最新科学の結論「音楽や洋服の趣味が合わない人と友達や恋人にはなれない」
プレジデントオンライン / 2021年7月28日 9時15分
※本稿は、橘玲『スピリチュアルズ「わたし」の謎』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。
■「いいね!」とパーソナリティを結びつける
有権者の一人ひとりがどのようなパーソナリティの持ち主で、どのような広告=メッセージに反応するかがわかれば、選挙戦を有利に進めることができる。
この「マイクロマーケティング」の背後にあるのがビッグファイブ理論(※1)であり、「いいね!」とパーソナリティを結びつけるアルゴリズムだ。これについてはイギリスのジャーナリスト、ジェイミー・バートレットが自らの体験を書いている(※2)。
スタンフォード大学に移籍したミハル・コシンスキー(※3)を訪ねたバートレットは、自分の「いいね!」を200ほど差し出した。
「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア(イタリア系マフィアのボスとその周囲の人間関係を描いた人気テレビドラマ)」、ケイト・ブッシュ(イギリスの前衛的な女性シンガー)、「ターミネーター2(アーノルド・シュワルツェネッガー主演、ジェームズ・キャメロン監督の1991年のSF映画)」「スペクテーター(1828年創刊の“世界最古の週刊誌”)」などだ。
※1 人間が持つさまざまな性格は、「外交的/内向的」「楽観的/悲観的」「協調整」「堅実性」「経験への開放性」の5つの要素の組み合わせで構成されるという考え方。
※2 ジェイミー・バートレット『操られる民主主義 デジタル・テクノロジーはいかにして社会を破壊するか』草思社
※3 ケンブリッジ大学心理統計センターにいたポーランド人研究者。フェイスブックのユーザーから、ビッグファイブの心理特性を収集。そのビッグデータを解析して心理プロファイルを作成した。
■「世界を変える」アルゴリズム
バートレットのパーソナリティが解析される場面は興味深いので、全文引用しよう。
アルゴリズムが魔法を駆使しているあいだ、モニターには小さな車輪がくるくるまわっている。そして、結果が不意に表示された。
「偏見にとらわれていない。リベラル。芸術家肌。きわめて高い知性」。私は「このシステムがどれだけ正確かは、これではっきりしましたよ」と軽口を叩いた。ただ、狐につままれた思いをしたのは、宗教には無関心だが、かりに信仰するとしたら、カトリックであると予測されていた点だ。
あまり褒められた話ではないが、五歳から一八歳まで私が在籍していたのはカトリック系の総合制学校(コンプリヘンシブ・スクール)である。いまでも宗教には関心はあるが、だからといって教会に通っているわけではない。
同じように、私はジャーナリズム関連の職業に携わり、とりわけ歴史に強い関心を寄せているとアルゴリズムは分析していた。大学では歴史を専攻し、歴史学の研究方法をテーマに修士号を取得している。
以上の予測はすべてフェイスブックの「いいね!」がもとで、私の経歴や養育歴は関与していない。「それは、この分析法に関し、一般の人が首をかしげる点のひとつでもありますね」と教授は言う。「あなたがレディー・ガガについて“いいね!”ボタンを押せば、もちろん、あなたはガガが好きだと私も断言できますよ(略)。
ですが、このアルゴリズムがまぎれもなく世界を変えてしまう点は、一見するとまったく無関係のようですが、音楽嗜好あるいは読書傾向からあなたの信心深さ、リーダーとしての素質、政治的信条、パーソナリティーなどに関し、正確を極めた情報を抽出できる点です」
■私たちはみな「人生という舞台」で主役を演じている
コシンスキーは心理学者ではなく、ワイリーらケンブリッジ・アナリティカのスタッフもほとんどがデータサイエンティストで心理学の専門教育を受けているわけではなかった。そうなると、使ったのは標準的な「主要5因子性格検査」だろう。
スマホで性格テストができるようなアプリ(マイパーソナリティ)をつくり、フェイスブックやツイッターのユーザーに、アマゾンのメカニカルタークを使って100円か200円の謝礼を支払って回答してもらう。
誰だって自分の性格を知りたいと思うから、この程度の報酬でもみんなよろこんでやってくれる(ケンブリッジ・アナリティカの実験では初日だけで1000件を超えるデータを収集し、オフィスでシャンパンを開けて成功を祝った)。
こうしてビッグファイブのパーソナリティがわかったら、それをフェイスブックの評価(現在は「ひどいね」から「超いいね!」まで7種類)と関連づける。
これを何千人、何万人と行なってビッグデータにして解析すると、SNSの行動とビッグファイブの性格の相関関係がわかってくる。そうなれば、これを逆にして、SNSの行動から性格を高い精度で予測できるようになる。
このようなことが可能になるのは、私たちがみな「人生という舞台」で主役を演じているからだ。役者がすべきことは、自分の役柄を観客に向けて発信することだ。「いいね!」やSNSへの投稿は、「これがわたしのキャラです」というメッセージを発するツールなのだ。
■最初のデートで「どんな曲が好き」と訊く理由
アメリカの大学生74人に、ビッグファイブ性格質問票に回答してもらってから好きな曲上位10曲をあげさせた研究がある(※4)。その10曲をCDにまとめ、8名の判定者に聴かせて、選曲した学生の性格を評価してもらった。
この実験では、判定者は学生の性別や年齢、出身地や人種などについてなんの情報も与えられていない。これは、音楽について「いいね!」10個を与えられたのと同じだ。
その結果は、ビッグファイブ特徴のうち4つで、判定者の評価は学生が自己申告した性格に有意に相関していた。相関係数(マイナス1からプラス1までの値をとり、1に近いほど関係が強い)は「経験への開放性」0.47、「外向性」0.27、「神経症傾向」0.23、「協調性」0.21だった(「堅実性」は音楽からは予測できなかった)。
こうした相関はたいしたことないように思えるかもしれないが、判定者が音楽の好み以外なにも知らないことを考えれば驚くべきものだ。
この高い精度をもたらしたのは、選曲者の好む音楽ジャンルと曲の音響的特徴だった。情動の安定した学生はカントリー音楽を好み、外向的な学生はエネルギッシュで歌唱の多い音楽を好んだ。
このことは、演歌、Jポップ、オペラ、フリージャズが好きなひとを思い浮かべると、自然にその人物像が浮かび上がってくることからもわかるだろう。私たちはさまざまな好みから、相手が何者かを読み取ろうとしている。最初のデートで「どんな曲が好き?」と訊くのは、それが相手の性格を知るよい指標になるからだ。
これはファッションも同じで、音楽や洋服の趣味がまったく合わないひととは友だちになれないし、恋人としても相性が悪い。スピリチュアルは、自分にぴったりの相手と出会うためにつねに(無意識の)メッセージを交換しているのだ。
※4 Peter J. Rentfrow and Samuel D. Gosling(2006)Message in a Ballad: The Role of Music Preferences in Interpersonal Perception, Psychological Science
■「自分のキャラを発信し、相手のキャラを読み取る」
ヒトは徹底的に社会的な動物なので、共同体(友だち集団)のなかで自分の地位を確保するためにも、恋人選びのためにも、「自分はこのようなパーソナリティだ」と絶え間なく発信しつづけなくてはならない。
このゲームはきわめて複雑で、相手から脅威だと思われれば紛争になるし、なんのインパクトもないと無視されてしまう。露骨に性的なアプローチをすると警戒されるが、アプローチしなければ相手にされない。
わたしたちは、ものごころついてから、「自分のキャラを発信し、相手のキャラを読み取る」という社会ゲームをえんえんとやっている。
リアルの世界でも、ファッションや音楽の趣味、読んだ本や好きな映画、仕事の態度や政治的な発言などからなんとなく「好き/嫌い」を決めている。だとすれば、これがそのままSNSに移植されるのは当然のことだ。
コシンスキーやケンブリッジ・アナリティカは、「好きな音楽10曲」の実験をはるかに大規模に行ない、AIに機械学習させ、SNSのデータだけでほぼ完璧にパーソナリティを判定できるアルゴリズムを開発した──という「理屈」はわかっても、職業や大学の専攻ばかりか、子どもの頃にカトリック系の学校に通っていたことまでコンピュータで読み取れるというのは、「技術」というより「魔術」にちかい。
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作家
2002年、小説『マネーロンダリング』でデビュー。2005年発表の『永遠の旅行者』が山本周五郎賞の候補に。他に『お金持ちになる黄金の羽根の拾い方』『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』などベストセラー多数。
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(作家 橘 玲)
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