「やせるとボケるし死にやすくなる」医師が中高年にダイエットを勧めない理由
プレジデントオンライン / 2021年7月30日 11時15分
※本稿は、永田利彦『ダイエットをしたら太ります。』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
■「体脂肪量が多い人ほど死亡率も高い」は予想通りだが…
やせている人の方が、太めの人よりも死亡率が高いことがわかっています。いったいなぜでしょうか。
本来、やせていれば体脂肪量も少ないはずで、体脂肪量と相関する生活習慣病などは、発症しにくいはずです。要するに、やせている人の方が太めの人よりも、心血管疾患などは発症しにくく、死亡率は低いはずなのです。
そこで、ハーバード大学(米国)公衆衛生学部のドンフン・リー博士たちは、体格予測式に基づいて除脂肪体重と体脂肪量を算出。死亡率との関連を見るコホート研究を実施しました。40歳以上の男性約3万8000人を、1987年から2012年までの間、平均21.4年追跡調査したのです。
除脂肪体重とは、全体重から脂肪組織の重量を引いた体重です。この中には筋肉、骨、内臓などが含まれますが、一般的には筋肉量と考えます。また、基本的には全体重が多いほど、除脂肪体重も体脂肪量も多くなります。
結果は、以下のようなものでした。まず、体脂肪量が多い人ほど死亡率も高く、体脂肪量が少ない方から5分の1の人に比べて、多い方から5分の1の人の死亡率は、1.35倍でした。また、体脂肪量が21キロまでは、死亡率はほぼ横ばいでしたが、体脂肪量がそれ以上になると、急速に上昇していました。体脂肪量が多いと死亡率も高いわけで、これは予想通りの結果と言っていいでしょう。
では、除脂肪体重と死亡率の関連は、どうだったでしょうか? 体脂肪量だけが死亡率と関連しているなら、除脂肪体重が少なくても多くても、死亡率は一定のはずです。
■やせすぎると病気になりやすく、死亡率も上がる
ところが、除脂肪体重と死亡率の関連は、U字型だったのです。つまり、除脂肪体重が少なすぎても多すぎても、死亡率が高かったのです。ということは、やせている人の死亡率が高いのは体脂肪量の影響ではなく、除脂肪体重が少ないこと、すなわちやせていることそのものの影響であると考えられます。
疾患別の死亡率を見ると、心血管疾患とがんでは、除脂肪体重と死亡率の関係はU字型で、除脂肪体重が少なすぎても多すぎても死亡率が高いというものでした。体脂肪量が少なければ心血管疾患などは発症しにくいはずなのに、やせていて除脂肪体重も少ないと、本来は低いはずの心血管疾患による死亡率も高くなっていたのです。
その理由はよくわかりませんが、がんに関しては、やせていると免疫力が低いことが、がんの発症に関連していると考えられます。免疫力が高ければ、私たちの体内で日々生じているがん細胞を、免疫細胞が退治してくれます。ところが、やせていて栄養状態が悪く、免疫力が低いと、がん細胞が増え続け、やがて発症してしまうのです。
さらに、呼吸器疾患による死亡率も、除脂肪体重が少ない人ほど高く、除脂肪体重が多い人は低いという結果でした。やはり、やせていると栄養状態が悪く免疫力が低いため、肺炎などの感染症にかかるリスクが高いからだと考えられます。
これらのことからは、体脂肪量が多いと死亡率が高いものの、脂肪を落とそうとして除脂肪体重まで落としてしまうと、かえって健康を損ねてしまうことがわかります。やせすぎると病気になりやすく、死亡率も上がるのです。
■低体重だと認知症リスクも上がる
低体重による影響は、死亡率が上がるだけではありません。驚くことに、低体重だと認知症になりやすいというデータもあるのです。
山梨大学大学院准教授の横道洋司博士たちの、65歳以上の男女を2010年から平均5.8年追跡調査したコホート研究です。それによれば、適正体重(BMI18.5~25未満)の人を1とした場合の認知症発症率は、BMI25~30未満(日本の判定基準で肥満1度、WHOの判定基準で前肥満状態)の場合、男性で0.73倍、女性で0.82倍。適正体重の人よりも低い数値でした。ところが、BMI18.5未満(低体重)の人では、男性が1.04倍、女性が1.72倍と、適正体重の人よりも高かったのです。
女性の1.72倍が目立ちますが、男性はやせていてもいいというわけではありません。低体重の男性で脂質異常症(高脂血症)のある人は、適正体重で脂質異常症のない人に比べて、認知症発症率はなんと4.15倍。女性では、低体重で高血圧だと、適正体重で高血圧のない人に比べて、認知症発症率が3.79倍でした。脂質異常症や高血圧などの生活習慣病は、中高年になれば誰でも何かしらあると言ってもいい状態ですが、そこに低体重が加わると、一気に認知症発症率が高まるのです。
中高年になったら生活習慣病に注意するのはもちろんですが、それだけでなく、やせることにも注意するべきなのです。
■暴力や自殺による死亡率にも関連性が…
しかも、低体重だと病気以外の死因につながる可能性も高くなる、という驚きのデータもあります。病気以外の死因とは、暴力による死亡、自殺、交通事故などで、そのうち交通事故はBMIと関連がありませんでしたが、暴力と自殺による死亡率は、BMIが低い人ほど高くなる傾向があったのです(図表1)。
これは、ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(英国)のクリシュナン・バスカラン博士たちが、英国国民保険サービス(国営医療サービス事業:NHS)のデータを用いて、16歳以上の男女を1998年1月から2016年3月までの間、追跡調査したコホート研究です。調査対象者は約363万人に及びます。非常に大規模であることと、調査対象の年齢の中央値が36.9歳であり、BMIと死亡率の関連を調べたほかの研究よりも若いことが特徴です。
研究では、暴力や自殺の原因を把握していませんから、亡くなった人にどのような経済的、職業・学業的、家族的、心理・精神医学的な問題があったのかは、わかりません。ただ、研究開始時点で精神障害(うつ病、躁うつ病、統合失調症)の人は除外したと記されていますから、これらが原因ではないと言っていいでしょう。
実は、自殺と低体重の関連については、以前から指摘されていました。
たとえば、マックマスター大学(カナダ)のステファン・ペレラ博士は、それまでの自殺関連の研究の中から体重、特にBMIとの関連を検討した研究を集め、複数の研究結果を統合して解析する「メタアナリシス」という手法を用いて、BMIと自殺にどれほど関連があるかを調べています。
■個人の資質が低体重と自殺の双方に関連している可能性も
ペレラ博士がこの研究を行った2016年時点では、まだバスカラン博士たちの研究結果が出ていませんでした。すなわち、ある時点から未来に向かって調査を進める“前向き”コホート研究がなく、ある時点から過去に遡って調査を進める“後ろ向き”コホート研究しかありませんでした。
それが何を意味するかというと、これから発生する事象を観察する前向きコホート研究に比べて、過去のデータを利用する後ろ向きコホート研究は、データの不均質性などがあり、情報の信頼性に劣るという問題があるのです。つまり、研究の科学的価値が低いわけです。
そのせいかどうか、ペレラ博士の研究では、「BMIが増加するほど自殺既遂は減る。肥満だと自殺既遂のリスクは29パーセント減少し、低体重だと21パーセント増加する。BMIと自殺未遂や自殺念慮(死にたい気持ち)の関係は、研究ごとに結果が異なり、一定の結論は出ない」という結果でした。
これをどのように解釈するか難しいところですが、ペレラ博士たちは神経質さといった気質が、低体重と自殺既遂に関連している可能性を指摘しています。私の臨床経験からは、神経質さだけでなく、競争心の激しさなど、種々の原因が低体重と自殺の両方につながっている気がします。そのような個人の資質(気質)が、低体重と自殺の双方を生じさせてしまう可能性がある、ということです。しかし、これに関する研究はまだ少なく、結論に達するには、BMIと自殺や暴力による死との関連を含む前向きコホート研究が、いくつか出てくるのを待たなければなりません。
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医学博士
大阪市立大学大学院医学研究科を修了。同科(神経精神医学)准教授、ピッツバーグ大学客員准教授などを経て、2013年になんば・ながたメンタルクリニックを開設。精神科専門医、精神保健指定医、精神保健判定医。Academy for Eating Disorders、Eating Disorder Research Society、日本摂食障害学会(理事長)、日本不安症学会、日本うつ病学会、日本精神科診断学会(いずれも評議員)などの学会に所属。日本摂食障害学会監修・「摂食障害治療ガイドライン」作成委員会編集『摂食障害治療ガイドライン』(2012)の代表編者の一人。摂食障害、不安障害、パーソナリティ障害、気分障害に関する論文、総説多数。
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(医学博士 永田 利彦)
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