感が伝染する」というジンクスがある。菅政権は今年、山形県知事選(1月24日)、千葉県知事選(3月21日)、静岡知事選(6月20日)といずれも敗北し、4月25日に北海道(不戦敗)と長野県、広島県で行われた衆参3選挙でも全敗している。
菅首相は自身の内閣発足以来、注目された与野党対決の選挙で負けてばかりなのである。
■「五輪無観客」を訴えた都民ファーストの会に票が流れた
菅首相はワクチンを武器に新型コロナ対策を徹底し、東京オリンピック・パラリンピックを成功させ、その勢いに乗って自民党総裁選と衆院選に打ち勝ち、首相を続投する野心を抱いている。このまま終わってしまったのでは「つなぎの首相」と揶揄されるだけだからだ。
しかし、今回の都議選では、感染者が増え続けるなかでの五輪開催に対し、東京都民が不安を抱き、「五輪無観客」を訴えた都民ファーストの会に票が流れた。「五輪中止」を求めた立憲民主党と共産党も獲得票を伸ばした。
都議選敗北の結果を受け、自民党内からも「五輪無観客」を求める声が強く出てきた。自民党幹部には「五輪開催中はワクチン接種の効果で高齢者の重症患者が減り、病床の逼迫は避けられる」という楽観視する向きもあるが、国民の大半は感染者数の増大に一喜一憂している。これにはメディアの責任も大きいが、残念ながらそれが現状だ。
それに現状では、国民の15%しか2回の接種は終わっておらず、いわゆる集団免疫は期待できない。しかも接種をめぐっては「職域接種」に予想を上回る申請が殺到して受付停止となるなど混乱が続いている。
■自民党や公明党からも「無観客」を求める声が出ている
菅首相はこの難局をどう乗り切るつもりなのか。菅首相は五輪の「有観客」にこだわっている。いまのところ、収容人数の50%が5000人以上となる大規模会場は無観客とし、それ以外は観客を入れる方針だという。これに対し、自民党や公明党からも「無観客」を求める声が出ている。菅首相には、自身の鼎の軽重が大きく問われていることを自覚してほしい。
菅首相はワクチン接種の大号令で新型コロナに打ち勝とうと懸命だ。これまでの記者会見での発言にも「勝つ」という言葉が何度も出てきた。しかし、ウイルスに勝つというのは人間の思い上がりに過ぎない。ウイルスなどの病原体に対しては、正面から戦うのではなく、ワクチンや治療薬を使って感染を巧みにコントロールする必要がある。
ウイルスはしたたかだ。人間の思考が及ばない動きをする。ワクチンを駆使してこの地球上から根絶できた感染症は、天然痘(疱瘡、痘瘡)ぐらいである。大半の感染症は根絶できないと考えるべきだ。
菅首相が五輪に失敗すれば、自民党は衆院選に敗れる。そうなれば立憲民主党など旧民主党勢力の思うつぼである。10年前の東日本大震災や福島原発事故での旧民主党政権の大混乱を思うと、立憲民主党などの野党に政権を与えてはならない、と沙鴎一歩は考える。
■「ワクチン接種をめぐる混乱が『逆風』になった」
7月6日付の朝日新聞の社説は、冒頭部分で「感染が再拡大している新型コロナ対策や目前に迫る東京五輪への対応など、菅首相の政権運営に対する都民の厳しい審判とみるべきだ」と訴え、「事実上の敗北といってもいい」と指摘する。見出しも「東京都議選 菅政権への厳しい審判」である。
さらに朝日社説は菅首相に対し、「首相はきのう、選挙結果を『謙虚に受け止める』と語ったが、うわべだけの言葉では信は得られないと、心すべきだ」と求める。賛成である。
朝日社説は「与党内では、ワクチン接種をめぐる混乱が『逆風』になったとの見方が広がる」と指摘し、こう主張する。
「加速化の旗をふる首相の下、幅広く職域接種を呼びかけたが、ワクチンの供給不足で休止に追い込まれた。はしごをはずされた形の関係者の間に、戸惑いや不満が広がるのは当然である。政府の準備や説明は十分だったか、反省が必要だ」
「はしごをはずされた形の関係者」という表現に、安倍政権を引き継いだ菅政権を嫌う朝日社説らしさが透けて見えるものの、ワクチン接種の混乱が都議選に響いたことは間違いない。
■「熱意」という点からすれば、安倍晋三前首相のほうが上
朝日社説は「東京五輪についても、『開催ありき』で突き進む政権と都民の意識の乖離は大きかった」と書いたうえでこう指摘する。
「朝日新聞が告示後に都民を対象に行った世論調査では、延期・中止が6割、開催する場合も無観客が6割超を占めた。首相が繰り返す『安全安心な五輪』に、足元の都民が信を置いていないことは明らかだ。『無観客』での開催を公約に掲げた都民ファが自民に迫る第2党となり、『中止』を強く訴えた共産党が議席を積み増したことを重く受け止めねばならない」
世論調査で、「延期・中止が6割」というのはかなりのインパクトがある。菅首相の「安全安心な五輪」に対し、「都民が信を置いていない」と指摘されても仕方がない。
さらに朝日社説は「首相は告示日に党本部前で第一声をあげただけで、街頭演説は一度も行わなかった。コロナ禍で人が集まる『密』を避けたという言い分はわからぬでもないが、この機会に自らの政策を国民に直接訴えたいという意欲は感じられなかった」とも書く。
たしかに記者会見の様子をテレビで見ていても、意欲が伝わってこない。一部から強い反発も招いたが、「熱意」という点からすれば、安倍晋三前首相のほうが上だろう。だから安倍氏に賛同する人たちもいた。菅首相は反発も賛同もないため、このまま沈没してしまう恐れがある。
■産経社説も「実質的には自民の敗北」と指摘
7月6日付の産経新聞の社説(主張)も、朝日社説と同じように「実質的には自民の『敗北』」である」と指摘し、見出しにも「自民の『敗北』 為すべきことの徹底図れ」と掲げる。
自民党の敗因についても「直接の敗因は、政府の新型コロナウイルスへの対応と、開幕が間近に迫った東京五輪開催への忌避感だった」と指摘する。
そのスタンスが強硬な保守として知られる産経社説からも「自民の敗北」と批判されるのだから、菅首相は都議選の結果を深く反省し、秋の衆院選の糧にすべきである。
産経社説は後半で「自公両党は公約で五輪開催の是非には触れず、選挙戦では感染対策を徹底した上で開催すべきだと主張してきた」とも指摘し、こう訴える。
「この分かりにくさが、五輪への嫌悪感を助長したと反省すべきである。政府・与党が五輪の魅力を十分に発信することができていれば、結果は違ったはずだ」
■「五輪反対」という論陣には、「五輪賛成」と主張するべき
都議選で自公が五輪開催の是非に言及しなかったのは、戦法や攻略というよりも立候補者らが五輪開催に不安を感じていたからだろう。中央の政治家と違い、五輪開催都市という現場を担う彼らはシビアで正直なのである。
産経社説は最後に「政府・与党が出直すために為すべきことは何か。ワクチン接種を進め、五輪・パラリンピックを成功させ、自身の立ち位置を再確認し、徹底することである」と主張している。
「立ち位置を再確認し、徹底する」というのは、主張としてはあいまいだ。都議選で自民候補らは「五輪を楽しみましょう」とすら言えなかった。「五輪反対」という論陣に対しては、「五輪賛成」と主張するのが筋だろう。そこを徹底せず、誤魔化すようであれば、次の選挙も敗北することになるはずだ。
(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)
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